六
「先程龍王陛下が、巫女当主様と共にゲンリ殿下を自室にお呼びになられたとの事。その際に何かあったのでしょうか」
「え? 巫女様?」
「ええ」
シンリの問いにモトイが深く頷く。“巫女”。それは最近良く聞く響きであった。
この国には特殊な一族が二つある。一つはこの国を治める龍王が生まれる王族。そしてもう一つが、神の意思を伝えるとされる巫女一族である。巫女一族は神に仕える一族。成人の儀を始め、神事一切を取り仕切る役割を担っている。その一族の長、王族の神事を執り行う者を巫女当主と呼んだ。巫女一族には巫女が複数存在するが、それら全てを纏め、一族を司る者である。
「今の巫女当主様は御年十七歳だそうですよ。昨年成人されたようで。何でも、それはそれはお美しいのだとか」
モトイが惚ける。これは珍しいことであった。
「……沫多なら、良いんじゃない? モトイは二十一だし、年齢も大丈夫だと思うけれど」
モトイの姓を沫多と言った。姓が在るのは貴族の証。政を支えるのは、大抵は貴族たちであった。仮にもモトイは皇子の傍付。沫多家は数ある貴族の中でも名門と言われている方だった。……名門なら、巫女一族でも受け入れるであろう。
「し、シンリ様! それはどのような意味なのですか!?」
「あはは。さあね」
モトイが慌てる。柄にもなく照れているようで、その顔は真っ赤であった。その反応が新鮮で可笑しくてたまらない。シンリの中から先程の違和感は忘れ去られていた。
(この平穏が、いつまでも続けばいいのに)
シンリは笑いながら、そう願っていた。
彼の世界は、とても狭い。王宮の中のお気に入りの場所で、好きな本を読み一日を過ごす。それが、シンリの幸せであり、全てであり、これからも続けたい日常。故に、朝廷が二派に分かれつつあるという事、自分の成人の儀が迫っている事は、シンリにとって逃避したい現実だった。
(【真名】なんて、どうでもいい。一生、識りたくないよ)
――いつまでも続く事など無いというのに。
彼は自分に掛けられた期待から、腹違いの兄の視線から、明らかにされるのを待つ真実から、目を逸らした。この泡沫の幸せを壊さないように。一時に、必死に縋って。