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竜王の世紀  作者: 南木
序章:ようこそ竜王様
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チュートリアル:宴会と『竜の文化』

今期の一言:安ワインでもokだ。要は気持ちの問題だ。ワインに必要なのは、

      良い食べ物良いグラス良い会話だ。 

      村上春樹「羊をめぐる冒険」

「竜王様の復活を祝って、乾杯!」

『かんぱーい!!』


(へぇ、乾杯っていう習慣はおなじなんだ)


 その日の夕方…復活の儀式が行われた大広間は、いつのまにか立派な宴会場に様変わりしていた。いくつもの大きなテーブルに並べられた色とりどりの料理の数々、樽ごと持ち運ばれたお酒。竜も人も今までの苦労をねぎらうように杯を交わしていた。


 竜王のカズミには専用席として、高い台座の上の玉座があてがわれたが……


「お掛けにならないのですか竜王様?」

「まあね。僕は椅子に座って眺めているよりも、積極的にみんなの輪の中に入っていきたいから」


 リノアンから椅子を勧められるもカズミは座る気は無いようで、木製のジョッキのようなコップを片手に、あちらこちらの集団に首を突っ込み始めた。

 まずは手近な氷竜たちのコミュニティへ。


「これは竜王様、ご一緒させていただけるのですか」

「当然さウルチ。なんかここだけ妙に暗い雰囲気だからね。今は無礼講だからグイグイ飲んじゃっていいよ! みんなで楽しもうよ! ほらもっとテンションあげて、ね!」

「テンションあげるですか、私はともかくとして我々氷竜にはいささか……」


 お酒を飲んで普段よりも積極的なカズミとは対照的に、氷竜たちの集まりは非常につつましやかに見える。ぶっちゃけここだけ半お通夜状態だ。


「それとも、僕の復活記念の宴会あまり楽しくない?」

「いえいえいえいえいえいえ!! そのようなことは断じてありません! そ、そうです! 代わりに我らが一族を代表してリノアン君が一気飲みを見せてくれるそうです!」

「……なんですって!?」


 突如無茶ぶりを求められ、リノアンは大慌て。

 いつの時代の世界も、上司によるアルハラは絶えないようだ。


「いやさすがに、一気飲みしろとまでは言わないからさ…………ほらほら、そこの君もなんで泣いてるの、何か悲しい事でもあったの?」

「うっ…うっ、竜王様が封印から目覚められた時の光景を思い出すと……思わず感涙の涙が……」

「竜王様、うちの妹は泣き上戸なのです、許してやってください」

「泣き上戸なんて初めて見たよ」


 ウルチの傍で飲みながらメソメソと泣く女性は、氷竜族の教導師(教育を司る役職)で彼の妹のフリーダ。泣きながら酒をあおる彼女の周囲には酔って抑えきれない氷竜の力があふれて、あられがぱらぱらと舞ってしまっている。


「ところで、ルントウから聞いた話によると、各竜族で特製のお酒を持ってきているんだって? よかったら一杯飲ませてよ」

「いける口ですね竜王様、こちらが我々氷竜族自慢の『白麗酒』でございます」


 そういってウルチが差し出したのは一切の濁りのない透き通った清酒だ。


「おおこれは綺麗。湯気が出てるってことは熱燗なのかな? いただきまーす♪」

「あ、竜王様、それは湯気ではなくて――」


 だが暖かい酒だと思ってくいっと威勢よく喉に流し込んだとたん、まるで口から胃まで瞬間冷凍されたかと感じるほどの冷たさがもたらされる。


「ひいいぃぃぃつめたーーーい!? なにこれ!? 湯気じゃなくて冷気じゃんこれ!?」

「申し訳ございません、私が説明不足なばかりに……」

「い、いいんだよリノアン……確認しなかった僕が悪いから。あー……でも、これ夏に呑んだらすっごくおいしいんじゃないかな。味は澄んでて上品だし」


 恐らく一般人が何も知らず飲んでいたら大参事だろう。味自体はかなり良い部類に入り、なんとなく日本酒に近い感じがする。それだけに非常に惜しい。


「はううぅ、気に入ってもらえて何よりですぅ……。私……竜王様に粗相をしてしまったのかと……心臓が止まりそうでしたぁ……」

「大丈夫大丈夫だから、泣かないで、ね」

「おいフリーダ……あまり泣くな。竜王様が困っているだろう」

「ふぁい……」


 確かにこんなお酒ばかり飲んでいては気分が盛り上がらないのもうなずける。

 せっかくお酒を飲んでいるのに、楽しく飲まないと何だか損しているように思えてくる。



「りゅーおーさまっ! のんでぃらっしゃいますぅかぁ~!」

「わぁっ!?」


 と、後ろからいきなり何者かに飛びつかれる。その正体は顔を真っ赤にして無礼講モードに突入している火竜サーヤだ。


「な、なんだサーヤか。びっくりした」

「……おいサーヤ君、いくら宴会とはいえ竜王様にご迷惑でしょう。やめなさい」

「あいっ変わらずテンション低いんですわね~氷竜の皆様方はぁ! せっかくりゅーおー様歓迎パーティを、お葬式みたいなテンションですごしてどうしますのぉ? さあさあカズミ様! 私たち火竜族が盛大におもてなししてさしあげますわぁ!」

「わ、わかったわかった! 分かったから袖引っ張らないで伸びちゃうから!」

「ちょっ! ま、待ちたまえサーヤ君!」


 続いて、氷竜とは対照的に完全にお祭り騒ぎ状態の火竜族のコミュニティに混ざる。どうやら竜族によって大まかな性格の違いがあるだけではなく、竜のコミュニティに所属している人間たちも強く影響を受けているようだ。

 その証拠に火竜のコミュニティで飲み交わしている人々は誰もが陽気で、飲めや食えやのどんちゃん騒ぎ。逆にテンション高すぎて喧嘩が起らないか心配なくらいであった。


「派手に騒いでるね火竜たちは」

「はい、騒がしすぎて私たち氷竜はいつも辟易しています。……まあ、マナーの悪い雷竜たちよりはまだましですが、けんか騒ぎが日常茶飯事なので」

「ちょっとぉ、リノアン! あんな野蛮な雷竜たちと一緒にしないで~ほしいですわぁ!」

「あまり絡まないでくださいサーヤ様、お酒臭いです……」


 やはりというかなんというか、火竜と氷竜はテンションが違い過ぎて馬が合わないようだ。


(ん~、せっかくの宴会なんだから種族隔てなく楽しんでほしいんだけどな)


 宴会場を見て気になったのは、各竜族は自分のコミュニティーを一歩たりとも出ようとしないことだ。

 現実世界でも、気の合う人同士がいつの間にか集まりを作って、他の人々とあまりかかわらないということはよくあるが、それでも毎回同じ人同士というのはそうそうない。しかし竜族たちの宴会は集まるだけ集まって、同じお酒や料理を楽しみはするが、結局やっていることは身内だけの宴会とあまり変わらない。


 まあ、交流が全くないわけではないが、他種族とかかわってもロクなことがないと思っている節がある。宴会中にもかかわらずカズミは真剣にこの事の対策を練ろうとしていた。が、残念ながらそのような余裕はない。


「りゅーおー様! なぜそのような難しいお顔をなさっているのですかっ! せっかくですから私たち火竜の特製酒を召しあがってくださいませんか?」

「え!? 火竜特製!? ……う、う~ん、どうしようかな?」


 さっき氷竜のお酒を飲んでひどい目にあったばかりなので、差し出されたきついアルコールの匂いを放つ液体に思わず警戒心を抱く。だが、氷竜の物は飲んで火竜のは飲まないのは不平等かと思い、意を決してぐいっといってみる。



「うひゃああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」

「竜王様!?」

「さすがはカズミ様、男らしいのみっぷりでしたわぁ!」

「なっ……か、体の中から焼けるかと思ったっ……」


 氷竜の酒とは逆に、まるで火が出るかのような度数の高いアルコールに、内臓が燃えるかのような地獄のような暑さを体がつつむ。こっちは極寒の中で飲むと丁度いいかもしれない。


「ああまったく……もう」

「気に入っていただけましたかぃ! あっしらの『煉獄酒』! そこんじょそこらのヤワな酒とはわけが違いますぜぃ! こいつをぐぐっと飲み干せば、あっちゅうまにフィーバーってなもんですぜ!」

「う~ん……僕にはまだちょっと早かったみたいだね」


 江戸っ子口調で酒を勧めてくるのが、火竜族の守長(兵士長のような役職)ワルス。屈強な体格の火竜たちの中でも特に筋肉モリモリで、腕っぷしはかなり強そうだ。ただ、こーゆーのが喧嘩したらただじゃすまなそうだな、とも思った。



「族長の! ちょっといいとこみてみたい! そーれイッキ!イッキ!」

『イッキ! イッキ!』

「いくぜええぇぇ! いえぇぇぇぇガボガボガボガボガボーーーー!!」


「なんだいあれは」

「見ての通り雷竜族たちです」

「雷竜ってみんなああなんだね」

「ええ、まったく」


 火竜たちに負けず劣らずはしゃいでいるのは、レーダーを中心とした雷竜族たち。さっきガチンコで殴り合ったばかりのレーダーは、なんと子供ほどもある大きさの甕ごと持ち上げてこのまま平然とガブガブとのんでいるのだから恐ろしい。急性アルコール中毒も心配だが、それ以前にどうやってあの量を胃に流し込めるのか。


「っいよしゃあぁ!!」


 ガチャーン(←飲み干してからになった甕を放り投げて割った音)


『いいぇええええええええぇぇぇぇぇ!!!』


「さすがにあのテンションについていくのは無理かも」

「同感です」

「とはいえ、声をかけて回ってるんだから、ちゃんとみんなに等しく接しないと。おーい、レーダー。凄まじい飲みっぷりだね」

「声かけてしまわれるんですね……」


「うっひょー! 竜王様っ! 飲んでますか~~! いええぇぇぇぇ!」


 内心はあまり快く思っていないが、これも竜王の務めということで雷竜族長レーダーにも声をかける。当然この後激しく絡まれることになる。


「竜王様の! ちょっといいとっこみってみたい!」

『イッキ! イッキ!』

「しないよ! まったく、暴飲暴食は体に悪い! それに一気飲みは命に関わるから程々に!」

「ま~たまた~! 地竜のじいさんたちみたいなことゆ~んだから! 俺たちにとって酒は水みたいなもんですよ! つーことでリノアン、竜王様の代わりにイッキ飲みだぁぁぁぁ!」

『イッキ! イッキ!』

「……レーダーさん、私の代わりにサーヤさんが受けて立つそうです。」

「なに、サーヤが!? いよっしゃああぁ! 勝負だ勝負だ! おい、サーヤ、一気飲みしようぜ!」

「望むところですわぁ!!」


「……だめだこりゃ。」


 もはや酔いすぎて支離滅裂なレーダーに今何を言っても無駄だろう。あれにはあまりお酒を与えないようにしようと思いつつ、さらっとサーヤにレーダーの相手を押し付けると、次は風竜族のところへ。


 風竜族のコミュニティーもかなりにぎやかだが、こちらのにぎやかさは火竜や雷竜たちとはまた違った賑やかさがあった。


「いい音色。それに綺麗な声だ」


 綺麗な笛の音色に、小粋な小太鼓の衝動。それに生まれて初めて聞いた生の竪琴の音。風竜たちは宴会があるとこうして得意な楽器を持ち寄って、歌と音楽を楽しんでいる。

 その歌唱力は非常にレベルが高く、聞いていると心に直接響いてくるように感じられるほど。ただ、この一族もマナーに若干ルーズなところがあるのか、歌っている者が平気でテーブルに乗っていたり、椅子の位置をごちゃごちゃにするなどしているのを、族長が全く止めるそぶりを見せない。まあ、今日くらいは大目に見てもいいかもしれないが。


「なかなか上手いものだね、リヴァル」

「これは竜王様。ややお疲れ気味のようですね。よろしければ僕たちの音楽で心を癒してください」

「ありがとう。でも机の上に乗るのはちょっと感心しないね。食べ物の中に黴菌ばいきんが入っちゃうよ」

「これはこれは大変失礼いたしました! ナターシャさん、竜王様の前だから机から降りてください」


 先ほどから机の上で美しい歌声を披露する風竜の女性……ナターシャは、リヴァルに呼ばれて初めてカズミの存在に気が付き、そそくさと机から降りる。


「あ、ご、ごめんなさい竜王様! 失礼いたしました! 私はリヴァル様の妻、ナターシャと申します!お恥ずかしいところをお見せしました!」

「へぇリヴァルの奥さんだったんだ。いやいや、なかなかうまい歌だったよ。

二人にはもう子供はいるのかな?」

「娘が一人と息子が一人います」


 リヴァルは若そうに見えるが、二児の父親であるらしい。子供たちもこの場にいたため改めて自己紹介。


「はーい、セリエです!」「セトでーす!」

「元気がいいね! いくつ?」

「私47歳!」「ぼく25歳!」

「なん……だと!?」


 カズミはまたしても竜の生態について驚かされる。目の前にいる子竜はどうみても小学生くらいにしか見えないのだが、実年齢は何と弟のセトすらカズミより上だったのである。かくいうリヴァルもすでに300歳以上と(人間から見れば)超高齢。本当に竜というのは想像を絶する生物である。


 ちなみに、族長で独身なのは火竜族長サーヤと海竜族長リューシエだけで、ルントウやベッケンバウアー、ヘンリエッタはもちろん「あの」レーダーさえも既婚者だったりする。


「では竜王様、僕たち風竜一家の歌声、ぜひお聞きください!」

「わー、パチパチパチ!」


 リヴァル一家四人の歌声が、他の風竜と風竜に仕える神官たちが奏でる楽器に乗ってまるで花開く春の陽気の様に満面に広がっていった。さすが、自慢するだけあって歌声はとてもハイレベルで、綺麗な歌声から紡がれる歌詞にカズミは心を打たれた。


「すばらしい! ブラボー! ブラボー!」

「お喜びいただけてなによりです」

「これだけきれいな歌声、今まで聞いたことがないよ! 聞かせてくれてありがとう!」

「わーい竜王様に撫でてもらったー!」


 まだ子供なのに素晴らしい歌声を聞かせてくれたセリエとセトの頭を優しくなでてあげる。


「ところで竜王様、先ほど叫んでおられた『ブラボー!』とは一体どのような意味なので?」

「え? ああ、僕が元いた世界で『素晴らしい!』ってうとき『ブラボー!』って言うとより感情が高まって盛り上がるんだ」

「なるほど! それほどまでに感動されたのですか! 竜王様、ブラボーです!」

『ブラボー!』

「そう使うんじゃないんだけどね……。まあそれは追々」


 とりあえず、あまり迂闊な発言はできないなと思いつつお次は地竜のコミュニティーにお邪魔することに。


 地竜族は何と言っても見た目の平均年齢がほかよりも高く見える。族長のベッケンバウアーをはじめとして、どれもこれも渋い中年男性や、円熟味のある熟女たち、などなど。他が大学のサークルの様なノリなのにここだけまるで料亭だ。


「ようこそお越しくださいました竜王様。まずは一献どうぞ」

「ありがとうベッケンバウアー。ここはなんだか落ち着いてるね。それでいて氷竜みたいに暗いってわけでもないし」

「ふむ、今の若い竜たちは威勢が良いですからな。我ら老いぼれはこうしてゆったり飲むのが一番なのですわい」


 老いぼれとはいうものの、当然地竜にも若い竜はいる。だが、やはりほかの竜に比べて大人びているというか、枯れてるというか。


「しかし、こういってはなんですが、竜王様はあまり竜王らしくありませんな」

「あはは……そっか、ごめんね。でもまあ、僕はもともと人間だし、そんなに偉くもなかったから。だから威圧的になったり、怖がらせたりとかそういったことはあまりしたくないんだよ」

「いえいえ、カズミ様はそれでよいのです。かつての竜王様はそれこそ力による支配でした。ですが、力での支配には限界がありましてな…………竜王様が封印されてしまったのは、結局竜王様の力を恐れた者たちが一致団結してしまったからにほかなりませぬ。復活の儀を執り行った際も……いかにして竜王様に、やりすぎませぬよう諭すかずっと考えておったわけであります」

「ああ……あの大量の計画表みたいなのはそーゆーことだったのか」


 地竜族はもともと長老のルントウも含めて竜王復活に乗り気ではなかったらしいが、竜族の繁栄のためには強力なリーダーがどうしても必要だった。そのため、竜王の力をどう制御するかが最大の問題だったのだが、カズミの魂が憑依したことでその心配はなくなったのだという。


「ですから、カズミ様が竜王で本当に良かったと思っております……。失った力は後からでも取り戻せましょう。しかしながら、心はそう簡単には代えられませぬ。ワシは常日頃思うのですが…(以下中略)…」


(な、長い…ルントウの話も長かったけど、地竜って話長いなぁ…)


 このまま話を聞いていると宴会が終わってしまいかねないので、話がわき道にそれはじめたところで次に移ることにする。


「長々と御引止めして申し訳のうございました」

「まあ、また機会があったらゆっくり話そう」


 もっとも、そんな機会は当分ないだろうなと思いつつ、地竜族のコミュニティを離れる。次は木竜族だ。



「あら、竜王様。宴はご満足いただけますでしょうか?」

「とっても楽しいよ。みんなも喜んでるようだし、笑顔が見れるのがなんたって嬉しいから」


 と、木竜族のコミュニティーに交じっていた海竜のリューシエに話しかけられる。


「あれ? 海竜族ってほかにいないの?」

「竜王様はご存じなかったのでしたね……。私たち海竜族はあまり地上で長く活動が出来ないのです」

「え!? そ、そうだったんだ」

「はい。そのため、私が代表という形でこの場にいるのですが、明日には竜王様の覚醒を海竜族の皆様に伝えるために、帰らなければなりません。ですから、この場にいる海竜族は私だけなのです」


 海竜族のあんまりな事情にカズミはとても残念に思った。せっかくこうして全竜族が集まっているのに、海竜族だけ仲間はずれなのは非常に寂しい。どうにかして彼らも一緒に暮らせないものか……カズミに新たな課題が立ち上がった。


「いつか海竜族のみんなもここで暮らせるようになればいいのにね」

「竜王様…。期待しても、よろしいのですか?」

「うん、もちろん。世界征服に比べたらきっと簡単なことだよ」

「ふふふ……お願いしますね。あ、そうです。ここに私が作った魚介料理がありますので、よろしければ召し上がっていただけますか?味はお墨付きですよ、イカだけに♪」

「へぇ~、イカかぁ」

「魚介を食べるのは久しぶりですね」


 リノアンと共に、差し出された料理を口に運ぶ。それは、大きめのイカの中に野菜などを入れて蒸したもので、中々工夫を凝らされながらも、イカ本来の味が全く損なわれていない。が…


「あ、いいですねこのお料理。素晴らしいですリューシエ族長」

「お喜びいただけて光栄ですリノアンさん。竜王様はいかがですか?」

「………うん、おいしいよ。うん」


(とは言ったけど、いまいち味付けがパッとしないな。味噌とかないかな…)


 実は宴会の最中ずっと気になっていたのだが、料理が見た目豪勢な割には味が微妙なのだ。カズミ自身特段舌が肥えているわけでもないし、士官学校にいた時もおいしいご飯を食べているわけではなかった。

 だが、それを差し引いても進んだ時代に生きていて、なおかつ高度な料理文化の中にいたためかこの時代の料理があまりおいしく感じられない。恐らく味付けは殆ど塩やミルクなどしかないのが原因ではないのだろうか。


「やあヘンリエッタさん」

「まあまあ竜王様、あれだけ飲んでいたのにお顔があまり赤くなっていませんのですね」

「僕結構お酒に強いみたいでね。ところで、この料理全部木竜たちが作ったんだって?」

「ええ、地竜さんたちにもお手伝いしてもらっていますが、基本的には私たち木竜が料理を担当しております。いかがですかお料理の方は。お口に合いましたでしょうか?」

「まあ……よくできていると思うよ。でももう一工夫すればもっとおいしくなると思うな」

「なんと……!」


「りゅ、竜王様!私たちの料理…どこがダメでしたか!?」

「申し訳ありません竜王様!私たち…料理人失格でしょうか……」

「お許しください、どのような罰でもお受けいたします!」

「まったまった。君たちは悪くないから、そう自分を責めないでよ。それに、僕たちのために精一杯作ってくれたことはちゃんとわかってるから」


 味はともかくとして、逆に見た目はかなり良い出来だと言える。一つ一つのメニューがとても手の込んだ調理をされていて、適当な気持ちではとても作れなかっただろう。


「まあ、欲を言えば新鮮な魚があるんだから、お刺身とか食べたいなって」

「オサシミ……ですか?」


 リノアンが、聞きなれないフレーズに首を傾げていると、一人の木竜の女性が、その場に割って入ってきた。


「竜王様! その『オサシミ』とは一体なんなのですか! ぜひ教えてください!」

「わあびっくりした。君は……?」

「これっ、クレア。竜王様が驚いてしまわれましたよ」

「えへへ……ごめんなさい」


 彼女は木竜のクレア。農場や畑を管理する役目を担っている彼女は、竜族一の好奇心の持ち主だ。


「聞きましたよ竜王様! 竜王様はなんでもほかの世界から来たとか! そこでぜひとも、私に異世界にあるものを教えてほしいのです! 一体どんなものがあるのかとーーーーっても気になるんです!」

「ええっと……う~ん、そうだなぁ。例えば料理にしても、僕のいた国の独特な食文化を片っ端からあげていくだけで100以上ある」

「100も!!」

「この国にはお米はあるの?」

「米って……あの稲からとれるやつ?」

「あるにはあるんだね」


 どうやら、この世界で米を食べれないということはなさそうだ。それ以外にも、調味料として塩やミルク、砂糖だけではなく調理油や胡椒も存在する。ただ、砂糖や胡椒はまだ貴重品らしい。


「あと欲しいのは、醤油…味噌…ゴマ…それから……」

「『ショウユ』? 『ミソ』?」

「たまにはカレーやラーメンも食べたいかなぁ。ま、さすがにそれは無理だろうけど」

「竜王様!!」

「は、はい! なんでしょう!?」

「これこれクレア」「クレアさん、竜王様の前ですよ」

「はうっ…!? 重ね重ね失礼いたしました…。でも竜王様、いつでもいいので教えてくださいね」

「ああ、わかったよ……」


(ちゃんと教えられるか不安だけどね)


 元の世界のカズミは、さまざまな専門知識は持っているが、一からモノづくりとなると勝手が違ってくる。醤油や味噌の作り方なんて大雑把にしか知らないし、カレーやラーメンに至っては原材料から作るのは無理と言っていい。

 その上、元いた世界の様に食物が品種改良されているわけではないので、食材の味についてもかなり不安が残る。


 いや、これは食べ物に限った話ではない。


 羊皮紙とペンが使われる世界で紙と鉛筆を使うには?

 遠くまで移動するときの移動手段は?

 緊急時に連絡を素早く行う方法は?

 食べ物を長期間保存するには?



 せっかく立場を忘れて宴会を楽しもうとしているにもかかわらず、カズミの心配事は増える一方だった。


ルントウ「ふむ、竜王様はこのような料理でも気に入らぬとおっしゃられたとは……。竜王様の世界はよほど豪華な料理が毎日食べられるようじゃな」


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