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英雄姉を好む  作者: 七歌
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三章『姉と、デート。』その4

 ……このタイミングでぇ……!


 せっかくいい感じに女性用の服を買いに行けそうだと思ったところで入った邪魔に、冬夏は顔をしかめる。

 振り向くと、いやしが恥ずかしそうに肩を抱きながら隅の方に移動していた。



「と、冬夏――んむっ?」


「……喋っちゃダメだよ、姉ちゃん。おれが対応するから」



 不安からか口を開きそうになったいやしの口元を軽く抑える。



「お客様ー?」


「はい、大丈夫です。今着替えている最中なので気にしないでください」



 手のひらにいやしの柔らかな唇の感触を感じながらも、冷静に言葉を返す。

 すると、いやしが冬夏の服の裾を掴んできた。

 恥ずかしそうなというか、脅えるようなというか。

 男物の服を着ているのを見られたくないのだろう。



「そうですか。すぐ近くにおりますのでなにかあったらおよびください」


「はい、ありがとうございます」



 受け答えをすると、いやしが目で『行った?』と尋ねてくる。

 それに、冬夏は口の中で『開け』と言葉を転がすように呟いて、一瞬能力を発動すると、生み出した視点で試着室の外を見た。


 ……本当に近くに居た。今出て行ったら、いやしの事を見られてしまう。



「……まだ居る。今でてったら変に思われるかも」


「どうしよっか……? このまま中に居たら、またなにか言われちゃうよね……?」



 いやしの言う通りで、近くにいる店員はこのままではまた何か声をかけてくるだろう。

 流石に二回目をごまかすのは大変だ。



「姉ちゃん、おれは後ろ向いてるから、先に着替えちゃって。

もし店員になにか言われても、姉ちゃんにちょっと着替え手伝ってもらってたって、言い訳出来ると思うから」


「着替えるって……でも、こんな、狭いところで」


「大丈夫、なんなら目隠ししてもらってもいいから」


「いや……それでもその……冬夏が近くに居たら、恥ずかしくって……」



 恥ずかしそうに身をよじるいやしを見て、ふと冬夏は気づく。

 もしかして、ちょっとは男として見てくれているのではないか? と。


 ……それがわかっただけでも、十分な収穫だった。



「姉ちゃん。目はもちろん耳も塞ぐ。だから、今はお願い。

元々おれのせいでこうなっちゃってるから、迷惑かけてもうしわけないんだけど」


「いや、いいよそんな、謝らなくたって……!」



 軽く頭を下げると、いやしはちょっと慌てたように声を出す。

 そして、覚悟を決めた表情で一つ、頷いた。



「じゃあ、着替えるから……目は閉じててね?」


「うん。わかってる」



 後ろを向いて目を閉じ、耳を塞ぎ、着替えの邪魔にならないようになるべく試着室の隅に身を寄せる。

 音はちゃんと聞こえないものの、慌てた動きで着替えているのが伝わってきた。

 こけたりしないといいなぁ、なんて心の中でちょっと心配しつつ、外にいる店員の気配を探っていた冬夏だったが。



「ひゃっ!?」


「っ、姉ちゃん?」



 不意に響いた悲鳴に、反射的に振り向いてしまう。

 すると、ちょうど、下着姿のいやしがこちらに向かって倒れ込んでくるところで――



「う、っく、」


「あ……」



 声を出さないようにしながら、どうにか受け止める。どうやら足にジーンズをひっかけてしまったらしい。

 それはいい。それはいいのだが。



「ごめん、ちょっと……バランス崩しちゃって」


「う、ううん、大丈夫……」



 至近距離で見つめ合う。

 背丈がそう違わないせいで、目の前に綺麗な瞳や、長いまつげや、今更ながら薄く色つきのリップが塗られていたことに気付いた唇が寄せられる。

 つい、艶やかな唇に目線は引き寄せられ、冬夏は自分の頬が勝手に熱くなってしまうのを感じた。

 意識を反らそうにも、近すぎて意識を反らせない。

 下手に意識を反らそうとすると、受けとめる時に腰に手を回してしっかり抱きしめてしまったせいで、下着越しに胸が胸板でつぶれて変形しているのが目に入って、ますます顔が熱くなる。

 腰に回してる手のひらから、なめらかな素肌の感触が伝わってきた。

 触れているだけで気持ちのいい、暖かな素肌。そ

 の感触に、冬夏は無意識に腰のあたりを軽く撫でてしまう。



「んっ……冬夏……っ」



 ぴくん、と体が震える。

 そのあまりに色っぽいしぐさと、ちょっと潤み始めている目元に、体の中でじわじわと熱の塊が膨らんでいくような錯覚を覚えた。


 もうちょっとくらい触っても、この流れならいけるんじゃないだろうか。


 そんな、普段なら絶対に思い浮かばないような考えまでも浮かんでしまい。

 冬夏は腰に当てていた手を、ゆっくりと下に下げて――



『お客様―? 開けますよーっ?』


「いえちょっと待った開けないでください!?」



 突如響いた店員の声に、びくぅ! と冬夏は肩を跳ね上げていやしから距離をとる。

 いやしも正気に戻ったのか、かぁ、っと一気に顔を限界まで赤くすると、冬夏が見ているのにもかかわらずそそくさと服を着替え始めた。


 もう手をだしたり出来るような雰囲気ではない。

 残念なような安堵したような、複雑な気分でいやしに背を向けた冬夏だったが、ふと気づく。

 さっきの店員の声と、今しがた声をかけてきた店員の声が、違ったことに。



「……開け」



 ぽつりとつぶやいて、左目に能力を使って試着室の外を見る。

 そこには店員の姿はなかった。店の中を巡回してみると、さっきの店員は端っこの方に居た。

 手近に店員は居たものの、冬夏たちが入っている試着室の方は見向きもしていない。


 どういうことだと首を捻る冬夏だったが、外に出るのにちょうどいいタイミングであるのには違いない。



「姉ちゃん、着替え終わった?」


「うん、終わったよ」


「じゃ、出よう。今外に人居ないから」



 元の服装に着替えなおしたいやしの手を取って、試着室を出て、商品を元に戻してそそくさと店を出る。

 店を出ると、自然と二人同時に安堵のため息が出た。それがなんだかおかしくて、顔を見合わせて笑いあう。



「ふふ……ドキドキしちゃった。

流石にいきなりカーテン開けたりとかはないと思うけど。それでも中に二人で居るの見られたら、変に思われるもんね」


「こんな無茶はしないようにするよ。

……やっぱり女の子には女の子の服だ。というわけで姉ちゃん、女性用の店行こう?」


「まぁ、今のお店に入りなおすのも気まずいしね。いいよ」



 苦笑気味に、しかしどこか楽しそうに、いやしはちょっとだけ握った手のひらに力をこめてくれる。

 それに冬夏もちょっとだけ力を入れ返しながら、二人は隣接している女性用の衣料店へと入っていった。

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