第18期:特訓!
今期の一言:どれほど壮麗な城だって、
元をただせば山のようなレンガを積み重ねただけ。
――黒騎士エルカ
シエナ軍がネン川の戦いで、反シエナ同盟軍を撃破し、
数日後にその首都を陥落させた。その首都陥落と同じ日に、アルムテンでも歴史的な一日が刻まれようとしている。
「二度目とはいえ緊張する…。シズナさん、お願い。」
「かしこまりました♪」
アルムテン城の城門前の大きな広場に大勢の竜と人が集まっている。
その中心にいるのが竜王カズミとその妃シズナ。シズナはミラーフェン陥落直後のどさくさに宝物庫から持ち出した国宝の杖(ただし装飾が派手なだけで武器としての性能は今一つ)を片手に、まるで祈るような動作でカズミの力の制御を開始した。するとカズミの身体は瞬く間に黒い光に包まれ、やがてどんどん大きくなる。
「おお、竜王様の身体が…!」
「なんという強大な力の流れ…。想像以上ですわ……。」
「竜王様の力を制御できるとは、あの人間の娘………いや、お妃様も相当な実力だ。」
そして、人々の前にその姿を見せた元竜姿のカズミ。地竜以上の巨体に他の竜にはない黒光りする鱗、恐怖を通り越して経緯すら抱くほどの、旧世紀の暴力の象徴がアルムテンに降臨した。
《見よ!これが竜王の真の姿だ!》
と、かっこよく叫んでみるカズミ。
「おおっ!なんという……なんという強大なお姿…!」
「まさかこの目で竜王様のご威光を拝めるとは……ありがたやありがたや!」
「竜王様万歳!アルムテンに栄光あれ!」
その強大な姿を目の当たりにした竜や人は、こぞって歓喜の声を上げた。
封印から目覚めた竜王が、封じられた力を取り戻したことで、
竜族たちは今まで以上に安心できるととに、いよいよ世界を手にする日が
近いのではないかという思いも聞こえてくる。
《僕がこの力を取り戻せたのもみんなと、なによりシズナさんのおかげだ。まだまだ完全とは言えないけど、この世界に竜王ありと言われるよう頑張っていこう!》
「竜王様万歳!」「万歳!」「万歳!」「万歳ーっ!!」
(なんというか、完全にアイドルの扱いだねこれ。もう慣れたけど。)
こういう反応があるたびに自分の存在意義を疑問視してしまうカズミであったが、何回もやっているとさすがに自分がどういう立場を求められるかが分かっているためこうして積極的にファッションショーの様なノリで対応している。最近各地に散らばっていた各竜族の移民が急増しており、改めて竜王の力を見せつける必要があると判断したのだ。その上、これから竜たちにも生き方を少し変えてもらう必要がある。元々アルムテンに住んでいた竜はさほどでもないが、世界各国に散らばった
里の竜の中には竜信仰の象徴として人間から崇められるだけで自分で手を使う仕事をほとんどしてこなかった者もいる。竜王の力を思い知らせ、逆らわせないようにくぎを刺したうえで、竜は人間以上に働かなくてはいけない存在だということを
徹底的に叩き込んでやる必要がある。竜が世界を征服するのに、肝心の竜が働かなくては話にならない。
(それに…こうしておけばシズナさんのことを悪く言う奴も少なくなるだろう。)
先日カズミがシズナと正式に結婚すると宣言した時、各竜族長や神官たちはそのほとんどが賛成に回ったものの、いまだにシズナに反感を持つ者もいる。特にやはり移民してきた竜族たちからの印象はあまりよくない。そこで、シズナがカズミにとって欠かせない存在であることも同時に積極的にアピールすることにしている。
一通り顔見せが済み、元の姿に戻ったカズミ。
「メシだ!メシを出せ!腹が減って死にそうだ!」
「は、はいっ!ただいま!」
食堂ではすでにカズミの指示により大量の食事が用意されている。
ビジュアル的にグルメ漫画のような机に山盛りの料理に、
カズミは「いただきます」を言う余裕もなく噛り付いた。
「あーもー……食糧不足が予想されるっていうのに、こんなに食べなきゃならないこの燃費の悪さ…。どうにかならないかなぁ。これで兵糧攻めなんかされたら、飢え死にしちゃいそう……。」
「ご安心ください竜王様、我ら氷竜と木竜たちでエオメル地方の開墾を急ピッチで進めています。今を乗り切れば竜王様が食べ物のことで思い悩む心配もなくなるでしょう。」
氷竜族長ウルチがカズミに資料の紙を手渡しつつ話を続ける。
「アルムテンは山に囲まれていたせいで耕作地に限界がありましたが、ここ三か月ほどで支配地域が増えたことで、利用できる土地が増えました。労働力も各竜族の里からの移民と、ミラーフェンからの避難民を活用することで不足することはあまりなさそうです。」
「後は魔獣狩り計画の実験かな。丁度イスカで魔獣や害獣の被害が急増してるらしいから兵士の訓練もかねて一度にやってしまおう。サーヤに任せれば問題ないだろう。」
ウルチは各族長の中でも最も忙しい者の一人である。以前から継続しているアルムテンのインフラ整備に加えて、新たに属国地域での食糧増産の責任者を任されたのだ。何しろ彼は氷竜にしては達者なコミュニケーション能力を持つゆえ、多くの竜族と顔が効く。ゆえに縦割り気味の各竜族の種族の垣根を取り払い共同で作業をさせるにはうってつけの人材だ。
「しかし……いいことばかりではありません。イスカの住民たちですが…。」
「そっか、まだ治安が悪いままか。どうするかな……。」
若竜たちの破壊活動で無政府状態となったイスカ。カズミの頭を悩ませているのは、現地住民が支配に非協力的なことだった。他の国と違い、彼らが竜を見る目は侵略者のそれであり、連日残党の傭兵や冒険者による守備隊の襲撃事件が後を絶たない。その上無政府状態なのをいいことに各地で賊が発生し、ただでさえ貧しい農村は瞬く間に荒廃の一途をたどっている。支援しようにも現地住民が敵対者からの施しは受けないといった事例も発生しており、このままの状態ではいずれイスカは荒れた大地が広がるだけになりかねない。
「とりあえず僕も何かいい案が浮かんだら知らせるよ。それまでは悪いけど君の判断で今の状態を維持できるようにしてほしい。」
「かしこまりました。」
ウルチが退出すると、それと入れ替わりで火竜族長サーヤが入ってきた。
「お食事中、失礼いたしますわ竜王様。」
「サーヤか。何かあったの?」
「いえ、大したことではないのですが、一つ相談がございまして。武芸の心得がない人間の方への効率的な特訓方法はないものかと。」
「なんだいそりゃ?特訓と一口に言ってもいろいろあるけど、なんで僕に?」
「いえ、竜王様は生前特殊な訓練を積んだ軍隊に所属されていたとお聞きしました。ですから私やセルディアの知識よりも竜王様の知識の方が効率が良いのではないかと思いまして。」
「…………ん~」
訓練方法についての相談のようだが、どうも普通の兵士の訓練の話ではなさそうだ。
「言っておくけど、僕が前世で受けてきた訓練は死ぬほどつらいよ?このまえやった軍隊体操あるでしょ?あれを一日中やるような感じなんだけど。」
「あ…あれを……一日分、ですの?それは竜にもつらいのでは……あ、いえ、それでも……参考までにお聞きしたいですわ。」
「ふ~ん…で、その人は男の人?それとも女の人?」
「性別で違うのですか?」
「一応ね、男性と女性では若干体のつくりが違うから、同じことをするよりも、その体に合った訓練の方が効率はいいはず。」
「………その方は女性ですの。」
「なるほど。」
カズミは数瞬考えると――
「明日までにその人に見合った訓練メニューを考えておくよ。朝食食べ終わったら来てほしい。」
「承知いたしましたわ。」
「…………くれぐれも無理しないように言っておいてね。」
(まあ、大体誰が頼んだか察しが付くけど。僕もそろそろ特訓を始めたいな。)
カズミも術などの訓練をしたいのだが、雑務で忙しいのと
そもそもコーチとなりそうな者がいないのが難点であった。
…
で、次の日。
「みんな、強くなりたいかーっ?」
『おーっ!』
アルムテン城の中庭で一人の女性雷竜と三人の人間が並んでいる。雷竜は、この前のグレーシェン隊カルディア聖王国軍の戦いで活躍して見せた新進気鋭の若竜―アスナ。いつもはおしゃれとは程遠い適当なファッションの彼女だが、今日は髪をポニーテールに結い動きやすいようにとの考えなのか、肌の露出が非常に多い白色のビキニアーマーを装着している。
一方人間の方は……。まずはシズナ、マンハイムの居城から持ち出した彼女専用の布鎧を着用している。王女が戦うことは殆ど想定しておらず、あくまで格好のために作られた服は防御力がない代わりにとても動きやすく作られており、運動するにはこれが一番最適と言えよう。
次にセルジュ王子、一般市民が着るような非常に簡素な半袖半ズボンを着用。
彼自身、農村部で時折畑仕事を手伝って国民を励ましていたことがあったため、
こういったときに着るような作業服もそれなりに持っていた。
そしてもう一人は見習士官の女性――名はクーラン。元傭兵の騎兵士官である。
アルムテンにはまだ騎兵隊がなく、他の二名に比べて訓練でやることがないため
こうして共同で特別教練に参加している。
「みなさん、もう揃っていますわね。やる気は十分なようでなによりですわ。」
そこにやってきたのが火竜族長サーヤ。
彼女はいつも通りの格好で、手には紙の束を持っている。
「竜王様から訓練メニューを頂いてきましたわ。このまま私が直々に訓練を指導したいところなのですが……私は多忙ゆえ、あなた方の面倒を見ることが出来ません。アスナ、しかと申しつけましたわ。」
「あいあいさーっ!任せてください姉御!」
「ありがとうございますサーヤさん。私の口からは直々に言い辛くて……。」
「お気持ちは分かりますわシズナ様。それと竜王様からはくれぐれも無理をしないようにと仰せつかっておりますわ、お怪我なさらないようにお気を付けあそばせ。」
サーヤは紙の束をアスナに手渡すと、そのままどこかへ去って行った。
彼女はこれからイスカへ治安維持と魔獣討伐に向かわなければならなかった。
「しかし…私たちはともかく、王女様は竜王様に直接鍛えてもらっても良かったのでは?」
受け取った紙の束を確認しながら、アスナはふと疑問を口にする。
「できればそうしたいのは山々なのですが、カズミ様は大変多忙ですから。
私のわがままに付き合っていただくのは少々気が引けると言いますか……。
それに、カズミ様から訓練に反対されるかもしれないと思うとつい…。」
「なるほどねー……。」
ネン川の戦いを観戦した際、彼女は不注意から賊に囲まれてしまった。その時はリノアンがいてくれたから助かったが、自分一人だったらと考えると………。
――せめて自分の身を守れるくらいの力を身につけなければ!
彼女は、そう強く思うようになった。今まで守られてばかりの人生であったが、
それは自分が安全に過ごせるという確信の上に立っていたから何とも思わなかった。しかし、今や自分は竜王の妃……当然カズミはこれから幾度となく前線に立ち、自らの身を削りながら戦っていくことになるだろう。その時自分は愛する人の隣にいるだけの力を持てるのだろうか。竜王の力を操れるのは今はシズナだけだが、いずれカズミは自分で力をコントロールできる日が来るかもしれない。そうなればもはやシズナは戦場にいる必要はない。
(けれども……私はどんな時でもカズミ様の御傍から離れたくない)
愛する人は強い。そのうえ、日に増してさらに強くなってゆく。
だったら自分も強くならなければ…!
そのためにはひたすら鍛える。体の限界まで鍛えるしかない。
「しかも、王子様まで加わるとは思ってなかったのデスガ。」
「いや~……僕も弱いままじゃダメかなって。いつかミラーフェン奪還するときに
先頭に立てるようにならないと、王子として恥ずかしいし、何より妹より弱いのは兄としてかっこ悪いし。」
彼は彼で自分の無力さを実感しているようで、
妹の特訓に乗っかるように、努力しようとしている。
「そして、クーランさんはむしろこんなことしてる暇あるの?」
「何言ってるんですかっ!まだ見ぬアルムテン騎兵隊の隊長として、
先頭に立つ日に備えて竜王様が考えてくれた訓練メニューで強くなるのですっ!」
まるでファイティングポーズのような姿勢で力説するクーランは、
素の状態ではむしろほかの見習いより武力は圧倒的に高い。
(まあ、他二人が直接戦闘が苦手というのもあるが)
それでも、さらに上を目指すのにはわけがある。
「それに、あの憧れのセルディア様に少しでも近づきたいんですっ!」
「確かにあの人…人間にしてはすごく強いね。まあ、貴女がそれでいいなら私は何も言わないけど。では早速訓練内容を確認してみる……と。んん~~……。」
紙に書いてあることを確認するアスナ。カズミは最近軍の訓練レベルを引き上げるために、サーヤやセルディアに命じてかなりきつい基礎運動を取り入れたらしい。
そのため兵士たちは毎日筋肉痛に魘されるほどだと言われており、もしかしたら今回の特訓も三人がぐうの音も出ないほどの内容ではないかと考えていた。
ところが……
読んでいてアスナは首を傾げた。
なんてことはない、内容はあまりにも簡素だったからだ。
「えっと、まず運動の前に以下の準備体操をすること……。そしてこの絵は……人型ってことでいいのかな?」
「どうかなさったのですかアスナさん?」
「三人ともちょっとこれ見てくれるかな?」
そこに書いてあったのは……いわゆる「棒人間」だった。
たくさんの棒人間の柄が矢印と共に書かれており、恐らく体操の手順を示したと思われる文章が横に記されていた。はじめてみる棒人間なる絵は三人を困惑させた。
一応これでもカズミは分かりやすいようにと思って書いたらしいのだが……
「これは僕たちから見て前なのでしょうか?後ろなのでしょうか?」
「だ、大丈夫ですよっ!これ見る限りではどっちが前でもどっちが後ろでもあまり関係なさそうですしっ!」
「手の指は……握った方がいいのでしょうか?それとも開いた方が?」
「たぶんそれは自由なのではないかな」
とりあえず四人はそこに書かれている図の通りに身体を動かしてみる。なんのことはない、書かれているのは「ラジオ体操」のやり方だ。分からない上初めてなのでぎこちない動きではあったが、どうにかすべての工程を終えることが出来た。
「思っていたより簡単でしたね♪」
「いや、正しいかどうかわからないよ。」
「そういえばそうでしたね兄様…」
「私としてはもう少しきついのかと思っていましたけど、へっちゃらでしたっ!」
「そうですね、では次の訓練に入りましょう!」
とはいえ、次に書かれていたのは………「ひたすらランニング」だ。ついでに注意書きに、体力に自信がある者は砂袋を背負って走れとも書いてある。
それだけ。
「ふっ……ふっ…アスナさん、どれくらい走ればいいって書いてありますか?」
「とりあえず15分間だそうです。ここに砂時計がありますので、これで時間を計測します。」
今更ながらの説明であるが、この世界では術による天文学の発達により
すでに一年365日、一日24時間、一時間60分、一分60秒と
なぜかカズミが元いた世界と完全に同周期の暦が使われていた。
よって以降もこの物語では単位を元世界と同じとみて扱っていく。
「なんというか……地味だね。」
「あ、そうそう、忘れていました。訓練中に文句を言う者は一回につき5分追加で走れって書いてある。」
「5分……」
この時まではセルジュは5分くらい大したことないと思っていた。
「はひゅー………はひゅー………」
「あ…あと何分くらい…ですか?」
「ええと、あと……5分くらいでしょうか?」
10分も経つ頃にはシズナとセルジュの王族ペアは完全に息切れしていた。その上クーランも、この訓練を甘く見てハンデとして約2キロの重さの砂袋を二つかつぎながら走っていたせいで、疲労の色が見えてきた。そして、アスナもまたクーランと同様、砂袋をなんと10キロも背負い、更に腕と脚にも各2キログラムの重りをつけて走っていたせいで、徐々に体が負担に耐え切れなくなってきていた。
「そしてセルジュ王子は……ここから半分なんだけど。」
「う、うそぉ……ひぃ~………っ」
そして、ランニングが終わるころには、全員水飲み場で死屍累々となっていた。
「ああ……カズミ様、私が間違っていました……はひゅー…………はひゅっ…
私は………情けないほど、弱い人間……でした…はひゅー………足手まといで……はひゅー………ごめんなさい、はひゅー………」
「も、もう一歩も…動けません……っ。」
「おなかすいたぁ……。」
別にこれはカズミの特訓がきつかったからではなく、単純に全員ペース配分を間違えたことによる失敗だ。実はこういった走り込み訓練は、この世界においてそれほど主流ではなく兵士は武器の扱いを教え込むくらいしか訓練をしないことが多い。
カズミとしてはまず基礎体力をつけて、今後のトレーニングがよりスムーズに行くようにと思ってのことらしいが、この世界の者たちにとっては、地味だけどきつい程度にしか思われてない。
「おいおい、大丈夫か御嬢さんがた……ってこりゃ王女様ではないですか!
まさか王女様がご自身で走り込みとは!どえらいものですな!」
そこにやってきたのは、火竜神官の一人である大柄な中年の男性。神官服を纏ってはいるが、その溢れんばかりの筋肉を見るととても神官とは思えず、実際どちらかというと兵士の訓練が仕事である。
なぜ彼がここに来たのか、それは彼が背負っているモノが原因だ。
「ほらよ王子様、水が飲めるぞ。死ななくてよかったな。」
「あ~…………う~……………」
罰として5分間延長を食らったセルジュは、どうやら走っている途中で倒れたらしい。そしてたまたま通りかかったこの火竜神官に助けられたのだとか。
「四人とも今日はこれ以上運動しない方がいいぞ、
出ないと明日動けなくなるからな。特にアスナはしっかり食べろよ。」
「い…言われなくても分かってるもん。」
結局男性の言う通り、アスナ以外は訓練をこれだけで終えてしまった。しかもカズミの教本には訓練は一日おきにやるようにと書かれているため、明日は訓練はできない。結構悠長な訓練方法だが、カズミも無理して急激にビルドアップするよりも、長期的かつ確実な方法を選んだものと思われる。
その日の夕方カズミとシズナの寝室にて。
「やあシズナさん、お疲れかな?」
「は……はい…恥ずかしながら……。」
カズミが部屋に入ってきたとき、すでにシズナはベットに倒れ伏していた。
どうやら筋肉痛で足が動かないらしい。
「ほっほ~う、動かないのか。ふぅ~ん……」
「あの、カズミ様?なにやら手つきが、怪しいのですが…?」
「まあまあ、変なことしないから♪」
手をわきわきと動かしながら迫るカズミに若干危機感を覚えるシズナであったが、
麻痺して動けない足ではどうにもならず、カズミの手を受け入れるしかない。
…
「あっ…んんっ!きもち、いいです……カズミ様♪」
そんなわけでシズナの足を念入りにマッサージしてあげるカズミ。
慣れない長時間の走りで溜まりに貯まった疲れの元を、
こうしてほぐしてあげることで筋繊維に負担をかけないようにしている。
「あふぁっ…あふあぁあっ♪ふあああぁぁぁぁぁぁっ♪んふっ…♪」
「………………」
肌ににじむ汗、紅潮する頬、そしてこの艶やかな声…時折自分が何をしているのか忘れそうになってしまう破壊力だ。相手は自分の妻なのにカズミはなぜ自分がこんな理不尽な忍耐をしているのか、訳が分からなくなりつつも、その手は正確にシズナのツボを付きしっかりと回復させることに成功、シズナの足は再び動くことが出来るようになった。
「カズミ様……ありがとうございます♪とても、素敵でした…♪」
「うん……、喜んでもらえて何よりだよ。」
なんとなく罪悪感に苛まれるカズミであった。
(こんなに足がパンパンになるまで頑張ったんだね、シズナさん。
それに頑張る理由が僕の為っていうのは……とっても嬉しいよ。)
前世では、ただひたすら自分を他人の命を守るために費やしてきた。しかしながら、誰かが自分のために何かをしてくれたことは殆どなかった。カズミ自身はそれを当たり前だと思っていた。自分は守るべき人間であり、決して守られるべき存在になってはいけないと自戒していた。
だからこそ、シズナの気持ちがとても嬉しかった。
勘違いでも構わない、自惚れでもいい。
今はこの優しさに甘えさせてもらっても罰は当たらないだろう。
温かい気持ちになったのと同時にちょっと照れくさくなったカズミは、
夕食までまだ若干時間があると思い、お茶でも入れようかと立ち上がろうとする。
「カズミ様っ!」
「!」
だが、ベットから離れる寸前の手がシズナの手に捕まった。何事かと思いシズナの方を向くと、さっきよりも頬を真っ赤にしたシズナの顔が見えた。恋する乙女…というよりも発情した小動物のような表情に、カズミは思わずどきっとしてしまう。
「あの……その、ごめんなさい。」
なぜか謝られた。特に何をされたわけでもないのに。
「カズミ様のマッサージ、とても気持ちよかったです。
ですが…まだ足りないのです。」
「足りない…?」
まさか―――
嫌な予感がしたと同時に、もう片方の空いた腕の手首をシズナのもう片方の手で捕まれると、シズナはカズミの手のひらをおもいきり自分の豊かな胸へと押し付けたのだ。そして頬を赤らめたまま、いつもは見せないような妖しい笑みを浮かべ……
「んっ…カズミ様、「おねだり」しても……いいですか?」
「うん。」
……アルムテンの夜は長い。
登場人物評
セルジュ プリンス2Lv
18歳 男性 人間(ミラーフェン人)
【地位】ミラーフェン王太子
【武器】なし
【好き】クラリネット
【嫌い】料理 (すること)
【ステータス】力:3 魔力:4技:4 敏捷:1 防御:0
退魔力:2 幸運:5
【適正】統率:E 武勇:F 政治:C 知識:D 魅力:C
【資質】火 氷 風 土 木 海 雷 神 暗
― ― ― ― ― ― ― ○ ○
【特殊能力】なし
ミラーフェン王太子。シズナの兄である。
気が弱く臆病な性格だが、優しく他人への気遣いを忘れない性格の為、国民や臣下からの評判は非常に高く、ミラーフェンの後継者としての地位を不動のものとしていた。また、幼いころから英才教育を施されてきた成果がよく反映され、絵画や音楽、詩などに精通。文化面においても優等生として名を馳せ、特に楽器の腕前は宮廷音楽家顔負けである。近年は王族を継ぐ修行の一環としてミラーフェン北部を直轄領として与えられ、平穏無事な統治を実現させたものの、突如隣国セスカティエの侵攻を受け首都は陥落。警察能力しか持たない軍では全く対抗できず、父王たちと共にアルムテンへと渡った。妹のシズナや、現在は他国に嫁いだ姉とは仲が良かったが、弟とはほとんどあったことがないらしい。
現在は祖国奪還に向けて自分を強化しようと奮闘する毎日を送っている。
資質:シズナと似たような素質を持つが、残念ながら力はそこまで強くない。
ただし能力はどちらかと言えば術士向きと言えるので、
竜神官を目指すことも不可能ではない。神竜族がいればの話だが…