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人ノ記憶ヲ喰ラウ鬼 其ノ陸

 完全に顕になった姿に月明かりが照らし出す。

 だが、姿を見た日和は

「こ、子供!」

「お前失礼な奴だな! 俺はこう見えても百五十年は生きているからお前より全然年上なんだぞ!」

 確かに日和が驚くのも無理は無い。見た目は十歳くらいの男の子であった。

 だが、ディユンは相変わらず険しい表情をしたまま日和に言葉を投げ掛ける。

「日和! 見た目に騙されるでない。こんな幼い姿をしておっても人間を喰らう鬼に変わりは無いのじゃ。しかもミリテリアスの特性は『毒』じゃから厄介なのじゃ」

「エヘヘ、サーベスト様。オイラの事ちゃんと覚えてくれていて嬉しいなぁ。でもね、もうサーベスト様が知っているような優しい『毒』じゃないよ。パワーアップしたんだオイラ!」

「やはりお前も力を強くしたのじゃな……」

そのディユンの何気無い言葉に日和は思った。

(そう言えばこのミリテリアスは人のどの部分を喰らう鬼なんだ?)

 だが、思考内で繋がっているディユンにその考えは伝わっていた。

(言っておらんかったのう。ミリテリアスは人の気持ちと共に憑いた人間の『記憶』を喰らうのじゃ。もちろん『記憶』を喰われるという事は『思い出』やそこに居た『人』や『物』の名前、『存在自体』を失ってしまうのじゃ)

(だからか……木乃葉が大切にしていた思い出を忘れてしまっていたのは……コイツが全ての原因だったんだな!)

 怒りが込み上げてきた日和は必死に痺れた身体を動かそうとする。

 それを見ていたミリテリアスは

「エヘヘ、無理だよぉ~オイラの毒を受けてまともに動ける筈無いんだから! その証拠にサーベスト様だって平気に見えるけど本当は話すだけがやっとだもんね!」

 日和はディユンの方を見ると何処か焦りを感じているような表情をしていた。

(すまぬ日和! 何とかしたいとは思うっておるのじゃがミリテリアスの奴、やはり力を強くしておるせいで私も身体が痺れてしまっておる……何とかせねばこのまま幼馴染諸共辛うじて生きておる屍になってしまうやも知れんぞ)

(ディユンでさえもこんなに簡単に動きを封じられてしまうなんて……このまま何も出来ないまま……木乃葉を救ってやれないのか……)

(いや……まだ可能性なら残っておるぞ! しかしまた日和に負担を背負わせてしまう事になるのだが……)

(俺が負担を背負うだけで木乃葉を救えるならいくらでも背負ってやる! 分かってるよ。ディユン……俺の心臓を喰らってくれ!)

(良いのだな?)

(あぁ、救う事が出来ずに死ぬより救って死ねた方が断然幸せだからな!)

そんな強く真っ直ぐな思いに応える様にディユンは力を込め、『澪』を帯びた右手を日和の背中に突き入れた。

「うわあぁぁっ!」

 声を上げる日和だったが、身体が少しずつ光を帯び始めるとウォールムと戦っていた時の姿になった。

 そんな突然の変化にミリテリアスは驚いた感じだったが、まだ余裕そうに笑っていた。

「エヘヘ、サーベスト様も落ちぶれたね! まさか人間を使ってオイラを倒そうとしてるんじゃないよね? 人間と鬼の力の差は歴然じゃん!」

「お前は何も分かっておらぬようじゃのう。私はこの日和という人間の強い思いを信じておるのじゃよ。全てにおいて力が絶対勝者とは限らんのじゃ。生きとし生けるものであるのなら鬼であろうと光を指し示してくれたのがこの者なのじゃ。私の中にあった深い闇を受け入れてくれて一緒に背負ってくれると言うってくれた。こんなにも強い人間を見たのは初めてじゃった。じゃからミリテリアス、お前にこの日和を打ち倒せるだけの強さがあるのか? 人間に巣食って生きておる奴に負けるとは私は思っておらぬ!」

「エヘヘ、すっかり歳を取り過ぎて考え方が可笑しくなっちゃったんじゃないの? そうだ!人間の方に良い事教えてあげるよ! このお姉ちゃん、ずっとお前の事が好きだったんだよ! 毎日想いを募らせていたし、記憶の中でも特別だったみたい! オイラには女心とか恋愛感情とか分からないんだけど……そういうのが一番美味しいから食べ応えがあるんだよね!」

 嘲笑うように木乃葉の気持ちを話すミリテリアスに日和は殺意を覚えた。

「何が面白いんだよ? 人に勝手に憑いておいて大切な記憶を次から次に喰らって自分で自分を傷付けてしまうまで追い込んでおいて、何がそんなに面白いんだよ? 記憶ってその人にとっては何物にも代え難い程大切で掛け替えの無いモノなんだよ。決して奪ってはいけないモノだ。遊び半分で触れていいモノでは無いんだ。少し悪戯が過ぎたようだな。お仕置きの時間だ!」

「エヘヘ、少しくらい鬼の力が使えるからって調子に乗るなよ人間!」

「今の俺は人間じゃねぇ! 鬼だ!」

 向かっていく日和にミリテリアスは猛毒の溶液を飛ばした。

 それを避ける日和だったが、幾つかの溶液に当たってしまい皮膚が焼けてしまった。

「エヘヘ、当たった当たったぁ! その溶液は皮膚を焼くと共にその傷口から毒が入り込むんだ! これでもうお前は助からないよ!」 

だが、それでも動きを止めずに向かって来る日和に

「何でだ! その毒は受けた瞬間に死に至るほどの猛毒なのに何故まだ向かって来るんだ!」

 焦り始めたミリテリアスは更に猛毒の溶液を飛ばす。

 日和はもう避ける事はせずに全ての溶液を身体で受けた。

 もう全身が燃えている状態だったが、ミリテリアスの首を掴むと高く持ち上げた。

「うっ……オイラに……触ってしまったのが……運の尽きだな……このまま……オイラの全ての毒を……注いでやる!」

 そう言うと摑まれた手を両手で掴み返すと、その手から日和の体内へと毒を注ぎ込んでいく。

「エヘヘ……これでお前は……終わりだ!」

「終わるのはお前だ! ぶっ殺してやる! よくも木乃葉の気持ちを!」

 いつしかミリテリアスの毒は全て日和の中に注がれてしまい、力が弱まっていた。

 首に掴んだ日和の手にそっとディユンが手を置いた。

「もう良い。息の根を止めてやりたい気持ちは分かるが、このミリテリアスも私が創った一つじゃ。恨むなら私を恨むが良い」

 その言葉で我に返った日和は手を離すとミリテリアスはディユンの差し出していた腕に落ちた。

 日和は木乃葉の傍に行き、優しく抱き締めた。

「木乃葉。もう大丈夫だからな。なかなか気付いてやれなくてごめんな」

 すると微かに意識を取り戻した木乃葉が日和の背中に手を当てて

「もう……気付いてくれるの……遅いよ……でも……きっと日和ならって……信じてたよ」

「こんなにボロボロになるまで……辛かったよな……」

「……傷は時間が経てば治るけど……一番辛かったのは……日和との思い出を無くしちゃった事かな……」

 木乃葉は泣いていた。

 女の子にとって傷を作ってしまう事がどれ程辛い事か――

 だが、そんな外見の傷よりも内面の傷の方を重く受け止めてしまっていた。

「俺が木乃葉の記憶になってやる」

「えっ……」

「木乃葉が無くした記憶も思い出も全て俺の心の中にあるから、もうそんなに泣くなよ。知りたい事や聞きたい事があったら全て俺に聞け。いつでも教えてやるから」

「ありがとう……日和!」

 無くしたモノの大きさに気付けた時、何が一番大切だったかに気付く』

 得たモノは何も無かったと思うかも知れないが、幼い頃約束した『合図』――

『今日は僕が助けて貰ったから今度は僕が君を助けてあげるよ!』

 忘れ掛けてた記憶を思い出し、その約束を果たしてくれた事に木乃葉はきっと嬉しかったに違いないのだから――


「おい、ミリテリアス。いつまで寝ておるのじゃ」

 意識を失っていたミリテリアスを片手に抱えて声を掛けるディユン。

「う~ん……」

「どうじゃ。人間というのは予想だにせん力を持っておるじゃろう」

「エヘヘ、少し油断しただけだよ!」

「鬼といえど油断していては負けてしまう存在もあるという事じゃ。これに懲りたらもう悪戯などするでないぞ」

「エヘヘ、サーベスト様。分かりましたぁ」

「さて、そこでお願いなのじゃが、また私の力として戻ってくれんかのう? まぁ断るなら日和に何とかして貰うが」

「え~! あのお兄ちゃん乱暴だから嫌だよ!」

「それじゃ戻ってくれるか?」

「う~ん……仕方ないなぁ! 分かりましたぁ!」

 ミリテリアスの身体は光の粒に変わっていき、ディユンの身体の中に吸い込まれていったのだが、その光景を見ていた木乃葉が

「日和。何かこういうの前に見た事ある気がするんだけど、ただの気のせいかな?」

 その言葉に日和は驚いた。

記憶を無くしている筈なのにあの日の事を僅かに覚えていたのだった。

「気のせいじゃないよ。幼い頃に一緒に見たんだ。今度また一緒に見に行こうな」

(そうさ。簡単に忘れる訳が無い。人の記憶や思い出はそんな単純じゃ無いんだから――きっとまたある日、突然のように蘇る筈なんだ)

 日和の言葉に木乃葉が笑顔で頷いた。

「うん! 約束だからね!」

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