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英雄姉を好む  作者: 七歌
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二章『姉と、不審な来夢。』その5

「おぶ!? お、おもっ。この防護シート重いな!?」


「さ、サイズがサイズだから仕方ないでしょ……! 

あと色々普段のやつとは設定違う感じで作ってあるし……ああもう、試作品なんて持ち歩いてるんじゃなかったわよ……!」



 自分たちを覆い隠した防護シートの下、冬夏と来夢はもがく。

 予想以上の重量があって、体に力を入れていないと地面にキスさせられそうになるのだった。



「くそっ、開け!」



 四肢に力をこめながら、冬夏はシートの外を能力を使って観察した。


 針を撃ってきているようだが、流石来夢が作っただけあるというべきか、電流・針ともにシートの内側まで通ることはない。

 ……だが、針が通じていないと理解した三つ子は、ゆっくりとシートを取り囲むように近づいてくる。



「まずい……シートを踏みながら近づいてくる」


「それって、出れなくなるってこと?」



 小声で報告すると、来夢が目を見開いた。

 三方向からシートを踏みつけられていたら、流石にそう簡単に脱出は出来ないだろう。


 だからと言って急いで脱出しても、出たところを狙われるのは確実だ。

 三本同時に撃ってこられたら、冬夏も対処のしようがない。


 春秋の能力なら、こんな状態からでもなんとか出来るのだろう、と思わず冬夏は歯噛みする。

 冬夏にも奥の手と呼べるものがあるものの、それはある程度武術の類を修めているような人間相手じゃないと使えない。

 三兄弟は体つきや動きの一つ一つはほとんど素人のそれだ。冬夏の奥の手が通じるとは思えなかった。



「このシート、物理的な衝撃はどのくらい和らげられるんだ?」


「多少は和らぐと思うけど、流石に上から三人が殴りつけてきたらちょっときつい……かな」


「だよなぁ。……仕方ない」



 シートを踏みながら徐々に近づいてくる三人を左目に映る視点で確認し、つい冬夏は苦い表情をしてしまう。

 それでもやるしかないと、懐からスマホを出してメールを一本打った。

 もちろん相手は、春秋だ。

 場所的には大分離れているが、春秋の力ならそう時間はかからずに到着出来るはずだった。



「春秋さん?」


「緊急事態だし仕方ない……ホントはいやだけど」


「仲直りしたんじゃないの」


「表面上だけだし……さて、そろそろ蹴るなり殴るなりしてくるころあいかな――っと!」


「えっ? あ、ちょっと!?」



 連絡を終えた冬夏は、来夢に覆いかぶさるように、上から抱き着く。

 目の前で目を見開く来夢が慌てた声を出すが、それは無視。

 冬夏だって、流石にこうして抱き着いていたら多少女の子なのを意識してしまうから。



「いいから黙って。クソ兄貴なら十五分くらいでここまで来れるはず……それまではおれがかばう」


「ば、馬鹿、素人相手って言っても、男三人からリンチにされるようなもんなのよっ?」


「来夢の創った布越しなんだから大丈夫だって。――くる」



 半笑いを見せてから、冬夏は周囲を観察する。

 三人が同時に、布地の盛り上がったところに向かって足を上げて――



「っ!?」



 次の瞬間、衝撃が来た。ただ、身構えていた割にはそこまでの衝撃はない。



「流石来夢の――ううっ!?」


「冬夏……っ」


「いいから、静かにしててくれよ……! っぁ、っくぅ!?」



 容赦なく、何度も何度も蹴りが叩きこまれる。

 威力が減っているが、それが逆にじわじわとなぶられているように感じられた。

 実際に視点で確認する分には、結構な勢いで蹴っているのだが。



「全然、大丈夫っ……! 来夢の、布、優秀だ……!?」



 視点を使って蹴りのタイミングや角度を確認し、最低限頭や腹などには喰らわないようにしているが、こう何発も遠慮なく蹴られていると、流石に体の節々が痛む。

 武器の一つも取り出して布を切り破ってやり返してやりたいところだが、来夢を守る方が優先だ。


 後で覚えとけよ、と冬夏は心の中で恨み節を吐きながら、大きなダメージを喰らわないように左目の視点に集中し続ける。

 一分、二分、三分と、遅々として進まない体感時間を数えながら、来夢に一発も蹴りを当てられないようにしながらガードする。


 ……やがて、五分ほどが過ぎ。

 ほぼ密閉空間特有の空気の薄さを感じ始め、嫌な汗が来夢へと落ち始めて。

 いい加減、ヤケになって布越しに一発反撃でもしてやろうかと思った時。



 ――風が、吹いた。



『!?』



 左の視点の中で、三つ子が驚愕の表情を浮かべたのが見えた。

 その次の瞬間、勢いよく冬夏たちを覆っていた布地が引っ張られ、投げ捨てられ、その上に立っていた三つ子が勢いよく宙を舞う。

 どすん、と三つ続く重い落下音。

 痛みに顔をしかめる三つ子を横目に、冬夏は来夢をお姫様抱っこでかかえて、三人から距離を取り木陰に逃げ込んだ。



「冬夏、あれ!」


「わかってるよ。……まったく、人が苦しくなったタイミングで現れるんだから」



 かっこつけかよ、と吐き捨てながら、来夢を地面に下ろした冬夏は風と共に現れた人物を見た。

 もちろん、春秋だ。


 春秋は、その体に蒼い狼の幻影を纏っていた。

 上半身を覆う、狼の毛皮のようなもの。

 本来の狼の形とは違って毛皮は前腕部まで伸び、その先には大きな三本の爪が伸びている。

 下半身は毛皮に覆われてはいないが、蒼い陽炎のようなエネルギーが揺らめいていた。


 春秋の能力『ウルフウェア』。


『走る速さ』を人外の域に押し上げ、爪や牙と言った野生の武器を与える異能。


 ゆっくりと振り返った春秋は、冷ややかな目で三つ子を見る。

 その目には、これといった感情は感じられない。

 怒りもしていなければ、憐れんでもおらず、まして冬夏たちへの心配の色も見受けられない。

 だが逆に、それが、ひどく不気味だった。



義弟おとうとが世話になったな。それと、幼馴染も」



 静かな言葉に三つ子が一歩下がる。

 一瞬冬夏たちの方を確認したのは、挟撃のために動くかどうかの確認だろう。

 ただ、冬夏はもちろんのこと来夢も精神的に疲労しているから動く気はなかった。


 そもそも。


 春秋の能力と三つ子の能力は相性最悪だから、手伝う必要性を感じないのだ。



「だが、来夢ちゃんはともかく冬夏のために仕返しをしてやろうなんて微塵も思わない。だから――」



 ぐ、と春秋が姿勢を低くする。

 それに反応して、三つ子はすぐさま吹き矢に新しい針を込めて、構えたが。



「……一瞬で終わらせるぞ」


 吹き矢が放たれた次の瞬間には、三兄弟の視線の先に春秋は居ない。


 代わりに、三人の内の一人の腹に、深く春秋の拳が食い込んでいた。

 げほ、とすべての酸素を吐き出す兄弟の声に、慌てて振り返る残りの二人。


 狙いもよく定めずに吹き矢が二本同時に放たれる。

 だが、飛来した二本の吹き矢に対して、春秋は特別なことはしない。

 ただ、背を向けて毛皮の部分で針を受け止めた。


 帯電しているはずの吹き矢は、しかしなんの効力も発揮しなかった。

 春秋の纏う『ウルフウェア』はエネルギーの塊みたいなものだ。

 針は毛皮に刺さっても春秋の体に届くことはないし、電流程度は簡単に霧散する。



「終わりだ」


『ひっ――』



 静かな死刑宣告に、男たちののどがひきつり――次の瞬間には、片方が春秋の体当たりを喰らって後方に大きく転げた。

 おそらく訓練などは受けていない三兄弟の目ではとらえきれていないようだったが、冬夏の目には春秋の加速が確かに映っていた。


 ウルフウェアは腕力こそ大して強化されないものの、それを補ってその速力から繰り出される攻撃は驚異的だ。短距離の助走でも、人間一人軽く吹っ飛ばす威力がある。

 一応手加減しているはずだが、それでも食らった相手は骨にヒビくらいは入っているだろう。



「……だから昔から勝てないんだよなぁー……」



 最後の一人をあっけなく気絶させた春秋を見ながら、つい冬夏は愚痴ってしまう。

 昔から手合せを何度かしているが、大体能力を使われて負ける。

 今は多少違うと信じたいが、目の前で戦っているのを改めて見ると負けん気が自然と湧き上がってくるのを止められない。


 春秋に勝てなければ、いやしを守れない。そう思うから。



「怪我してないか、来夢ちゃん。冬夏」



 能力を解除して、私服姿の春秋が近づいてくる。



「随分早かったな、兄貴」


「元々、危ない状況なんじゃないかとは感じてたからな。

いやしのことを帳の人間に引き継いでから、こっちに向かってたんだ」



 コレを使ってな、と自分の鼻をトントンと軽く指先で叩く。

 ウルフウェアを使った状態での嗅覚便りで冬夏たちを探したという意味だろう。

 全方位で便利な能力だ。



「でも、危ない状況だっていつわかったんですか? さっき冬夏が送ってたメール……じゃ、ないですよね」



 来夢の言葉に、春秋はスマホを取り出してメールの画面を見せてくる。

 そこには、冬夏が来夢と共に逃げはじめたあたりに送った、『いやし姉ちゃんどうしてる?』という内容のメールが表示されていた。



「なにもないのに、俺の方にこんなメールを送ってくるわけがないだろ? 最初から素直に危ない状況だって報告しないあたりは、どうかと思ったけどな」


「うぐ……」



 理論的に考えればそうなのだが、実際ここまで危ない状況になるかはわからなかったわけだし、第一春秋に素直に助けを求めるのはまだ抵抗があった。

 とはいえ、来夢を危険にさらしたのは事実。



「まぁ……その……なんだよ……兄貴……一応……礼くらいは――」


「気持ち悪いから言わなくていい。先に帰ってるぞ。

いやしが寝てるから、夕飯はお前が作れよ」


「あ、お、おい!」



 さっさと神社の敷地から出て行ってしまう春秋。

 追いかけようとしたが、節々が痛んで追いつくのは諦めた。



「ほら、無理すると体に響くわよ」


「くっそー、かっこつけやがって……」


「かっこつけてる風ではないと思うけどね。それより、後片付けしよ。

伸びてるの放っておくわけにはいかないし」


「むぅ……わかったよ」



 いいところだけとっていった兄に対して複雑な想いを抱えたまま、冬夏は来夢と共に後片付けを始める。


 そのうち絶対一泡吹かせてやる、と心の中で決意して。

 仲直りで多少埋った溝は、早くも深さを取り戻し始めていた。


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