穴
「胸」の彼女視点を書きたかった。
私の胸には穴が空いている。
生まれた時からずっと空いている。
医者は私の胸を見て、なぜ生きていられるのかわからないと言っていた。
心臓、肺など、生きるために必要な器官が欠落していたのだ。
この胸のおかげで、幼稚園では人気者だった。
だが所詮珍しさに惹かれただけだった。
小学校に変わると、だんだんと皆が私を何か気味の悪いモノを見る目に変わっていった。
いつしか私は独りになっていた。
そして六年間をイジメられて過ごした。
辛い日々だった。
なぜこんな理不尽を受ねばならなかったのか。
中学校は誰も知り合いがいない所へ入学した。
もちろん胸のことはひた隠した。
怖かった。
また独りになりたくは無かった。
だが、六年間独り者だった私に、人付き合いなどできるわけが無かった。
やはり三年間孤独だった。
もう死のうかと思い、学校の屋上から飛び降りた。
だが死ななかった。
血さえ出なかった。
これまでの人生を思い返せば、私は人の生理現象というものをおよそしたことが無かった。
皆が体育の時間息を乱していても、私だけはなんともなかった。
私は人間ですら無いのか。
死ぬことすら出来ないのか。
私は両親の言うままに、私立の名門校へと進んだ。
そこに私の意志は無かった。
ただ機械のように、勉強をした。
ただ人形のように、両親は扱った。
それで2人が喜ぶなら嬉しい。
そう思い込むことで自我を保った。
高校二年目の夏。
相変わらず独り者だった私を、彼は好きだと言った。
それは、初めて他人が私に見せた好意だった。
嬉しかった。
涙が止め処なく流れた。
私は彼に応えた。
彼ならば私の本当の姿を見ても気味悪がったりしないかもしれない。
そんな希望が芽生えた。
だが怖かった。
もしも彼が私の前から居なくなってしまったら。
そう考えると怖くてたまらなかった。
夜も眠れないほど怖かった。
そんな夜は彼に電話をかける。
「私のこと、絶対嫌いにならないでね。」
泣きながら、決まってそう言うのだ。
彼もまた
「絶対嫌いにならないよ。安心して、大丈夫だから。」
そう言って私を慰めてくれた。
一日一日と恐怖は薄れていった。
彼といる時だけ、私は生きている感じがした。
ある日、二人きりの夜。私は彼に言った。
「私の本当の姿を見ても、好きでいてくれますか?」
彼はもちろんだと応えてくれた。
私は少し緊張しながらも、この胸を覆っている服を取り払った。
穴が完全に露わになった。
彼は、ただ私の胸に空いた穴を見ていた。
「好きでいてくれますか?」
その目に恐怖の色が浮かんだ。
私の目から、自然と涙が溢れ出た。
何も言わず、彼は逃げた。一目散に。
「裏切り者…」
私はその背中に、震えた声でそう言った。
他に何も言えなかった。
裏切り者…
聞こえてなかったかもしれない。
私はまた、独りになってしまった。