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英雄姉を好む  作者: 七歌
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二章『姉と、不審な来夢。』その6

「ただいまー」


「お邪魔しまーす」



 三兄弟の片づけを終えてから、冬夏と来夢は一緒に買い物をしてから帰ってきた。

 片付けに手間取ったせいもあって、日は大分落ち、外は夕焼け色に染まっている。


 居間に入ると、ソファで制服姿のまますやすやと眠るいやしと、椅子に座って本を読む春秋の姿が。



「姉ちゃんただいまー……って、まだ寝てたんだ」


「昼食を食べたあとからずっとな。少し疲れていたのかもしれない」


「ふぅん? 昨日の夜は夜更かしとかしてた気配なかったんだけど」



 だが、疲労というのは案外本人の気付かないところで溜まっているものだ。

 起こさないでおこうと思いながら、いやしの横を通り過ぎてキッチンへと向かおうとする……が。



「ん?」


「どうかした? 冬夏」


「いや、ちょっと……うーん? 気のせいかな」



 ふと違和感を覚えて、冬夏は鼻をひくつかせる。

 とりあえず手に持っていた買い物袋をキッチンの方に置いてくると、眠っているいやしの方に近づき、しゃがんだ。



「くんくん」


「……ちょっと冬夏、あんたどこの臭い嗅いでんのよ」


「見りゃわかるだろ。足だよ、足」



 靴下の上からにおいをかぐと、やはり冬夏の鼻は敏感に違和感を察した。

 靴下越しだからそこまではっきりとしたものではないものの、匂う。

 スカートからすらりと伸びた足には目もくれず、冬夏はくんくんといやしの足のにおいをかぎ、神妙な顔で立ち上がった。



「やっぱり匂うな……どうしたんだろ」



 いやしの足からいつもと違うにおいがして、首をかしげる。

 以前も何度か嗅いだことがある、いやしがストレスを感じた時の、ぶっちゃけて言ってしまえばちょっとくさい感じの臭いが足からした。


 いやしは足裏の汗腺にモロにストレスの影響が出るようで、なにか負荷がかかるようなことがあると足の裏がちょっとにおうのを冬夏は知っていた。



「ちょっと、いやしさんの足のにおい散々嗅いだあげく、何一人で納得したような表情してるのよ。

流石にちょっと気持ち悪いわよ?」



 げんなりした表情をする来夢だったが、その点については冬夏には問題なかった。



「大丈夫。前に姉ちゃんが居眠りしてる間にこっそり足のにおい嗅いでたのばれたことあるけど、怒られなかったから。むしろ半笑いで撫でられた」


「呆れられてんでしょそれ!?」


「いや、受け入れられてるんだ」


「……たとえ受け入れて無くても本人を目の前にして言うような性格じゃないだろう、いやしは」



 ぼそりと春秋が呆れたような声音を出す。

 そこまで言われては流石に冬夏も押し黙るしかない。



「わかったよ。今後は足のにおいかがないってば。ついでに今嗅いでたのも黙っといてくれると助かる」


「口が裂けても言わないわよ……はぁ。

ホント、なんでいやしさんのことばっかりは見境ないっていうか……はぁ~……」



 深いため息をつき、肩を落としながら来夢が夕飯の準備を始める。

 おれも手伝おうかな、と冬夏も制服の上着を脱いでいると、もぞりといやしが身じろぎをした。



「姉ちゃん?」

「ん……とうかぁ……? ふぁー……ああ……」



 あくびをして、軽く目元を擦りながら起き上る。

 隙だらけのその表情は、いつもより幼さが増していて大変可愛らしく、冬夏はついつい緩みそうになる頬を無理やり平常に維持。

 ちょっと頬が痙攣しながらも、割と普通の笑顔をいやしに向ける。



「おはよう、姉ちゃん」


「んー……おはよー……あれ、なんか、外がオレンジ……?」


「もう夕方だからな。随分寝てたぞ、いやし」


「夕方……えっ? 夕方? 大変、お買いもの行かないと……!」



 春秋の言葉に慌てて立ち上がろうとするが、寝起きで頭に血が昇っていなかったのかふらりと体が傾く。



「っと、危ない」



 冬夏はそれをしっかりと受け止め、ソファにちゃんと座らせる。



「買い物なら来夢と行って来たから。

最近夕飯まで姉ちゃんに任せきりになってたし、今日はおれと来夢で作るよ。楽しみにしてて」


「そう? ごめんね……でも、ありがとう。来夢ちゃんも、ありがとう」


「いえー、気にしないでください! いつも美味しいごはん頂いちゃってるのでー」


「気にしなくていいのに、ほとんど家族みたいなものなんだから。

……でも、なんだかちょっと申し訳ないかな。

今度何か、お返しでもさせてくれない? 冬夏に来夢ちゃん」


「いや、おれもそんな気にしなくても――」


 いいよ、と言おうとして、はっとした表情で冬夏は口元を押さえた。


 これはチャンスじゃないか、と。


 流石に無茶な注文は気が咎めるが、多少デートっぽいことをするくらいなら許されるのではないか?

 ちょっとくらい――義弟じゃなく男として――見てもらえるようなことをしても。



「じゃ、じゃあ、一つだけお願いしてもいい? 姉ちゃん」


「ん、なに?」



 まだ眠気の残る、邪気のない目で見つめられる。

 しかしそんな表情も魅力的で、冬夏は力をこめて頭を下げた。



「明日二人きりで一緒に買い物行ってください! 中心街の方まで!」


「いいよ。ていうか、そんなに頭下げなくてもいいのに」


「い、勢いっていうか。そんな感じで、つい」


「ふふっ。変な冬夏」



 くすくすと楽しそうに笑ういやしに、照れくさくて冬夏も後頭部を掻く。


 そんな二人の背後、キッチンの方で来夢は一人取り落しそうになった皿を慌ててキャッチして、小さく肩を震わせ、誰にも聞こえないような声でつぶやいた。



「……デートじゃん、それ……」


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