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人ノ言葉ヲ喰ラウ鬼 其ノ壱

太陽の日差しも強くなり始め、日和にとって心待ちにしている夏休みもあと僅かになった週末の日曜日の事。

 日和とディユンは道を歩いていた。

 向かう先は木乃葉の家だった。

 あの日、ミリテリアスをディユンの力として戻す事は出来たのだったが、木乃葉の負ってしまった傷は思いのほか深かった。

 顔に付けられた無数の爪痕はと言うと


「女の子の顔がこんなにも傷付いてしまっている状態にしておくのはあまりにも可哀想過ぎないか? 前に垣翼めぐるにやった時みたいにディユンの『浄鬼』で傷自体を『無かった』事に出来ないだろうか?」

 日和の木乃葉を心配する気持ちにディユンが応えてくれて顔の爪痕は『浄鬼』によって殆ど分からないまでに治す事は出来たのだが、唯一頬に僅かに残ってしまっていた。

 ディユンは日和の傍に来て言った。

「表面上の傷は殆ど『無かった』事には出来たが、さすがに思い出を喰われた事自体は『無かった』事には出来んかった」

「いや、助かったよ! 有難う」

 床に座り込んで自分の顔を鏡で見た木乃葉は笑いながら

「この傷は日和が私との約束を守ってくれた記念の証だね! 今一番の大切な思い出だよ!」

 いつもと変わらない感じだった。

 だが、その笑顔を見た日和は胸が苦しくなってしまい、咄嗟にしゃがみ込むと木乃葉の頭に手を置き

「木乃葉……そんな無理して笑っても全然可愛くないんだからな。辛い時は我慢しなくて良いじゃないか。もう幼稚園の時に交わした約束の『合図』なんて考えなくていい。これからは痛い時は痛いで良いんじゃないのか? 素直な本心を俺に伝えてくれ」

 その言葉を聞いた木乃葉は目に一杯の涙を浮かべて日和に泣き付いた。

「うっ……うっ……うわぁ~ん! 私……怖かった……日に日に消えていく……大切な記憶ばかりが……不安で……不安で……どうしようも無かったの……日和の存在すらも忘れてしまうんじゃないかって……でも全部無くなってしまわなくて本当に良かった!」

 日和は木乃葉の言葉を黙ったまま聞きながら落ち着くまで強く抱き締めていた。

 気が付けば朝日が出てしまう時間になっていた。

 その頃には木乃葉も少しは落ち着きを取り戻す事が出来た為、帰る事にした日和だったが、不安そうな目をしていた木乃葉に一つの約束をした。

「家の中がめちゃくちゃになってしまっていると落ち着いて生活も出来ないだろうから毎週日曜日には俺が来て直してやるよ。元通りどころか新築以上にしてやるぜ」

「本当は不器用な癖に見栄を張らないの! でも日和が直してくれるなら嬉しいな。私も手伝うから一緒に頑張ろうね」

 

こうして毎週日曜日は木乃葉の家を直す為に訪れるようになったのだった。

「いや、何故私まで手伝わんといけないのじゃ!」

「だって俺とディユンは同じなんだから俺がやる事はディユンもやるのが当たり前だろ」

「同じと言うても別に行動まで同じにせんでも良いでは無いのか?」

「それにもし突然鬼と対峙してしまった時に都合が良いだろ?」

「私の都合というよりは日和の都合に合わせとる気がするのじゃがのう……」

「まぁ、小さい事は気にしない気にしない!」

「何か話を誤魔化されたような感じじゃ……」 

不満そうな表情で日和を睨み付けるが、ディユンは木乃葉の事で気になった事があったので急に話題を変えるように話を振った。

「ところで日和。ちょっと聞きたい事があるのじゃが」

「えっ? ディユンが俺に聞きたい事なんて珍しいな。何だよ?」

「お前、幼馴染の木乃葉という女の事をどう思っておるのじゃ?」

 思いも寄らなかった質問に日和は驚いた。

「き、急に何だよ! どう思うって何がだよ!」

「あの時は戦いの最中でそんな余裕は無かったのじゃが、ミリテリアスが言うには幼馴染は日和の事をずっと想っておったそうではないか。それに私が思うに日和も幼馴染の事を大切にしておる訳じゃし、この先どうするのかのうっと思うてのう」

「何でいきなり親みたいな感じになってるんだ! 別に俺と木乃葉は幼馴染っていうだけで特別な感情なんて無い訳だし、今更どうって言われても俺としては困る訳だし……」

「それでは幼馴染の気持ちには応えずにこれからも変わらない関係を続けるという事かのう!」

「そ、そうだよ! 今までもそうだったし、これからだって俺達の関係が変わる事は無いよ」

「本当にそれで良いのかのう……」

「どういう事だよ?」

「今の幼馴染は心身共に傷付いておるというのに更に自分の思いを受け止めて貰えん事を知ったら……確実に自殺してしまうな」

「お前……脅す気か!」

「いやぁ、私は別に脅してなどはおらんよ。ただの予測に過ぎんから気にせんで良い」

「この状況でそれがただの予測とは思えないんだけどな……」

 本心から心配しているのか、ただ単にからかっているだけなのか分からないディユンだったが、確かに木乃葉の気持ちを知ってしまった以上、何事も無かったように片付けてしまっては逆に木乃葉を傷付けてしまう事になってしまうだろう。

 その事に気付いた日和は顔を上に向けて空を見ながらディユンに質問した。

「俺はどうするべきだと思う?」

「そういう事を私に聞くのか? 前にも言うたが鬼には性別が無い。じゃから恋愛感情で他人を好きになるという気持ちが分からんのじゃ。あの時、大切な記憶を失ってしもうたと言って泣いておった幼馴染の気持ちも正直理解出来んかった。私にとっては記憶など邪魔なモノでしかないからのう。だが、私が日和と会ったあの日、他人の為に命を捨てる事が出来ると言った言葉。あれが他人を何よりも大切に想うという事じゃと感じた。普通人間は自分の命が何よりも大事でそれを守る為じゃったら他人をも傷付けてしまうものじゃ。しかしそれが別に悪い事や間違った事じゃとは思わん。命あっての全てじゃからのう。楽しい事も嬉しい事も人を大切に想う事も、想いを募らせる事じゃって命あってのものじゃからのう。じゃが、その全てを捨ててまで助けたいと思える気持ちが『大切に想える』事じゃと私なりに解釈しておるんじゃがのう。日和がどうしたらいいかなんて誰にも分からん。きっと日和自身がどうしたいかじゃと思う。それが分かった時に自ずと答えが出る筈じゃ」

「俺がどうしたいか。か……」

「まぁ要は好きにせいと言う事じゃな!」

「……その言葉が無かったら最高に良い感じのままだったのにな。ただの丸投げじゃん!」

 ずっと傍に居て当たり前と思っていた木乃葉の存在は日和にとって無くてはならない存在という事は分かっていた。

 だが、特別な感情を寄せられていたと知った日和は戸惑ってしまっていたのだ。

正直なところ木乃葉の事は好きではあるが、それが恋愛感情なのか分からない……

そんな頭の中を疑問で埋め尽くしていた日和にディユンが

「のう日和。向こうから歩いて来ておる者はウォールムの時の……」

 ディユンの指差す方向に視線を向けるとそこには反対側の歩道を歩いている水琴の姿があった。

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