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人ノ精神ヲ喰ラウ鬼 其ノ貳

咄嗟に顔を見合わせる二人。

「あ……」

「あ……」

 更に出た言葉も同じであった。

 すると姉が日和の方に近付いて来る。

(えっ? 何だ? 俺、何か姉ちゃんの癇に障るような事をしたのか?)

 そう考えている間にもドンドンと近付いてくる。

(この空気って……ヤバイ! 殺される!)

 目の前まで来た姉は日和の顔に手を伸ばしてくる。

 もう日和の頭の中はパニックを起こしていた。

 これまでも幾度と無く姉に殴られてきた経験がそれを察しさせていたのだった。

(何だよ……別に悪い事なんてしてねぇじゃんよ!)

 不意に目を閉じた日和だったが、意外な事に姉は日和の頭を触っただけだった。

 そして優しい声で言った。

「日和、少し見ない間にまた身長が伸びたんじゃないの? もうお姉ちゃんより全然高くなってるね」

「あ、あぁ」

 あまりに予想外な姉の行動に唖然とするしかなかった。

 頭から手を下ろした姉は日和の横を通り過ぎてキッチンにある冷蔵庫に行った。

 少し状況が理解出来なかった日和だったが、ふと我に返ると姉の方に身体を向け

「な、何するんだよ! 子供じゃないんだぞ!」

「えっ? 何がよ?」

「今、俺の事子供扱いして馬鹿にしただろう!」

「別に子供扱いなんてしてないわよ」

「じゃあ何で頭触ったんだよ? 完璧子供扱いじゃねぇか!」

「子供扱いなんてしないわよ。ただ純粋に大きくなったなぁって思ったら触ってみたくなってね。良いでしょ日和は私の弟なんだから! ねっ」

「なっ……」

 またしても日和は姉の『予想外』に言い返す事が出来なかった。

 心の中でも姉弟って分かっているし、それは誰もが知っている当たり前の事なのだが、姉の口からそういう言葉が出てくるとは思ってもみなかった日和にとって衝撃的だった。

 いつも喧嘩ばかりして言い争っては溝を深めていた姉と日和の間に『姉弟』という単語が存在している事さえも忘れてしまう程だった。

 だが、そんな仲の悪い姉弟も幼い頃は何をするにもどんな時でもいつも一緒に居る仲睦まじかったのだ。

 その時の事が脳裏を過った日和はつい言葉を溢してしまう。

「……本当は弟なんて思ってない癖に……」

(あ、しまった!)

 気まずくなった日和は顔を俯かせていると姉は冷蔵庫を開け、中からミネラルウォーターを二本取り出すと一本を日和の横にあるカウンターに置いた。

 そしてミネラルウォーターのキャップを開けて一口飲んで言った。

「日和、最近何か変わった事あった?」

「えっ!」

 思いもよらない質問に日和はふいに顔を上げる。

(聞こえてなかったのか? 良かったぁ。今度はマジで殺されるかと思った)

 胸を撫で下ろしたように安心した日和だったが、その質問は今の日和にとっては耳が痛い言葉でもあった。

「べ、別に何も変わった事なんて無いけど……」

 誤魔化すようにそう言うと姉は日和の顔をジッと見た。

(何だよ……正直に言える訳無いじゃんか……『そう言えば俺、鬼になったんだよな。そして喰らわれている人を浄鬼という力で助けているんだぜ!』……なんて言える訳ねぇじゃんかよ……)

 必死に冷静を装おうとしている日和の事を暫く見詰めていた姉だったが

「ふ~ん。まぁ何も無いなら別に良いんだけどね。ただちょっと見ない間に身長もそうなんだけど、成長したなぁ~っと思ってね」

「な、何でそんな風に思ったんだよ。俺のどこか変わったりしてる?」

「いや、全然変わってないよ。昔のまま」

(何だよ! 適当かよ!)

「だけど私にはそういう風に感じるんだよ日和。外見では何も変わっていないように見えてても内面が変わっていれば私には分かるんだよ。例えば日和の前にあるミネラルウォーターと私が持っているミネラルウォーター。見た目は透明な水でしかないからどっちも同じに見えるけれども明らかに違う部分っていうものがあって、片方は私が既に開けていて一口飲んでしまっている。それだけで変化っていうのは起きていて、この二本のミネラルウォーターは既に違う物同士になってしまっているんだよ。だけどこんな事を言ってる私自身この二本の違いなんて分からないんだよね。だって私にとってこのミネラルウォーターはただの『水』であり『物質』でしかないんだから」

「う~ん……」

 姉の言っている言葉の意味が全く理解不能な日和は「う~ん……」と唸って言った。

「だから何が言いたいんだよ?」

「つまりね。どんなに見えない所で日和が変わったとしても私には分かるって事。だってあなたは私の弟なんだもん。遠くに離れていて普段は見えないけど今までずっと傍で見てきてたんだもん。そういうのを分かってあげられるのが家族っていう存在だし、姉弟だと思うの。さっき『本当は弟なんて思ってない癖に』なんて事を言われたけど」

(き、聞こえてたぁぁぁ!)

「私は日和のお姉ちゃんだし、日和は私の弟なんだよ。お姉ちゃんはいつだって弟の事を想ってるんだからね。弟の事を想わないお姉ちゃんなんて居ないんだよ」

(そうだった……やっと思い出したよ。俺は姉ちゃんが好きだったんだよな。幼い頃はいつだって傍に居て優しくしてくれたし、傍に居ないと寂しかった。……それなのにいつからだろうか。そんな優しさを毛嫌いして姉ちゃんとの溝を作っていたのは俺の方だった。それは別に姉ちゃんの事が嫌いとかそういうのじゃなかったんだ。ただいつまでも甘えてばかりいたんじゃ大切なものは守れないって気付いたんだ。そんな想いがいつしか姉ちゃんを傷付ける事しか出来なくなってしまったんだよな……こんな俺の事をちゃんと見てくれていたんだ……勝手に仲が悪いと決め付けていた俺の事を弟として見てくれてたんだ……でも、もし今の本当の俺を知っても同じ事を言ってくれるのだろうか? やっぱり弟が鬼だなんて嫌だよな……)

「なぁ? もしさ、俺が人間じゃなくなったら同じ事言える?」

「どういう事?」

「例えばだよ。た・と・え・ば!」

「人間じゃなくなるって例えば犬とか猿とか雉とかって事?」

「何でちょっと桃太郎みたいな発想になってるのか意味が分からないんだけどな……」

「う~ん……例えば『鬼』とか?」

 日和の鼓動が強く打ち付けた。

「そうだよ! 例えば『鬼』とかになったら俺は姉ちゃんの弟で居られるのかよ!」

 二人の間に緊張が走った。

 偶然とはいえ『鬼』という言葉が姉の口から飛び出し、それによって『鬼』という存在を日和が姉に問っている。

 口を尖がらせて右手の拳を顎に当て、左腕で右肘を支えるような格好で考える姉を日和はただジッと見詰めて答えが出るのを待った。

 「ところで日和はその『鬼』に望んでなったの? それとも無理矢理なったの?」

(本当姉ちゃんって的を射た質問ばかりしてくるよな。実は何もかも知ってるんじゃないのかって思うくらいだよ)

「俺は望んで『鬼』になった」

 日和の答えを聞いてまた黙り込んで何かを考える姉だったが、今回はすぐに口を開いた。

「良いんじゃない!」

 自信満々にそう言った。

「……」

「……?」

「えっ? それだけ?」

「それだけって他に言いようなんて無いじゃないの」

「そっか……」

(まぁこんな質問を真剣に答えろっていう方がどうかしてるよな。普通ならどっちかというと俺の方がふざけてると思われても仕方無いんだよな。さて、そろそろ木乃葉の所に行かなきゃな)

 姉と話している間に思ったよりも時間が過ぎており、日和は木乃葉の家に向かう為にその場から立ち去ろうとすると姉が言った。

「日和がどうして望んだのかは知らないけど、弟が決めた事ならお姉ちゃんとしてはその存在を受け入れるし、どんなに変わってしまったとしても私は日和のお姉ちゃんだし、日和も今までと変わらず私の弟だからね。きっとそれはお父さんもお母さんも同じ気持ちの筈だよ。家族ってそうものだと思う。誰か一人でも欠けたら凄く嫌だし寂しいよね。一人一人がみんなにとって大切な存在だって事なんだよね。そりゃあ家族っていってもいつかは離れて別々の道を進まないといけなくなる時もあるけど、そういう想いってずっと変わらないままなんだからね」

 その言葉は日和の心の奥へと入っていったと同時に自分自身を恥ずかしく思えた。

 人間でなくなってしまった事に対して少なからず劣等感を抱いていたからである。

 だが、自分がどんな姿や内面になっても変わらず思い続けてくれている家族、姉弟の優しさや愛情を感じる事が出来た。

「姉ちゃん、有難う。それじゃ俺、木乃葉の家に行かないといけないから行って来るよ。まだ少しの間は家に居るんだろ?」

「うん。もう少しゆっくりするつもりだからね。木乃葉ちゃんによろしく伝えといてね。あと……どんなに遅くなっても良いからちゃんと家に帰って来るのよ!」

「へっ……子供じゃないって。それじゃ行って来ます!」

「行ってらっしゃい」

 玄関で靴を履くとドアを開けて日和は出掛けて行ったと同時にゆっくり閉まるドアの間から姉の寂しそうな笑顔があった。

 今までずっと黙っていたディユンが疑問を投げ掛けてきた。

(良いのか?)

だが、日和は何についての事なのか分からず、問いを問いで答える。

「何がだ?」

(姉君の事じゃ。日和が出掛ける姿を見て居ったのじゃが、どこか寂しそうであったぞ)

「別に気にする事は無いよ。ただ家の中に一人だけになるのが寂しかっただけじゃねぇの? 折角帰ってきたのに俺も母さんも結局出掛けちゃったし」

(本当にそれだけなのかのう……)

「まぁ少しの間は居るって言ってたし、話す時間は幾らでもあるさ」

(お前は相変わらず物事を簡単に考えておるのじゃな。私には何か深い意味があるように思えてならんのじゃがな)

「深い意味なんてある訳無いじゃん! 寂しそうな表情たって、別に俺が急に居なくなる訳じゃないんだから大袈裟なんだよ」

(じゃが、姉君は日和の事を良く分かっておったではないか。イメージとは全然違っておったぞ)

「それは……俺も思った。っていうか俺が勝手に姉ちゃんのイメージを作ってしまっていたんだな。自分勝手で人の事なんて考えない自由人……でもそれは結局自分自身の事だった。何でも分かってるフリをしていただけで本当は何も分かってなかった。姉ちゃんの事を分かろうとしてなかった」

(じゃが姉君はそんな日和の考えも全て含めて分かってくれておったのう)

「考えれば考えるほど自分自身が恥ずかしいよ。姉ちゃんには悪かったと思ってる」

(まぁ日和みたいな出来の悪い弟を持って、さぞかし姉君は苦労したのじゃろうな)

「苦労っていうよりかは腹立たしいって感じだったんじゃねぇのかな。いつだって優しさを毛嫌って反発してたんだからな」

(じゃがそればかりとは限らんかも知れんぞ)

「どういう事だよ?」

(良く言うじゃろ、『出来の悪い子ほど可愛い』とな。必死に自分の感情をストレートにぶつけてくる日和は姉君にとって『可愛い弟』に他ならんかったのではないのかのう。私も自分の力を分け与えた奴等の事は出来が悪くても嫌いにはなれんからのう。きっと今日という日に日和と姉君はまた幼き頃のようになれるのではないのかのう)

「そうなのかな……?」

(血縁とはどんなに酷い事を繰り返し傷付け合ったとしても真から憎む事などは出来んのじゃ。云わば元を辿れば同じ魂なのじゃから相手を思い遣ればきっと伝わる筈じゃ)

「……姉ちゃん許してくれるかな?」

(許すも何も今朝の姉君の態度が全てじゃと思うがのう)

「俺……今日帰ったら姉ちゃんに謝ろうと思う!」

(私がいつでも憑いておるぞ!)

「でもなぁ~今夜は夏祭りに行って燈花を応援しに行かないといけないんだよな。夜遅くでも姉ちゃん起きてるかな?」

(それならば明日の朝でも良いと思うが)

「そうだな! 取り敢えず出来るだけ早めに帰るようにするかな」

 ずっと心の奥に引っ掛かっていたものが取れたような感覚だった。

 ただ素直になるという簡単な事に今まで気付けなかった。

 しかしあの時に止まった姉弟の時間はこれからまた動き出すだろう。

 日和は木乃葉の家に急ぐ為、走り始めたその時だった。

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