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人ノ手足ヲ喰ラウ鬼 其ノ壱

(……昨晩は白銀頭と垣翼めぐるの家へと行った。まさか憧れの女の子の家に行けるなんて夢にも思わなかった。でもどうして垣翼めぐるの家に行く事が出来たのかというと白銀頭がこの二ヶ月間ずっと見張っていたのだという。勿論そんな事をしていたのを知った瞬間、ボコボコにしてやろうと思ったのだけど、また返り討ちにされるのが目に見えていたから止めておく事にした。垣翼めぐるの姿を一日中見て居られて、毎日近くに居られるなんて羨ま…………いや、女の子の後を追い掛けるなんて卑劣な奴だ! そんな訳で家に着いた後は『簡単』だった。白銀頭が垣翼めぐるを抱えたまま、二階の部屋がある屋根まで飛んで霊体で窓の鍵を開け、中に入ると部屋にあるベットに垣翼めぐるを寝かせたのだ。……『簡単』なのかなこれ? そんな疑問は取り敢えず置いといて、出来る事なら垣翼めぐるの部屋に俺も入りたかった! 一体どんな匂いがするんだ? 是非一度死ぬまでには体験してみたいと思う。そして許されるならベベベベットに一緒に入りたかった! これも一体どんな最高な匂いがするのか是非是非体験してみたいと切に願っている次第にございます!) 

「……おい! もうそろそろその極刑に値する思考を停止したらどうだろうかのう……お前の妄想癖がどうしようもない程に異常を来しておるのは誰もが分かっておる事なのだが、このまま放っておいたら一体何ページに渡ってこれ程に無い最低な妄想を延々と聞かされるか分からんのでな」

 日和が部屋のベットの上で昨日の出来事を説明というか途中から自分の願望になってしまっているが……語っていた時、真横に白銀頭が現れた。

 誰も居ないのを良い事に妄想を膨らましていた日和は突然の出来事にびっくりした。

「おわっ! お前いきなり現れるなよ! びっくりするだろうが!」

「別に私も現れとうて現れておらんわ。お前の中に居るのにそんなに妄想を膨らまされたら五月蝿うてゆっくり眠る事も出来んのじゃ! いいか……私はお前を『喰ろう』ておるのだから考える事などは全て私にも伝わってくるのじゃ。だから変な妄想をするでない!」

 何故、白銀頭が日和の部屋に一緒に居るかというと話は昨日の夜に垣翼めぐるを送り届けた後まで遡る。

 

白銀頭が垣翼めぐるを部屋のベットに寝かせて窓から出てきた。その姿を確認した日和は住宅街というのと人の家の前という事もあり、辺りに気を使って小声で話す。

「……ちゃんと寝かせてきたか……?」

「……あぁ、大丈夫じゃ」

「……ちょっと遅かったみたいだけど変な事してないだろうな……?」

「たわけ!」

「……おい、静かにしろよ。こんなところ誰かに見られでもしたら明らかに変出者か泥棒にしか思われないんだからな……」

「……お前が変な事を言うからではないか……」

 白銀頭は屋根から飛び降りて、日和が居る所まで来た。その時、日和が何かを思い出したように、凄く思い詰めたような表情で白銀頭に質問する。

「……ところでお前に凄く大事な事を一つ聞きたいんだけど……いいか……?」

(此奴、いつになく真剣な表情をしておる。何かに気付きおったのか? それともまさか私の狙いに気付かれてしもうたのか? いや、まさか此奴がそれほどの頭を持っておる筈が……はっ! だが、さっき程はあの女を助ける為に私が条件を出してくる事を言い当てたではないか! 此奴、油断出来ぬな……)

 そう思いながら何を聞いてくるのか唾を飲み込む白銀頭。

「……何か気になる事でもあったのか?」

「……あぁ、凄く気になる事なんだ。このままだと、もしかしたら死んでも死に切れないくらいの事にもなり兼ねない……」

(……やはり此奴、気付きおった!)

「……分かった。お前の気が収まるまで何でも聞くが良い……」

「……あのさ……」

白銀頭は全てを話す覚悟を決め、どんな質問が来ても良いように唾をゴクリと飲み込んだ。そして日和も何故か同じように唾をゴクリと飲み込む。


「垣翼めぐるの部屋ってどんな匂いがしたんだ?」


「…………はっ?」

「いや、お前の事だから布団の匂いとかも嗅いだんだろ? 詳しく教えてくれよぉ~! 何でも俺の気が収まるまで聞いて良いって言ったんだから独り占めするなよぉ~」

(……私が愚かであった……此奴の事を少しでも油断出来ぬと思ってしまった自分自身が愚か過ぎた)

「ねぇねぇ~。黙ってないで教えてくれよ! やっぱり甘い匂いなのかなぁ~? それとも檸檬や苺みたいに甘酸っぱい感じなのかなぁ~? そういえばお前ずっと垣翼めぐるを抱えてたんだから匂い残ってたりするんじゃないの?」

 日和は白銀頭の着ている服に鼻を近付けて嗅ぎ始めた。

「う~ん。やっぱりもう残ってないかな? 全然何にも匂わないぞ……」

 そんな変人丸出しの日和を少しでも認めようとした事に苛立ちを覚えた白銀頭は

「お前! いい加減にせんと無残に喰い殺してやっても良いのだぞ! いや! 今この場で殺してやる……もう殺す……お前が生きておれば必ず禍々しい事が起こってしまうわい! ならばこの場で息の根を止めてやるのが最善であろう!」

 修羅の表情へと変貌をとげた白銀頭が大声で叫びながら日和を追い回した。すると住宅街の人々がその声に驚いて騒ぎ始めるのだった。

「ヤバイ! お前が大声で叫んだから周りに気付かれてしまったじゃないか! 兎に角この場から逃げるんだ!」

 無我夢中で日和は逃げ去って行ったが、白銀頭の怒りはまだ収まらず日和の後を追い掛けて行ったのだった……


 そんな状態で走り続けていると左側に公園が見えてきた。

 日和は指を差しながら、後ろから追ってくる白銀頭を誘導する。

「おい! あそこの公園に行くぞ!」

凄まじい程のコーナーリングで公園に入って行った二人は勢いよくベンチに腰掛けた。

乱れた息しか辺りに響いてない状況だったが、日和は苦しいながらも文句を吐いた。

「はぁっはぁっ……お前何考えてるんだよ! 大声出すなって言っただろ! もし逃げるのが遅れてたら見付かって通報されていたんだぞ!」

 横目で見ながら白銀頭も反論する。

「お……お前が変な事を聞いてくるのが悪いのではないか! 一体お前の頭の中はどうなっておるのだ! あのまま捕まってしまっておれば良かったのだ!」

「お前が何でも聞いて良いみたいな事を言ったから俺は聞いたんじゃないか!」

「いや、それはだな! お前が『鬼』になっ…………何でもないぞ」

白銀頭は何かを言おうとして止めた。しかし日和は聞き逃しておらず、気になる言葉があった事を質問する。

「お前……今何を言おうとしたんだ? 俺が『鬼』にどうかしたのか? ……答えろよ」

 突然口を閉ざして何も答えようとしなくなった白銀頭に日和は更に問い詰める。

「なぁ! 一体俺がどうしたんだよ? 今日の出来事は全部無事に終わったんじゃないのかよ? まだ何か隠している事があるなら教えてくれよ!」

 必死に質問をぶつける日和に対して依然として口を開こうとしない。そして何も答えが返ってこない状況に日和も質問をぶつけるのを止めてしまった。

 二人の間に沈黙の時間が流れた。

 その時、白銀頭がゆっくりとベンチから立ち上がると日和の前に立った。そして一言

「手を出してみよ」

 日和は言われるがまま白銀頭に手を差し出した。すると何を思ったか白銀頭は鋭い爪で日和の腕を切り付けた。

「うわぁ! な、何するんだいきなり!」

 切り付けられてしまった腕にある傷口からは大量の血が流れ落ちていく。そんな事をしておいても冷静な表情で白銀頭は見ていた。片方の手で覆う様に押さえて日和は睨み付ける。

「何でこんな事をするんだ! やっぱり最初から殺すのが目的だったのか? それならどうしてこんな回りくどい事をしたんだ?」

「何を言っておるのだ。もし殺すつもりならば、既に最初に会った場所で殺しておるわ。それにそんな程度の傷で喚くなど何とも情けないのう」

「そんな程度の傷って、爪で切り付けられてこんなにも血が出てるんだぞ!」

「どこから血が出ておると?」

「お前がやったんだろうが! この腕だよ……ってあれ?」

さっきまで酷い傷があり大量の血が流れていたのだが、日和が白銀頭に見えるように前に出した腕には切り付けられた傷跡は無く、流れ落ちていた血も消えていた。

(確かに俺の腕は切り付けられた筈なのに何故――何事も無かったかのようになっているんだ? あんなに鈍く感じていた痛みすらも嘘のように消えている……一体何が起こったんだ?)

「何が起こったのか全く理解出来てない顔をしておるのう。不思議か? 切り付けられた腕が元に戻っておる事もあんなに全身を駆け巡るような激痛も消え去ってしまっておる事も……。決して私がお前に幻覚など見せた訳ではないぞ。全て現実に起こった事なのだ。つまりお前はもう人間ではないという事だ。私がお前の心臓を『喰ろう』た瞬間からお前は私という『鬼』に『憑』かれてしまったのじゃ。その証拠に私の『鬼』としての特性は『浄鬼』、つまり『鬼』から受けた傷は『無かった』事になる。この意味が分かるか?」

 日和は何も言えなかった。まさか自分も垣翼めぐるのように『鬼』に『憑』かれてしまっていたなんて信じられなかった。そして『憑』かれてしまった事によって一体どうなってしまうのかという不安や恐怖が入り混じった感覚に陥ったのだった。

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