二章『姉と、不審な来夢。』その7
その日の夜。
夕食を共にした後、来夢はポストに投函されていた見慣れた封筒を持って自室に戻った。
楽しい夕食でいい気分になったところに水を差されるようだったが、いい加減慣れて来たのでそこまで気分の浮き沈みは無い。
適当な手つきで封を切ると、中に入っていた手紙に素早く目を通した。
『本日はご苦労様。
今日のことで一通りキミに頼みたい仕事は終了となる。
それに伴い、最後に謝礼をしたい。
なお、信じてもらうしかないが既にキミの秘密に関する物証は抹消してある。
秘密の口外なども一切しないことを約束する。
私はおどした上であっても仕事を頼んだならば対価を払う。
悪人にも、善人にも、脅した相手であっても。
謝礼とは、キミの秘密以外のものだ。
それを渡すため、明日、楠城いやしと短時間でいい、人目につかない場所で二人きりになるように。
それを目印にして、タイミングを計って謝礼を支払おう。
お互いの幸せのために、最善を尽くすよう願う』
読み終わった来夢は、思わずため息を吐く。
「なにが幸せよ……不幸なことばっかりじゃない」
読み終えた手紙を部屋の隅にあったシュレッダーにかける。
『帳』で備品として支給されているもので、内部で火をつけて燃やしてくれる優れものだ。
少々部屋が焦げ臭くなるので換気しないといけないのがたまにキズだが。
窓を網戸にし、ぽつぽつと星が輝く空を見上げながら来夢は考える。
「明日……接触してくるのかしら。代理っていう可能性もあるけど……でも……」
ここ数日の襲撃。
それはおそらく手紙をよこした人物の差し金だ。
数日前の朝方に冬夏が捕らえた人間は違うが、今日襲ってきた三つ子と、その前の学校の体育館裏で襲ってきた男については『金を払うから襲ってきて欲しい』と指示があったことが聞き込みから明らかになっている。
三つ子の件についは『襲撃させるからなるべく長時間相手をしていろ』という内容の手紙が来夢の元に届いていたので、確実に手紙の主の差し金。
そして、金を払って頼まれたという共通点からして、体育館裏の男も同じと考える。
「……お金を払ってまで動かすにしては、雑な気がするのよね……指示が」
二度の襲撃の内容を思いだして、それらの『適当さ』を思い、首を捻る。
なにかこう、手紙の主は『指示を出す相手に細かなことを頼みたくない』というような考えを持っている気がした。
相手を信頼していないというか。
「それなら明日……本人が来る可能性もある……かな」
謝礼がなにかはわからなかったが、今までの経験からするとお金だろう。
下手な人間に金の受け渡しを頼めば、うっかり横取りされかねない。
それを思えば、自分で渡しにくるのではないか? と来夢は思った。
あくまで希望的観測。
むしろそうならない確率の方が非常に高いとは思うのだが。
それでも、これで手紙の主とのつながりが途切れてしまうならば、冬夏たちへの裏切り行為を雪ぐチャンスはこれが最後なのだ。
「頑張らなきゃ……ああ、でも、明日冬夏はいやしさんとデートなんだよねぇ……あああ……!
気になる! そっちのこと気にしてる場合じゃないけどきになるッ!」
呻きながらベッドにダイブして、ごろごろ。
頭の中では真面目に手紙の主に対しての対策を練ろうとしている理性的な来夢と、冬夏といやしのデートのことを悶々と考えようとしている乙女の来夢が闘っていた。
しかし、ふと、理性的な来夢が乙女の来夢に進言する。
『悩むなら、冬夏たちのデートについてはストーキングするってことで決定しておいて、手紙の主のことを真面目に時間をかけて考えればいいんじゃない?』と。
「それだ!」
がばっ、と勢いよく起き上がった来夢は、晴れ晴れとした表情で窓を閉め、カーテンを閉め、真面目に手紙の主のことについて再び考え始める。
……類は友を呼ぶ、というけれど。
姉を愛する冬夏に恋する来夢もまた、根はちょっぴり変態なのだった。
二章終わりです。