第20期:魔獣と少年
今期の一言:正しい者が生き残るのではない。
生き残った者が熟練者と呼ばれるだけだ。
―――聖王国の神剣使い、アルレイン
そこは、草がまばらにしか生えない、枯れた赤い大地が広がる荒野。
「このおおぉぉっ!」
『ウガラアアァッ!!』
一人の少年が剣を片手に、二足歩行をするワニのような生物と戦っていた。
少年は見た目十代前半だろうか。ボサボサに伸びた濃い緑の髪に、日に焼けて小麦色に染まった肌、土埃で汚れた服を纏う。目の前の巨大なワニにやられたのか、身体のところどころに傷を負っている。彼は剣を振るい、目の前のワニを倒そうとしているのだが、無情にもその刃がワニの体に届くことはかなわず、たとえ届いたとしても硬い皮膚に傷をつけられるかどうかわからない。
ワニの前足の鋭い爪が少年を襲う!
彼はこの攻撃を何とか回避した。しかし、体制が崩れたせいで、横から襲いくる尻尾の一撃を避けることが出来なかった!
バチーン!
「うわぁっ!?」
少年の身体が地面にたたきつけられた。
「く………あっ、い…いたいよぉ……」
どうやら、今の一撃で体をかばった左腕の骨が折れたようだ。今まで味わったことがない激痛に、少年は苦悶の表情を浮かべその場に蹲るしかなかった。このままでは目の前の敵にやられてしまう。しかし体は動かない……激痛で動かすことが出来ない。
獲物をしとめたと確信した巨大なワニは、
少年を丸のみせんと、鋭い牙が生えそろった口を大きく開けた。
その時であった!
ヒュウウウゥゥゥゥゥン
「アターーーーーーーーーーック!!」
『ヴァニ゛ィ!?』
青空から、突如強風を纏った何かが巨大ワニに横から激突した!その正体は…ショートヘアの銀髪に銀色の二本の角、白い鱗に覆われた尻尾…風竜だ。風竜術の風を全身に纏って上空から速度を載せたとび蹴りを放った攻撃は、巨大ワニを大きくふっとばし、大ダメージを与えた。
「大丈夫かガキンチョ!ってこりゃヒデェ、大けがじゃないか。」
「う………うぅっ…」
『ヴァルガデヴェッヴァゴアーーーッ!!』
「ちっ!まずはあっちが先か!後で手当てしてやるから、待っててくれよ!」
風竜の女性が、地面にうずくまる少年の下に駆け寄ったが、先ほどのワニは獲物を横取りされた恨みと、攻撃された痛みで怒り狂っている。術を纏ったキックを受けた右側頭部から黒い血液をだらだら流しながらも、闘争心は衰えることなく、口を開けたままこちらに突撃してきた。
彼我の距離は30メートルほどだろうか。
彼女は距離に余裕があることを確認すると、右の手のひらに術力を集中。一瞬後に、決して目に見えることのない空気で作られた球を形成する。その球を丸で槍を投げるようなモーションで、巨大ワニに向けて放った。
空気の球は術の力が加わって音速まで加速する。そして、見えない空気の槍は巨大ワニの口から、脳を貫通して後頭部から脱出。なんという恐ろしい技であろう。文字通りワニの頭に大きな「風穴」が空いたのだ。見ている者がいたとしても、風竜が何かを投げる真似をした直後にワニの頭に大きな穴が開いたという意味不明な現象にしか知覚できない。
それでもなお巨大ワニの突進は止まらない。
おそらくワニの身体が圧倒的なタフネスにものを言わせて、
エネルギーが尽きるまで脳の指令に忠実であろうとするのだろう。
20メートル……10メートル……5メートル……
ズシャーーーーーーッ
巨大ワニは力尽きてその場に倒れた。
獲物を呑み込まんとする貪欲な牙は、ほんのあと数センチ届かず、風竜の足元で動かなくなる。少年を襲ったワニは活動を停止、死んだのだ。
「ふっ………相手が悪かったな。」
風竜はわざとらしく髪をかきあげ、勝利宣言をした。
「おーい、ソーニャ!」
「あっ。」
自分の名を呼ばれた女性の風竜…ソーニャがその場で振り返ると、
自分が来た方向の空から何人もの人影…もとい竜影が飛んでくるのが見えた。
「竜王様、こっちだー!」
「無事だったみたいだね、よかった。」
「それよりもそこにいるガキン…じゃなかった子供が大けがを!」
「わかった、今手当てするよ。クレア、痛み止めの術を。」
「はいさっ!」
「他のみんなは、解体作業に取り掛かって。」
『はいっ!』
空の彼方から降りてきたのは、竜王カズミを中心とする何人かの竜たちだ。カズミは負傷した男の子を見つけると、鞄の中から傷薬と包帯を取り出す。そして木竜クレアが、男の子の傷を確認すると、術をかけ始めた。
「ほーら、いたいのいたいのとんでけー。」
「これで沁みても痛くないだろう。しかし腕の骨が折れてるのか……
ちょっと勿体ないかもしれないけど、治せるんだったら直してあげないとね。」
クレアがかけている木竜術は痛みを止めるだけで、傷を治療するものではない。
いわゆる麻酔の様なものだ。当然回復術もないことはないが、骨に達するような損傷は細胞を直すよりも術力の消耗が非常に大きいため、カズミは敢えて特製の薬で治すことにした。本当ならこの薬は、カズミがもしものために備えて使うもので、
その効能も耐久力を全回復するという非常に強力なものだ。当然、普通の傷薬よりはるかに貴重なものであり、顔も知らないような子供にやすやすと使えるものではない。しかし、心優しいカズミは、ためらうことなく子供の治療に使用した。未来にいるかどうかわからない怪我人よりも、目の前で苦しがっている怪我人に使った方がいいという判断なのだろう。
「ううっ……、…。」
「よしよし、よく我慢したね。どこかまだ痛いところはない?」
「うん、もう痛くない…」
「それはよかった。もう大丈夫、君を襲った悪い魔獣は
お兄さんたちが倒したよ。」
まるで自分の子供を心配するように振る舞うカズミ。前世でも、災害が起きた時に被災地に救援に行ったことが何回もあり、こういった状況には慣れっこなのだろう。
「立てるかな…?お、歩けるね。よしよし……。もう安心だね。ところで君はこのあたりに住んでるの?それとも迷子?」
「ええっと………その、あっちの村から来た……。」
「わかった。せっかくだからお兄さんが送って行ってあげよう。またあんなのに襲われたらたまらないからね。ソーニャ、悪いけどあっちの方に村か町がないか見てきて。」
「あいさーっ!」
少年が指差したのは荒野の東の方角。今この場でそちらを見ても、何も見えないところを見ると少年の村はかなり離れた場所にあるようだった。念のため風竜ソーニャをそちらの方角に行かせることにする。そのほかの部下たちも、巨大ワニの解体を終えて見た目の大きさよりも中にたくさん収納できるカルディア聖王国製の軍用収納箱に格納した。
「リノアン、地図を見せて。」
「こちらに…」
歩きながらリノアンから地図を受け取ったカズミ。今カズミ達は、元イスカ領の主都リムレットからさらに東へ進んだところにいる。このあたりは首都の周辺以上に草木が生えず、荒地ばかりが広がる不毛の大地。人々は僅かしか取れない穀物と、常に干ばつと隣り合わせの頼りない水源を命綱として細々と生活していた。
カズミが持つ地図はほとんど何も書き込まれておらず、わずかに確認できた町や村、そしてその間を移動するのに掛かった時間が記されるのみ。この世界には当然のことながら世界地図なんてないし、どうやらイスカの政府も地方の塵をほとんど把握していなかったようで、政治機関の跡地からは地図の類は殆ど発掘されていなかった。
「竜王様ーっ!この先に小さな村みたいなところがありましたぜーっ!」
「よし、でかした。一っ飛びで行けそう?」
「思ったより遠くなかったぜ!」
「ソーニャさん、竜王様への口のきき方に気をつけなさいとあれほど…」
「まあいいじゃないのリノアン。別に僕のことを嫌いってわけじゃないんだし。」
「………?りゅーおーさま?」
村に向かう間に、そんなやり取りをしていると、ふと少年は自身の手を引く大人が「りゅうおう」などと呼ばれているのに気が付いた。そしてよく見ると、彼らの頭には二本の角が生えているのが見えるし、鱗に覆われた尻尾まで見える。飛んでいるだけだったら術を使う人間なのかとくらいにしか思わなかったのだが…。少年の顔がなぜか見る見るうちに蒼ざめてゆく。
「お…おにいちゃんたちひょっとして……りゅ、竜!?」
「おっと、今頃気が付いたのか。その通り、お兄ちゃんたちは正真正銘の竜で………ってちょっと!?どうしたの!?」
「あっ!こら!ガキンチョ!逃げるんじゃねぇ!」
カズミ達の正体が竜だとわかった途端、少年は逃げ出そうとする。
しかし、カズミの反射神経を上回ることはできず、再び捕まえられた。
「うわああぁぁぁっ!!竜だ!さらわれちゃう!」
「なんてことを言うのですか……!竜王様はそのようなことはしません!」
「そうだよ!君、竜王様に失礼じゃないか!」
「あやまりなさい!竜王様に謝るのです!」
「攫われるって…。いったい僕たち竜にどんなイメージを持っているんだ…」
捕まって泣きわめく少年を何とかおさめたが、
それでも少年は命の恩人のカズミ達を信じられないといった目で見てくる。
「当然か…僕たちは侵略者なんだから。」
「カズミ様、どうかそのようなことは……。」
「言い訳はこの子の前じゃなくて、親に言わないとね。
ほら君も、別に僕たちは君たち人間を食べるわけじゃないから、安心してよ。」
(そうは言っても…この前まで敵だった相手に仲良くしようって言われてもすぐにはできないよね。)
嫌われる状況に困りつつも、なんとなく相手の気持ちもわかるカズミであった。
…
カズミ達が少年の村に着いたのは、巨大なワニを倒して十数分後のことだった。
少年はこの村からカズミに出会ったところまで歩いて1時間以上はかかったらしいが、カズミ達は竜なので悠々と飛びながら移動することであっという間についた。
村の入り口には『ペール村』とかすれた文字で書かれた木の看板があり、入口以外の個所は木製の柵で囲われている。荒野にぽつんとあるこの村は、近くの沼のような水からわずかな水を引いて畑を作り、細々と生活しているようで、建築物はどれも土壁と日干しの煉瓦で出来ていた。害獣除けの為なのだろうか、村を囲う柵の周囲には浅い空堀が掘られている。
「さあ、着いた。ここまでくればもう大丈夫だ、お父さんとお母さんに顔を見せてあげなよ。」
「………お父さんも、お母さんもいない。あのワニに…食べられちゃって……」
「…!そうだったのか!それは気の毒だっただろう…。
おーい!誰かいないかー!この子を知ってる人はいないか!」
軽い気持ちで尋ねたところとんでもない答えが返ってきたが、気を取り直してカズミは村の人を呼んでみた。カズミの声が届いたのか、畑や家屋から何人かの大人が駆けつけてきた。
「ドーリア!無事だったのか!」
泥まみれの農作業服を着た髭もじゃの男性が、
真っ先に少年…ドーリアに声をかけてきた。
「よく帰ってきてくれたわね…!お父さんとお母さんの仇を討つなんていうものだから心配したのよ!」
民家から出てきた痩せた女性も、ドーリア少年の無事を喜んだ。
「おお神よ…小さな少年の命を守っていただき感謝いたします…!」
「怪我はないかい!おじさんに見せてみな!」
「よかった……本当に良かった…」
村の教会の神父も、自警団らしき中年の男も、年若い娘も…
全員が少年が無事戻ってきたことに安堵していた。
「ところでドーリア、あの方々は?冒険者さんたちか?もしやお前を救ってくれた…!」
「そ、それが……」
と、ここで村人たちはようやくカズミ達の存在に気が付いた。もしやドーリアを助けてくれた命の恩人たちか?そう思っていたのだが、ドーリアの必死の説明を聞いていると、先ほどの彼と同じようにみるみる顔が蒼ざめていくのが分かる。
「りゅ、竜だと!?」
「ああ…またこのパターンか。」
カズミ達の正体が竜だとわかると、大人たちはドーリアをすぐに民家に避難させ
武器を持っている者たちは反射的に武器を構えた。どうやらこの村の者たちは武器の心得を持つ者がそこそこいるらしく、十人ほどが短剣や斧、中には鍬などを持ち出してカズミ達を威嚇した。
「わ…我らペール村は…!こ、こう見えても傭兵団が作った村だ…!
相手が竜とはいえ…我らは決して引きはしない!」
「この村に腰抜けは一人もいないぞ…!」
「お前たちにやるものは何もない!出ていけ!」
「……………」
確かに人間にとって、竜は悪魔の様なものだろう。だから、こういった反応をするのが本当は普通なのだが、それでもカズミはどことなく悲しみを覚えた。
「…村人たちに告ぐ、竜王様の御前である。武器を捨てなさい。」
「……!」
ここで、声を上げたのはリノアンだった。それと同時にリノアンの周囲から冷気が迸った。リノアンが発する冷気は物を凍らせるまではいかないが、人間を凍えさせるほどの気温低下をもたらした。一気に真冬に逆戻りしたかのような冷気を受けた村人たちは、熱く暴走する敵対心を急激に冷やされ、あっという間に恐怖へと塗り替えられた。
「武器を捨てなさいと命じているのです…。」
「あ……あわわ…!」
再びリノアンが強く迫ると、村人たちは武器を捨ててその場に跪いた。
とりあえず流血の事態は避けられた。
「ははは、手荒い歓迎をありがとう。でもね、残念ながらもうイスカという国はない。そして君たちが新たに忠誠を尽くすのは、新しい支配者である竜王…すなわち僕だ。だからもうちょっと支配者に好意的になってくれると嬉しいんだけどな。
とりあえず、少しこの村で休憩させてもらおうか。なに、別に何も用意してくれなくてもいいから座れるところを教えてもらえないかな。ね?」
村人たちはカズミの言葉の前で、ただただ頭を下げることしかできなかった。
…
「これは………。」
憎悪と恐怖で村人たちが何もできなくなってしまったため、仕方なくカズミはどこか座るところはないかと探していると、村を囲っている柵が一部壊れているのを見つけた。そこはスペース的に見て家畜を飼育していたと思われるが、どうやら何者かに荒らされたらしく、地面や設備が滅茶苦茶になっていた。カズミはさらに近づいて、現場に残された足跡を観察してみる。
「この大きさ…形……。まちがいない…さっきの魔獣の物に間違いない。」
「あのワニの魔獣はこの村を一度襲ったのでしょう。それで先ほどの少年は……。」
ドーリア少年は親を巨大なワニに殺されたと言っていた。それに先ほどの村人が仮にこの村に住む住人の半数だとしても、規模に反して人口が少なすぎる。おそらく住人の多くは、ワニの魔物にやられてしまったのだろう。カズミたちが倒したワニの魔獣……通称『サブルディールス』は「砂鰐」の名の通り、乾燥地帯にすむ肉食のワニだ。その生態はラクダの様ともクジラの様とも言われていて、数か月は水を取らずとも動き回り、仕留めた獲物からも水分を摂取したり脂肪を水分に変えたりしながら不毛の大地を生きるのだ。その強靭なあごと鋭い牙でどんなに硬い殻に覆われた生き物もたちまち粉砕して呑み込むのだとか……。討伐には熟練の冒険者が数人がかりで掛かる必要があるだろう。
「……とりあえずここで食べるのは止そう。ここで亡くなった人々の血肉を摂取した魔獣をこの場で食べるなんて悪趣味なまねは僕にはできないな。」
「確かに…。想像しただけで吐き気が出そうですね。」
「そのかわり……倒した魔獣の牙を一本出してくれないだろうか。それと村長が生きていたら呼んできてほしい。話があるって。」
「かしこまりました。」
リノアンはカズミから命じられるとそそくさと用意を始めた。
(ここにも魔獣の被害が出ている。それに盗賊も横行しているようだ。本当に早く何とかしないとまずいなこれは……。)
そもそもなぜカズミがこんなイスカ辺境の荒野にわざわざ来ているのか。それは先日も述べた「魔獣狩り」の実地実験の為であり、今まで後回しにしてきたイスカの政情不安の確認の為でもあった。
実際にこの地に来てみると、その荒廃ぶりはカズミの予想を上回っていた。イスカは暴走した若年竜たちを迎え撃つために国内各地から、実力のある冒険者や傭兵たちを片っ端から招集し、結局それらは竜たちの圧倒的な力の前に大半が消し飛んでしまった。国防を傭兵や冒険者たちに頼っていたイスカは、魔獣や賊たちに対抗することが出来なくなり、各地で襲撃が激化。地方によっては村が丸ごとひとつ滅んでしまったところも少なくない。賊や魔物に食料を奪われ住処を負われた住人達も、生きるために盗賊に身をやつすしかなくなり、それがさらに悲劇の連鎖を生み出す。そのため旧イスカ領の人口は一か月半くらいの内に70%ほどにまで減ってしまっていた。この状態がさらに続けば最悪イスカ領の半分が荒廃の末魔界化してしまう危険もある。
カズミは軍の訓練を兼ねて、最低限の守備隊以外のアルムテンの兵士をリムレットに集結させ、サーヤの指揮の下、治安維持にあたらせることを決定。その先駆けとしてカズミは何人かの竜を率いて現地を視察、ついでに徘徊する魔獣をサンプルとして何匹か狩り、それを料理することが出来ないか検討することにしている。
「竜王様、村長をお呼びしました…。」
「さ…先ほどは村の衆がご無礼を……!お詫びならいくらでも致します!お怒りが収まるのでしたら…わ、わたくしめの命を捧げますゆえ!なにとぞ村民の命ばかりはお助け下さいますよう…!お願い申し上げます!」
リノアンに連れてこられたのは、歳は50後半くらいの皺だらけの御爺さんだった。
村長はカズミの前に出ると、即座にその場に跪き、なぜか謝罪の言葉を述べ始めた。
「まあまあ村長、そのことについてはもう怒ってないから気にしなくてもいいよ。
それよりも、この惨状はサブルディールス…巨大ワニの魔獣にやられたのかい?」
「そ…その通りでございます!」
「わかった。犠牲者のお墓はあるのかな?」
「こ、こちらに……。」
村長がカズミを案内したのは、襲撃現場からそれほど離れていない村の裏手にある共同墓地だった。そこには、石碑が二つと最近掘り起こされたとみられる盛り土があった。
片方の石碑には
「村のために力を尽くし、勇敢に生きた男たちの碑」
もう一方には
「村の発展を支え、優しさに溢れた女たちの碑」
とだけ書かれている。
イスカ地方の村々は昔から、こういった共同墓地を持つ文化がある。なぜならこの地方は昔から冒険者が多く、ちょっとした村や町にも冒険者のたまり場があって毎日さまざまな依頼が集まってくる。しかしながら冒険者稼業は必然的に死と隣り合わせの生き方であり、依頼を達成できずにこの世を去る者や、魔獣の襲撃で一般人を護りきれずに被害が出てしまうこともある。彼らは決して生まれた場所で死ぬことはできないと思っている。けれども、一人見知らぬ地で死んだ勇敢な冒険者に
寂しい思いをさせないように、他の使者と同じ場所に埋葬する。女性もまた、出稼ぎの男性をひたすら待ち、縁の下で支える。その功績は男性の比ではないということで、こちらも平等に埋葬される。こうして今の風習が出来たと言われている。
…が、実際のところ冒険者が主要な資金源の町に
お墓がいっぱいあると不吉でよくないという面が本音だったりするのだが。
「この地方には……魔獣に倒された悲運な者に、仇を討ったから安心して休んでほしいという願いを込めて、倒した魔獣の一部を一緒に埋葬する習慣があると聞いたんだ。だから…竜王カズミの名において、君たちの仇は討った。この町の人達は僕が守るから…どうか君たちは安らかに眠ってほしい…。なんてね、ちゃっかり竜族式のお葬式をやらせてもらったよ。」
カズミは、共同墓地の前に魔獣から採取した牙と、いつも持ち歩いている麝香草(※不自然なまでにいい匂いがするアルムテン産の香草の一種)を盛り土に捧げ、麝香草を焚くことで竜族式の簡略葬儀を行った。
「竜王様……わざわざありがとう、ございます…。」
「まあね、国民が魔物にやられたんだ。直接的ではないにしろ、僕が守れなかったようなものさ。何時かここに住み皆が、平和に暮らせるようになるためにも僕が努力しなければならない。それが竜王である僕の使命だから……。」
いつの間にか、様子をうかがいに他の村民たちも集まってきていた。カズミが今の行動を心から行っているのか、それともこれを見越してアピールする目的があったのかは定かではないが、いずれにしろ敵対的だった住民たちの感情も、これで少しはほぐれたのではないかと思われる。
「さて……、じゃあ改めてどこか座るところを探して…。」
「竜王様。もしよろしければ私めの宅で御寛ぎなされてはいかがですか?」
「村長の家で?いいの?」
「ええ……しかしながら何分貧乏な村でして、上等なお飲み物は出せませぬが…。」
「ううん、休めるところならどこでもいいよ。」
ここで、村長から自分の家で休んでいかないかと言われる。一応村長の心は少しは動かせたようだ。村長の好意に甘えようと思い、村長宅に向かうカズミ。
だが、その時村の外から悲鳴に近い声が響き渡った。
「暴れモンスリノケロースだーーーーーっ!!!」
「この村に向かって突進してくるぞーーっ!!」
タイミングよく、村に再び危機が迫っていた。
…
少年ドーリアは、ベッドの上で黄昏ていた。今冷静になって考えてみると、自分はとんでもないことをしでかしたと思った。いくら親を魔獣に殺されたからと言って、自分一人で仇を討つのは不可能で、まさに自分から餌になりに行くようなものだった。ところが、よりによって冒険者の宿敵――竜に命を助けられた自分がいる。
彼は自分が情けなく思えた。
ドーリアの家族は父親が傭兵で、母親は元冒険者だった。傭兵だった父親はこの村に拠点を置く傭兵団の一員として、この地方に跋扈する魔獣や魔界からあぶれた魔族の討伐をしてきた。そして母親は家族のために命がけで戦う父親を応援し、ドーリアにも将来父のような強い傭兵になってほしいと日々説いていた。しかし父親も母親も、一番大切なのは生き続けることだと教えてくれた。本当に強い人は、生き残ることをあきらめないのだと。
筋骨隆々でたくましい父親も、聖女様みたいに優しかった母親も、いまはもういない。たったそれだけで自分は生きる気力が全く湧いてこなくなった。
いっそのことあの時やられていれば、どれだけ楽だったことか……
「―――――――――!!」
突然外が騒がしくなった。
「何かあった…?」
何事かと思いベットから飛び起きて、急いで外に確認しに行く。
そして、彼が見たのは村に向かって砂埃を上げながら猛スピードで突っ込んでくる巨大な『犀』だった!
「うそだろ……なんでまた、魔獣が……。」
体長5メートル近く、岩のような肌と傷だらけの大きな角を持つ巨大な犀…『モンスリノケロース』。本来であればここよりもっと東の方に生息しているはずの魔獣である。普段は温厚な性格の草食動物なのだが、縄張りにほかの生物が侵入すると
狂ったように怒り、攻撃してくる迷惑な奴だ。しかしここが魔獣の縄張りとは考えにくく、なぜこの村に向かって突進してくるのは不明だが、とにかくこのままでは村に侵入され家屋はあっという間に粉砕されてしまうだろう。
門の守りについていた村人は、突っ込んでくる魔獣の勢いに恐れをなし左右のわきに飛び退くことで間一髪轢かれずに済んだが、当の魔獣は門を破壊し村の中への侵入を果たしたのだった。
「……………っ!こっちに…くる……!」
あまりにひどい光景に呆然自失になっていたドーリアだったが、
ふと気が付くと自分と自分の家はあの魔獣の進路上にあることが分かった。
「ドーリア!危ない、逃げろ!」
「そこにいたら踏みつぶされちまうよ!」
危ないということは分かっていた。だが、恐怖で足が動かない。そうだ、さっき巨大なワニの魔獣と戦ったときもそうだった。いざ逃げようと思っても、なぜか体が拒絶するのだ。このままでは犀の魔獣に角で激突され………そして死ぬのだ。
(いやだ…!死にたくない!誰か助けて……!)
ヒュウウゥゥン!
ドンガラガッシャーン!!
「ったく、少しは逃げることも考えやがれこのガキンチョが!」
「………!」
気が付くとドーリアは風竜ソーニャに抱きかかえられていた。村人の誰もが間に合わないと思っていたが、間一髪助かった。そのかわり、犀の魔獣は容赦なくドーリアの家に突っ込み、彼が長年過ごしてきた住処を崩壊させてしまった。
犀はそのまま速度を落とさず直進し、家をもう一軒壊したところで開けた場所に出た。そしてその進路上に、またしても人が……!
「縄張り意識が強い魔獣が人間の縄張りに来るとは、感心しませんね。」
いや、竜がいた!落ち着いた茶褐色の髪に、やや彫の深い顔、茶色の鱗が生えた尻尾に他の竜より大きめな角―――地竜である。猛スピードで自分に向かって突進してくる魔獣に対して、彼は微動だにせずその場で待ち構えている。これは先ほどのドーリア少年のように恐ろしくて竦んでいるのではない。この魔獣を止められるという絶対的な自信があるからだ!
ドンッ!
魔獣が地竜にぶつかる!
ところが彼は、驚くことに片手で角を抑えるだけで動きを止めてしまった。何が起こったのか理解できない様子の魔獣は、目の前の不愉快な生物を薙ぎ倒そうと必死の抵抗を試みるが抑えられた角はピクリとも動かない。
いや、それだけではなかった。足までも全く動かない。見ると魔獣の四肢に地面が盛り上がり、がっちり銜え込んでいるではないか!
「整いました。誰か止めを。」
「よし、ここは俺に任せてくれ。なにせ剣を新調したばかりだ、試し切りをしたい。」
止めを任されたのは、まるで剣士のような格好をした火竜の男性だ。
彼は背中に背負っていた鞘から大剣を引き抜くと、大剣は炎を纏い燃え盛った。
「っしゃらぁっ!!」
炎を纏った体験が犀の魔獣の首に振り下ろされた!ザクッ!という生々しい切断音とジュッ!っという焼き焦がした音が同時に響き、一拍後に魔獣の首は血の一滴も流さず胴体と離ればなれとなる。火竜術を纏った斬撃で威力を増すとともに、血管を一瞬で焼くことで出血を止めることもできるというなんとも豪快な技だ。
「二人ともお見事!」
「カズミ様!魔獣はこの通りです!」
「えっへっへ~、これからもお役にたちますぜ!」
魔獣を倒したのを見たカズミは、二人を笑顔と拍手を持って労った。
この後魔獣は先ほどのワニと同じようにくまなく解体されてお持ち帰りされる。
「子供は無事かい!」
「竜王様、ご心配なく!子供は私が保護した!」
「そうか、よくやったねソーニャ!ありがとう!」
「なに、これくらいわけはねーよ♪」
カズミに褒められて乱暴な口調のままてれるソーニャ。
それと、なんとなく抱きかかえたままだったドーリアをそっとおろす。
「ほら、ガキンチョ。お前も私に言うことがあるんじゃないか?」
「ええっ…!んと…そ、その……助けてくれて…ありがとう……。」
「よーし、よく言えました。ガキだからって感謝の気持ちを忘れちゃだめだぞ!」
「くすくす、ソーニャさんまるでお姉さんですね♪」
「なっ!ば…バカ!リノアンてめえこのやろう!」
「あら、なぜ照れるのです。」
「もう、みんなも解体手伝ってよ~。なんで私だけなのっ!」
勝利に浮かれる竜たちの中、木竜クレアだけ真面目に解体作業を行っていた。
…
食事をとった後、カズミは村を離れることになった。本当なら少し休んでいくだけだったのだが、村を守ってくれたということで村人たちが感謝の気持ちとして昼食を作ってくれたのだった。………とはいえ、昼食と言っても硬い黒パンと具のないシチューくらいしかなかったが…。
「申し訳ありません竜王様…、村の危機を救っていただいたにもかかわらず粗末な食べ物しか用意できず…。」
「そうだね……、いつかは君たちがもっとおいしいものを用意できるくらい
豊かにして見せるから、君たちも厳しい環境に負けず頑張ってね。」
今回の騒動で、村人たちの意識は変わった。少なくとも竜は自分たちの敵ではない……そう思い始めたのだ。カズミにとってその言葉は何よりうれしいものであった。
「それとなのですが……ぶしつけなのですが、一つお願いが…。」
「お願い?何かな?」
「………ドーリア。」
お願いがあるとのことで、待っていると、村長がドーリア少年を連れてきた。
「この子が、どうしても…竜王様の下で強くなりたいと申していまして……。」
「おねがいです!僕を竜の国に連れて行ってください!竜の国でたくさん勉強して……強い大人になりたいんです!」
「ほほう……。いいの?後で攫われたとか言わないよね?」
「もうこの子の両親はこの世におりません。ですが…この子には強く生きてほしい。そのためにはこのような辺鄙な村にいるよりは、竜王様の御膝元でいろいろ学んでもらいたいと……。ご迷惑でなければぜひ。」
「………分かった、その気持ち受け取ったよ。」
そして、思いがけないお土産をもらうことになったとさ。
カズミのイスカ地方復興計画は、スタートしたばかりだ。
登場人物評
ゼーレ 水兵15Lv
26歳 男性 人間(ブランドル人)
【地位】ブランドル領主
【武器】銀の斧
【好き】イルカ
【嫌い】獣臭い肉
【ステータス】力:15 魔力:9技:18 敏捷:14 防御:9
退魔力:7 幸運:10
【適正】統率:A 武勇:B 政治:C 知識:B 魅力:C
【資質】火 氷 風 土 木 海 雷 神 暗
― ○ ○ ― ― ☆ ◎ ― ―
【特殊能力】水遁 潜水 海上戦
グランフォード東の海の玄関口、ブランドルの領主。根っからの海の男であり、特に海上戦では無類の強さを誇る。特技は潜水で、術を併用するとなんと三日間は海に潜っていることが出来るらしい。海だけではなく陸上でも結構強く、かつてシエナと共にグレーシェンを攻撃した際には手製の半数を失うも将として唯一領地に帰還できた。その上さらに、その鋭い顔に似合わず読書家でもあり、詩を吟じたり楽器を演奏することもできたりと性能が非常にマルチ。
ただし欠点は直情的な性格で、気に入らないものはとことん気に入らないという意外と頑固者。竜についての敵対感情はほぼ消えつつあるが、いまだにオデッソスの領主ルノルトとは魚の好き嫌いを巡って犬猿の仲である。
資質:現在ゼーレは、カズミの意向の下、術士を持たない海竜たちの術士になるべく海竜たちと術の特訓に励んでいる。イケメンかつ強くて頭がいい彼を、恋愛大好きな海竜たちが放っておくはずもなく、毎日のように求愛に晒されている。特に海竜族長リューシエからの過激なアプローチは彼の理性をそろそろ打ち破るのではないかと言われている。