三章『姉と、デート。』その5
「春秋さん、なんでさっきわざわざ声かけたんですか?」
冬夏といやしが男性用の衣料店を離れるのを春秋とともに物陰から見守っていた来夢は、ふとさっきの春秋の行動が気になって尋ねてみた。
なんだか試着室の中で困っているようだったから来夢が店員を引き離させ、春秋が新たに店員が来ないように周辺をガードしようという話だったのだが、何故か春秋は突如試着室の中に声をかけたのだ。
「発情する『におい』がしたからこれは危険だと思っただけだ」
しれっとこともなげに言う春秋。
しかし発情という単語を聞いて来夢は心穏やかではいられない。
「あの、中で何があったとか……わかりません?」
「どうもいやしと冬夏がかなり近い距離に居た……あるいは、密着していたらしい。
さっき、二人の体の臭いがわずかだがまじりあっていた。
手をつないだ程度では混じらないレベルで……そうだな、肌を擦りあわせたくらいのまじりあい方だった。……忌々しい」
「肌……っ!? あ、あ、アイツなにしてんのよホントもう!?」
……いやしさんが羨ましい!
心の中で本音を叫びつつ、どうにか周囲に不審に思われない程度に来夢は顔面の感情表現を制御するので精いっぱいだった。
つい握っていた服をハンガーごと握り潰しかけていると、春秋が軽く肩を叩いてくる。
「そろそろ動くぞ」
「あ、はい」
冷静な表情に戻りぱっと服から手を離す。
心の中で色々と感情が渦巻きやすい来夢だが、『帳』でそこそこな量の仕事を受けているため命令されての切り替えは得意だった。
冬夏たちを追いかけて、女性用の衣料店へ。
来夢にとってはいやしとも何度か来ている店だ。
週に一回は訪れているのでそこそこ店員にも顔が割れている。見られたら声をかけられるだろう。
しかしそこまで考えているのか、誰の目にも止まらないような位置取りで春秋は先導して歩いていく。
時折頭部に『ウルフウェア』によって形成された狼の頭部がぼんやりと表れては消えるのを、来夢は横目に見ていた。
やっていることはストーキングだが、その技術は狩りをする狼のようだ。
木々(服)に紛れ獲物の隙を狙い、リノリウムの地面を蹴って、仲間(来夢)を引き連れ強襲する――いや、強襲はしないが、イメージ的にはそんな感じ。
「春秋さんって、ストーキングは独学ですよね?」
冬夏がいやしのために服を選んでいるのを遠目に見ながら、ふと気になって来夢は春秋に尋ねてみる。
すると、春秋は涼やかな表情のまま小さく頷いた。
「そうだな。俺たちの教官……いやしの母親である乱さんは、俺については基礎以上のことは教えられないと言っていたからな。
潜伏技術の基礎は習ったが、今やっているのは完全に独学だ――動くぞ」
人の流れを感知して、気づかれない位置へこまめに移動する。
「なにをどうやって、こんな技術身に着けたんですか?」
「自分の力をもっとうまく使えるように工夫していたら、としか言いようがないな。
俺の持っている力も、技術も、多分俺だけの、独自のものだ。乱さんにもそこは褒められた」
春秋の表情に、一瞬影が差した気がした。
乱さん、という言葉になにか重い響きが含まれている気がして、来夢は質問を重ねる。
「乱さんと、なにかあったんですか」
「別に、何も。俺は俺を見ていれば――それだけしていれば――それだけならば強いって話を、されただけだよ」
「? はぁ……?」
イマイチ言葉の意味が分からず、来夢は首をかしげる。
意味を問おうかと思ったが、珍しくどこかぴりぴりとした空気を醸し出す春秋にそれ以上の問いを投げかけることは出来なかった。
それから来夢は大人しく、冬夏といやしの仲がよさそうな様子を心の中で嫉妬しながら眺めていたのだった。




