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英雄姉を好む  作者: 七歌
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プロローグ『姉と、いつもの朝。』その1

単行本一冊くらいのボリュームしかないので是非お付き合いください。

感想その他罵詈雑言お待ちしております。

 雨こそ降っていないものの、しっとりとした空気の朝だった。


 コンクリートを食い破った雑草を濡らす朝露を見下ろしながら、一人の男が住宅街を歩いていく。


 年若く、細身な体に、眼鏡に、ジャージ。

 出勤前の一運動という体で、足早に歩いていく。


 やや田舎の住宅街の朝ということもあって、人通りはほとんどない。

 誰も男を見る人間は居ない。

 それでも、男は時折周囲を気にするように視線をさまよわせながら、一軒の家に近づくにつれて歩速を緩めた。


 男が目をつけたのは、普通の一軒家だ。

 二階建てで、駐車場があって、裏手にかなり小さいながらも庭のようなものがある。


 男はその家に近づいて行く。

 ぐんぐん、ぐんぐん、近づいて――


 そして、一瞬周囲の状況を確認したかと思うと、素早くその家の敷地内へと入った。


 しかし、家のチャイムを鳴らしたりするわけではない。

 隣の家との間にある一メートルもない隙間のような道に身を潜ませると、周囲に気を払いながら敷地内を進んでいく。


 ……ふと、視線を感じて上を見る。


 二つの屋根の間から見える、薄い雲。そこに空いた穴が、目のように見えた。

 あるいは、これからすることに対する多少の罪悪感がそういう風に想わせるのかもしれなかった。


 男には、目的があった。


 この家にいる、ある少女をさらうこと。それが、男の目的だった。


 ターゲットの少女は、男のような人間にはすぐにその価値がわかるほどの特異性がある。

 そのために、とある組織に雇われたのが、この男だった。


 曰く、異能を生む少女。


 簡単に言ってしまえば、超能力を持った子供を『確実に産める』体質の少女なのだという。


 異能、能力と呼ばれるものを持つ男には、それがどれほど恐ろしい体質であるか容易に想像できた。

 前金として男の年収ほどの額を提示された時はどういうことかと思ったが、ターゲットの重要性を教えてもらった後はすぐに納得した。


 それだけの価値がある仕事だ。



「……十七かそこらまで、よく無事だったものだな」



 少女の体質を思い、今まで無事に過ごしてこられた奇跡を考え男はぽつりとつぶやく。


 護衛がいるとは聞いている、が。下調べで今の時間が一番手薄だというのを男は知っていた。

 今の時間、同居する護衛二人しか守りはない。


 加えて、その二人が手練れならばまだしも、いずれも少年と呼ぶのが相応しい程度の歳の頃だという。

 名前は、確か――



「――、」



 不意に足音が聞こえて、男は思考を中断した。


 音は玄関の方から。

 足音と言ってもわずかに床が軋む程度のもので、ドアを開ける音も住人を起こすほどではないわずかなものだったが、男の耳はごまかせない。


 気づかれたかと思い息を殺す。


 だが、足音は男の方に近づいてくることはなく、男が居るのとは反対側の隣の家との間にある通路を通って小さな庭の方へと向かって行く。


 男もまた、息をひそめたまま、庭の方へと向かった。


 庭は石が敷き詰められていて、あとはプランターがぽつぽつと置いてあるだけだ。

 

 その中心に、一人の少年が立っている。

 

 名前は――『楠城くすのき 冬夏とうか』。

 護衛の少年二人の、若い方。


 背はあまり高くなく、また高校二年生にしてはその顔の幼さが抜けきらない。

 下はジャージ、上は着古した長袖のシャツというだらしない格好で、サンダルをつっかけてうろうろと周囲を見ている。


 ……警戒している風ではない。

 

 まだ眠いのだろうか、時折目を閉じては、口元をなにか呟くように小さく動かしていた。

 その様は護衛の人間とは思えない。気が抜けすぎていて、男の手にかかればすぐにでも縊り殺せそうなように見える。


 やってしまおうか、と男は手のひらに力を込めた。


 体の中で本来人間にはあり得ないエネルギーが生まれ、循環するイメージを膨らませる。それが、周囲に存在するものを引き寄せる様を想像する。

 すると、男の手の中にゆっくりと周囲の水分が結集し始めた。さらに、男の足元にもいくつか水の塊が発生し始める。


 男の『力』は、水を操る。

 

 あまり乾燥した場所だと性能が落ちるが、今日のような湿度の高い時と場所ならば水を集めるのにも時間はかからない。

 

 地面に集めていた水分は、そのまま砂利の下へと隠した。


 楠城冬夏は油断しているようだが、一発で決まるとは限らない。

 念には念を入れ、『準備』をする。

 

 手の中に集まり球となった水に、男はさらに能力を込める。

 すると、ぴき、ぱき、と小さく音を立てながら、手の中の水の塊は長く変形しながら凍っていく。


 二・三秒で、手の中に氷の槍が完成すると、男は物陰から楠城冬夏の様子を伺った。


 ふぁ、と気の抜けたあくびをする冬夏。


 ――その瞬間、男は勢いよく氷の槍を持った腕を振りかぶり、即座に振り下ろした。


 冬夏の腹に向かって飛来する槍。

 的のサイズを考えれば、外れるわけがない。また、男の能力は手から離しても数秒は持続するため強度も落ちない。


 殺った(とった)――そう、男が意識を緩めようとした瞬間。



「――あんま派手なことするなってば」



 男の耳に聞こえる程度の声音で言いながら、素早く、しかしわずかに少年が身を捻る。

 そして、いつの間にか手袋をはめていた手のひらで、飛来した氷の槍を叩き割りながら落とした。


 ばらばらになりながら地面に落ちる氷の槍。


 それを踏み砕きながら、あ然とする男に向かって、ゆっくりと楠城冬夏は歩み寄ってくる。


 真っ赤な両目を向けながら、歩み寄ってくる。



「その、目……能力か」



 じり、と一歩後退しながら、男は冬夏の事を観察した。


 赤い目は、どうやら充血しているようだ。

 おそらく目に関する能力の反動が表れているのだろう。男の知り合いにも、そういう人間は何人か居た。


 少年は男と同じく狭い通路にまでやってくると、うっすらと笑みを浮かべる。

 背筋に氷を差し込まれるような殺気を感じ、さらに男は身構えた。



「そう、本来の視界に新しく『視点』を作って遠くを見れる。ただそれだけの力。でも、まぁ、こんな感じで奇襲には強いんだ」


「わざわざ話してくれるとは、気前がいい少年だ」


「ここで倒しちゃうんだし、いくら話してもいいかなって思うだろ? 普通。ほら、ゲームのラスボスとか今までの事情とか気前よく話してくれるし」


「そうなると、私はお前に勝てることになるな」


「おっと、そういうこと言う? でもそれは、主人公がラスボスを倒せるレベルになってたらの話だろ」



 不敵に口元を歪めて冬夏が構える。

 それに合わせて、男も新たに手の中に水を集め、氷のナイフを作った。


 硬く、強く、凍らせる。

 だが、それはフェイク。

 真剣に向き合う様に見せながら、先ほど地面に隠した水へと意識のほとんどを集中していた。


 勝負は一瞬でつく。


 その、一瞬の勝負の始まりを告げたのは――男がわずかに足を踏み出した音だった。



「――っ! らぁ!」



 冬夏が小柄を生かして踏み込んできながら、拳を叩きこもうとしてくる。


 しかし、男の攻撃の仕込みははるかに速く完了しているのだ。

 迫る冬夏の頭部へと、二つの水の塊が、一気に飛来する。


 ……だが。



「それは見てたぜ、仕掛けた所っ」


「な、に――っ!?」



 冬夏は、男へと迫りながら顔の左右に迫っていた水球をそれぞれ一発ずつ拳を叩きこんで蹴散らした。


 水への操作に集中していたことと、策が打ち破られたことによる隙が合わさって、男の動きが停止する。


 その顔面に、一気に拳が迫ってきて。

 頭を突き抜ける痛みを感じた次の瞬間、男は意識を失った。


 男は砂利の上に倒れ込む最後の一瞬に、二つのことを思った。

 少年だと舐めていた、失敗した、ということ。



 そして――自分はいつから、この少年に『視られて』いたのだろうかと。


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