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人の手足ヲ喰ラウ鬼 其ノ貳

微妙に震えている日和に更に白銀頭は話を続けた。

「私は『鬼』なのじゃ。その私がお前を傷付けても傷は『無かった』事になった。明らかに私の『鬼』としての特性がその身体にも宿っておるという事だ。これで分かったであろう。お前は『鬼』になってしもうたのじゃ……」

 衝撃的なその一言で日和は全身の力が抜けていくのを感じた。そして力の無い声で白銀頭に聞いた。

「……俺は『鬼』になってしまって……俺はこれからどうなってしまうんだ……?」

「それは私にも分かる範囲ではない。しかし、お前という人間は『鬼』になろうがなるまいがお前自身である事には変わりはない」

「確かに俺は俺だけど……何でこんな事になってしまうんだ! お前はあの時、俺に命を捨てられるかと聞いてきた。そして俺は差し出せると言ってお前は俺の心臓を『喰ろう』た筈なのに何故俺は生きていられてるんだ? ……人間だった俺の身体に何をしたんだ? ちゃんと説明しろ!」

 自分の身体に起こった変化に苛立ちを隠し切れず白銀頭に怒りをぶつけた。

 その様子を黙って見ていた白銀頭は、ゆっくりとまた日和の隣に腰を掛けると『鬼』へと変化した理由を説明した。

「まずは何から説明すれば良いかのう……私を含めた『鬼』にとって人間は食べ物を作る製造マシーンといったところかのう」

「食べ物を作る製造マシーン? 食べ物そのものじゃないのか?」

「別に私達は人間を『喰ろう』ておるといっても人間そのものを食べておる訳ではないのじゃ。『喰ろう』ておるのは人間の生きている体内に作り出される『澪』というものじゃ。『鬼』にとってこの『澪』というモノは力の源になっておる。そして力を使う『鬼』によっても『喰ろう』ておる『澪』は変わってくる。私で例えるなら心臓となるが、さっきも言った通り心臓そのものを食べる訳ではなく、心臓に溜まる『澪』を『喰ろう』たのじゃ。この心臓に溜まる『澪』とは人間の言葉で言えば……命だ。私は人間の命を『喰ろう』『鬼』なのじゃ」

「じゃあ……お前は俺の命を『喰ろう』たっていうのかよ……。あぁ、ようやく理解出来てきたぜ。俺に命を捨てられるかってそういう意味だったのか。ちなみにどれくらい『喰ろう』たんだよ?」

「まぁ十五年といったところかのう」

「じゅ、十五年もかよ!」

「これでも少しはサービスしたのだぞ」

「でもよ。何で垣翼めぐるを助けるのに俺の『澪』を『喰ろう』たんだ? お前達『鬼』は普段から人間を『喰ろう』ているんだろう?」

「……私はずっと『喰ろう』ておらん。だからあの時は衰弱し切っておって力など使う事が出来んかった。本当ならお前の『澪』も『喰ろう』つもりはなかったが、あの女が死ぬ事でお前自身も今にも死んでしまいそうな表情をしておったのでな。あの状況で二人を救う方法は力を使う以外に浮かばんかった。ここで何故お前が『鬼』になってしもうたかという話になるんだが、あの時ただ『喰ろう』てしもうたならば、お前は普通に『鬼』に『憑』かれた人間と同じようになってしまう。だからお前の心臓から『澪』を『喰ろう』時に私の血を注いだのじゃ。これによって私と同じ特性を持つ事が出来た。しかし確実に命を『喰ろう』た事によってお前の生きる時間は短くなった。こればかりはどうする事も出来んかった。『鬼』が起こした事態に本当なら私自身が責任を取らねばならんかったのだが、結果的に何も関係の無いお前を巻き込んでしもうた。申し訳ない……」

 全てを語った白銀頭は遠くの方を見詰めたまま口を閉ざしてしまった。それまで話を静かに聞いていた日和が白銀頭の背中をいきなり叩く。

「なっ! 何じゃ?」

 咄嗟に白銀頭は視線を日和に向けるとそこにはさっきまで『鬼』に対して恐怖心や怒りを顕にしていた表情はどこにも無かった。

寧ろ何かに吹っ切れたように清々しくも感じられる表情だった。白銀頭は自分が話している間に何が日和をそんな風に変化させたのか不思議で仕方無かった。

(やはり此奴の考える事は分からぬな……っというより人間という生き物は皆こんな感じなのかのう……? 何故さっきまでと打って変わった表情をしておる? 此奴が喜びそうな話をした覚えは無いぞ)

 白銀頭の脳内で日和イコール人間全員という前代未聞で恐ろしい方程式が完成されようとしていた。もう人間では無いのに巻き添えにされてしまっては、いい迷惑という声が聞こえてきそうであった。日和がその吹っ切れた表情で話し始める。

「お前さ。誰が関係無いって? 俺にとって垣翼めぐるは憧れの存在なんだ。そんな人を救えて本当に良かったと思っている。お前が居なかったら垣翼めぐるは死んでいた訳だし、俺も全てを失った事で今こんな風に笑ってなんか居られなかった。あの一瞬でそんな沢山の事を考えて一番最善を選んでくれた事に感謝してる。そりゃ最初何も知らずに『鬼』になったって聞いた時、人の事をただの栄養源としか考えない最低な『鬼』になってしまって、これからどう生きて行けば良いのか分からず、目の前が真っ暗になったけど……お前は違ったじゃん。垣翼めぐるを救う為に俺を犠牲にしたと思っているかも知れないけど、俺はそんな事は全然思ってない。寧ろ俺の『憧れ』を救ってくれた上に俺自身をも救ってくれた。本当に訳分かんなくて、ずっと無愛想な顔していて、俺の命を喰われてしまったけど、お前みたいな『鬼』が居てくれて嬉しかった。だからさ……そんな申し訳なさそうな顔するなよ」

日和が言った言葉の通り、白銀頭は罪悪感に苛まれている表情を浮かべていたが、少し口元を緩ませ

「お前みたいな人間に慰められるようになるとは私も落ちたものじゃ」

「残念、俺もう人間じゃないんだよなぁ!」

「ふっ……口の達者な餓鬼じゃのう」

「人の事、餓鬼なんて呼ぶんじゃねぇよ!」

「人でなかったのではないのか?」

「うっ…………ところでお前、もうどれくらい『喰らって』なかったんだ?」

「そうだのう……もう百五十年くらいは『喰ろう』てなかったかのう」

「じゃあ何で今まで喰らおうとしなかったんだ?」

「さぁ~何でかのう」

「お前。今、絶対誤魔化しただろ」

「誤魔化してなどおらん。長く生きているとそういう事も忘れてしまうものなのじゃ」

「へぇ~そういうもんなのか?」

 こうして垣翼めぐるを助けた事によって、日和は『鬼』になってしまったのだった。道を間違えた事が切っ掛けで『いつも通り』だったものが『いつも通り』ではなくなってしまった。だが、日和はそんな事など気にする様子も無かった。っというより何も考えてなかっただけかも知れない。

 

そんな訳で一日中、色々な事があって家に帰れた時にはもう日付が変わっていた。ドアの鍵を開け中に入ると家の電気は全て消えていた。日和は慣れているかのように真っ暗な階段を登って自分の部屋に入ると電気を点けた。

ふぅ~っと息を吐きながらベットに倒れ込み、やっと訪れた休息にホッとしたようだった。

「あぁ~もう~疲れたぁ……一日に出来事多過ぎだっつんだよ。っていつの間にか白銀頭の奴は居なくなってるし。何処に消えたんだよ……」

 ボヤくように呟いていると何処からか白銀頭の声が聞こえた。

(私ならちゃんとお前に憑いてるから心配せんでも良いぞ)

不意に起き上がり部屋を見渡すが白銀頭の姿は見当たらない。

「……幻聴かな? まぁ疲れているんだな俺」

 そしてまたベットに倒れ込むと

(幻聴ではないぞ。私はお前の中に居るのだ。お前に『憑』いてると言ったであろう)

 やっぱり白銀頭の声は幻聴ではなかった。

しかし日和は驚く様子もなく、『憑』かれるという事を冷静に受け止めている感じだった。

天井を見上げたまま少し何かを考えているようだったが、静かに口を開いた。

「……『憑』かれるってこんな感じなんだな。特に何も変わった感じもしないのに確実に俺の中に居るんだもんな。そう考えるとちょっと不思議な感覚かも……。因みに人間に『憑』いている感じってどうなんだ?」

(私も人間に憑くのは久々じゃからのう。そうだのう……分かり易く強いて言うなら布団の中で寝ているような感覚に似とるかも知れんのう)

「あ~……つまり今の俺の状態って事か」

(じゃから眠気が襲ってきてしもうてのう。ふわぁ~~! 今宵は私もお前も疲れてしもうておるゆえ話はまた明日にせぬか?)

「確かにいつまで話していてもキリが無いし、正直、何も頭に入ってこないしな。じゃあ、また寝て起きたら色々教えてくれ」

(……)

「おい?」

(……すぅ)

「寝やがった!」

 余程疲れていたのか白銀頭からの返答が無くなった代わりに寝息が日和の思考内に聞こえてきた。正直なところ疲れもピークに達していたが、あと二、三個ほど聞きたい事があったが諦めて布団の中に潜り込んだ。。

(まぁ、仕方無いか。こいつも一日動き回ってたみたいだし、それに『浄鬼』っていう力を使ったみたいだったしなぁ。鬼でもやっぱり疲れたりするのか……それにしても垣翼めぐるは本当に大丈夫なんだろうか? 一度死んでいたって事は『憑』いてた鬼も死んでしまったという事なのか? もしそれなら『浄鬼』で『無かった』事にした時点で鬼も同じように『無かった』事になるのか? って事は今も垣翼めぐるに『憑』いたままになっているんじゃないのか? でもそれなら白銀頭が何とか言うと思うし、放っておく訳無いよな。ならきっと死んだ時点で何処かに行ってしまったって考える方が自然で一番納得出来るしな)

(……すぅ……すぅ……)

 寝息は、ある一定の間隔で思考内に響いていたが白銀頭は身体の中で目を開けてちゃんと日和の心の声を聞いていた。

 何を感じ、何を想い、何を考えているのか……やっぱり謎のままだった。

 そんな鬼に『憑』かれている日和はこれから先の不安を感じていない訳が……

(やっぱり『憑』くっていう事は普段の生活も丸見えって事だよなぁ。じゃあ、垣翼めぐるに『憑』いてた鬼はいつも一緒に居られて、まさかおおおおお風呂なんかも一緒なのか! って事は垣翼めぐるの全てを! マジかぁ! そりゃもう犯罪だろ! 鬼といえど捕まっちゃうんじゃないのか! 『鬼ヶ島で鬼がしまった!』なんて事に成り兼ねないぞ! それに何を考えているかも聞こえてくるって事は普段では聞けない本音を聞きまくりって事じゃん! 今度白銀頭を垣翼めぐるに『憑』かせて俺の事をどう思っているか聞いてきて貰おうかなぁ)

 ……不安なんて感じている訳が無かった。

そんな事よりも鬼を使って更なる犯罪を巻き起こそうとも考えているとんでもなく卑劣な男だったようだ。

 

垣翼めぐるを送り届けてから朝になるまでの二人の行動はこんな感じだった。

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