プロローグ
連載開始させていただきます。
よろしくお願い致します。
あれ? コイツら弱すぎじゃね?
ある冒険者たちの闘いを見て、その少年は呆れ顔になった。
「みんな、逃げろォーーーーーーーーーーーーーー!」
全身を白銀の鎧に包んだ騎士が、他のパーティーメンバーへ叫ぶ。
Sランクダンジョン、『暗黒天空城』の最奥。『試練の間』という部屋の中で、彼の率いる冒険者パーティーは大きな龍の出現を見た。
財宝を抱く龍、ファーブニル。このダンジョンのボスである。
ダンジョンには、SからEまでのランクがある。Sランクに近づくほど、ダンジョンを攻略した際に得られるアイテムのレア度が上がっていき、その代わりにボスも強くなる。
正直、予想外なほどに。
龍は高い戦闘能力から『神の使い』と呼ばれており、倒すことは非常に困難だ。さらに、龍の中でもファーブニルはまずい。蛇と同様の姿を持ち、固い鱗に身体を包んでいるこの龍は、強いだけでなく欲深い。自身の宝を奪おうとするものに一切容赦することがなく、これまで何人もの冒険者たちを血塗られた牙で屠ってきた。いくら精鋭を十五人集めたこの大規模冒険者パーティーと言えど、まともに戦えばひとたまりもない。
そう判断し、リーダーである白銀の騎士は必死に声を張り上げる。
「俺たちじゃコイツには叶わない! 早く部屋の外に退避しろ! 何としても扉を開けて――」
ファーブニルの尖った牙が、騎士の鎧を粉々に砕いた。
「があッ――!?」
牙が騎士の体を貫き、花びらのように鮮血が舞う。
ファーブニルは顎に力を込めた後、咥えた騎士をペッ、と吐き出す。血だらけになった騎士の死体が地面に叩きつけられた。
「こっ……この野郎ーーーーーー!」
リーダーを殺され、頭に血が上った剣士がファーブニルに向かって飛びかかる。赤く染まった龍の口元を、巨大な聖剣で切りつける。
さらにその後、一拍遅れて他の仲間も攻撃を開始。
『はああああーーーーーーーーーっっっ!』
高等魔術師が巨大な炎を、魔法剣士が稲妻を、精霊使いが聖なる光を、邪悪な龍へと撃ち放つ。その後も十人以上の冒険者たちが、それぞれ得意な攻撃にファーブニルへの殺意を込める。
数々の攻撃が炸裂し、爆炎で龍の身体が隠れた。このパーティーの経験上、これだけの攻撃を一斉に受けて立っていられた敵はいない。
そう。この龍を除いては。
『グオオオオオオオオオオオオオッッッ!』
彼らの攻撃は、全てファーブニルの固い鱗に防がれていた。攻撃のどれもが並みの敵なら一撃で吹き飛ばす威力だというのに。
そして、龍が口を開いた。
龍特有の、ブレス攻撃の予備動作だ。
「マズい! 魔術師、結界を――」
誰かが口にし、言い終わる前。龍が黒炎のブレスを放出。地獄からやって来たような、真っ黒に燃える炎の息。周囲の温度が一気に上がり、空気が燃えているようなひどい熱量を感じさせる。熱いなんてものじゃない。喰らえば、一瞬で溶かされる。
「くっ! 断絶の結界!」
炎が届くギリギリのところで、魔術師の一人が結界を展開。どんな攻撃も受け付けず、物理的干渉が不可能な結界。世界と自分とを切り離す、強力な断絶の結界だ。
黒炎はそれを破ることが出来ず、結界の周囲を熱するにとどまる。
「イヤアアアアア! 熱いいいいいいいいいいっ!」
だが、術者の女性が結界の中にいながら叫んだ。
いや、女性だけではない。パーティー全員が熱によって苦悶の表情を浮かべている。
「あ、熱い……! なぜだ……っ! 攻撃は届いていないのに……!?」
黒炎のブレスによる熱は、干渉不可能な結界を超えて冒険者たちを焼いていた。
結界で完全に防御しているのにダメージだけは通るなど、普通は絶対にありえない。
ファーブニルの攻撃が、とにかく異常ということだ。完全防御不可能な黒炎。パーティーメンバーは膝をつき、熱量だけで倒れそうになる。体中から汗が吹き出し、皮膚は一部が焼けただれていた。
それでも何とか結界のおかげで、ブレスが止むまで持ちこたえられた。周囲を焦がす黒炎が収まり、それに伴い結界も消える。
その後、ファーブニルは固まったように動かなくなった。龍はブレス攻撃の直後にクールタイムが生じるのだ。
しかし、冒険者たちにはとても反撃に出る余裕は無かった。結界越しに炎の熱を受けただけで、かなり削られてしまっていた。体力も、そして精神も。
「あ、ありえねぇ……。俺たちのレベル、平均65以上はあるぞ! それなのに、全く歯が立たねぇ……!」
平均レベル65は、数ある冒険者パーティーの中でもかなり高レベルな方である。ここまで来ると、攻略できないダンジョンを探す方が難しいくらいに。
ところが今、彼らは死にかけていた。ファーブニルのクールタイムの後に、パーティーは全員殺される。
そんな絶望をメンバー全員が感じる中で、声を上げる者がいた。
「なあ……。ひょっとしてボス倒せないのか?」
そう言ったのは、離れたところで戦闘を見ていた少年だ。年は十五歳くらいだろう。彼はパーティーメンバーではなく、『アイテム係』として同行してきた者である。
アイテム係とは、冒険者たちが戦う際に荷物が邪魔にならないよう、代わりにアイテムを管理したり、拾ったりする人物の事だ。彼はこのパーティーに雇われて、ここまで一緒にやって来たのだ。
そんな彼の、まるで他人事な言い方に武術家の巨漢が苛立ち答える。
「見て分からねぇか!? あんなの倒せっこねぇだろーが! 俺たちはここでお終いなんだよ! もちろん、お前も一緒にな!」
このボス部屋から脱出するには、特殊なアイテムを発動するか、ボスを倒すかするしかない。本来の出入り口の扉が、ボスとの戦いが終わるまで固く閉ざされてしまうためだ。
しかし脱出アイテムはパーティーの誰も持っていないし、ボスを倒すのも不可能である。
「あっそ。それじゃあ、俺がやるから」
アイテム係の少年が、背負っていた大きな鞄を下ろす。全員分のアイテムが入り、パンパンに膨れ上がった鞄。
「あ~~っ。やっと身軽になった。お前ら、俺のことこき使いすぎ。もうちょっと気遣ってほしいんだけど」
少年は肩をグルグルと回し、固くなった体を慣らす。
「お、おい……。お前、何を……?」
「だから言ったじゃん。俺があの龍倒してやるよ」
「倒してやる……? 馬鹿言うな! あの化け物は子供が何とかできるもんじゃねえ! 大体お前、レベルは
幾つだ!? 俺たち以下のレベルなんかじゃ触れることすら出来ねえぞ!」
このパーティーの平均レベルでは、ファーブニルにまるで敵わないのだ。奴と対等に戦うには、最低でも75レベルは必要だと巨漢はあたりを付けていた。そして、この少年がそれほど高レベルなわけがない。
しかし、彼が語った自分のレベルは驚くべき数値であった。
「俺のレベル? 『1』だけど」
「はぁ……?」
狐につままれた顔になる巨漢。
そんな彼に、少年は口元を緩めて言う。
「安心しろよ。助けはいらねぇ。ザコは引っ込んでていいぜ」
「ざ、ザコぉ!? この野郎ッッッ! レベル1のガキに言われたくねーよ!」
「お前らのレベルじゃ、まだアイツには勝てねーぜ?」
「だからお前が言うなっての! レベルは遥かに俺らが上だ!」
なんて言い合いをしている最中、ファーブニルのクールタイムが解けた。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!』
先ほどよりも大きな咆哮。体の芯を揺さぶるような威嚇音に、パーティー一同がビクッと体を強張らせる。
しかし、少年だけは違う。彼は咆哮が終わる頃には、龍の前へと移動していた。
「おい、お前ッ! どうするつもりだ!?」
巨漢の問いに、少年はなにも答えない。その代わりに腰の剣を抜く。シンプルなタイプのショートソード。見た目だけならどこの店にも売っていそうな、ごくごく普通の剣である。少年が所持していた中で、唯一の彼の持ち物だ。
『グルルル……』
龍が唸り声をあげ、少年をじっと見降ろしている。今にも飛び掛かりそうな目で。
少年はそんな龍を見上げて、ニッと口角を吊り上げた。
「そんじゃ、いっちょ行きますか」
『グラアアアアアアアアアアアッッッ!』
少年が笑みを浮かべた瞬間、龍が口を大きく開けた。ブレス攻撃の予備動作。
間髪入れずに龍の口内が黒炎で満ちる。少年たちへ炎を放つつもりだろう。
「や、ヤバい! もう一度あれを喰らったら……」
「結界ももう張れないわ! 逃げて!」
散り散りになってその場から離れるメンバーたち。
だが、少年はまた一歩前に出る。
『グオオオオオオオオッ!』
その動作が龍の怒りを買った。
ファーブニルは巨大な火球を少年へ放つ。小さな黒い太陽とでも言うべき恐ろしい熱量を秘めたそれは、迷うことなく少年に直撃。
そして、激しく爆発した。
眩い閃光、灼熱の風、鼓膜を破る爆発音。凄まじい破壊の奔流が少年のいた場所で炸裂し、試練の間全体を震撼させる。
「お、おい! ガキィーーーーーーーーーーーーーー!」
離れた場所で武闘家が叫ぶ。無事ではないと分かっていても、彼は叫ばずにいられなかった。
しかし……。
「なんだ……。龍の炎ってこの程度なのか。炭火の方が熱いじゃん」
彼は、無事に立っていた。
「はああああっっっ!? あ、アイツ! なんで死んでねえんだ!?」
「まさか……生身で受け止めたの? 私でも防げなかった炎を……!?」
先ほど結界を張った魔術師が、驚きのあまり声を張る。
「あの結界は、たとえ世界が消滅しても結界の中にいる人だけは守るほどの力があったのよ! あの子、最強の結界よりも強い防御力を持ってるの!?」
あの少年が、何かしらの魔法を使ったのならまだ分かる。ところが、彼が何らかのアイテムや魔法を使うような気配は微塵も感じられなかった。
『グオ……!?』
驚いたのは、ファーブニルも同じなようだ。鋭い眼を大きく見開いて、目の前の危険な敵を見据える。
だが、さっきと同じ場所にはもう少年は立っていなかった。
彼は誰もが見失うような速度で龍の懐へ突入していた。疾風のような素早さに、流水のような滑らかさ。とても『レベル1』の動きとは思えない、完成された動きである。
そして彼はショートソードを構え、龍の腹へと深く突き刺す。
『ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』
悲鳴というより、絶叫である。
鱗を纏わない腹部を突かれ、凄絶な痛みに身を捩る龍。刺さったままの剣を抜くため、体をメチャクチャに動かそうとする。
しかし、暴れる暇など与えない。
「解放……七十パーセント!」
少年が言うと、ショートソードが閃いた。太陽のように眩しい攻撃エネルギーが、金色の光となって剣の内側から溢れ出す。ただの剣ではとてもマネできない芸当。
同時に、龍の体が吹き飛んだ。
『―――――――――――――――――――――――――――』
声にならない断末魔。その体は、剣で突かれた場所を中心に大きな丸い穴が開いている。少年が放ったソードのエネルギーにより綺麗に消滅したのだった。
身体の中心に大穴を開けられ、まだ生きていられるわけがない。ファーブニルは絶命し、残った巨体が音を立てながら地面に崩れる。
「………………………………………………」
その光景に、冒険者パーティーは絶句した。
彼らはみんな、腕に覚えのある冒険者。その彼らが倒せなかった龍を、子供が一人で退治したのだ。しかも、たったのレベル1なのに。
「さて、と」
しかし少年は平然と龍の死体の上を歩き、部屋の一番奥にある宝箱へと向かっていった。
ダンジョンには、必ずゴールに宝箱が置かれている。それがダンジョン攻略の報酬で、それを手にする権利があるのは、ダンジョンのボスにとどめの一撃を与えた者だと、冒険者の間で決められている。
少年は宝箱の蓋を蹴り上げ、中に入っている物を確認。
それは、煌びやかに光る宝石の数々。そして滅多に手に入らないSSS級ダークアイテム『暗黒神の壺』だった。
壺の中に財宝を入れれば、その倍の価値を持つ別の財宝が現れる。これだけあれば人生を無限に遊んで暮らすことができる。
だが少年は、肩を落として息を吐く。
「また……違った……」
少年はそう呟くと、ショートソードを宝箱の中に突き刺した。
「能力解放……一パーセント」
瞬間、剣からエネルギーが溢れ、宝箱ごと全ての財宝を破壊する。
重苦しい破砕音が響き、辺りに金属片が散らばった。
「ば、バカ! なんで壊すんだ!?」
慌てて冒険者たちが駆け寄るが、すでに宝は粉々になってしまっていた。
「お前なあ! 何考えてんだよ!? せっかくの財宝を壊す奴があるか!」
「……だって、俺が探してる物じゃないから」
落ち込んだ声でそう言うと、少年は踵を返して部屋の出口へ歩いていく。
「探してるもの……? 何だよ、そりゃあ」
巨漢の男の問い掛けに、少年は振り返らずに答える。
「………………神を呼ぶ道具。殺すためにね」
レベル1の少年が無双する物語です。
読んでいて楽しく、気持ちの良い作品を目指していきます。