第26期:何も見えず、手探り
今期の一言:物事に熱中できる人間は、自分と摂取る人間を惹きつけてやまない。まるで磁石のようだ。
――――アディングトン・ブルース
カルディア聖王国と教皇庁の連合軍は、現在ルティック領の中部あたりで陣を張り野営をしている。
すでに太陽は沈み、あたりを照らすのは松明や篝火かがりびの炎のみ。これだけ暗くなってしまうと、ほとんど何もすることはない。すでに食事を終えた兵士たちは、一日の行軍の疲れをとろうと、テントの中に潜って休み始めている。今や陣地内で活動しているのは、見張り役の兵士か、あるいは軍を率いる将軍たちくらいだろう。
しかし、無数に張られているテントの中で、一つだけ奇妙なのがあった。
大きさはそれなりだが、どのテントよりもきれいで、いい布を使っている。それだけではない、中に太陽があるかのように、テント自体が煌々と輝いているのだ!
このテントの中には、今話題の従軍天使――スノードロップがいるのだ。天使様がいるだけでその周囲は常に昼間のように明るいため、夜になるととくにそのまばゆい光が目立ってしまう。当然敵に狙われやすいので、テントの周りには屈強な護衛が大勢控えている。
さて、テントの内装はいたってシンプル。中央に天使様が座す簡素な木製の椅子が一つあり、そのわきにコップなどを置く丸机がある。後は簡易本棚が二つに、横になる用の組み立て式ベッド(実際はあまり使っていないらしいが)、それと教皇庁のシンボルであり、太陽の化身とされる主神を表す……一本の縦長の棒に短い横棒・左右対称の斜め棒を中心で重ね合わせ、その後ろに円を重ねたモチーフの飾り。
これらが合わさると、まるで簡易式の神殿があるかのように見えるが、そこに天使様がいることによって、自分がまるで大聖堂の中にいるような錯覚さえ受ける。
「天使様、お食事の準備が整いました」
「ありがとう…………私の良きリトゥスよ。仰ぎ見れば天はすべてを包みますが…………下を――支える大地ガイアを見なければその蒼き色の意味を知ることはできないのだから」
天使スノードロップに付き従う女性司祭ミルクスは、この日も天使様に夕飯を運んできた。…………いや、夕飯を運ぶというよりも、供物を献上すると言った方が正しいだろうか。
運ばれてきたのは料理ではない。野菜や果物がそのまま丸ごと銀製の皿に盛られていたのだ。トマトも、リンゴも、瓜も、カボチャも、人参も、ブドウも……どれも洗ってあるだけで、そのままの形で献上される。
天使様は、献上された作物からトマトを手に取ると、優雅な手つきで自らの口元まで運び、ほんの少し歯を立てるように噛む。すると、口にしたトマトは光に包まれ、そのまま光の粒となって彼女の身体へと消えた。知らないものが見ると意味不明な光景だが、これはれっきとした天使様の食事なのだ。
神族ともなれば、人間のようにわざわざ調理して口で噛み砕くことなど不要。彼らの食事とは、即ち食材の栄養を完全に自分の中に取り入れることなのである。彼らは食物の栄養を100%エネルギーに変換できるため、生のままの食材でも十分な栄養を取ることが可能だ。(なので、天使様はトイレしません←重要)
「…………風の音が聞こえるような味がします。そう、それはまるで妖精が奏でるエアル・ガレーネー。今日も恵みに感謝を…………」
スノードロップは、まるで自分で育てた作物が上手く作れたかのように、にっこりほほ笑んだ。
「あぁ、天使様。私は何て幸福なのでしょう…………大地がもたらした祝福が、祈りとして大いなる御許に届いたというのなら、星に白き輝きが満ちてゆくのです……」
ミルクス司祭もまた、母に褒められた子供の様に無邪気な笑顔になる。
天使スノードロップにとって、自分と唯一会話できるミルクスは、親友にして妹のようなものだ。
この日も常人には理解不能な『神族語』による会話を心行くまで堪能する。
ところが、一時間ほど話す頃、ちょっとした異変が生じた。
「誰よりも白く…………誰よりも穢れ無い。あなたは、そう…………、……? あら?」
「どうかなさいましたか天使様?」
「…………これは」
スノードロップが、皿に乗った最後の作物……桃を口にしようとした時、表面に3センチほどの割れ目が出来ていたのに気が付いた。
「な、なんということでしょう! 申し訳ございません天使様、私が確認を怠ったばかりにこのような………」
「…………泣かないで、私の良きリトゥス。これはあなたのせいではないわ。これは…………運命の糸が明日の歌を紡いだ証。大地からの便り……」
「運命の糸が……つまりこれは、何かの予兆!」
桃の傷を見て占いをするなど、現代の価値観からすると正気の沙汰ではないが、そこはやはり天使。
こういった小さな兆候から、未来を見通す力を持っている。
「コキュートスより出いでし邪悪なる蛇…………彼らが再び楽園を踏み荒らそうとしているわ。黒き炎は…………魂を焦して、白き果実を焼き尽くすでしょう……。ああ、何と恐ろしい……それはまるですべてを呑み込む夜の砂漠のように、凍てつく眼差しが……」
不思議なことが起った。スノードロップがまじまじと見つめていた桃の割れ目が、さらに広がって二倍近い長さになってしまう。スノードロップの顔色も徐々に悪くなり、血の気が引いていくのが分かる。
「そんな…………風は剣となり……大地を、あぁ…………」
「天使様!?」
突然、スノードロップが椅子から転げ落ちるように倒れた。ミルクスが慌てて受け止めたが、彼女は額に玉のような汗を浮かべ、呼吸も苦しそうだ。
「天使様……いったいどんな恐ろしい未来を…………? と、とにかく衛生司祭様をお呼びしないと! ……それに、できれば司令官様も!」
(『コキュートスより出いでし邪悪なる蛇』…………きっと竜のことに違いありません! これは一大事です!)
××××××××××××××××××××××××××××××
連合軍の中陣で天使スノードロップが倒れたその頃、4日分先を進む先陣――――連合軍第3軍団では将軍たちによる会議が行われていた。なにしろ、ただでさえ国土が広くて癖のある人材が多いカルディア聖王国に加えて、自信過剰気味な教皇庁の聖軍もいるのだから、必然的に意思統率のための会議が頻繁に行われるのである。
「おぉ諸君、この国の惨状は見たかね! 実に嘆かわしい! いつの時代も犠牲になるのは常に力なき民たちなのだから!」
将軍たちが集まる司令部のテントでは、今一人の将軍による演説が行われている。
彼は、すらっと整えられた美しい金髪に、やや丸顔で意志の強そうな大きな瞳とまるで男性モデルのような外見のイケメンで、その上様々な装飾のついた黄金造りの鎧を装備しているせいで極端に派手であり、否応なしに周囲の人の目を引く付ける。
「感じたまえ、その胸の痛みを! その痛みこそが、諸君の存在意義そのもの! 神より賜られた『良心』なのである!」
彼の名前はフィヒテ。教皇庁より派遣された聖軍司令官の一人で、若いながらも知勇兼備の優等生で、戦績も悪くない。
そんなわけで聖軍の司令官の中でもひときわ勇敢と評価されたフィヒテは、連合軍総司令官クレオパス将軍から聖軍側の先陣軍団の副軍団長を任されたのである。慎重さで知られるクレオパスの幕僚の誰もがこの人事を適任と考え、納得していた。
ところが…………
「おぉ諸君! 今我々の心は神のご意志と同化しているのである! それすなはち、我らは神と共にある証であるのだ!」
「その通りです聖将! 我らの意思はすなはち神のご意志!」
「神のご加護が体に満ちるようだ!」
「我らが行く道に栄光あれ! 邪悪な竜王に災いあれ!」
残念ながら、上層部は彼の恐ろしさを見抜けなかった。
彼の心に根付く『信仰』という名の狂気を見抜けなかったのだ。
フィヒテの演説は、軍団の将軍たちを虜にし、信仰の狂気へと引きずり込んでいった。
教皇庁から派遣されてきた人はもとより、カルディア聖王国の人々も、この世界の神々への信仰が生活に根差しているので、狂信への道を開くことは容易かった。ちなみに当人には悪いことをしているという意識は微塵もない。あくまで自分の信仰は絶対に正しいと信じているからこそ、言霊に力が宿るのかもしれない。
「ふふふ…………単なる七光りのボンボンかと思いましたが、いい意味で期待を裏切られました。せいぜい、私の将来のために、とことんこき使ってやりましょう」
で、クレオパスのもう一つの人選ミスが、今どす黒い独り言をつぶやいた妙齢の女性将軍――――アイオナの存在であった。
その容姿も素晴らしく、ひざ裏まで届く銀の長髪に人当たりのよさそうな温和な顔、まるで柳のようにしなる様な体つきと、異性であればだれもが振り向くような美貌であり、
まさに才色兼備を絵にかいたような人物である。
カルディア聖王国の貴族の出であり、何不自由ない人生を約束された身であり、他人からはやさしく冷静で頼りになる人物と見られている。妻となれば良妻賢母となるだろうとのことで、求婚を申し込む男性は数えきれぬほど。本人には意中の人物がいるようだが…………
しかし、彼女の胸にはやさしさや誠実さではなく――――煮えたぎる野望が詰め込まれていた。
彼女にとって今の自分の地位はまだ満足がいくものではないらしく、その目は常に上へ上へと向いている。そして今回の遠征も、自分の名を上げ、さらなる地位を手にするための足掛かりに過ぎないのである。
当然、竜族は危険な相手であるが、彼女の下には数百人の勇者パーティーや万を超えるカルディアの精鋭がいる。討伐は決して不可能ではない。
そんなアイオナ将軍は、今は大人しくクレオパスの指示に従い慎重に前進しているが、いざとなったら命令を無視してでも速攻をかけることも厭わないだろう。果たしてこれが吉と出るか凶と出るか、今はだれにも分からない。
「…………けど、いつまで続くのかしらこの話。そろそろ眠くなってきたのですが」
フィヒテの演説は開始からすでに1時間半近くが経過していた。
時間を忘れ、集中して聴いている将軍たちは大したことがないのかもしれないが、話を聞き流しているアイオナにとっては退屈なことこの上ない。
どうにかして、そろそろ演説を止めさせようかと思っていた――――――その時であった!
ドオォン!!!!
遠くの方で轟音が鳴り、同時に若干地面が揺れた。
まるで隕石が着弾したかのような、大きくくぐもった音だったが、幸い陣地から離れていることが分もわかった。
「今の音は!?」
「ほ、報告します! 陣地の遥か西の方角で火の手が上がっています!」
伝令の報告を聞き、あわてて幕舎の外に飛び出した諸将は、西側の空が若干明るいことに気が付く。
よく見れば、伝令の言う通りはるか遠くの方で炎が上がっているのが分かった。
今は夜なので正確な場所は分からないが、炎の勢いから見ておそらく燃えているのは森林地帯だろう。
「一体何事でしょう……隕石でも落ちたのでしょうか?」
「おぉ我らが軍団長殿! これはまさに邪悪なる竜族の仕業! すぐに討伐に向かうのです!」
「いえ…………ここはまだルティック領。いくらなんでも竜がこのようなところまで来るとは思えないのですが」
早速竜の仕業と決めつけて出撃準備に取り掛かろうとするフィヒテ。
アイオナは、判断は尚早だとして制止する。
だが、間髪入れず『もう一発』が飛んできた。
ボフンッ!
先ほどよりもかなり控えめな音をたて、炎の塊が陣地の近くに着弾した。音から察せるが、先ほどより威力は控えめで、地面をえぐるほどの力はない。しかし、もしテントなどに当たればあっという間に燃やし尽くせるくらいの火力はあり、人間が術防御がない状態で喰らえばたちまち火達磨だろう。
どうやら炎の塊は東の方角から飛んできたようで、その後も何発も、流れ星のように赤い尾を引きながら陣地の周辺を炎上させた。
「ま、まさか本当に竜が……。フィヒテ、今すぐに原因を突き止め、場合によっては撃破ないし捕縛しなさい」
「承知いたしました! おぉ諸君! 今こそ邪悪なる竜の野望を打ち砕き、神への忠誠心を見せる時ぞ!」
『応!』
諸将は、休息を取ろうとしていた兵士たちを急いで召集させると、準備が出来た部隊を片っ端から出撃させていった。戦力の逐次投入はこの場合下策ではあるが…………血気にはやる将軍たちにとって、そんなこと考えている暇はないらしい。鎧兜に身を包んだカルディア聖王国のホプリタイの大軍が、松明片手に我先にと東の方角へ走っていく……。
で、その頃……噂の邪悪な竜族たちはというと
「うーん、ハズレ」
「おいゴルァアっ!! 何回外してやがるこのノーコン神官!!」
「にははは…………やっぱ細かいコトは苦手ですナ」
連合軍第3軍団を攻撃している元凶は、陣地からおよそ1㎞ほど離れた丘の上にいた。
お手製の望遠鏡を覗いて着弾確認をする木竜クレアと、火竜神官と風竜神官が一組となり、火竜術で発生させた巨大な炎の塊を、風竜術の突風に乗せて遠距離攻撃を試みているのだが、成果はあまり芳しくない。
「ああもう、頼むよ君たち……。僕たちの術力にも限りがあるんだからな」
「竜王様! こんなことしなくても、直接あいつらの陣地に乗り込んだほうが――――」
「ダメダメ。今はまだ正面から戦う時じゃない、もっともっと弱らせないと」
気の短い火竜と細かいことが苦手な風竜にとって、黙視できないほど遠くにいる敵にちまちまと攻撃するのが性に合わない様だ。
ついさっき、一発目の攻撃を試しに神官抜きにやってみたのだが、明らかに過剰威力の炎がかなり見当違いの方向に飛んでいき、林を一つ丸焼きにした。いくら能力が高いとはいえ、竜だけだと攻撃の微調整がかなり難しい。特に風竜は、集中力さえあれば他の竜よりも繊細な技を見せる事が出来るが、気が乗らないと万事こんな感じである。
そこで、より繊細な術操作ができる人類を介して術を行使する事で、より正確な攻撃を目指しているのだが…………
「どうしよう。術の操作に数学的な測量って意味あるんだろうか?」
術攻撃を大砲の代わりに使えるかと期待していたカズミだが、術は大砲と違って精神力の世界である為、科学的手法が全く役に立たない。だいいち、術者である風竜神官もまた風竜と同じく集中力にかける。遠距離攻撃は、訓練を積まないと無理なようだ。
もっと術の勉強をする必要があるなと心の中でボヤくものの、それと同時に自分だけ勉強しても意味がないことも悟っていた。
いま、自分の周りにいる竜や人間たちの中に、カズミと同じ考えに至れるものは何人いるだろうか?
一人で出来なければみんなでやればいい。そんな理想論も、時と場合によっては全く役に立たないのも事実である。
(…………こんな時に一澄カズミがいてくれたら、もっと楽になっていただろうか。それとも、僕は役立たずになってたかな?)
ふと、カズミは親友だったもう一人のカズミこと千住院一澄の顔を思い浮かべた。今まで何もかも必死になり過ぎていて、元の世界の人達のことを考えていなかった。
カズミにだって両親がいるし、友人も大勢いた。その中で真っ先に頼りになる人物として思い浮かべるのが、万能の天才――千住院一澄の顔。
戦術訓練では、毎回負けていたし、成績も常に向うの方が上だった。そんな彼にカズミは少なからず劣等感を持ってはいたが、それ以上に尊敬の念を持っていた。
だからこそ、彼の顔を思い浮かべると、自分以上にもっと上手く出来るんじゃないかと不安に思ってしまうのだ。
「竜王様、陣地から大勢人が出てきました! こっちに向かってきてます!」
「おっと……ずいぶんと早いな。どうやら敵の士気は相当高い…………それに、旗の数からあの陣地の兵士だけでもうちの軍の数倍はいるみたいだね。
なるほどなるほど、思っていた以上に手ごわそうだ。よし、全員撤収だ! 事前に言った通り奴らとまともに戦う必要はない!」
敵が陣地から出てきたと聞いたカズミは、すぐに周囲に撤収を指示し、全員一目散にその場を逃げ出す。
竜たちには事前に敵と正面からぶつかることは禁止していたので、特にグズグズすることも無く脱出する出来たおかげで、
カルディア軍たちや従軍勇者たちがその場に着いたときには、すでに丘の上はもぬけの殻であったという。
「聖将! 東の丘の上に多数の足跡と、何か物を置いた痕跡を発見しました!」
「しかし足跡は途中で途切れています…………おそらくは飛翔して逃げたものと思われます」
「そうか、すでに逃げ出したというワケか。おぉ諸君、嘆きたまえ。邪悪なる竜族へ聖なる鉄槌を下す機会を失ったことを。
だが、誇りたまえ! 奴らは神の威光を……すなわち我々の武勇を恐れているのだ!」
戻ってきた兵士たちから報告を聞いたフィヒテは、残念そうにしながらも、敵は怖気づいたと判断し上機嫌だ。
「おぉ軍団長! 神の剣なる聖軍に栄光あれ! わが勇士たちは、邪悪なる竜に対し一歩も引かずに戦う覚悟であります!」
「そうですか…………実に頼もしい事です」
しかし、テンションが高いフィヒテとは裏腹にアイオナは若干ながら嫌な予感を覚えた。
「撃退したのはいいですが、また戻ってくることも考えられます。今夜は警戒を怠らないように」
「承知いたしました軍団長!」
第3軍団は夜通しで警戒していたが、結局その日は再び攻撃を受けることはなかった。
一方、カズミを始めとしたアルムテンの威力偵察部隊は、2時間かけてキャンプがある廃村へと戻ってきた。悠々と帰還したカズミ達を、シズナや風竜族長リヴァルが迎える。
「お帰りなさいませ、あなた様」
「ご無事で何よりです竜王様、首尾はいかがでしたか?」
「ん~、まぁ敵に被害は与えられなかったけど、得るものがないわけじゃなかった。まだまだ始まったばかりだし、根気よく続けよう」
カルディア聖王国の軍とは一度交戦したことはあったが、敵が弱体でなおかつ油断していたから余裕で勝てた。しかし、今回の奇襲での反応を見るに、今度の敵は十分高い士気と兵力を備えていることが分かった。迂闊にぶつかれば被害が出る可能性がある。おまけに、何度も言うが今回の戦いはアルムテンの山々ではなく属国領の平地で戦わなければならない。
それに…………例の予言のこともある。これからも威力偵察を繰り返して、敵の出方をうかがう必要がある。
「さて、明日は…………どの竜を連れて行こうかな。氷竜がいいかな、木竜は……なにかできるかな?」
塒にしている部屋で、スターラから貰ったエオメル産のお茶を淹れて、リラックスしながら、明日のことについて考えるカズミ。自分を含め様々な能力を持つ竜たちの可能性を探るために、暇さえあれば術で出来そうなことを考えていた。
「ふふふ、戦争をしているはずなのに、なんか楽しくなってきたな。みんなには真剣に戦争しろって言ってるのに、なんだか僕もゲームしてるような気になってくるな。はふぅ……」
前世では、現代戦の知識を頭と体に叩き込まれたカズミだが、今のところその知識はこの世界であまり役に立っていない。
前が見えず、手探りが続く毎日は苦労の連続だが、それと同時に未知の出来事への楽しみも出てきた。
あまりの自分の能天気さに思わずため息が出るカズミだったが、あまり悪い気はしない。
そう…………前世で繰り返される悲惨極まりない戦争を思えば、この程度はゲームのようなものだと感じてしまう。
××××××××××××××××××××××××××××××
その日から、竜王討伐軍への術攻撃は毎日続いた。
時には氷竜の力で気温を下げ、敵の体力を奪おうと試みたり(夏に気温を下げたせいでむしろ敵を快適にしてしまい失敗)、逆に気温を上昇させたり(こちらは一定以上成功)
敵の行く道を木竜の力で木を生やして塞いでみたり(物凄い勢いで伐採されて失敗)、地竜の力で地割れを起こしてみたり(被害を与える前に発見され被害軽微)
……とにかく考えられる限りの、嫌がらせじみた術攻撃をやりつづけた。
特に効果があったのは地竜による地面からの奇襲で、なんと地面の中からこっそり近づいて敵の食料の奪うことに成功した。
もっとも、二度目は敵に対策をされて失敗したが……
「おぉ諸君! 邪悪なる竜どもを恐れるな! 交代で見張りを行い、すぐに発見し次第打ち倒すのだ!」
第3軍団もやられっぱなしでは済まず、昼夜問わず警戒を怠らず、陣地を立てる時も周囲の離れた丘や林に斥候をあらかじめ放っておくなど、万全の対策を行ってきた。
ただ、当然常に警戒しては兵士が疲労してしまう。その上物資も必要以上に消耗してしまうこととなり、軍団長のアイオナを悩ませた。
さらに竜の攻撃が始まって5日目には…………
「軍団長、本隊から伝令です」
「今度は一体なんですの…………見せなさい」
ただでさえイライラしているアイオナの元に、事あるごとに慎重に進めとうるさい本隊の総司令官クレオパスからの伝令。その内容が――――
『天使様の予言によると、近いうちに竜族からの攻撃があるとのこと。対策を万全にし、なおかつこれまで以上に慎重に進むべし……(以下略)』
「遅すぎるわ!!」
「ぐ、軍団長!?」
すでに攻撃を受けた後にこんな指令が来たものだから、アイオナの怒りが瞬間湯沸かし器のように一瞬で沸点に達した。しかし、普段から優雅な姿しか知らない伝令は、突然憤怒の形相を見せるアイオナに驚いて、その場に尻餅をついた。
「あ……あらやだ私ったら、おほほほほ…………そ、それよりもちょうどいいところに伝令が来たわ」
己のあさましい姿を見られたアイオナは、ごまかすように笑顔に戻すと、同時に重要なことを思い出した。
「第3軍団からの要請です、本体に援軍と補給物資の輸送をお願いします」
結局第3軍団は、竜からの執拗な攻撃に耐えかねて進軍を停止した。
交代があるとはいえ夜通しの警備の上に、昼間は重い鎧を着ての行軍である……いくら屈強な聖軍やカルディア軍といえども疲労でまともな戦いが困難となるだろうと判断したからだ。。
「う~ん……敵の警備が凄く厳しくなったなぁ。進軍が止まって時間の余裕が出来たのはいいけど、ちょっとやりにくいね」
「竜王様、最近ではこの村の付近にまでカルディアの斥候が来てます。この拠点もそろそろ移さないとまずいかもしれません」
進軍が止まった敵を見たカズミは、そろそろ作戦の変更が必要だと感じた。
このままちまちまと術攻撃を続けても、以前ほどの効果は得られないだろう。
また、リヴァルが言う通り、カルディア軍の特殊部隊や従軍勇者たちが広範囲の探索を始めていて、秘密基地が発見されるのも時間の問題となってきた。
別行動が多いカズミ達にとって、安心して集合できる場所がないと困ったことになるので、続けるにしてもまた別の安全地帯を探さなければならない。
だが一方で、カズミの中にある確信が生まれていた。
「でも、どうやら…………敵は僕たちの行動を完全に予測できてるわけじゃなさそうだ。敵は僕たちの攻撃を防ぎきれなかったことも多いし、なにより僕たちがまだ見つかっていないのが何よりの証拠だ」
少なくとも、こちらの動きは完全に見切られてはいない。カズミの心に、若干の余裕が生まれた。
ウラド 魔術士11Lv
39歳 男性 人間(イスカ人)
【地位】リムレット守備隊隊長
【武器】樫の杖
【好き】冒険話
【嫌い】人類以外の種族
【ステータス】力:2 魔力:14 技:3 敏捷:7 防御:0
退魔力:9 幸運:8
【適正】統率:D 武勇:D 政治:C 知識:D 魅力:D
【資質】火 氷 風 土 木 海 雷 神 暗
― ― ― ― ― ― ― ― ―
【特殊能力】なし
第9期「初めての傷」に登場した、青鹿美緒ポニーテールが特徴の術士。どんな奴か覚えている人はほとんどいないだろう……
イスカの領主であったヘルモントが竜王討伐に行ったきり戦死してしまい、その留守を任されていたところに、
暴走した若い世代の竜たちの攻撃を受ける。しかしながら、守備隊長という役職についているにもかかわらず、
軍の指揮を半ば放棄し、各自自分勝手に戦うよう命ずるなど、中々無責任な人物である。
しかしそれは、イスカという国が傭兵や冒険者主体で国を守っているせいで、結局各自に任せた方が下手に命令するより効率がいいからという考えであり、
彼自身に国を守ろうという気概がないわけではない。
主に土属性の術を得意としており、地面から岩の壁を引き出して相手の攻撃から味方を守る。その防御力はなかなか優秀で、竜の攻撃すら防いで見せた。
実は元冒険者であり、現在は安定した収入を得るため軍に所属している。現役時はよく越境してくる魔族を相手に戦っていたらしい。
資質:竜術の資質なし、以上。前にも言ったが、魔術の才能があるからと言って、竜術の資質があるとは限らない。