チュートリアル:長老とのお話『基礎知識その1』
今期の一言:不条理とは基本的概念であり最初の真実なのだ
アルベール・カミュ
「……とまあざっくり説明するとこんな感じなんだけど」
「な、なんと!」
話を聞いた長老は驚いたのか目を大きく見開き、身体をわなわなと震えさせる。長老が驚くのも無理はない。剣と魔法のファンタジー世界であっても異世界から転生してくるという話はそうそうあるものではないし、ましてや竜王の体に別の魂が乗り移っているなど俄かには信じられないことだ。
「だからさ、僕は指導者になれる器かどうかわからないし、竜族たちを正しい方向に導けないかもしれない。だから、まずはじめに長老さんにいっておきたくて……あれ?」
「うっ……うっ……竜王様、いえカズミ様…なんと御労しい……」
呆れられるか信じてもらえないかのどちらかと思っていたが、なぜか長老はさめざめと泣きだしてしまう。カズミにしてみれば先ほどの話のどこに泣く要素があったのか、困惑してしまう。
「あの~」
「ご友人に身代わりを強要され…両親にも会えず、異国で命を落とすとは……!おぉ……なんとも哀れではございませぬか!」
「哀れと言われてもねぇ」
どうやら転生したことは信じてもらえたらしいが、ここまで大げさな反応をされるとは思わなかった。竜王本人も、いまだに自分が一度死んだという自覚がなくそれほどネガティブな考えを持っていなかったので、余計長老の泣く姿が大げさに思えてしまう。
「竜王様!」
「は、はいっ!」
「よくぞお話を聞かせてくださりました! このルントシュテット、老骨ながら竜王様の第二の竜生を精一杯支えさせていただく所存にございます!」
「うん、ありがとう。そう言ってくれるととてもうれしいよ。僕も決心はついた。二度目の人生……じゃなくて竜生、せっかく竜王になれたんだから、竜たちがより過ごしやすい国を作ってみせるよ」
「おお、では我らに力をお貸しくださると……!」
「もともと人間だった僕にどれほどのことが出来るかわからないけどね」
「とんでもございません! 竜王様のお力を信じています!」
長老はカズミのことをしっかり理解してくれた。
たったそれだけで、異世界に来た不安が大きく取り払われるように感じる。
「ただし条件があるんだ。各竜族の代表者さんたちにも協力を仰ぎたい。その前提として代表者さんたちが僕に全面的に協力してくれるなら、竜王としての責務を全うしたいと思う。でももし、各人自分勝手に行動するような雰囲気だったら、残念だけど力は貸せない。いくら竜王だからといっても一人で出来ることはたかが知れてるし」
「む……左様でございますか。畏まりました、今すぐに族長らを集めると致します。ご用意が出来ましたらお知らせいたしますので、しばしお待ちを!」
「ああちょっとまって、え~っと…ルントシュテットさん?」
さっそく族長たちに集まるよう呼びかけようと席を立とうとする長老を呼び止める。
「し、失礼いたしました! まだ何か!?」
「そんなに急がなくてもいいからね。僕はこの世界に来たばかりだし、いろんなところをゆっくり見て回っていきたいんだ」
恐らく長老ルントシュテットがあわてて席を立とうとしたのは、カズミが族長たちに顔合わせした時に、もしものことがあるとまずいので事前に調整しようと思っていたのだろう。
そのことを見抜いたのか、カズミはあえてゆっくりやるように言い聞かせておく。もっとも、事前に調整してごまかした程度で判断を変えられるとは到底思っていない。本音を聞くことが重要なのだ。
「承知いたしました! では折を見てご報告を…」
「それとなんだけど…………ルントシュテット長老ってかっこいい名前だけど、やっぱちょっと口に出すと長いよね」
「はっ! 申し訳ございませぬ!」
「ううん、別に責めてるわけじゃないよ。でもこれから長い付き合いになるんだし、ちょっとまとめて………『ルントウ』って呼んでもいいかな?」
「……………………はて、どこかで聞き覚えがあるような呼び名ですが……」
「僕も今そう思った。だめかな?」
「いえいえいえ! とんでもございませぬ! お受けいたします!」
「本当? 嫌だったらいやって言ってね。」
「めっそうもない! ではワシはこれにて!」
そうしてようやくルントシュテット……改めルントウは竜王の部屋を後にした。
「信じています……か。重たいね、どうも」
ああは言ったものの、いきなり指導者になるなど本来は御免こうむりたいところである。政治の仕方なんて習ったことはないし、兵士を率いたことだってない。正直国民をよい方向に導ける自信が全くないのである。
いや、そもそも竜王が竜のことをほとんど知らないのは致命的すぎる。これは当分勉強漬けの日々になるのだろう。
「喉乾いたなぁ」
「今お水つくりますね」
「おっ……ありがと」
長老との話にすっかり夢中になって、リノアンの存在をうっかり忘れてた。
しかし今「つくる」と聞こえた。カズミは自分の耳を一瞬疑った。
リノアンは部屋に会った備え付けのコップを手に取り、空いてる手のひらを宙にふわっとかかげた。すると、手の周囲に柔らかい光が瞬いたかと思うと、雨のように水がコップに降り注ぎ、満たしていくではないか。そして水で満たされたグラスをリノアンは恭しく差し出す。
「どうぞ」
「………何今の?」
「普通の術ですが」
「手品や水芸の類じゃないよね?」
「あのー、竜王様。術です術。司る力を行使して……」
「待った待った。そーゆーのは誰でもできるものなの?」
「水を生み出すのであれば私たち氷竜と海竜なら子供でもできますし、あ……もしかして竜王様は元人間だったから術の使い方を知らないのでは!? と、とんだご無礼を! お許しくださいませ!」
「あのね、そういうことじゃないんだよ」
ここでまたしても元の世界と今の世界の齟齬が生じた瞬間だった。
恐らく竜たちにとって「術」を使えるのは当たり前のことなのかもしれないが、カズミが元いた世界には当然そのような力は存在しない。
伝承やおとぎ話のレベルではありうるかもしれないが現実は何かしら種か仕掛けがあるものだ。
「僕が元いた世界にはそもそも術やら魔法やらそういったものは一切存在しないんだよ」
「ええっ!? ということは…夜は蝋燭の明かりで過ごさなければならなかったり、山や海を飛んで越えられないから歩かなければならなかったり、火を起こすのにいちいち火打石から始めなければならないとか……」
「いや、僕たちのいた世界でも昔はそんな感じだったけど今は……まあいいや。とりあえずこの世界はなんか魔法みたいなものが使えると」
正直現代の科学はすでに魔法すらも超越しているとカズミは思った。
「そうなると僕も何かしらの力を使える可能性があるってことか」
「私もそれは気になりますね! ですが竜王様はそもそも何竜なのでしょうか?」
「さあ? とりあえずこう、意識を集中して………」
果たして和壬は力を使えるのか? 試してみよう。
意識を自分の中に集中させると、確かに体の中に何かの力がこもっているように感じる。それをほんの少し外に取り出してみるようなイメージで。
――――――――フッ
「おや?」
「え?」
瞬間、周囲が暗闇に包まれた。それこそ目の前にあるものすら見えないほどの真っ暗闇が……
カズミが驚いて思わず流れを中断させると、周囲の闇は消えて、木漏れ日がさす部屋の風景が戻ってくる。
「……」
「…………」
「これは……危険だ」
「……ですね」
ただし、戻らないものもある。たとえば、場の空気とか。
壊れた空気の中にいるのもつらいので、気分転換をすることにする。とりあえずベッドに寝ている女の子の看護は、先ほどの木竜のおばあさんにまかせて自分は建物の中を見学することにした。
「お出かけですか竜王様?」
「うん、ちょっといろいろ見て歩こうと思って」
部屋を出る時に、槍を手に持った衛兵と一言交わす。だが、よく見ると彼らには角もなければ尻尾もない。
「あれ? もしかして君たち人間?」
「はっ、自分たちは人間であります!」
「竜王様に直接お仕え出来て光栄です!」
男女一人ずつ配置されている衛兵は正真正銘の人間である。なるほど、ここでは竜だけではなく人間もこういった職に就いているのだ。ちなみに装備は手に持った槍だけのようで、楯や鎧の類は一切身に着けていないようだ。
槍の柄は木製で、穂先は鉄。服は布装備となっている。まあ、こんなところに敵が攻めてくるとは考えにくいので、あくまで警察のような役目が出来れば十分なのだろう。
「彼らの様に、人類はこの城にたくさんいるの?」
「ええまあ。どうしても竜族だけでは少なすぎて国として成り立ちませんので。」
「よければもっとこの国について聞かせてくれないかな。それもいいところも悪いところなるべく余すことなく」
「そうですね……」
まず、アルムテン自体が都市国家のような存在であり今いる宮殿を中心として、高い山に囲まれた広大な盆地に竜と人間を中心に数万人が暮らしていて、さらに都市の周辺地域にぽつんぽつんと数百の集落が存在する形になっている。
そのうち竜が占める人口は一万人にも満たない。更に竜の里は世界全体に細かく散らばっているため、竜族の正確な数を把握することはできていないようだ。
また、竜族以外の種族は、人間以外にも数は少ないが獣人族も生活しているようだ。ちなみに精霊族は人口に含めない。
和壬はさらに踏み込んだ説明を聴こうとしたが、残念ながらこの後さえぎられてしまうことになる。
「あっ! 竜王様!」
「お加減はいかがですか竜王様!医術士を及びと聞いて、もしやお加減がすぐれないのではと心配いたしました!」
「今晩は竜族総出で宴会ですよ! 竜王様はお好きな食べ物などありますか?」
「うわっ!? そうだ……あの時慌てて会場を離れたからうっかり忘れてた!」
廊下に出て少し歩き、中庭のようなところに出たとたんまるでアイドルとそのファン、または政治家と群がる記者団のごとく色とりどりのドラゴンたちに囲まれてしまう竜王。
「えっと、とりあえず僕は元気だよ何も心配することはない。あーそうそう、好きな食べ物はカレーかな。あとお寿司も好きだね。え? カレーって何? おスシを知らない? 幻の食べ物? いやいやいや、知らなければいいんだ。ん? 強そうだって? どうかなー、竜王になったばかりだから自分がどれくらい強いのかわかんないや」
その後30分ほど取り巻き達に包囲されて、ルントウが呼びに来るまで結局散歩はできなかった。
…
「竜王様がお見えになられました。」
リノアンが一言掛けながら開いてくれたカズミが後に続いて扉をくぐる。部屋にはすでに各竜族の代表者が木製の大きなテーブルを囲んで席についている。竜王が到着したとリノアンが告げたとたん、今まで座っていた代表者たちは、一斉にその場に立ちあがった。どうやら人間のような礼儀作法もあるようだ。
「竜王様、どうぞこちらへ。」
ルントウがそのまま和壬を上座へ案内する。
見渡す限り、この部屋には長老ルントウをはじめ6名の竜がいる。
赤い長髪にルビーのような瞳、鱗も明るい赤色に染め着ている服も赤を基調とした全身総天然警告色の気が強そうな妙齢の女性。
まるでハリネズミのような蒼髪のヘアスタイルが特徴的で、白を基調とした味気ないローブを纏った気難しそうな壮年の男性。
銀髪をポニーテールで後ろにまとめている、糸目でニコニコ笑っているような穏やかな顔の青年。
深い青色の髪を流れるような長めのツインテールにまとめ、とびきりお洒落なドレスで着飾ったグラマスな体形の女性。
見るからに筋骨隆々で濃茶髪のオールバックに腰のあたりまで届く長い顎鬚、
珍しく額から角が一本しか生えていない初老の男性。
そして先ほどまで部屋にいた木竜のおばあさん。
一つだけ椅子が空いているので、まだ来てない者がいるのだろう。
男女比も年齢層も意外とバランスがとれたメンバーである。
「……ごくろう、おかけ……じゃなかった、もう座ってくれてかまわない。」
竜王にもかかわらず一瞬敬語が出そうになるが、修正して彼らに椅子に腰かけるよう促すと、自分もその場に着席する。
いまここから、竜王としての本当の第一歩が踏み出される。
書記官リノアン
「竜王様を復活させる儀式は、普段自分勝手なことばかり考えている竜族たちが珍しく自然に一致団結した時でした。けれども実は彼らの思惑はバラバラで、唯一共通していたのが『みんなのアイドル的存在がほしい』という思いだったのではないかと……今振り返ってみるとそんな気がしてきました。」