人ノ言葉ヲ喰ラウ鬼 其ノ伍
「これは誰からなのじゃ?」
「……宝月燈花……俺の従兄妹だ」
「よく状況が分からんのだが、何故この一文だけでそんなに焦る必要があるのじゃ? もしかしたら悪戯とかは考えられんのかのう?」
「燈花とは当分会ってないけど、小さい頃から俺の事を本当の兄のように慕ってくれてて仲も良かった。けど、燈花の性格から考えてもこんな悪戯をするような子じゃないんだ……それに何て説明して良いか分からないけど嫌な予感がするんだ。この感覚は水琴や木乃葉の時にも感じた。だから今回も『鬼』が絡んでいる様な気がするんだ。出来れば俺の思い違いであってくれた方が助かるんだがな……」
やっと事の重大さを理解出来たディユンは日和の身体の中に入っていった。
そして思考内から話し掛ける。
(私に任せろ! 背に腹は代えられんから前みたいに飛んで行くぞ!)
日和は木乃葉を助けに行った時の様な身体が軽くなる感覚がした。
(お前の思い当たる場所に行け! 今回は会った事の無い人間ゆえ私は感じる事が出来ん!)
(取り敢えず燈花の家に行ってみる)
全力で飛んだ日和の身体は凄まじい速さで一直線に空へと舞い上がった。
その凄まじさを感じたディユンは思考内で日和に聞こえないくらいで思うのだった。
(今回の燈花という人間は日和にとってどれ程の存在なのじゃろうか? この慌てようからすると大切じゃという事だけは分かるのう。さて、問題はさっき日和も同じ事を考えておった通りの『鬼』かのう……可能性は限りなく高い。何故なら鬼同士は共鳴しておるからのう。何よりも日和がこんなに焦っておる事が一番の証拠じゃ)
日和がどれくらいの速さでどれだけの距離を飛んだかは不明だったが、急にスピードを緩めて止まった。
「着いたぞ! 燈花の家だ! ディユン、何か感じるか?」
「あぁ、禍々しい程の『鬼』じゃ。じゃがもうこの家には居らぬ」
「捜せるか?」
「それがのう……こんなに気配を残しておるのに本体の気配が全く感じられぬのだ。まるで私達に捜せと言うっておるようじゃ。日和、従兄妹が行きそうな場所で心当たりとかは無いのか?」
「そんな事言われたって別に頻繁に会ってた訳じゃないし、最後に会った時はまだお互いに小学生だったし……」
燈花との思い出で何か手掛かりが無いかと考える日和はふいに何か思い出す。。
「もしかしたらあの場所に居るのか……?」
「何か思い出したのか?」
「確実じゃないけど唯一行きそうな場所に心当たりがあるんだ」
再び地面を強く蹴り、空高く舞い上がると燈花が居ると思われる場所へと急ぐ。
「燈花とは結構色んな場所で遊んでいたんだけど、唯一よく行った場所っていうのがあるんだ。俺自身は特に何も無い所だから行きたいとは思ってなかったんだけど、燈花に行きたいと毎回言われて会った時は必ず行っていた場所があるんだ」
「何も無い場所に行きたいとは不思議じゃのう。それで毎回行って何をしておったのじゃ? ……まさかとは思うが若い女の子を何も無い場所に連れて行って……あぁ、少しでも日和の事を信じておった私が愚かじゃった。もう既に犯罪に手を染めておったのじゃな!」
「……この状況でよくふざけられるな。ディユンが少しずつ俺に似てきたのは気のせいか? っと言うより燈花が行きたいと言ったから俺は付いて行ってただけだって説明しただろ! ちゃんと聞いていたのかよ!」
「すまんすまん。何故か日和が女の子と二人っきりになった話を聞くとイメージがそうなってしまうのじゃ。それで何をしておったのじゃ?」
「別に何をする訳も無く、川を見ながら燈花が『歌って』た」
「『歌って』おったじゃと……何故じゃ」
「それは俺の方が聞きたいくらいだよ。何でわざわざあんな場所に行って歌っていたのか未だに不明だよ」
燈花との思い出話をしている間に心当たりがある場所に辿り着いた。
大きな川がゆっくりと流れている川原だった。
周りには人の気配も無く、見た限り日和とディユンの二人だけしか居なかった。
「本当にこんな場所に居るのかのう?」
「分からないけど、ここしか思い浮かばなかったんだ」
そして辺りを見回しているとディユンが
「のう。向こう岸に誰か居るようなのじゃが、その燈花という従兄妹ではないかのう?」
日和も同じ方向に視線を向けると、目を凝らした。そして断定的に言う。
「間違いない! あれは燈花だ!」
その瞬間、既に二人は燈花が居る場所まで走り出していた。
日和は姿を確認出来た事で少し安心したような表情を浮かべる。
(無事で良かった……何処かに姿を消してしまっていたらどうしようかと思ったぜ)
燈花は川原に座り込んで流れる水をずっと見詰めていた。
近くまで来た日和は走るのを止め、ゆっくりと歩いて近付く。燈花の真後ろまで来ると、どこか寂しそうな背中に言葉を掛ける。
「どうしたんだよ? いきなりあんなメールしてきてびっくりしたぞ」
日和の頭の中の燈花が自分に会えた時のイメージは
(俺の声を聞いて驚いた燈花が振り向いて『あ、日和兄ちゃん来てくれたんだ!』と言い、嬉しさのあまり俺に抱き付く。ここで俺は大人の部分を垣間見せて、肩を持ち軽く身体から離して『燈花ダメじゃないか。あんなメール見たら誰だって飛んで来てしまうだろ』と厳しい一面を見せると『だって燈花……日和兄ちゃんにどうしても会いたかったんだもん!』と言いながら涙を浮かべる。ここで俺は一度離した燈花をもう一度抱き締めて『本当に困った子だなぁ……それならそうと素直に言ってくれさえすれば俺はいつでも会いに来てやったのに。だって俺も燈花に会いたかったんだからな!』と最終的には広い心で許すと共に燈花の気持ちすらも受け止める俺。そんな俺の優しさに燈花は涙を一杯浮かべた目を瞑るとキスを求めてくる。近付いていく二人の唇……そして……そして……あぁ! 禁断の関係だね!)
イメージトレーニングを無事終えた日和は改めて燈花に声を掛けた。
「燈花……大丈夫か?」
だが、振り返るどころか気付いていないように感じた。
「お~い、燈花?」
相変わらず何も反応が無かった。
「ちょっとどうしたんだよ? 気付いてないのか?」
そう言って燈花の肩に触れた瞬間、日和の指が吹き飛んだ。
突然襲った激痛が日和の体中を駆け巡る。
「うわああああああああ!」
苦痛で顔が歪み二、三歩後ろに下がって行くと腰から崩れ落ちた。
「日和!」
駆け寄ったディユンは日和の指に『浄鬼』で『無かった』事にしようとするのだが、一向に傷は治らなかった。
「何故じゃ……何故『無かった』事にならぬのじゃ? 『鬼』では無いという事なのか?」
焦り始めるディユンだったが、その意見に対し答える声がした。
「鬼で間違いないわよ! サーベスト様」
「何じゃ! お前は誰なのじゃ?」
「そんな酷いわ。私の事を忘れてしまうなんて。いつもお傍に居たじゃないの」
その時、突風が吹き始めた。
「ぐ……何じゃ、この強大な気配は……こんな力を持っておる鬼など知らぬぞ!」
ディユンは敵が誰なのか全く見当が付かなかった。
すると激しい風の中で燈花が立ち上がり、日和とディユンの方に振り返ると背中からゆっくりと影が出てきた。
少しずつ現れる鬼の姿を必死に見詰めるディユンだったが、その全てが顕になると驚きを隠せなかった。
「何故お前が日和の従兄妹に憑いておるのじゃ……スピッシュ!」
燈花の中から出て来たのは、本来なら垣翼めぐるに憑いている筈のスピッシュだった。
「やっぱり覚えてくれていたんですね。嬉しいですわ! ずっとサーベスト様に会いたくて会いたくて待ち焦がれていたのよ。あの頃とお変わりないみたいで良かったですわ!」
不敵な笑みを浮かべながらそう話すスピッシュだったが、ディユンは何かを思った。
「のう、スピッシュよ。そう言えばこの前の話じゃが、帰った後に良く考えたのじゃ。出来ればお願い出来んかのう?」
「この前の話? ……何の事かしら?」
「私と一晩付き合ってくれるという話じゃ!」
「なっ、スピッシュ様がそんな事を……」
ディユンは相手のボロが出た瞬間。ニヤリ笑みを浮かべた。
「お前、スピッシュでは無いのう。真似事ばかりして相手を誑かす奴と言えば『シンフォニア』か?」
「流石はサーベスト様。こんなにあっさりと見抜かれてしまわれるとは敵ながら侮れないで御座いますね」
「いや……明らかにスピッシュとは話し方が違うじゃろうが」
「このシンフォニアの話し方一つで見抜いてしまわれるとは流石に御座います」
「……最終的には自分で自分をスピッシュでは無いと言っておったのにのう」
「相手のほんの少しのミスを見抜いてしまわれるとは流石に御座……」
「もう良い! いい加減、本来の姿に戻ったらどうだ?」
「このシンフォニア、本来の姿を一切見せないようにしておるのですが、サーベスト様に言われてしまっては逆らう訳にはいきませんので」
そう言ったシンフォニアの身体が影に包まれて形を変化させていくのを見ているディユンが
「いつもお前の姿を見ておった時はサーカスに来ておるのかと錯覚させられておったのう」
「このシンフォニア、楽しんで頂けてるのであればそれはそれで構わないのですが、このシンフォニア自身はそんな気持ちなど全くと言っていいほど持ち合わせておりませんので」
変化していった身体は少しずつ本来の姿になりつつあった。
割と細身だが、すらっとした身長をしていた。
だが、横幅のある服装がそれを感じさせないようにしている様だ。
表情も見え始めたのだが、その顔はどこからどう見ても『ピエロ』そのもの。
さっき言っていたディユンの言葉の意味も頷ける。
本来の姿になったシンフォニアにディユンが皮肉な意味合いも込めて言った。
「見た目もやっている事も全て含めて『ピエロ』なんじゃのう! じゃがお前にはそれが一番似合うとるぞ」
「このシンフォニア、サーベスト様に褒めて頂けるなど勿体無う御座います」
「ところでシンフォニア。お前が憑いておる人間なんじゃが、私の友達の従兄妹なのじゃ。さっきから私の事を敬ってくれとるようじゃし、ここは一つ私の頼みという事でその人間の中から出て行って貰えんかのう?」
「クックックッ……そうですか」
突然、意味深な笑いをするシンフォニア。
「このシンフォニアに出て行って欲しいと仰るのですか……それは出来ない事だな! 今のお前に俺に命令出来るような資格があると思ってるのか? 一応、元王という事で敬ってやっているが俺はもうお前の部下でも何でも無い! 今の俺に唯一命令出来るのは現王のスピッシュ様だけだ! 調子に乗るんじゃない……殺してしまうぞ! ……おおっと、少々取り乱してしまいまして申し訳ありませんでした。ですが、本心を述べさせて頂いたまで、どうぞ御気を悪くなされませんように」
「別にお前の言う通り今の私は王では無い。命令など言える義理も無いのも分かっておるし、特に命令した訳でも無いのじゃがのう。ただの『お願い』じゃ」
「そう仰られましても聞く耳を持つ事は申し訳御座いませんが出来ないのです」
「それじゃどうしたらその人間から出て行って貰えるのかのう?」
「このシンフォニア、この人間から出て行く可能性は御座いません。ですから諦めになられて余生を静かにお送りになられて下さい」
「腕尽くでもかのう?」
その言葉によって一気に怒りが爆発したシンフォニアは
「腕尽くだとぉ! 笑わしてくれるじゃねぇか! お前ごとき老いぼれがこの俺に勝てるとでも思っているのか! そんなに死に急ぎたいのなら俺が粉々にしてやるよ!」
シンフォニアが大きく腕を振り上げた瞬間、風が巻き起こった。
するとディユンの全身に刃が飛んできたかのように切られていくが、両手で身を守ったお陰で軽い傷で済んだ。
「お前の風は相変わらず怖いのう」
そう言いながらディユンが立っていた場所は倒れている日和の前だった。
身体を呈して日和の身も自分の身も守ったのであった。
「デ、ディユン……今どんな状況になってるんだ?」
シンフォニアが巻き起こした風によって日和の意識が戻った。
「おぉ、気が付いたか。まぁ……最悪な状況ってところかのう……」
「今までいつだって最悪な状況しかなかったじゃないか」
「確かにその通りじゃのう。じゃが最悪な状況だからこそ本来以上の力が出せるというものじゃ。気が付いたばかりの日和には早速で悪いが、心臓を喰らわせて貰うて良いかのう」
「気なんて使わなくていいって前に言ったじゃないか。叩き起こしてくれても良かったんだぜ!」
「流石にそれは可哀想過ぎるわい。そこまで鬼ではないぞ」
「何言ってんだよ! 正真正銘の鬼の癖に」
「それじゃあまり長引かせて従兄妹の身体が手遅れになってしもうては元も子もないから行くぞ!」
ディユンは仰向けに倒れている日和の心臓目掛けて腕を突き入れた。
「うわあああああああ!」
すると日和の身体が光を帯び始めたが、吹き飛ばされた指は一向に治らなかった。
だが、目を青く光らせた日和は立ち上がると凄い速さでシンフォニアに向かって行く。
「そんな変化をしたって俺には勝てる訳ねぇだろうが!」
向かってくる日和に対して指を弾く動きをさせたシンフォニア。
次の瞬間、銃弾が日和の身体を貫通していった。
その場に倒れ込む日和は何が自分の身に起こったのか分からずにいた。
右肩と左胸と左太ももから血が流れていた。
「今までこれで鬼を倒してきていたのに全く歯が立たないなんて……畜生! 俺がやらないと誰も守れないじゃないか!」
再び立ち上がった日和は一心不乱にシンフォニアに向かっていく。
「いかん日和! 無闇にシンフォニアの懐に飛び込んではいかん!」
そう叫んだディユンの声は今の日和には届かなかった。。
「まだ立ち上がって来れたのは褒めてやるよ。それならもう動けないようにするまでだよ!」
飛び上がった日和はシンフォニア目掛けて一撃を繰り出すが、あっさりと避けられると逆に懐に入られて
「調子に乗った罰だ!」
そう言って腕を横に振った。
地面に落ちていく日和の身体は上半身と下半身の真っ二つに切り裂かれた。
(嘘だろ……俺、死んじゃうのか……燈花を守る事すら出来ないまま……)
ドカッ
鈍い音を立てて地面に落ちた二つの身体からは大量の血が流れ出ていた。
「良い様だな! 所詮人間は人間らしく大人しく鬼に喰われてりゃ良かったのにな!」
ディユンは力が抜けたような表情を浮かべて日和の上半身に近付いて
「すまぬ……すまぬ……私に力が無いばかりに……日和に頼ってしまったばかりに……」
「……そんな風に自分を責めるなよ……」
「日和!!」
日和の意識はまだ残っていた。
「……俺が守りたい者の為に戦った……それだけだ……誰が悪いとか誰のせいとかじゃないんだ……目の前で苦しんでいる人を助けようとしたらこうなってしまっただけだ……だが、まだ俺は死ねないぞ……まだ燈花を助けてやれてないんだ……ディユン……俺の身体、何とかならないか? ……全部の寿命を喰らっても良いから……もう一度俺を戦えるようにしてくれないか? ……燈花には……まだこれからがあるんだ……夢も……あるんだ……歌手っていう……夢が……」
もう息絶えてしまいそうな日和が言った『夢』という言葉と『歌手』という言葉に何も聞こえてない筈の燈花が反応を示したのだった。
その事に気付いたディユンが日和に言葉を掛ける。
「もう立ち上がらんで良い! そのままで良い! 従兄妹を救いたいと思っておるのなら最後まで救う事を諦めるでないぞ。今、一瞬だけだが従兄妹が反応を見せた。こうなったら一か八か掛けるしかないぞ。従兄妹の意識をはっきりさせるのじゃ。その為には日和、お前が呼び掛けて従兄妹自身にシンフォニアを追い出させるのじゃ!」
「呼び掛ける……そんな事でどうにかなるのかよ……」
「確かシンフォニアは憑いた人間の声を支配するのじゃ。そして『言霊』を利用しておる事で無限大の力を得ておる。だからその『言霊』を逆に利用してあいつ自身の力を無くしてしまうのじゃ」
「よく分からないが……兎に角、俺が燈花に呼び掛ければ良いんだな……?」
「そうじゃ。頑張るのじゃぞ。シンフォニアの力を無くす事が出来れば『浄鬼』の力も復活する筈なんじゃ。日和の命が尽きるか燈花の意識が戻るか賭けじゃ!」
ディユンは日和の上半身を起こして燈花に見えるようにした。
「燈花……久し振りに会えたのに……こんなボロボロでごめんな……俺は燈花が誰よりも負けず嫌いだって事……良く知ってるぜ……だから……そんな奴の言う通りに操られてしまっている事に苛立たないのかよ? ……それに燈花にとって言葉っていうか声は大切なものだったじゃないか……いつも川原に連れて行って歌を聴かせてくれたじゃないか……ちゃんと覚えているんだぜ……本当は大勢の前で歌いたいのに勇気が無いからって……せめて俺だけの前では勇気を出して歌ってくれてたんだよな? ……いつも綺麗な歌声だって思ってたし、燈花なら絶対に歌手になれると思ってる……それなのにそんな奴に声を奪われてしまって、自分の夢どころか俺の夢まで奪うのかよ!」
「あぁ……日……和……兄……ちゃん……」
「頼む! 目を覚ましてくれぇ! 自分の意思をしっかり持つんだ!」
「日和兄ちゃ~~~ん!」
その燈花の声と共に全ての状況が変わった。
隣に居たディユンが
「日和! お前身体が――」
そう言われた日和は自分の手や身体を見た。
「下半身があるぞ! 指も元通りになってる! 傷口も無くなってるし……ディユンの『浄鬼』が復活したんだ!」
シンフォニアは戸惑いの表情を浮かべて
「ま、まさか破られてしまったのか? そんな……人間相手でこんな事になるなんて……」
地面に膝をついて俯いていた。
もう戦意は感じられなかったシンフォニアにディユンは近付いて行く。
「お前先程、私に何と言っておったかのう?」
恐怖心を感じたシンフォニアは
「今までもこれからもこのシンフォニア、サーベスト様に仕えさせて頂きます」
「よし、私の中に力として戻るが良い」
「有難き幸せに御座います」
シンフォニアの身体は光を帯びてディユンの中に入っていった。
「ふぅ~……何とかなって良かったわい」
そして燈花は自分の意識を取り戻したショックで気を失っていた。そんな燈花を抱き抱えていた日和は昔とは違い少し大人びた顔になっている事を感じていた。
「今回ばかりは何も出来なかったな……」
腕の中に居る燈花を見詰めながら日和が呟くと、ディユンが後ろから肩を叩いて
「そんな事も無かろう。結果的には従兄妹が意識を取り戻した事によって全ての状況が変わってしまったのは事実じゃが、日和の呼び掛けがなければ、こうなる事も無かった訳じゃ。これこそ本当の『言葉の力』というものではなかろうかのう」
「『言葉の力』ねぇ……もしかして俺も『言霊』を操れる力を持っていたりして」
「そんな事になってしもうたら、それこそ世も終わりじゃのう」
「……今日はもう怒る力も残ってねぇよぉ」
「そりゃそうじゃ。本当ならあのまま死んでおってもおかしくなかったのじゃからのう」
「でもやっぱりあそこまで身体を滅茶苦茶にされたら流石に身体中が痛いぜ」
「そんなに弱っておるなら従兄妹は私が持つが?」
「これはダメだ! 今凄く幸せなひと時なんだから邪魔しないでくれ!」
(どんなに身体がボロボロになろうとも欲望だけは弱る事は無いんじゃのう……)
無事に燈花を救えた日和だったが、身体に負った傷は思いの他深かったのであった。




