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こころのくすり  作者: chima
灰色の世界
3/5

記憶に垂らされた遅効性の毒



雨が降りしきる中、今日、大事な人の門出を見送る。街へと続く大通りから一つ外れて山の中にある火葬場。棺が入っていった扉を傘を差す気力もなく眺めていた。その場から離れられなかった。


『同い年の葬式でると連れていかれるんだって。だから、琴の葬式はあたし出ないからね~!あははは』


「なんで、先に死ぬ設定なの~! やめて~!」


こんなときになって、ふざけていた昔の記憶が頭をよぎる。私の葬式でないって、自分が先に葬式あげてどうするんだ。大好きだった良い所と大嫌いだった悪いところ。最強に面倒くさくて何度縁を切ろうと思ったか、でも何だかんだ離れられないくらい特別な存在だった親友。



以前、ひいばあが教えてくれたことがある。どこかの国へ旅行をしたときの事。小さなお祭りがあったから人混みを覗いてみたらしい。豪華な箱を中心に躍りや歌、ビールかけ。笑い声が絶えない場に何の祭かを聞いたところ、それはお葬式だった。


そこでは、誕生は祝事ではあるものの、" 生は 神から与えられた試練やお役目 " であり、" 死は神からの御許し、帰還 " と考えられていた。つまり、遣るべきことを終えたということで、明るい行事とされるらしい。



数年がたち、ひいばあは亡くなった。


『お葬式もひとつの門出。哀しみよりも楽しかった日々を思い出して。卒業式みたいなものかもしれないね。寂しくはあるけれど、満足な人生だった。新しく生まれ変わるために旅立つの。だから、見送っておくれ。』


まるで何でもないかのように笑顔で言葉を残した。


ひいばあの死は考えてたよりも遥かに辛いことだった。家族や親戚は地位や学力、人目ばかりを気にする人で、両親は出来損ないの私をみると溜め息をつくばかり。その空間が苦痛だった。


幼い頃は習い事ばかり。忙しい時間のなかで空いている時間は、ひいばあや親友と過ごす。それだけが心から落ち着く時間だった。自分の心を支えてくれていた大きな存在が、この世にいないことに酷く不安を感じた。



親友の彼女とは、5歳からの付き合い。家が近所だった事もあり過ごす時間も長く、色々あったけど大事な親友。


彼女は母、ひとつ下の弟と暮らす母子家庭だった。小学4年の頃に母親の実夏さんに恋人ができた。そこから男が家に居座るようになり、自分の家であるかのような振る舞い。彼女達が近くに居ても関係なく母親と新婚のような生活をおくる。


今の時代、母子家庭は珍しくない。世間の目は、親は完璧じゃないし、 ひとりの女として自分の時間も大切。という傾向にある。



その言葉に反論する気も、母の幸せを邪魔する気もなく。ただ、日増しに母親の顔が女としての姿でしか見えなくなった。思春期前の兄弟にその姿は厳しいものがあった。



それに加え、男は父親気分で自分を貴ヤンと呼ばせて教育に関わるようになる。それは、教育とはずれているような気もするが、母親の所有権は貴やんが頂点。過ごす権利も貴ヤンが優先され、子どもは彼に許可を取るようになっていた。上下関係は家庭でも必要だと。 今なら、虐待と言えたかもしれない。この頃は、各家庭に教育方針はあると言えばなにも言えなかった。



ある日、弟の拓馬と貴ヤンでトラブルが起きた。そして、それを着火材として溜まりに溜まった不満の気持ちが爆発した。私の家に届く大声で泣き叫ぶ拓馬の声と恐い男の怒鳴り声。そして、親友の叫びに似た怒鳴り声。


『ぅっ、うあーーー、っう"ぇ、うあーーー!!』


『ぁあ? テメーは何様だあ? 口の聞き方がなってねーよな? ぁあ? 』


『拓馬を離せよ!!! やりすぎだろーが! あんたら、人の事言えるのかよ! 』


家を飛び出して見た先には、貴さんが拓馬の髪を掴み玄関から引きずり出そうとしている姿。そして、愛実が貴さんの手を拓馬から外そうと怒鳴り散らす必死な姿。


『ぁあ? 人の女に舐めた口ききやがりやがって。誰が面倒見てやってると思ってやがる?』


拓馬が修学旅行の買い物を実夏さんと行きたかったようだったのだが、貴ヤンと予定を入れていたため断られたそう。


既に不機嫌気味だった拓馬に、聞いていた貴ヤンが更に遊ぶようにからかった事で反抗期に入っている男の子が刺激されない訳もない。


" 気持ち悪い "やら"ばばあ"などと、子どもらしい暴言をに母へ向けて反撃した結果、貴やんから反撃を喰らったらしい。愛実は拓馬の擁護に入ったことで愛実は爆発したとのこと。



『・・・・・・中途半端に育ててくれてありがと。ただ、あんたに育てて貰った覚えもないし、まともに親やってから言えよ。子育てっておままごとなんですか? 離婚して5年間はひとりで頑張ったって思ってるかもしれないけど、拓馬はまだ小学生だろーが。てめーが男を求めているよりも母親の愛情が必要じゃねーのか。親権持ってんなら子育ては義務だろーが。何のための親権だよ。』


髪から離した手には数本の髪が抜け落ち、拓馬は顔を腫らし泣きじゃくる。母親は貴ヤンの言葉に緩んでいた顔を愛実の言葉で不機嫌そうに顔をしかめた。


『チッ、てめえらは美夏がどんな気持ちで生きてきたかわかんねーだろうな。』


『貴、ありがと。もういいよ、愛実も拓馬も、何を思っていても良いけど問題は起こさないでね』



私は、動くことも出来ずに眺めているだけだった。何も知らない振りをして拓馬と一緒に泊まりにこないかとメールをだしたが、この日は来なかった。このときに、もっともっと、愛実の気持ちに寄り添えていたら、もっともっともっと何かができていたら、未来は違っていたのだろうか。



その日から、何かが変化したように愛実の様子が変わり始めた。真面目とはいえないグループに属していた私たちだったが、所詮中学生の黒歴史と言えるやんちゃ程度のこと。理由もなく人をいじめもしない。大人への反抗ばかりしていた。



愛実は中学生としては派手な化粧が映える容姿に、ぽっちゃりしてはいるが男子には当然魅力的だった。そして、愛実自身もそれを自負していた。SNSを活用し男に愛情を求めるようになっていった。繋がりで、危険な繋がりの中に入り同じような仲間を作っていった。そこは、年上が多かった。


その頃、私も外で仲間を作るようになっていた。こちらは、カラオケボックスに知り合い経由で、同年代が適当に溜まり場に集まる。深い関係にもならない。ただ、まったくの他人にはならないため辿れば色々とつてもあり裏切がない限りは危険も少ない。情報源でもあり、色々な情報が入ってくる。


お互いに別々に行動していても表向きには変わらない関係だった。ただ、お互いに相手を大事に思い、自分の苦しみを見せることを遠慮するようになっていた。それは、相手が大変なときに自分の重荷を背負わせたくなかったからだった。


しかし、お互いが相手にとって自分が特別ではなくなったと勝手に傷つき、相手が自分の知らない環境に交友関係を拡げていくことに寂しさと少しの嫉妬心を感じた。



そんな中、愛実が男を寝取ったせいで振られたと学校のグループの騒ぎだした。浮気を男が愛実に無理矢理迫られたからだと言った。そして、次々と同じように問題が浮上していた。年上や彼女持ち、既婚者など関係なく迫る女と噂になっていた。



学校や家から遠退き仲間の家を渡り歩く。大人ぶっても精神的にも人を見極める洞察力も未熟。中学生を相手にするのは、口の上手い遊び好きで軽薄な大人しかいなかった。寂しい気持ちに上辺の優しさを与え、旨い蜜を吸うだけ吸ったのち捨てる。そして仲間が慰めて同じように優しくして突き放す繰り返す日々。



飲酒も喫煙、さらにはガスを吸うことを薦められるがままに手をだして快感に酔った。嫌なことも騒ぐことで忘れられた。お金がなくてもご飯をくれる人と遊べばいい。浮気も浮気される方が悪いのだと、男に囁かれるままおかしな方向へ進む。



何度か、愛実に連絡をいれたが繋がらず、愛実の溜まり場に顔をだして様子を見に行っても居ないことが多く、居てもまともに話を聞かない。自分は今が幸せでそのうち誰かと結婚すると言い、ガス遊びを注意しても意味もない。最終的には口論になり仲間に止められて帰るだけ。


つい熱くなり幾度となく繰り返しぶつけてしまった言葉。


『普通の大人は中学生を相手にしない。仮に本気ならば、悪い事を教えたりしない。』



私は間違ったことを言ったつもりは今でもない。ただ、そればかりで愛実の気持ちを否定してしまった。それは、愛実にとって、私とのより深い溝を作ってしまったのかもしれない。


恐れていたことはすぐに起こった。 愛実は集団暴行を受けた。女だけでなく男からも。私が聞いた話だけでも吐き気がする内容だった。顔は綺麗なままで身体を重点的に。SNSに動画が拡散された。浜辺近くの公園での馬鹿騒ぎだった為、犬の散歩をしていた女性が通報してくれた事で駆けつけた警官に保護された。犯人は現行犯で逮捕された。


この事件の事は、私が美夏さんから警察から連絡を受けたときに聞いたこと。慌てて泣きながら病院に行くから拓馬を預かって欲しいと頭を下げてきた姿をみて、場違いながら頭の隅に美香さんは何だかんだ愛実の親なんだと思った。



私自身も頭から血の気がひいていく感覚に襲われ、取り乱さなかったのは、拓馬が私の手を握って震えているからだろう。同学年の子より背が低い拓馬は歳より幼く見える。だから、私が弱々しくしている訳にはいかないと気丈に振る舞う。



一週間の入院を経て退院した愛実は学校には通えないとの事で祖父母の住む田舎の学校へ転校することになった。


お店も遊ぶところも不良もいない自然に溢れた場所であり、辛うじて電波があるのが救いの場所。ただ、夜には星がきれいで心が癒されたようだった。彼女には最適な環境だと思う。



バタバタと過ぎ行く時間で、愛実の存在を忘れたかのように静かになった噂。流れに乗れずに引っ掛かっているのは私だけだった。愛実ともっと向き合ってちゃんと話せなかったか。親友と言いながら、自分の気持ちばかりが正解だと押しつけていたのかもしれない。押し付けられたら反発するとわかっていたのにと後悔がモヤモヤとこびりつき付きまとう。


それは卒業しても続いていた。愛実とはスマホを通して連絡をとりあい、お互いの状況を交換していた。進路のことから恋愛や友達のこと。愛実は確実に前へと進んでいた。高校への進学も田舎の公立校へ進み、私は地元の専門科目に特化した高校へ。どちらも進学校ではないものの人気校で知り合いも大勢いた。


『よーし! 琴、カラオケオールするべ!! 』


「えーーーー!」

私の心配は無駄だったようで、高校生活を満喫しているらしい。

学校へ行くには地元からの方が良いようで、あっさりと帰ってきて元気に夜遊びも再開した。大した度胸だと尊敬すら覚える。


今回は、たまにだけど私も同行した。お酒と煙草はせめて人前では控えさせ、不倫や浮気はいけない。ガスは論外で流行りの刺青も後悔するからやめなさい! と釘をさしつつ息抜きはさせる。私が参加する時の夜遊びは基本、女子もしくは同年代の知り合いに限る男子がきまりだった。


10月は文化祭シーズンということで、お互いの学校へ遊びにいった。他校生も多く浮き足立つ空気が楽しくて仕方なかった。制服同士だと警戒心も薄れ、タイプの人がいる他校のグループに声をかけられるままノリで一に回ったり連絡先を交換した。



彼等とは何回か遊びにいった。飲酒組と言うこともわかり青春だー! っと宅飲みをしたり平和な日常を堪能した。


それから暫く、私は学校と趣味の音楽で忙しくしていた冬休み直前のこと、愛実が学校を辞めたという。


理由は、態度の悪さに目をつけられてた所に窃盗。彼女だけが犯人ではなかったらしいが、人の財布からお金を抜き取った。学校の備品の器物破損。


仲間は愛実ひとりがやったことにしたらしい。数日前まで、幸せだと感じてた日々がモヤモヤとした黒い気持ちに覆われていった。・・・・・・なんでいつもこうなるのだろうな。どうして人が修正しても目を離すと悪い方向に走り出すのだろうか。


『琴ー! 最悪なんだけど、まあ始めから信用してなかったけど本気で裏切りやがったし』


彼女は、こんな性格だっただろうか。自分自身を大切にしないところはあったけど、何かずれている。


『綾香っていたじゃん? あいつも退学だって。周りがうるさいから自主退学しちゃった』


「・・・・・・愛実、あんた何してんの? 窃盗って本当に?」


『先にやられたから返してもらったんだよ。』


馬鹿なのか。勝手に盗ったら窃盗だわ。何でこんな思いばっかりしなきゃならないのか。普通でいいのに、ただ普通にしていたいだけなのに。なんで、なんで。それでも大事な子って思えるから私もどうかしてるのか自分で理解できない。


『・・・・・・え、なんで怒ってんの。別に琴には何もしないよ』


「そういう問題じゃなくて、そもそも罪悪感とかないの?」


『だって、取られたものを返してもらっただけだし』


「はあ、学校側は盗られたの知ってるの?」


『言ったけど、両方悪いから停学って言われてムカついてロッカー蹴ったらへこんじゃって学校辞めろって言われて辞めてきた』


この娘って、こんなに阿呆だったっけ?もう少し会話とか出来る子じゃなかったっけ?


「親は大丈夫? 貴ヤンとか、出てきたんじゃない?」


『ぶちギレられた。定時か通信いけってさ』


深い溜息がでてきそうなのを堪え、昔はありえないと思ってた愛実の親と貴ヤンに対して若干同情したくなった。


「まあ、よかったじゃん。高校は出ていた方がいいよ」


『えー、もう学校はやだー』


そうかい。そうかい。


「とにかく暫くは大人しくしてなよ」


『うん。そうするわ』


怒りどころか呆れすらも通りすぎたが、想像通り愛実が大人しくするわけもなく夜遊びを再開したのだった。何を言っても仕方ないと放っといた結果はすぐに現れた。


『琴、あたし妊娠した』


いつか言われると思っていた。だが、いざ聞くとなると唖然とする。避妊していなかったらしく、愛美は結婚するつもりで許していたそうだが男違い、あっさりと認知もする気もなく逃げたらしい。


『ひとりで産む』


いったいどうやって? と言いたい所ではあるが、問題が大きすぎて私には何て言ったら言いのかわからなかった。


色々な規定はあるが、胎児も人間だと言ってもおかしくないし、愛実は妊娠5週目、胎児の心臓や上下肢、眼も出来ているはず。

それを思うと中絶するべきとはとても言えない。それでも、彼女の性格と状況これまでを考えると今はまだ早いと心では思っている所もある。



現に煙草を吸えない状態でイライラするのか、物に当たったり我慢しきれずに吸ってしまうなどその繰り返し。


費用の面も問題だったが結局は、実夏さんがゴミ箱の妊娠検査薬をみつけて、すぐに中絶することになった。


本人もわかっていた。自分に子どもを産み育てる準備が整っていないということは。それでも、おろしたくなかった。周りからみれば身勝手と思える事でも彼女は構わなかった。


中絶後は安静にすることが大切なため、家では休めないと1日私の家で泊まり帰っていった。施術の仕方など聞いたら恐ろしくて改めて責任の持てない行為は控えるかピルなどを服用するべきだと思う。


今回は、流石に堪えたらしく暫く流した胎児を思い自分の行動を考え直した様子で家で大人しくしているようだった。


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