昔を思い出せば……(何で気付けなかった私!!)
魔力を使い果たしぶっ倒れて3日も寝ていた私はヒューリに隷属の契約を立てられ、ギルには半泣きで抱きつかれた。
泣きながら抱き着くギルの髪は窓の明かりに反射してキラキラして見える。
「……?」
そう言えば昔も、こんなふうに憔悴した男性に縋るように抱き着かれたことがあるような気がする。
アレは確か6歳くらいの時だ。
無駄に広いこの家の庭は庭師によっていつも美しく豪華に整えられている。
その日は確か庭師に月下美人が今夜咲く筈ですよと朗らかに教えて貰ったので前世でも実際に見たことはなかった花を見ようと私は夜こっそり部屋を抜け出し庭に向かったのだ。
だけどそこは私の秘密の場所で誰も居ないはずなのに先客が居た。
淡い金髪に酷く泣き腫らしたのか目元が赤くなってしまっているが、翡翠色の瞳のまるで妖精みたいな、作り物みたいに綺麗な男の子。
その子は私に気付いてないみたいで、月明かりに花咲いた月下美人を見ていた。
「ねぇ貴方だぁれ?どうしてそんな悔しそうな顔をしているの?」
そうその子は目元を赤くしていても、悲しそうに泣いているのでなく悔しそうにしていたのだ。
声を掛けた少年は私を見て驚いたように目を少し見開いた。
「……君は、オルシアの家の者なの……?それにしては魔力が汚れてないね」
暫しして口を開いたその子の声は元の声ならさぞ透き通っていただろうに少し掠れていた。
……6歳の私は前世の記憶などなくこの世界は優しく甘いだけだったのだ。
綺麗な男の子に近寄って行った私はその子の手首や首に紐の跡がある事に気付いた。
若干血すら滲むその跡が痛そうで何をしてあげれるでもないのに私は手を伸ばした。
「俺に触らない方がいいよ。俺は汚いから…君が穢れてしまう」
手が届く寸前で彼はそう言うと少し身を引いた
(どうして?穢れるってなんだろう……)
今考えれば何もかもおかしいのだ。
残虐非道やら何やら悪名の高い私の家に、しかも夜中に知らない子が居る事。その子がやたら綺麗な子だということ。手首や首の縄の跡。悔しそうにしていたのも声が掠れているのも。
「……汚くなんかないよ!!貴方はとっても綺麗だもの。私が触ったって穢れなんかしない!!」
じりじりと後退する彼の手を一気に距離を詰めて掴んで抱き寄せる(といっても私の方が小さいから抱き着いた、の方が近い)。冷えた彼の手に幼い私はかなり驚いたのを覚えてる。
いきなり手を掴んで抱き寄せられた彼はびっくりしていたけど、すぐに力を抜いてくれた。
「……君は……優しいね。オルシアの家の者とは思えない程。……俺はレオナードっていうんだ。君はなんて名前?」
私の事を優しいと言った彼の声は少し震えてた。
「レオナード、…レオね!!私はイゼリア。イゼリア・フォン・オルシア。」
彼からしたら憎い男の娘なのに彼はそうか、と穏やかそうに言った。
そして彼はもう一度そうか、というと私の身体に手を回し声を上げずに泣いたのだ。
…その時の私は父親に何かされた少年を慰めることで必死だった。だから名前を聞いても気付かなかったのだ。
…お分かりだろうか。
レオナードと言う名前。淡い金髪、翡翠色の瞳。将来は細いものの鍛えられた身体に能面のような笑顔を見せる人嫌いかつ自分より大きな男性にトラウマを抱えた近衛騎士団隊長。
そ う 攻 略 対 象 者である
(……馬鹿じゃないの私!!いくらレオナードが小さかったからとはいえ分かれよ!!前世チートをあの時こそ使う時だったでしょ!!)
レオナードことレオは私より6歳年上で攻略対象者の中では一番年上だった。
それ故原作でのイゼリアの追い詰め方もえげつないものだった。プレイヤーからしたら、ざまぁだがやられる側からしたら溜まったもんじゃない。
(でもどうしよう……もう関わりがないんじゃ……)
別邸に居る私には本館に向かう理由もなく、結果として父母が居るという認識しかない場所なのだ。
本館でギルの一件から更に自由に出来る父親の事だ。(母親は現在屋敷にある部屋に軟禁中らしい。父親が「アイツは問題行動が多過ぎる。私はアレ[ギルの事]を殺すなと言ったのに殺すつもりだったのだろう」と私に言ってきた)
……原作では書かれていなかったレオのトラウマのはっきりとした原因は父親かもしれない。
原作破壊の難易度って小説のようにはいかない
補正が強過ぎる!!