第24期:戦略と予言
今期の一言:地図は、一片の羊皮紙に描かれたただの図面でしかない。しかし同時に、世界のすべてを手のひらの中に収めることもできる。地図は危険な道具であり、強力な武器だ。決して軽んじることなく、常に自分たちの地図が敵のそれよりも優れていることを確実にしておくのだ。
――アルムテンの将軍セルディア・エクセル
カルディア聖王国軍、および教皇領の聖軍の連合がシルベット港に上陸してから20日が経過した。
ここはシエナ王国の首都ムートリアから大街道を北に行った先にある、宿場町ビストリッツァー。普段はムートリアに向かう商人や、逆にムートリアから地方に向かう旅人たちで賑わう活気にあふれる街であり、首都が近いため治安も非常にいい、平和な町であった。
しかし、この日のビストリッツァーは異様な雰囲気に包まれていた。
「うわぁ…………この行列は一体いつまで続くんだ?」
「朝からずっとだぜ。こんな大勢の兵士を見たのは生まれて初めてだ」
「これじゃあ商売あがったりだよ。軍隊はお客さんにならないからねぇ」
町を通る、道という道を、槍と盾が書かれた旗を翻すカルディア聖王国軍の軍勢が行軍していた。
10万人を超える人の行列は、いくつかに分かれているとはいえ、途方も長さになる。鎧や盾がガチャガチャと擦れる音や、石畳を踏む皮のブーツの音がいつまでも続き、鉄で身を固めた屈強な兵士たちが前だけを見て歩く光景は、住人達を一人残らず恐怖のどん底に陥れた。
不用意に窓や扉を開けようものなら、鉄の津波が自分たちを押し潰すかもしれない…………そう思えるほど、非常識な数の人間の集団はいつまでもいつまでも途切れることなく続いた。
普通、1万人の兵士が行軍のためにきれいに列を作ると、大体全長5キロメートルほどになるという。これに加えて、騎馬隊や物資を運ぶ輜重隊も加わるので、総勢15万人がこの列を作ると、それはそれは異常な長さになる。
しかも、カルディア聖王国の様な訓練が行き届いている国ですら、一日10キロメートルの行軍が限界である。
そうなると、軍隊の先頭から最後尾までの長さは、場合によっては数日分の行軍距離にもなるのだから驚きだ。
「報告します司令官。第3軍団アイオナ将軍は聖軍とともに、今のところ問題なく行軍しているそうです」
「そうか…………将軍と聖軍の者たちには、引き続き慎重に進むよう伝えよ」
「はっ」
カルディア軍の総司令官クレオパス将軍のもとに、馬に乗った斥候から定時報告が入った。
どうやら、先頭を進む軍団は今のところ敵勢力との戦闘はなく、行軍は順調のようだ。しかし、まだシエナ王国領内とはいえ、急なルート変更があった後である。クレオパスはいつもよりも念入りに伝令を行き交わせ、連携を密にしている。
伝令は、クレオパスの指示を受けるとその場で引き返し、道一杯に広がる兵士たちの列を、馬でかき分けて駆け出していった。
「しかし、本当にこれでよかったのでしょうかね」
「ツァニスか。ふん、仕方あるまい。人間の力など、神の力に遠く及ばぬよ…………もっとも、私は納得してはいないが」
伝令を送った直後に、クレオパスの副官ツァニスが轡を並べ声をかけてきた。
どうやら今回の急な進路変更が、彼にとって不安なのだろう。いや、ツァニスだけでなく、何事も計画通りに運ばないと気が済まないクレオパスも、
作戦の大幅な変更は快く思っていない。クレオパスとツァニスは馬に跨り、兵士たちが歩く速度に合わせながら言葉を交わした。
「それに、あの天使様の言うことが本当なら、どのみち作戦は大幅に修正しなければならなかっただろう」
「それもそうですが」
クレオパス将軍は、ふとあの日のことに思いをはせた。
そう、すべての不安の元を作ってしまったあの日へと…………
…
そもそも、なぜカルディア聖王国軍は直前になって進路を西から北に変更したのか? 原因は出発直前の全体会議の場に現れた、1人の『天使』によるものだった。
『儚く美しい……永久の旋律。奏でるは虹聖の愛……。私は、スノードロップ……闇に立ち向かう、白陽……羊飼いたちの守護者……』
強烈な光を纏い、意味不明なフレーズを口にしていたスノードロップとかいう天使。
彼女が現れた瞬間、誰も彼もがその神々しさに当てられて、意識がもうろうとしてしまう。
いったい何のためにこんな場所に天使が? クレオパスがそう思っていたところに、天使は目の前までゆっくりと浮かんでやってきた。
「羊飼いさん…………あなたの園を教えて?」
「………………え? わ……え、はい?」
この天使様の言っていることは全く持って理解不能だった。羊飼い……というのは、おそらくクレオパス自身のことなのだろうが「園」とはなんだろうか。
「お名前を…………運命によって紡がれた……あなたの園を教えて?」
「園」というのは、どうも名前のことらしい。
「あ、ああ……私はカルディア聖王国軍司令官のクレオパス将軍という」
「まあ素敵な響き…………カルディアセイオウコクグンシレイカンノクレオパスショウグンさま、黄昏より来たる暗闇を、共に聖櫃へと送りましょう」
「待った待った! 私の名前はクレオパスだク・レ・オ・パ・ス!」
「私がこの地に降臨したのは……賢明なる羊飼いに、まだ見ぬ辻占の鏡より照らされたオーヴァーチュアを伝えに来たから」
「…………っ?」
(辻占? オーヴァーチュア? いったいなんのことだ?)
クレオパスの頭は今までにない猛烈なパニックを引き起こした。
目の前にいるのは、神にも等しい存在……それを相手に下手なことは言えない。しかし、天使様が言っている言葉の意味がまるで分からない。
どうしたものかと困り果て、必死に言葉の意味を考える彼だったが――――
「クレオパス将軍、天使様は将軍に予言を授けに来ていただけたようです」
ありがたいことに1人の聖軍の女性司祭が、天使様の言わんとしていることを理解しているようだった。
「なに? あなたは天使様の仰る言葉が分かるのですか?」
「はい、私はスノードロップ様付きの司祭です。天使様の『声』を受け取ることが出来る教養を持っていますので」
「そうか……では、引き続き翻訳を頼む……」
どうやら女性司祭は天使様の世話役らしい。
彼女を介して、改めて天使様の話を……いや『声』を受ける。
「エターナルフェアリーロード…………それを踏み荒らさないで。ああ…………それはまるで、大地の涙。悠久の恵みを受けし、翠緑を湛える……安らぎの絨毯が、そこにありし命の揺り籠たる……蒼き音をはぐくむ白糸が、理を曲げしコキュートスの…………深淵に、鈍く崩れ落ちてゆく。深淵より溢れだす……大地の涙は、安寧に彩られた絵画を瞬く間に塗りつぶし…………たゆとう嘆きと、凍てつく慟哭が……暁に翻る勇者の旗を呑み込んでしまうことでしょう。なぜなら…………命の揺り籠は、蒼き音を奏でられないのだから……」
一応クレオパス将軍も、何とか解読しようと試みるが、ただでさえ回りくどい表現が多いうえに難解な語句が並び、そもそも文として成り立つのかどうかも怪しい。
結果、3秒考えて解読をあきらめた。
「天使様が仰るには、我々の進路に水難の相が見られるというのです」
「水難の相だと……? ということは、水攻めをされる恐れがあるのか!」
「はい。私たちが進もうとする先の大地は、濁流に飲み込まれるとのこと……」
天使様の難解な言葉を解読できるだけでもびっくりだが、その言葉の内容もまた驚くべきものであった。
先ほどの言葉の中に「暁に翻る勇者の旗を呑み込んでしまう」という不吉なフレーズがあったが、もしその内容が水攻めによる被害を現すとするのなら、それはカルディア軍が濁流に飲み込まれる暗示に他ならない。
「天使様……詳しい場所は分かりますでしょうか!?」
クレオパス将軍はダメもとで場所についても尋ねてみた。
「恵みを受けしは…………清らかな水の音。あぁ……イノセント・エメラルド…………そう、それは瑞々しい果実に似て」
「つまりですね、元々水分が多い土地のようです」
「なるほど、湿地帯か……。確か、シエナの東の地域は広大な湿地帯で、農作物が豊富に取れることで有名だったはず……!」
はっと何かに思い当たり、机の上に広げられた地図に目をやる。そこでようやく、天使様の予言の正体が見えてきたのだった。
以上、回想終了
…
「それからあっという間だったな。天使様の聖なる気に当てられたわが軍の者たちや、聖軍の連中が、今までの計画を破棄を要求した」
「結局第一次竜王討伐作戦と同じルートで行くことになるとは……」
クレオパスは天使様の言葉を信じていないわけではない。しかし、やはりどうしても腑に落ちないのだ。
シエナの東国境を避けるとなれば、必然的にブランドルに直接向かうことが出来なくなる。すると、当分はブランドルの港から補給を受けることはできなくなり、前の竜王討伐と同じように兵站が伸びきってしまう。
「ファズレー領からの返信もありません。それに、あったとしても我々に通行許可を出すとは到底思えません」
「だからと言って、通してくれるまで説得している暇はない。強引に通るほかないだろう。幸い、我らは竜王討伐という大義名分を持っている…………邪魔立てすればただでは済まないことは分かっているだろうよ」
進路の変更を受けて、カルディア軍はルティック及びファズレー領を通過することとなったが、現在シエナと戦争をしているルティックはともかくとして、ファズレーは出来る限り刺激したくない。なにしろ、ファズレー領はシエナ王国領とは違い開けている場所が少なく、大軍が動きにくい。
かといって、オーヴァン領から近道をするとなると、地理的に敵に囲まれてしまうことになる。
クレオパスにっとっては今回の進路変更は、かなり苦渋の決断であった。
「大げさなようだが…………我々の活躍に、人類全体の興亡がかかっている。失敗は決して許されない」
「その通りです将軍。我々が竜族の野望をくじかなければ!」
「だが見てみよ、この町の雰囲気を」
彼らは改めて、ビストリッツァーの町を馬上から見渡した。
前回の竜王討伐作戦では、カルディア聖王国軍はグランフォード大陸の住人達から喝采を持って迎え入れられた。その時は竜王復活という、今までに経験したことのない危機が目の前にあった。
無敵を誇るカルディア軍と、百戦錬磨の勇者たちが来たからにはもう安心だ――――そんな思いがあったことは想像に難くない。
ところが、討伐軍の総司令官シシュポスは現地での略奪を繰り返したうえに、最終的に竜族相手に大敗を喫してしまう。
そればかりか、その後巻き返しを図るべく小国グレーシェンを攻撃し、またしても敗北。一連の失態でグランフォード大陸におけるカルディア聖王国の信頼は、大きく損なわれてしまった。
今見渡す限り、ビストリッツァーの町は甲羅にこもった亀のように、静まり返っている。歓迎ムードどころか、カルディア軍の威容に興味を持つ人間すらいない。
「此度の戦い…………敵は竜だけではないかもしれんな」
「…………」
十数キロにわたる長蛇の列をなすカルディア聖王国の精鋭たちは、誰にも歓迎されることなく黙々と進んでゆく。
…
隣の芝は、いつも青く見える。
誰しも、他人の物は良さばかりが見えるものであるが、これは、個人間に限った話ではない。
クレオパスをはじめとするカルディアの将軍たちは、竜族を最強の敵とみなしていると同時に、その気になればすぐにでも人類を滅亡に追いやれるだろうと考えている。
人間では到底不可能な強力な術を操り、たった一体で幾千万の敵を倒すことが出来る…………そんな竜族に、心の中では憧れすら抱いていた。
だが、竜王カズミにしてみれば、むしろ羨ましいのはカルディア聖王国の方だと反論したいところだろう。
今のままでは世界征服はおろか、自分たちの生存権を守ることで手いっぱいなのだから。それに比べてカルディア聖王国は圧倒的な国力を持ち、兵士の質も量も驚異的だ。正直、今のアルムテンが相手するにはやや荷が重い相手だろうとも思っている。
「いったい奴らは何を考えている?」
術道具の光で照らされる夜の部屋で、カズミは首を傾げながら地図と睨めっこをしていた。
と、言うのも、カズミにはいまだにカルディア聖王国軍の動きが全く読めていないため、何とか納得できる結論を出そうとしていたのだ。
「普通なら、シエナの東海岸沿いをブランドル方面に抜けて、補給線を確保するのが定石だ。僕だって普通はそうする。もちろん僕がそれを予測しているということは、当然敵にとって最も読みやすい手ではあるけど…………ブランドルが抜けなければオーヴァン領を通過してグレーシェンやオデッソスを攻撃することが出来る。いずれにしても、シエナの東街道を行軍する方が戦略的に見て容易かつ確実なんだよね」
ところがカルディア軍や聖軍はカズミの予想を裏切って、シエナ王国領をひたすら北に向かって進んでいる。これにはカズミだけでなく、軍事の第一人者であるセルディアでさえも首を傾げざるを得なかった。
実はカルディア聖王国軍は、神族の予言を信じて進路を修正していたのだが…………
神性が否定されて久しい世界から来たカズミにとっては、想定外もいいところである。
「あなた様、まだお休みにならないのですか」
「ん……シズナさん。ごめんね、ちょっと考え事をしててね」
そんな折、カズミの妻となったシズナが、仮設の執務室を訪ねてきた。
今カズミ達はグレーシェンの政府機関の一室を間借りして、作戦本部や生活空間として使っている。
カズミがいまいる執務室と、寝泊りする私室は隣同士の部屋になっていて、すぐ往復できるようになっていた。そのため、アルムテンにいたころよりも、シズナがカズミの仕事部屋に入ってくることが多くなったように思える。
ちなみに書記官のリノアンは、今は珍しくカズミの傍にはいない。
セルディアやグレーシェン領主のクーゼらと共に、軍備の最終確認を行っている最中だ。
なので本当は、カズミはもうこれ以上仕事をする意味はなく、明日以降に備えて休むのが賢明なのだが。
「大変ですねあなた様は。その苦労を少しでも……私が癒して差し上げたいのですが」
「あはは、大丈夫だよ。心配しなくても、シズナさんにはたっぷり甘えさせてもらってるよ」
「まあ……///」
カズミから何気なく放たれた惚気の言葉に、シズナは思わず身を捩じらせる。
「でも、シズナさんには心配かけっぱなしだ。あぁ、もうこれ以上地図を見つめても何が出てくるわけじゃないし、今日はもう寝るとしようか!」
「そんな……。で、ですが……私はカズミ様のお仕事が気になっただけで、決してお止に来たわけでは!」
「わかってるって。僕も今更だけど、無駄な時間を過ごしていただけだし。だって、作戦自体はこの前の緊急の族長会議で決定されたからね、考えるだけ無駄だよ」
「そうでしょうか?」
カズミの言う通り、北上するシエナ軍への対策はすでに主要人物たちと話し合い済みであり、作戦も決まっている。
このままいけばカルディア軍らがシエナ領を北上し、ルティック及びファズレーを縦断して、属国のエオメルに抜けてくることは確実。なので、オーヴァン領に作った砦は遺憾ながら放棄して、ファズレー領内に新たな拠点を作ることで意見は一致した。
せっかく竜の力を使ってまで立派に作った拠点を、一度も使わないで捨てるのは惜しいが、使わないものに固執するのも無駄だし、またいつか使い道はあるだろうということで、全員を納得させたのである。
とりあえず、今のところカズミの戦略眼に疑問を持つ者は(表面上ではあるが)いないが、このまま予想外の出来事が続けば、その采配を疑われてしまう。
そのことをカズミは心の中のどこかでおそれているのだろう。
「私も地図を見てもいいですか」
「シズナさんも見たい? いいよ、いろいろ書き込んであるから見にくいかもしれないけど」
ここで、シズナも机の上に広げられた地図に興味が湧いたのか、カズミと共にじっと覗き込んでみる。
作戦会議にも使う地図なので、本当は部外者には見せてはいけないのだが、シズナなら大丈夫だとカズミも判断したのだろう。
シズナは地図をあまり見たことがないのか、とても興味深そうに隅から隅まで視線を向けた。
やがて、一通り目を通し終わったのか、地図から顔を上げて一言――
「私の故郷はどのあたりになるのですか?」
「ずこーっ」
シズナのあまりにも天然な発言に、カズミは(前世の世界では)古いリアクションでずっこけて見せた。
「あの、私何かお気に障ることを……?」
「い、いや……怒ってはいないよ。ただね、この地図にはミラーフェンは載ってないんだよね」
「まあ! そうだったのですか! それは失礼しました!」
カズミに云われてようやく、シズナは自分がいかに的外れなことを言ったのかを理解し、またしても赤面してしまう。
女性は地図を読むのが苦手……そんなジェンダーバイアスを差し引いてもあんまりな天然ぶりに、カズミは思わず苦笑した。
だが、天然は時として侮れない考えに至ることもある。
「そ……それはおいておきまして、あなた様はこの地図を見て何をお悩みになられていたのですか?」
「ん? ああ、それはね、敵の動きがおかしいからなんだ」
「あらあら、動きがおかしいのですか」
「…………言っておくけど、別に敵がクネクネしたり不思議な踊りを踊ったりとか、そーゆーおかしいじゃないからね?」
「ま、まあ! ヒドイです! 私はそこまで頭は悪くありませんよ!」
「ごめんごめん……つい」
今度はからかわれたと思って、頬を膨らませるシズナ。
カズミも冗談半分(本気半分)で言ったのだが、実はシズナ、カズミの言った通りのことを頭に思い浮かべる寸前だったらしい。
「あのね、敵にとっては本来であればこの道をこう通って、こういくのが一番楽なルートなんだ。そうすれば本国からちゃんと補給が受けられるし、僕たちも比較的守るのが難しいからね」
「守るのが大変なのですか。それは困りますね……」
「そう、とても困る。だから困らないようにあらかじめ準備してたんだけど……敵はなぜか、わざわざ進むのが難しい道を選んできたんだ」
「まあ! それは不思議ですね! 私だったら一番進みやすい道を進みます!」
「その通りだ。よほどのことがない限り、進みにくい道なんか行く必要はないんだ。距離だって長くなるしね。でも現実に敵はこのルートを行こうとしてるんだ……。僕たちとしては一応対策を立てられるからいいんだけど、何か裏があるんじゃないかって」
「なるほど、あなた様はそれでお悩みになっていたのですね~」
なるほど、とシズナは改めて地図を見てみる。カズミから説明されると、なんとなく今敵がどう動いていて、それに対してどうすればいいのかが分かるような気がする。
軍事に疎いシズナでも、無駄なことをして消耗させるのは悪手だとは分かるし、短い期間で効率よく勝つことが戦争では何より大事と心得ているのだ。
「そうですね…………ひょっとして、敵方は私たちがどう動くかわかっているのかもしれません」
「え?」
シズナがまたしても何気なく放った一言で、今度はカズミの目は点になった。
「敵への内通者が……! まいったな、さすがにそこまでは考えていなかった! 僕は敵のことを甘く見ていたよ!」
「あ、いえ。私はそのような意味で言ったのではありません。ただ、敵は教皇庁の軍勢も含まれているとお聞きしたものですから、占いで私たちの行動を先読みしているのではないかと」
「いや、まさか占いで作戦を決めるだなんて………………この世界ではあり得そうだなぁ。可能性は低いけど、それがもし本当だったら、手の打ちようがないね」
いずれにしろ、何らかの形で敵にこちらの手の内がばれている可能性がある。
まだスパイ技術が未熟なこの世界で、作戦が敵に筒抜けになることはあまり考慮していなかったが、自分の認識が甘かったことをカズミは改めて痛感した。
「これは即急に対策が必要だ」そう考えるカズミは、同時に今までのもやもやがすべて吹き飛んでいくのを感じた。
「ありがとうシズナさん! おかげで悩みが晴れたよ、シズナさんに相談して正解だった!」
「……? よくわかりませんが、お役にたてたのであれば、妻としてとても嬉しいです♪」
自分が何の役に立ったのかよくわかっていないシズナだったが、悩みが晴れたカズミの顔を見ると、まるで自分のことのように嬉しく感じる。
「うふふ、もしかして私もカズミ様の軍師になれるのでしょうか」
「あー、まあね。シズナさんは直感が鋭いから、戦術の勉強をすれば才能が開花するかもしれないよ」
「まあ嬉しい。あら、そういえば今はリノアンさんはいないのですね?」
「うん、リノアンは今別の仕事をしてるからね。ここにはいないよ」
「珍しいですね…………あなた様のお仕事の最中に、二人きりになれるなんて」
そういえばそうかもと思い、カズミは改めて夜の執務室を見渡してみる。必要最低限の物しかない簡素な執務室だが、
いつも以上に小ざっぱりした感じがするのは、やはりリノアンがいないからだろう。リノアンがいたら今頃シズナとの会話に口を挟みまくって、妙な雰囲気になっていたかもしれない。
だが、今は部屋にはカズミと妻のシズナ二人っきり。それはそれで、不思議な背徳的な雰囲気があるように感じる。
「ねぇ、あなた様。せっかくですから、私ももう少しここにいてもいいですか?」
「いいけど……眠くないの?」
「うふふ、眠いだなんて。貴方様の仕事部屋で二人きりと思うと、なんだか胸がドキドキしてきます」
カズミが気付いた時には、シズナはすでに体をカズミに預けてきていた。
両手でカズミの右手を握ると、自分の左の胸に押し付ける。マシュマロのような弾力の中に沈んだ右手から、シズナの激しい鼓動が伝わってくる。
「顔が赤いですよ……あなた様♪」
「もう、まったく君は本当に…………」
甘えてくるシズナをやれやれと言った風に受け止めたカズミだったが、その顔はまんざらでもなさそうに赤く染まっていた。
その後も、時間を忘れて二人は執務室でいちゃついていたが、嫌な予感を感じ取ったリノアンが執務室に戻ってきてしまう。
この時シズナはリノアンにこっぴどく叱られ、カズミの執務室に出入りを禁止しようとしたが、カズミのとりなしによって何とか免れたという。
シシュポス ホプリタイ15Lv
41歳 男性 人間(カルディア人)
【地位】カルディア聖王国軍 竜王討伐隊総司令官
【武器】鋼の剣
【好き】妻
【嫌い】無能な部下
【ステータス】力:17 魔力:1 技:13 敏捷:5 防御:11
退魔力:4 幸運:9
【適正】統率:E 武勇:D 政治:C 知識:D 魅力:E
【資質】火 氷 風 土 木 海 雷 神 暗
― ― ― ― ― ― ― △ ―
【特殊能力】なし
第一次竜王討伐軍の総司令官。貴族階級出身の将軍で、一応若いころはそれなりの武功を立てた武官だったが、残念ながら地位が上がるにつれて腐敗が進行してしまった。王国宰相とは(主に政治的に)親しい間柄らったらしく、竜王討伐の手柄を立てて更なる地位向上を望んだ。
しかしながら、何もかも見積もりが甘いまま進んだため、途中で物資が尽きて同盟国領内で略辰を繰り返した挙句、竜族相手に大敗を喫してしまう。さらにその後は、シエナ国王を半ば脅すような形で兵力を出させ、巻き返しを図るもまたしても敗北。
カルディア本国も失態続きでかばえなくなり、結局はシエナ王国に拘束されて敗戦の責任を取らされて処刑されてしまった。
司令官としては無能な彼だが、家庭では非常に理想的な父親であった。
この手の人物にしては珍しく、妻子との仲は非常に良好で、妾を持たなかったという。
資質:神竜術士の素質がわずかにある。ぶっちゃけ術士に向かないステータスなので、だからどうしたという程度。