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今日の天気は雨かしら

「殿方ならいらっしゃいませー」


ガラガラの声でママがグラスを拭きながらドアの方を向いて言った。

元気よくいつものように入店歓迎声掛けをする。

今日は少しウイスキーを飲み過ぎたみたい。


「予約とかしてないんだけど、今から2名って入れるかい?」

外は雨が降っている。お客さんの肩や髪の毛がビショビショに濡れていた。

時間は深夜3時を回っている。


「イケメン2名だけなら入れますー。加齢臭が出ている方でもOKでーす!」

店の奥から「かぐわしー」と、IKKOさんのどんだけーのイントネーションで叫ぶ声が聞こえてきた。


「…せ、先輩っ!こんなところ来たことないんですけど、なんかその、怖いです。」

2人の殿方のうち、後ろに隠れていた若い殿方が小刻みに震えている。

「まぁ気にするな、この前インターネットでたまたま見つけたんだ。入ってみようぜ!」

「…わかりました。」と若い殿方がしぶしぶ一際小さい声で応えた。

「じゃあ加齢臭が出ている俺とイケメンのこいつとで2名お願いします。」

「殿方2名、地獄へいらっしゃーい。お二人はカウンターに座って頂戴ね!」ウイスキーを飲みすぎたであろうママの声は少し聞き取りにくかった。


お客様が座るや否や、コートを預かり、ハンガーにかけてりしてママは手際よく、

メニュー表を二人の前に、一緒にお通しも置いた。


「どうも。殿方2名はうちの店は初めましてですか?」

深夜3時を回っているのに、まったく崩れていないメイクはママのすごい所である。

そして、優しい目は、本当の女性のように温かみがあり、美しい。

「はじめましてです。さすがに緊張しますね。」

先輩と思われる殿方がすでにお酒を結構飲んできたのか、真っ赤な顔して応えている。

「あら、迷い込んできたのね。ウフ。で、お飲物何に致しましょうか?」

「そうですね、そうだ!ネットで見たんですけど飲み放題とかってありますかね?」

加齢臭を漂わせながら真っ赤な顔してぺらぺらと飲み物のメニュー表をめくっている。

「飲み放題ね!今日はいっぱい飲んじゃって!」といって、スッと殿方二人の前に飲み放題メニューを出す。

「じゃあ、生二つちょうだい!」真っ赤な顔の殿方は大きな声で言った。となりの若い殿方はまだ小刻みに震えている。

「生ね!ミルクちゃん!殿方に生2つお願いしまーす。」ママは店内に聞こえるようにガラガラ声で言った。

店内のスタッフ声を合わせて「生はイヤ―、ゴム付けてー」はママに返す。

BAR「サプライズ」では生ビールの注文が入ったら、これを言うルールになっていた。

店内はほぼ満席。15名ほどの殿方が来たら私たちが通るのもやっとになってしまう。

今は殿方がだいたい10名程度。この時間にしてはかなり盛り上がっている方だと思う。


私はサーバーからビールをキンキンに冷えたグラスに注ぎこみ、殿方に「もう生はダメだぞ!」

といってグラスを二人の前に置いた。

「もう、私の殿方に変なこと言わないでよね、ミルクちゃん」そういってママは二人に名刺を差し出した。

「どーも、ママやってます。ピーチカスタマイズです。ピーチちゃんって呼んでね!」

ママはいつも通りガラガラ声で挨拶した後にアヒル口にしてみせた。

「ピ、ピーチカスタマイズってすごい名前ですね!面白い!インパクトがあるというかなんというか…」突然さっきまで小刻みに揺れていた殿方が、ちょっとだけ興奮気味になっている。

「そうかしら、桃が好きだから、ピーチ!あとは名前の通り全身カスタマイズしてるからね(笑)でも心はピュアなままなの。」ママは興味を持ってもらえたことが嬉しくてたまらないのか、若い殿方の額にカウンター越しからキスした。

「あっ…えっ…あっ…ありがとうございますっ!」若い殿方の顔が急に真っ赤になった。


ママは自称30歳、ピーチカスタマイズとして、このBARサプライズを約10年切り盛りしてきた。昔は空手のインカレまで出場していたと前に聞いたことがある。筋肉質だが、どこか、可愛げのある表情を見せる。色々カスタマイズしたらしく、立派な女性になっている。

肝っ玉お姉さまといったところだろうか。昔は奥さんと子供もいたような話を聞いたが、深くまでは教えてくれなかった。


「あら、嬉しい!今度はキスじゃなく食べちゃうぞ!」といって大きな口を開けたところで私はママの口の中にチョコを投げ入れた。

「あら、殿方ってチョコの味。ってミルクのバカ!もう少しで殿方GETできたのに。」ママは不満を言いながらもご満悦だった。


「やっぱり面白いよな!こういう店。佐々木!俺の勘は当たったろ?!」

「あっ!はい、先輩、面白いです。でもまだ女性が苦手だから緊張が…。」

「女性?バカだなーお前は。ここはオカマバーだから周り見渡しても男しかいないぞ(笑)

「そうですけど…」佐々木と呼ばれた若い殿方がおどおどしている。

「ヤダ、こんな美人が目の前にいるのに失礼じゃないかしら。もうプンプン」とママが口を膨らませて、両手をグーにして頭に乗せた。

そんな楽しいひと時が過ぎ、ママが言った。


「そうだ、お二人はお名前はなんていうの?佐々木ちゃんと?」ママがあえて佐々木ちゃんと呼んだとき、またアヒル口になってる。

「俺の名前は森田、森田登、のぼるは登山の“と”です。で隣のこいつが」

「佐々木小鉄です。」森田さんの話の途中で、佐々木さんが急に前のめりで自己紹介した。

「登ちゃんと、こてっちゃんね!これからもよろしくね!」

その後二人が職場の同僚で、公務員をしていて、小鉄さんが独身で登さんが既婚者で、などいろんな話をしているうちに気付けば時計は4時を少し過ぎていた。


「あ、そろそろね。」とママがカウンター越しから大きな声をだし、叫んだ。

「サプライズの営業時間は4時までよ。みんな、また明日、地獄においでね!」

ママの掛け声とともにたくさんの殿方が、帰る準備をし、次第にみんな帰って行った。


「みんな、今日もお疲れ様でした。帰る準備してね!あとみんな髭伸びてきてるからちゃんと処理するのよ!」そういって、誰よりも髭ボーボーのママが、みんなにばれないように、先輩のナッツさんを手招きした。

ナッツさんはスーッとママのほうに近寄り、二人で外に出た。

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