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人ノ精神ヲ喰ラウ鬼 其ノ肆

何とか日和を慰めようとするディユン。

(まぁこんな日もあるという事じゃな。日和はまだまだ人間としても鬼としても未熟なのじゃからこの先に繋げていけば良い)

(でも何も顔面殴る事は無いじゃないか……流石に未熟とはいえ鬼なのに痛かった……)

 意外とへこんでいた日和に何か元気が出るような言葉を必死に探すディユン。。

 すると何かを思い付いた。

(日和、別に良いではないか。何故ならお前にはあの少女がおるではないか!)

 その一言で日和の心の炎が一瞬にして激しく燃え盛り始める。

(うおおおお~。そうだぁ! 俺には水琴が居るじゃないか! 危うく大切な存在を裏切ってしまうところだった。将来を誓い合った俺達を引き裂く事なんて誰にも出来ないのさ)

「ところでさ木乃葉」

(切り替え早っ!)

「んっ、何?」

「俺の従兄妹の燈花って覚えてるか? 確か小さい頃に何度か会った事があると思うんだけど……」

「ああ、燈花ちゃんなら覚えてるよ」

「実はさ今夜の夏祭りのステージで歌のコンテストがあるんだけど、それに燈花が出るから応援に行こうと思ってるんだよ。もし木乃葉が暇だったら一緒に行かないか?」

「燈花ちゃん昔から歌が上手かったもんね。全然暇だし、家に一人で居てもつまらないから私も行く!」

「そっか! 良かった。きっと燈花も喜ぶと思うぜ。それじゃコンテストが始まる時間に会場で待ち合わせな」

「えっ? 別にそんな待ち合わせなんかしなくても今から行けば良いんじゃないの?」

「出来ればそうしたいんだけど、ちょっと行かなきゃいけない所があってな。すぐに済ませてから会場に行くから祭りの様子でも見ながら待っててくれよ」

 木乃葉は何だか納得出来ないような表情を浮かべながら答える。

「……うん、分かった。因みにそれってどうしても今日じゃないとダメな用事なの?」

「今日じゃないとダメなんだ」

「そうなんだぁ……じゃあ先に行って待ってるから絶対コンテストが始まる時間までには来てよね」

「あぁ大丈夫だ。それじゃもう行くから会場でな」

「うん。待ってる」

 日和は玄関で靴を履きドアを開けて家の前の道路に足を踏み出した時、木乃葉の声がする。

「日和!」

 振り返ると二階の窓から顔を出して、どこか不安そうな表情を浮かべていた。

「どうしたんだよ?」

「必ず来てよね!」

「分かってるって」

「本当に絶対だよ!」

「あぁ! ちゃんと行くから」

「それから……」

 木乃葉は言葉を詰まらせ俯いた。

 しかし日和はいつもと変わらない調子で言う。

「どうしたんだよ?」

 その言葉に顔を上げた木乃葉の目には涙が浮かんでいた。

「あの約束も守ってよね……幼い頃に見た蛍をまた一緒に見に行くって約束……」

「当たり前だろ。俺が約束守る男だって木乃葉が一番よく知ってるだろ?」

「……うん!」

 大きく頷き、涙を流しながら笑った。そんな木乃葉を見た日和は口元を緩ませながら

「木乃葉、お前さ泣くか笑うかどっちかにしろよ」

 そして背を向けて歩き出すと左手を上げた。

「それじゃ後でな!」

 段々と小さくなっていく日和の姿が消えるまで木乃葉は見詰めていた。

(またしても不安そうにお前の姿を見ておったぞ。やはり『日和、心配デー』というのは実在するのかのう?)

「是非そんな休日が出来てくれたら嬉しいぜ。道行く女の子達に声を掛け捲りじゃないか」

(まともに女と二人きりにもなれぬのにか?)

「そんな事は無いぜ。だって俺の中にはいつだってディユン、お前が居るじゃないか。だから女の子の前で話せなくなるって事はもう無いんだ」

(いつまでも私に頼っておるようじゃ一生好きな女を手に入れる事など出来ぬぞ)

「別に俺は女の子と話せれば幸せなんだから別に特定の女の子なんて出来なくて良いんだ。女の子っていう存在がそこにある。それだけで良いんだ!」

(……日和の幸せレベルがよう分からんのう)

 そんな話をしている間にすっかり夕方になってしまっていた。

 ディユンはずっと気になっていた事を日和に問い掛ける。

(ところで何処に向かっておるのじゃ? 私が知っておる限り今日の予定は幼馴染の家を直す事と従兄妹の歌を聴きに行く事だけじゃった筈じゃが、幼馴染には『行かなければいけない所』と言っておったのう。一体何処に行こうとしておるのじゃ?)

「そんな事ディユンが聞くなよ。一番お前が良く知ってる筈じゃないのか?」

(私が良く知っておる筈じゃと?)

「まぁ着けば分かるよ」

 そう言って角を曲がると目の前に駅が見えてきた。

(電車に乗るのか?)

「あぁ、そうさ。ずっと遣り残していた事があってな。やっと今日その日が来たんだよ」

(遣り残した事などあったのか?)

 普段通りの会話をしていたディユンだったが、心の中では一つの不安が湧いてきたのだった。

(……まさか今まで遠ざけておった事に気付いてしもうたのか? いや、じゃが日和は知ろう筈が無いというより知る手段が無い筈じゃ。それなら何処に向かっておるというのじゃ? 遣り残した事……いかん! 考えれば考えるほど嫌な方向でしか物事を捉えれん)

ディユンは日和に聞こえないようにそう心の中で呟く様に言った。 

電車内は夕方であるにも関わらず人が数える程しか乗っておらず、日和は七人掛けの椅子の中央に座り、揺られていた。

 丁度、夕方のこの時間帯によく乗っていた日和にとっては懐かしい気持ちになった。

 そして車内アナウンスが次の停車駅の名を言う。

 住む街から三つ目の駅だった。

 ゆっくりと腰を上げるとドアまで行き、横にあった手すりに摑まった。

(やはりこの街じゃったか……)

 間も無く停車した電車から日和が降りて改札に向かい階段を上って行く。

 駅から出ると目の前には見慣れた街並みとスーパーがあった。

 数ヶ月前に来た時は全ての風景が真新しく思え、右も左も分からなかったが、唯一分かっていたのは自転車屋の場所だけ――

 まさか自分が毎日のように通う街になろうとは知る由も無かった。

 そんな街並みを想い耽るように眺めた後、スーパーとは逆方向に歩き始める。

(スーパーでは無かったか……それなら何処に向かっておるのじゃ? この街で日和が知っておる場所と言えばスーパーと自転車屋くらいの筈……まさか遣り残した事というのは自転車屋の事なのか? それなら変な心配をするまでも無かったのう)

 ホッと胸を撫で下ろしたディユンだったが、向かう場所は自転車屋の方でも無かった。

 来た事の無い道をあたかも知っているように進んで行く。

(日和はこの場所までは来た事が無い筈なのに何故迷いも無く歩いておるのじゃ? 一体この先に何があるというのじゃ?)

 ずっと歩き続けていた日和だったが、ある建物の前で立ち止まる――学校だった。

門の横には「華絡かがら女子高等学校」と書かれていた。

日和は呟くようにディユンに言った。

「着いたぞ。ここが俺の……俺達の遣り残した事だ」

(女子高で遣り残した事じゃと……お前まさか私まで巻き込んで本当の犯罪を犯すつもりでは無かろうな?)

「……もう俺も我慢の限界なんだ。だから此処なら沢山の女の子が居るし、俺の欲望も爆発し放題じゃん! って今日から夏休みなんだから生徒なんて居ないよ。ディユン、惚け合うのはこれくらいにしとこうぜ。それより本当は分かってるんだろ。っていうか感じてるんだろ? 俺ですらも強い『澪』をビシビシ感じてるんだから」

(やはり知っておったのか?)

「ディユンには悪いと思ってたんだけど、俺が知らない方が都合が良いんじゃないかと思って今まで知らないフリをしていたんだ」

(いつから知っておったのじゃ?)

「スーパーに行った時、ディユンが俺の意識を乗っ取っただろ? あの時、実は俺、気を失ってなんかいなかったんだ。それで話を全部聞いてしまった」

(あの時からか……すまんかったな日和。お前には辛い想いをさせて続けたばかりか、気まで使わせてしもうたのう……)

「正直辛かったのは事実だけど、薄々分かってた事だったからな。あの時、憑いている鬼に対して『浄鬼』をした訳でも無いのに助かったって時点で矛盾だったんだ。ディユンにも俺に気を使わせて悪かったな。正直に話してくれれば良かったのに」

(お前の気持ちを知っておる上でそんな酷い事は言えんかったのじゃ)

「結局全部知って余計に傷付いたぞ!」

(……すまんかった)

 二人の間に言葉が無くなり、気まずい雰囲気に感じられたが急に日和が吹き出した。

「なんてな。正直俺自身もあの鬼の強さくらい分かってたし、出来る事なら戦いは避けたいと思ってたんだ。ただ怖がってたに過ぎなかったんだよ。それくらいの強さだった」

(私もあの者には近付きたくなかったという理由で中途半端な状態にしてしまった訳じゃが、日和すらも感じる恐怖を与えるとは凄まじくなりおって……)

「それじゃどうする? 二人して恐怖を感じまくりだった相手がもう目の前に居る訳だけど気付かなかった事にして帰るか?」

(そんな気など無い癖によう言うわい。遣り残した事を済ませに来たのじゃろう? それなら早く済ませて従兄妹の歌を聴きに行こうぞ)

「そうだな。木乃葉も待たせてあるから早いとこ決着をつけようぜ!」

 覚悟を決めた日和とディユンは学校の中に入って行った。

 予想通り夏休みという事もあり、生徒の姿は一人も見当たらなかった。

 ゆっくりと校舎の中を進んでいくと突き当たりに体育館が見えてくる。

「きっとあそこだ」

 呟くように言った言葉であったが、それがディユンに向けてなのか、若しくは自分自身に向けてなのかは分からなかった。

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