チュートリアル:王女シズナの告白…その1『大まかな世界知識』
今期の一言:二人が出会ったのは偶然。二人が結ばれたのは当然。
童話『魔王と勇者』
「……本当によろしいのですか?」
「やだなぁリノアン。僕は子供じゃないんだから、一人で寝られるよ」
「そういうことではございませんが……」
「それに、リノアンだって宴会の最中ずっと僕につきっきりだったでしょ。プライベートの時間も持った方がいいと思うよ。君には君の役目もあると思うし、ずっと僕につきそってなくても大丈夫だから。じゃ、おやすみ♪」
「はい、お休みなさいませ」
宴会が終わり、部屋に戻ったカズミ。一体どれほどの時間ずっと飲み食いをしていたのだろうか。今が何時かは分からないが、すっかり夜も更けてしまったようだ。
(ん~、まさか部屋の中までついてくるって言い出すなんて、もう完全に自分のこと秘書官だと思ってるのだろうか。しかし、四六時中一緒は無理があると思うな)
バタンと扉を閉め、ふとため息をつく。
結局リノアンは一日中ほとんど自分につかず離れずだった。
せっかくなのでいろいろ頼ってしまったが、彼女にだって自分の役目やプライベートがあるはずだ。そうそう頼ってばかりもいられない。
それに……他人同士なうえに性別まで違うのに部屋まで一緒についてくるのはいくら何でもやり過ぎだと思ってしまう。
「それとも僕に気があるのかな……なんてね。そんなわけないか。あ~あ……あとははゆっくり寝て休もう。明日からたぶん忙しいし…と、歯を磨きたいけど歯ブラシってこの世界にあるのかな?」
当然そのような物はない!
「仕方ない。用意してくれた備え付けの水でうがいするか……。トイレだって『おまる』だったし、お風呂もなければ水道もない。昔の人は不便な生活をしてたんだねまったく……」
そういった生活は当然何度も訓練して経験しているわけだが、日常生活がそれではたまったものではない。このあたりも早急に改善するべき点だろう。
口を漱いで、とりあえず観葉植物の葉っぱを一枚ちぎって、それを右手の人差し指に巻いて歯をこすることで歯ブラシの代わりとする。本当は台所から塩を持ってきて歯磨き粉代わりにすればもっと効果はあるが、今日はまあこの程度で十分だろう。
「よーし、こんなかんじ。さ~も~ねよねよ。良い竜王は寝る時間ですってね」
一通り済ませたカズミは、迫りくる眠気もあってかやや駆け足気味にベットに向かう。大きくて寝心地のよさそうなベッドが非常に魅力的に見えた。
そして思わず……
「やっほーう♪」
と、おもわずノリノリな声で背中からベットにダイブ!
そのまま柔らかい布地がカズミの体を優しく包み込む……はずだった!
ボスッ
「むぎゅっ!?」
「わぁあっ!!!!????」
ところが、体は何か硬くて柔らかいもの(?)に直撃し、驚いたカズミは女の子のような悲鳴を上げて慌ててベットから飛び起きた。
そしてとっさに防御の態勢で身構えてしまう。
「い……一体、なにが……」
見よ! カズミが飛び込んだベッドの中で、なにかがもぞもぞ動いているではないか !さては幽霊か……はたまた、竜王の命を狙う暗殺者か……!
「あ……いたた……」
「―――なんだ、君だったんだ。起きてたんだね」
その正体は、今までずっとベットで寝たきりだった紫髪の女の子だった。それはそれで十分驚愕するのに値することだが、エマージェンシーモード全開のカズミは、一周回って落ち着きを取り戻したようだ。
「ごめんね、よく確かめずに思いっきり飛び込んじゃって。痛かったでしょ」
「い、いえ……」
「目が覚めてよかった。顔色も悪くなさそうだし、熱もなさそうだ。ん? でもちょっと顔が赤いかな? まだどこか痛いところとか苦しいところはない? 具合が悪いところがあったら見てあげるよ」
「ええっと、そのぉ……」
「……………あぁ、ごめんごめん。いきなりだったね……」
女の子は特に具合が悪い様子はなかったが、緊張しているのか身体をもじもじさせてぎこちない返事しか返すことが出来ない。そのせいで、カズミまで徐々にぎこちなくなっていく。だが、少しは心を開いているらしく、落ち着くと、会話を再開する。
「失礼ですが、貴方は?」
「僕? 僕はミカヅキ・カズミっていうんだ。カズミの方が名前ね」
「ミカヅキ……カズミ様………。竜、ですよね。その立派な二本の角に手足に見えています黒い鱗、それに尾が」
「うん。そういう君は?」
「えっと、その、私は……」
くぅ~……
「ひょっとしてお腹がすいてるのかな」
「~~~~~~っ///! お、お恥ずかしいことを…」
「別に気にすることはないよ、お腹がすくのは元気な証拠だから。台所に行けば何かあるはずだから適当に何か作るよ」
長時間何も食べていなかったためか、女の子のお腹が可愛らしい声で鳴き声をあげる。よほど恥ずかしかったのか、再び顔を真っ赤にして俯いてしまう彼女だったが、カズミにとってはむしろほほえましく思えた。何かお腹に入れてあげれば、もっと元気になるだろう。
「そうだ。名前をまだ聞いてなかったっけ。」
「え……えと、そうでした。私……シズナ・エーヴ・カサンドル・ミラーフェンと申します」
「シズナ……エーヴ・カサン…………ごめん、もう一度聞いてもいいかな?」
「いえ、シズナで結構です」
「シズナさん……が、名前か。わかった、シズナさんちょっとごめんね」
「はい?あ…………あらら……」
カズミは女の子……シズナをお姫様抱っこで抱え上げる。空腹のシズナに何か食べさせるべく、厨房へ向かうのだ。
ただ、部屋でそのまま待たせるのも悪いと思ったので、一緒に連れて行くことにしたらしい。カズミは厨房の場所を知っているわけではないが、宴会場……というか大広間までの道のりは知っているし、厨房もそこからそれほど遠くないところにあるだろう。
本当は道案内だけでなく厨房に詳しい人がいると助かるのだが流石にこんなに夜遅く、しかも大規模な宴会でみんな酔いつぶれている。
なので一人で行くつもりだったのだが――
「竜王様、お供いたします」
「リノアン……」
ドアの前ですでにリノアンが待機していましたとさ。
…
「ごめんよ、こんな夜遅くなのに」
「ご心配はご無用です、これが私の仕事ですから。それよりも竜王様、私に一言掛けていただければ何か一品作ってまいりましたのに」
「まあまあそういわないでさ、僕に任せてよ。……と、ここだね厨房は」
予想通り厨房は大広間のすぐ近くにあった。
さすがあの大人数の食事を賄える量を作れるだけあって厨房自体もとても広い。一度に50人は作業が出来そうな調理台に、かまどが全部で20ほど。食器棚には皿や器が所狭しと並べられている。
「だけどま~ずいぶんと散らかってるね、使ったらちゃんと掃除しなきゃ、不衛生でしょ」
「……いつもその点については地竜の方々が指導なさっているのですが、今日は調理担当が全員お酒を飲んで泥酔してしまったようです。以後このようなことがないよう徹底させていただきますので……お願いですからごく自然な流れで片づけ始めようとしないでくださいませ……。一体竜王様が何しに来られたかわかりません」
「そうか、先に食べる物作らなきゃね」
ただ、あまりの散らかりぶりを見たカズミは、さっそく片づけ始めようとしたが、リノアンに止められた。油断するとすぐに自分が竜王であることを忘れる愉快なカズミさんであった。
「さ、気を取り直して、何が使えるかな~」
改めて調理場におかれている食材を漁り始める。
「竜王様は、お料理もなさられるのですね」
「元いた世界ではだれであれみんなできるよ。うまい下手はあるけどね。自慢じゃないけど、僕はこう見えても野戦食作るのは得意だったから。え~と、野菜は一通りありそうだし、料理の時に余ったお肉もまだ残ってると。調味料は塩や油なら遠慮なく使えそうだ。うんうん、これだけあれば十分」
見たところ、材料は申し分ない量が揃っている。野菜も肉類も、元いた世界にあったものとほとんど違いはないのは幸いだ。調理用具はあるものを工夫すればいい。調味料で工夫する余地は全くなさそうだが、今はそんなことを気にするよりも栄養を優先したい。
「シズナさんは何か嫌いな食べ物とかありますか?」
「いえ、特にはありませんから」
「それはよかった。じゃあさっそく取り掛かろう。リノアン、かまどに火を入れてくれるかな」
「畏まりました」
ちなみに熱気が苦手な氷竜でも竃の火くらいは平気だ。
てきぱきと火打石から火をおこし始める。
「包丁にまな板に…………」
「竜王様、他に何か必要な物はありますか?」
「できたらなるべくやわらかいパンと、パン粉があれば用意してほしい」
「承知いたしました」
「りゅう……おう……………?」
調理を開始する二人を目で追いながら、シズナはおずおずとカズミに気になっていたことを質問する。
「あのっ、カズミさん?」
「なんでしょう」
カズミも調理をしつつ答える。
「先ほどからそちらの女性の方……リノアンさんが、貴方のことを『竜王様』とお呼びしているようですが、それは……」
「ああそうそう、まだ云ってなかったね。僕は今日この世界に召喚されたばかりの竜王なんだ」
「え……ええぇっ!?」
カズミが竜だとは分かっていたが、まさか竜たちの親玉『竜王』だとは思わなかった。それも竜王は…自分の命を捧げて封印を解くはずだ。
(でも、私……こうして生きてる。これは夢?)
「驚くのも無理はないと思うよ。全然竜王らしくないからね。怖くもないし、強そうにも見えないし、みため子供っぽいし、信じてもらえなくても仕方ないよ、ねえリノアン」
「カズミ様、それはいくらなんでもあんまりだと思うのですが……」
「……いえ! そんなことはありません! カズミ様は今まで出会ったどんな人よりも…強くてかっこよさそうで……!」
「なっ……///」
突然とんでもないことを言われてカズミの顔は真っ赤になる。初対面の女の子に強そうだとかかっこよさそうだとか言われたのは初めてだ。
「と、とにかくっ! 君は僕の復活の儀式のためのいけにえにされてたんだよ!僕が命じたことではないにしても、こんなことのために君の命を奪うところだったのはとても許されることではないと思う」
「カズミ様、それは――」
「竜王様……」
「君は僕の命の恩人でもあるんだ。だからね、こうして奇跡的に生き残ることが出来たシズナさんにこれ以上迷惑はかけたくはないし、大切にしてあげたいんだ。今はまだ…この国にとどまってもらうしかないけど、いつかは君を故郷に返すことだってできると思う」
「そんな……とんでもないです! こんな私にここまで親切にしていただけるなんて! あ、そ……そうです! 私にも何かお手伝いできることはありますか!? 誰かが困っていたら、助け合うべきだって教わっていますから……」
「あのねぇ、その気持ちはとても嬉しいんだけど、君にゆっくりしてもらうために僕が頑張っているんだから。そこで料理が出来るまで待っていてほしいんだ」
「ご、ごめんなさい……」
「竜王様……先ほどからの私の気持ちがよくわかりますでしょう?」
「正直すまなかった」
今カズミが作っているのはかぼちゃ風味のミートパイ。
切れ味がややましな大きな包丁で、硬いかぼちゃを慣れた手つきで四分の一切り取り、実を皮から切り抜き細かく刻むと、水と一緒に鍋に入れて加熱。
その間にニンジンやキノコ、タマネギなどを刻み、それが終わるとこれまた刻んだトマトを油で炒めて簡単なトマトソースを作成。あとはフライパンで鶏肉と野菜類、それにゆでたかぼちゃを混ぜ合わせ生地を作って焼いて………
「はあぁ、竜王様がまさかこのような卓越した調理技能をお持ちとは」
「思わず見入ってしまいます……」
あまりの手際の良さに、シズナもリノアンも唖然とするほかない。
「シズナさんの生まれ故郷ではもっとすごい物作れる料理人はいないの?」
「まさか……。私の国どころか、世界中探してもカズミ様ほどの腕前を持つ方はそうそういらっしゃいません!」
「そうだ、せっかくだから聞いてもいいかな。シズナさんはどこかの国のお姫様だったりするの?」
「はい……私はミラーフェンという国の王女でした」
「なるほど。やっぱり」
シズナの話によれば、シズナの故郷はここアルムテンより西の方角、グランフォード地方の北西部に位置するミラーフェンという国だそうな。
グランフォード地方には大小合わせて20以上の国が点在しており、その中でミラーフェンは比較的小さな国らしい。
シズナによれば、綺麗な湖の傍に位置する自然が美しい国なのだそうだが、自身が箱入りで育ったから、国家に関する情報をあまり把握していなかった。
また、これもかなり大まかだが、グランフォード地方から南に行くと海があり、その海を隔てた向こう側に、宗教の下に統一された巨大な国家があるとか。
あとは北方……アルムテンから見れば北西は、獣人族の勢力圏であり、深い森がどこまでも広がっているらしい。
(やっぱり人に聞くだけじゃ限界がある。いつかは自分の目で確かめないと)
カズミは何より情報を重視している。とりわけこの世界では情報伝達手段が限られているため、情報をより多く抱えていればそれだけで有利に立てるだろう。
「よーし、これで完成っと。ささ、どうぞ召し上がれ」
「ほわぁ…」
時間にして30分も経っていないにもかかわらず、シズナの目の前には特製のかぼちゃのミートパイがミルクで浸して柔らかくしたパンとコーンスープと一緒に差し出された。
かぼちゃとクリームが焼けた匂いが食欲をそそる。
「で、では……『ご先祖様、今日も我らに糧を与えて下さり、感謝いたします』……はむっ」
「…………(お祈り?)」
食べる前のお祈りもまたカズミにとって新鮮に映った。
どうやらこの世界にはこの世界の独自の習慣がまだまだあるようだ。この世界は神が実在していると聞いているので、お祈りが日常になっているのも頷ける。
「おいしい……! すごく、おいしいです!」
「そっか、喜んでくれてとても嬉しいよ」
ミートパイを一口運んだとたん、シズナの表情が一気に緩む。よほどおいしかったのか、とても幸せそうな顔をしている。
「そちらの青い竜さんも一口どうですか? 凄い絶品ですから。私だけ味わうのはもったいないかなと」
「……え? よろしいのですか、ではお言葉に甘えまして失礼……」
そしてリノアンも、シズナに進められて一口食べる。その表情は驚愕に満ちていた。
「な、なんですかこれ……! これほどまでに美味しい料理、私食べたことがありません!」
「ですよね! ですよね! このような物を作っていただいて私はとても幸せです……!」
「あはは……ここまで喜ばれるのは予想外だった」
カズミにとってはあり合わせで作った簡単な料理程度の認識しかなかったが、二人にとっては頬っぺたが落ちるのではないかと思うくらいとてつもなくおいしい料理であった。
…
あの後シズナは、カズミが作ってくれた料理をあっという間に完食。お腹も膨れたし栄養も十分に取れた。お腹が満たされたおかげで、気分にもだいぶ余裕ができている。
「ありがとうございます……。その、とてもおいしかったです。本当にそれしか言えないくらい……」
「こっちこそ、元気になってくれてよかった。こんなのでよければ、また時間がある時に作ってあげるから」
「カズミ様……」
カズミとリノアンが後片付けをしている間、シズナは何やら真剣に考え込んでいるようだった。一体何で悩んでいるのか気になったカズミだが、それよりも食器やら何やらを片付けるのが先だ。
(やっぱり不安だろうな。知らない土地にたった一人……。僕はまだいいけど、シズナさんはまだ20にもなっていないはずだ)
カズミにとってはやはり自分の復活の生贄にしかけたというのが、かなりの負い目に感じてしまっている。彼女は許してくれるとは言っているものの……
(ま、この先ゆっくりと仲良くなっていけばいい)
「洗い物、終わりました」
「ありがとうリノアン。助かったよ。じゃあシズナさん、また部屋に戻ろうか」
「……………っ。あのっ、その……」
「?」
と、ここで急にシズナが顔を赤らめてもじもじし始める。
ひょっとしてトイレに行きたいのかな、とカズミは失礼なことを考えていたが、シズナは何かを決心したように顔をきっと上げ、カズミの目を直視してきた。
「カズミ様!」
「は、はい! なんでしょうか!?」
いきなりのことで口調が思わず崩れる。
が、シズナの口から出た言葉は……
「私と………結婚してください!!」
「……………………………………ぇ?」
今日という日は何から何まで驚きの連続だったが、本日最も驚いたのが、これだったそうな。
カズミ「料理の参考:クックパッド『具だくさんのかぼちゃミートパイ』より」