レオナード視点
「ねぇ貴方だぁれ?どうしてそんな悔しそうな顔をしているの?」
気遣わしげな声が俺に掛かる。
振り向けばそこには俺より幼い少女が居た。
アレはまだ騎士見習いだった頃に起きた。
騎士団に入るのに身分は要らない。
それ故どんな身分のものでもチャンスがある。
役職がつけば貴族位にだってなれる。
だから孤児だった俺は迷わず孤児院には入らないで、騎士団に入った。
幸い俺には剣の才能があったらしく騎士見習いの中でも特に期待されていた。
イベントがあれば先輩方は積極的に俺を出してくれた。だがそれによって俺はオルシア家の当主に目をつけられたんだろう。
「お前と同じ騎士見習い、世話になっている騎士を無実の罪で投獄されたくないだろう?」
ある日いつものように稽古が終わり、宿舎に帰る時俺は無理矢理馬車に乗せられ、そう言われた。
「なっ……仲間には手を出さないでください!!何が目的ですか!?」
同じ騎士を目指して頑張っている仲間に、厳しいが可愛がってくれる先輩方。
その仲間たちの未来はこのまま明るい筈なのだ。
「目的?目的はお前を滅茶苦茶にする事だ。俺はお前のような美しいものを痛め付けるのが何より好きでな?壊したくなるのだ」
男の顔には狂気があった。
俺が従わなければ男は躊躇いもなく仲間を無実の罪で投獄すると思わせるには十分な表情だった。
馬車が止まる
俺はそのまま部屋に引っ張りこまれた。
抵抗出来ないように縄で手首を纏められ碌な動きも取れず嫌悪感と屈辱で泣きはらした。
身体中を這い回る指の感覚が気持ち悪い。
俺が抵抗すればするほど男は責めるのだと知って抵抗をやめた。
開放されたのは攫われてから何時間も経ってからだ。月が煩わしい程明るく照らされている俺は自分が酷く穢れたもののように感じた。思わず月から目を逸らし下を見る。
そんな時だ
イゼリアに出会ったのは
***
「……君は、オルシアの家の者なの……?それにしては魔力が汚れてないね」
いくら憔悴してたとしても油断しすぎだろう。自分はこれが、またあの男ならどうするつもりだったと少し震えた。
そういえば、こんな時間に何故こんな幼い少女が居るのだろう。そう思っていると少女の瞳が一瞬俺の下を見る。
下には花が咲いていた……月下美人だろうか。
なるほどこの少女はこの花を見に来たのか。
声を掛けると少女は無防備に俺に近寄ってきて、俺の服の間から見える縄の跡にその白く小さな指を伸ばしてきた。
「俺に触らない方がいいよ。俺は汚いから…君が穢れてしまう」
闇夜にも可愛らしいその容姿は大きくなれば、さぞ美しくなるだろう。汚れのない白い肌に俺の血が付かないように俺は少女から少し離れた。
だけどこの少女は思ったより行動的だった。
「……汚くなんかないよ!!貴方はとっても綺麗だもの。私が触ったって穢れなんかしない!!」
離れた距離を一気に詰めて少女は俺に抱き着いて来た。冷えた身体に少女は温かく、力の入った身体の力が抜けていった。
「……君は……優しいね。オルシアの家の者とは思えない程。……俺はレオナードっていうんだ。君はなんて名前?」
お互い名前も知らないのにこんな風に近い距離にいるなんて初めてだろう。
優しいこの少女は恐らく俺を辱めたあの男の娘だ 。
使用人の子供にしては服が豪奢過ぎる。
だが父親はとても憎いが幼い少女に罪はない。
「レオナード、…レオね!!私はイゼリア。イゼリア・フォン・オルシア。」
無邪気に笑うイゼリアに俺はどこか救われたような気分になった。
汚されても俺に厭わず触れてくれる人が居るのだと。俺はその温もりに縋るようにしてイゼリアの身体に腕を回した。
目が熱くなって俺は自分が泣いていることに気付いた。イゼリアは何も言わず俺の身体を抱き締めてくれていた。
***
アレからも俺は度々オルシア家に呼ばれては弄ばれた。だがイゼリアにはあの日以来会えていない。
実はイゼリアは普段本館ではなく奥の方にある別館に暮らしているのだと知ったのは侯爵家のエリオット様からの情報だった。
たまたま視察に来ていたエリオット様はイゼリアの事を知っている俺を見て驚いたらしい。
19歳になった俺は思うのだ
あの日、人生で一番辛い時慰めてくれた6歳も年下の少女に俺の初恋は持っていかれたのだと。