一章『姉と、日常。』その8
「もう……約束の仕方適当過ぎ」
走り去って行った冬夏を見送った来夢は、小さくため息をついた。
一応、デートの約束をしたことになるのだろうが――今まで通り、冬夏はさっぱり意識してくれる気配はない。
おそらく来夢に対して「そういう」気を一切持っていないせいなのだろうが。
こういった約束をするたびにそのことを意識させられて、毎度のことながら気分が落ち込んでしまう。
「……馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿――ああ、もう、あたしが一番馬鹿よバーカバーカ!」
うがー! と頭を抱えて叫びながら、その場にしゃがみ込む。
……が、そうすることで自分の中のどうしようもない感情をある程度処理できたのか、冷静な顔ですっくと来夢は立ち上がった。
「とりあえずしばらく見張りだけしてるか……五分もすれば来るでしょ」
体育館の裏側だし、しゃがんでいればまず人に見つかることもない。
そう思い、体育館の壁際にしゃがんだ来夢の目の前に。
ひらり、と。
一枚の封筒が落ちてきた。
「……はい?」
反射的にそれを掴み取りながら上を向く。体育館の上には、誰も居ない。
屋根の上を人が移動しているような音もしない。
体育館の上の方にある窓から落ちてきたのかと思ったが、窓は一つも開いていなかった。
風でここまで流れてきた、にしては封筒は厚い。中には数枚の紙が入っているようだ。
表には「大留 来夢 様」と印刷されている。
封のされている裏面には「一人で開けてください」と、同じように。
いぶかしみながら周囲を警戒するが、なにかが来る気配はない。
一応、回収に来る仲間にメールを打っておく。
周辺を警戒し、不審人物が居ないか確認しつつ来るように、と。
打ち終わってから、ゆっくりと壁を背にして立ち上がりながら、来夢は改めて封筒を見た。
爆薬などが入るサイズには見えないが、中に危険物が入っているかもしれない。
開けるのは家に帰ってからにしようと、ポケットに仕舞いこんだ。
それから数分後、結局他に侵入者の姿が現れることはなく、来夢はまず自分で開封してから上には報告しようと、ポケットの中に手紙を仕舞いこんだまま家路についたのだった。