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異世界転生:長野原ユウナの場合

作者: 秋風

思い立ったが吉日

「聞いてない聞いてない聞いてない!」


少女は駆ける。

出口の見えない森の中を走る。

前を見ればどこまでも続いているように日の光を遮る木々。

息苦しくも両サイドを見ればこれもまたどこまでも覆い尽くされているような森の木々。

少雨所の服装はどこにでもいそうなセーラー服にスッキリとした革靴。

どちらも最近の女子学生が身に着けているモノだ。

それに肩付近にギリギリ届くか否かのショートカットの快活な髪型。

もし万全で傷一つない状態なら誰も目にも留めないだろう。

そう、万全ならば、だ。

現在の彼女の格好は元の格好からは想像できない様相である。

暴漢か何かに襲われでもしたかのようにセーラー服は破けている。

彼女のこだわりだった比較的長いスカートも今では縦に切れ目のようなものが入ってしまった。

その切れ目から彼女が内心自慢に思っていた足がのぞく。

その足も同様に本来ならば白く、運動部に所属しているおかげか適度に筋肉質ですらりと伸びた足。

それが今では突き出した木の枝やそれこそ背の低い木や垣根を走り抜ける際にできた切り傷が痛々しい。

一つは薄肌を傷つけたのみに留まり、太く肥えたミミズのように腫れあがる。

一つは容赦なく肌を突き破りまるで刃物で斬ったかのように血が滴る。

幾つもの傷が少女に刻まれる。

それ一つ一つの面倒を見る暇はない。 ただの一瞬であろうと彼女が立ち止まることすらない。

そもそもだが、彼女は止まるわけにはいかない。

ほんの数分前のことだ。

トラかライオンの様な四本脚を歩行に使い、肉を食い千切ることのできる鋭い牙を持った猛獣に襲われた。

そう、襲われた。

森の中で目覚めた彼女とその仲間二人は雨風を防げる場所、もしくはどこか人のいる場所まで移動しようととしていた。

逆にいえばそこまでであった。

ほんの数分歩いたところでその猛獣に襲われた。

突然鬱蒼と生い茂る木の上から飛び降りるようにしてその猛獣は一人目を押しつぶすようにして首をかみ砕いた。

二人目は恐怖に支配され動けずにいたところを二匹目の猛獣が背後から襲い掛かった。

二人目の叫び声とその二人がかみ砕かれる骨の音でようやく我を取り戻し少女は、長野原ユウナは森の中を走りだした。

頬に飛び散った名も知らぬ仲間の血が恐ろしく冷たく感じられて走りながら何度も何度も頬を手の甲で拭い去った。

あれから一度も背後を確認していない。

確認する勇気もないし確認する余裕もない。

ただの一瞬でも立ち止まってしまったら先ほどの猛獣に食い殺されてしまいそうな気がしていた。

逃げきれたのだろうか、それとも猛獣は自分を弄んでいるのか。

長野原ユウナの心の中ではどちらも考えられない。

ただの恐怖と理不尽さだけが心の中で渦巻いていた。

時折頭上から聞こえる木が擦れる音は風の悪戯かそれとも猛獣が木の葉を蹴散らす音なのか。


「ハァハァハァハァ…………」


喉が渇き気管が張り付くような痛みも

肺の中の空気が足りなくなるような苦痛も

筋肉を過剰に動かし続けている痛みも

全てを締め出しこの場から逃げ出すことにのみ全神経を集中する。


「きゃ!」


足元に気を向けて居なかったせいか木の根っこ何かに蹴躓き転倒する。

受身を取る余裕などなかったが辛うじて顔を逸らし、顔面を強雨だすることは免れた。

それでも右のこめかみから顎のラインにかけての肉が削られる。


「ヒッ……!」


まるでできそこないの歩行ロボットのように即座に立ち上がり再び走り出す。

焦りからかそれともぬかるんでいたのか転びかける。

それも乱暴に体制を立て直し、再び走り出す。




いくら走っただろうか、一分に満たないのかそれとも一時間以上なのかその判断は長野原ユウナには判断できないが突然森の終わりが見えた。

少なくとも彼女にはそう見えた。

森の木々が急に開けた様な場所で空から陽の光が差しているように見えた。

少なくともあそこまでいけば何らかの進展があるのだろうと長野原ユウナは微かな希望を抱きだす。


「ハァハァハァハァ…………」


あと10m。

まるで空気が粘度の高い液体の中に入っているようにうまく前に進めない。

微かに吹いてくる風ですら彼女のを阻むかのように感じられた。

あと7m。

何度もつまずいて、転んで、足や体を傷つけたが痛みは感じなかった。

『あの場所』へと到達するためだけに長野原ユウナは走っていた。

あと3m。


突然、重圧に押しつぶされた。

訳もわからず立ち上がろうとするができない。

ヌルリと地面が湿っていたのか立ち上がれない。

前を見る。

なにか毛皮のようなものに彼女は覆われていた。

そしてその毛皮のようなものは彼女の腕に噛みついた。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛いィ!」


走っている時には何も感じなかったが今は感じる。

首の後ろ側と、右腕。 この二つが焼けこげるように痛い。

まるでさきほどの猛獣に噛みつかれているかのような痛さだ。

腕に噛みついていた方の毛皮の牙がより深く突き刺さり駄々をこねる子供のように頭を左右に激しく振る。

その一挙動一挙動ごとに痛みは倍増し長野原ユウナは泣き叫ぶ。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だァ!!」


彼女の瞳から滴が落ちる。

走っていた時と違って今は痛みだけが彼女を支配する。

コレから逃れたい。 安全に生きたい。 ただ生きていたい。


「死にたくない!死にたくなぁ……ッ!」


ボキン、ブチン、と二種類の音が聞こえた気がする。

一つは首元から、一つは右腕から。

気がする。

薄れゆく意識の中で長野原ユウナはこの世界へ来たことを後悔した。

そして目を閉じた。

一生懸命な女の子って萌えるよね

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