一章『姉と、日常。』その9
冬夏がいやしと楽しく買い物を済ませ、春秋に「部屋にこもってろ」と言いつけて、いやしと再び楽しく料理すること一時間ほど後。
日がすっかり傾いた頃、楠城家の食卓にはそこそこ豪華な料理が並んでいた。
「なにやってるかと思ったら、どうしたんだ、これ。頭でもぶったのかよ、冬夏」
最後に食卓に招かれ、なんだなんだと首をかしげながら部屋から出てきた春秋は席に座っても不思議そうな顔をしていた。
そんな春秋に対して、冬夏は腕組みをして胸を張り、なるべく上から目線な言葉に聞こえるような口調で言う。
「ちったぁ仲直りしてやろうと思って作ったんだよ感謝しろ、クソ兄貴。いやし姉ちゃんと一緒に楽しく買い物してから楽しく一緒に料理した傑作だ、食え」
「冬夏、冬夏、それ全然仲直りしようって人の態度じゃないよ?」
「む……」
苦笑気味にいやしに肩を叩かれたので、テイク2。
「……まぁ、なんだ。あんまりいやし姉ちゃんに迷惑かけるのもなんだし、多少仲良くしようと思ったんだよ。とりあえず口を開いたら悪態つくとか、悪口いうとか、そのあたりだけでも改善しないか?」
「マジでどういう風の吹き回しだよ」
本気で心配そうな顔をされていらっとくるが、怒りを飲み込んで不器用に冬夏は笑顔を作った。
あまりに緊張しすぎてほとんど睨んでいるような表情になっているが。
「来夢との会話がきっかけなんだけど、どうでもいいだろ、そんなこと。
きっかけはどうあれとりあえずちょっとくらいは仲良くしようって気が起きたんだから快く受け取ってくれよなぁ兄貴?」
「顔ひきつりすぎだぞ」
あざ笑うかのように唇の端を吊り上げる春秋。
その一言で余計に額に青筋うかびあがらせる冬夏だったが、次の瞬間春秋が笑い始めたのを見て、面喰う。
「っく……ふふ、ははははは!」
「な、なんだなんだ? どうしたんだよ兄貴」
「ふふ……いや、別に。妙なタイミングで、お前も変な気を起こすもんだなと思っただけだよ。
というか、俺はお前がつっかかってこなければ売り言葉に買い言葉で悪口なんか言うつもりはないんだけどな?」
「……それはぜってー嘘」
「よくわかってるな義弟。でもまぁ、いい。わかったよ、お前の言い分は」
笑いを納めると、机の上に会った煮物を一つ箸で口の中に放り込んだ。
そして、にか、とその爽やかな顔に似合った、しかし珍しい笑みを浮かべた。
「美味いぞ、冬夏。ありがとな」
「へ? ……ああ、うん……まぁ」
……え? これ本当に兄貴? 能力で取りつかれて中身別人になってないよね?
あまりにもすっきりした素直な表情なので、冬夏は動揺を隠せなかった。
しかしそんな冬夏の両肩を、優しい手のひらが撫でる。
「よかったね、冬夏」
「姉ちゃん……」
確かに、当初の目的は達成された。想像していたのとは大分違うが。
春秋は全然悔しがっていないし。
けれど――それでも。
「……兄貴」
「ん?」
「これからも、よろしく」
とりあえず仲直りだと、一言だけ告げる。それに春秋は何も答えず、食事を始めた。
いやしと冬夏も席に着くと、同じように夕食を食べ始める。
いやしはにこにことして、冬夏と春秋はどこか気まずそうな、しかし仲が悪い兄弟という風には見えない雰囲気で。
そんな中、ふと、冬夏は思った。
せっかくだし、仲直りしたところを来夢にも見させてやりたかったな、なんて。