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竜王の世紀  作者: 南木
第1章:グランフォード動乱
28/37

第17期:四国の乱(後編)

今期の一言:死んでいく兵士がこんなにいるのに 戦場はいつも同じように見える


ルティック領及びシエナ王国領国境のネン川にて、シエナ王国軍と反シエナ同盟軍が交戦を開始した。双方の戦力は以下の通り。


・シエナ王国軍


総大将:マリアルイズ


王国軍正規兵中核部隊…将:マリアルイズ 参:シュヘッツェン 兵力1000

王国軍正規兵第二部隊…将:エイデル            兵力500

王国軍正規兵第三部隊…将:ガレイン     兵力500

王国軍正規兵第四部隊…将:テティリーゼ兵力500

王国軍正規兵第五部隊…将:ジャスダル兵力500

王国軍騎兵隊    …将:ラーイリス兵力400


前衛歩兵部隊(傭兵)…兵力2000 ×3部隊


総兵力:9400人



・反シエナ同盟軍


総大将:ランジュ


ルティック軍本軍…将:ランジュ   兵力:1000

ルティック軍分隊…将:ブラルバクト 兵力:500

オーヴァン軍  …将:サルバティ  兵力:1200

ドレスタッド軍 …将:ブレイ    兵力:900

ファズレー軍  …将:クリーゼ   兵力:1000


総兵力:4600人






「兵力差はシエナ王国側がほぼ倍と明らかに優勢か。どう思う、セルディア?」

「おそらく同盟軍側は川を有効的に使って防御に回るでしょう。浅いとはいえ、川を渡る際にはどうしても動きが鈍り、体力が削がれます。シエナ軍はどこかから突破口を作り、そこを起点に一気に渡過して数の優位を生かしたいところでしょう。

…………ま、こんなのはただの模範解答に過ぎません。戦は模範解答だけでは勝てませんから。」


カズミとセルディアが、大木の上の観測所から戦場を眺めていると、さっそく前線で動きがあった。川を挟んでお互いボウマンが前に出て、位置についたものから相手の陣地への射撃を開始した。川幅約50メートルあるネン川ではそう簡単に敵の歩兵が近づいてこれないので、まずは間接攻撃で少しでも相手の戦力を削っていこうというのだろう。


川の上をヒュンヒュンと矢が飛び交う。飛んで行く矢の半分は飛距離が足りず川に飛び込み、もう半分のうちの八割は敵に命中しなかった。その上さらに敵が装備している革製の鎧の部分にあたった矢は大したダメージとはならい。時間が経つにつれ負傷したり、矢を打ち尽くしたため補給するなどパラパラと離脱する者が出始める。


次に動いたのはシエナ軍だ。


「前衛歩兵、渡河を開始しなさい。右翼の第三部隊と左翼の第五部隊は前衛歩兵の援護を。」


マリアルイズの指示で、傭兵たちの混成部隊である前衛歩兵部隊が前進しはじめる。前衛歩兵師団は中央と左右両翼の三部隊に分かれ、それぞれが目の前の敵を倒すべく川に足を踏み入れていった。季節はすでに春の終わり、川の水温はそれほど低くはないため、体温の低下による体力の消耗は殆どなさそうだ。シエナ軍の前進に対して同盟軍もボウマン達をさがらせ、歩兵を前に出して守備を固める。


敵に近付くにつれ弓矢の攻撃が激しくなってくる。基本的に重い鎧を身につけない傭兵たち…とくに剣士や斧兵と言った攻撃重視のクラスは、川の中で足を取られているということもあって回避できずにダメージを受け倒れていく者が続出する。それでも彼らは前進を止めることはない。何しろ1000人単位の集団である。多少脱落者が出てもその勢いは衰えることはない。ダメージを受けた者も、死んでさえいなければ手持ちの傷薬で回復することもできる。


「来たぞ!押し返せ!」

「敵は弱卒だ、恐れるな!」

「矢の補充を早く!」


ワーワー




「前衛同士が接触…と。もし君たちが指揮官ならどういった行動をとる?どっち側でもいいから遠慮なく言ってほしい。」

「それでしたら私が…あ、シエナの場合でよいでしょうかっ!」


青髪の見習い女性士官が挙手する。


「やはりここはまだ動きのない騎乗兵部隊の投入がカギだと思いますっ!前衛歩兵の攻撃で敵の陣形を崩したところに一気に渡河して騎兵突撃を仕掛けるのですっ!

同盟軍同士の部隊の連結点に楔を打って各個撃破に持ち込むのも、側面から回り込んで包囲するのもアリかと!」


彼女が言う通り、シエナの王国騎兵軍は左右200騎ずつ配備されていて、いつでも投入が可能だ。同盟軍側が対処するには槍兵を当てるのが一番いいが、乱戦になってしまうと対処は難しくなる。この時、連合軍の弱点である部隊同士の連結点……つまり中央のルティック軍と左右のオーヴァン、ドレスタッド軍の境目を分断できれば、敵の指揮系統の混乱を期待できる。


「えっと、もし私が同盟軍なら…。」


今度は銀髪にツインテールの見習いがおずおずと手を上げる。


「後方にいるファズレーの軍をこの時点で投入…?」

「ファズレーを投入?早くないでしょうか?」


男性の見習士官が疑問を呈する。


「この場合、包囲されるよりも部隊の連結点を狙われる方が危険では?ファズレーの部隊をそれぞれ両翼のサポートに当てれば、騎兵の目標は二択から一択になるはず?後は来る方向さえわかっていれば、そこに槍兵を集中させられると思いますが?」

「なるほど、皆考えてるね。」


(こう言っていいのか分からないけど、人間は弱いからこそ知恵を出せるんだろうね。)


風竜族長リヴァルは彼らが出す意見に納得しながらそんなことを思った。竜族は自分たちがなまじ最強の力を持つため、基本力押しで十分と考えがちだ。しかし……イスカでの手痛い損害、人間を侮った結果窮鼠にかまれることとなった。

竜は彼らのことについてもっと知っておく必要がある。


(もし僕だったら……)


今の状況を見てリヴァルもちょっと考えてみる。先ほど上空から見た限りだと、シエナ軍は全面で渡河しているわけではなく、まるで道があるかのように右左真ん中と三つの個所から進軍している。恐らくはその部分がほかに比べて川が浅いのだろう。これがもし竜だったら地竜以外は浮いて移動できるのでなんら障害にならないが、人間は竜と違って体力に余裕がないためなるべく楽に渡ろうとする。しかしそうなると、防衛する側もその三点を重点的に守れば済むわけで、結果的に大軍の利点を生かせていないように思われる。青髪の女性士官が言っているように、騎兵投入のタイミングがカギか……?


「竜王様、シエナ軍に動きが。後方に控えていた歩兵を左右に投入するようです。」

「前衛歩兵の傭兵たちを先に行かせたのは正規軍を安全に渡河させるためか。」

「恐らくはその通りかと。」


セルディアとカズミが戦況の変化を察知した。

左右の前衛歩兵が同盟軍の反撃を押し込んでいるところに、

後方に控えていた正規兵を投入しようとしている。


「同盟軍側は苦しいだろうね。正直僕は同盟軍側に勝ち筋が見えないな。」

「私もそれは同感です。兵力、装備、そして戦術面すべてシエナ側が優勢。戦場では何が起こるかわからないと言えども、奇策を講じない限り同盟軍側はどれだけ耐えるかの勝負となってしまいます。」


カズミとセルディアが意見を交わしているところに、リヴァルも顔を出す。


「騎兵はまだ動かさないのですね竜王様。」

「まあ…騎兵は貴重な戦力だからなるべく消耗させたくないんだろうな。」

「とすると騎兵での外側からの包囲の可能性はあまりなくなりましたね。すると彼女が言っていたように部隊ごとの各個撃破でしょうか?」

「一概にそうは言えませんよリヴァル様、ルティックは軍を前衛と後衛に分けています。そしてその後ろにはファズレーの部隊が控えています。連結部を狙おうにも、十分フォローが可能な布陣。恐らく同盟軍側も自分たちの弱点を分かっているのでしょう。」

「そうなれば…シエナ軍は兵力を生かして包囲攻撃が鉄板か。」

「ふむ……ただ、そうとも限らないと思いますが。」


まるでテレビで囲碁か将棋の解説をしているような雰囲気だが、

実際の戦場はなかなかの修羅場を呈している。鉄と鉄がぶつかり合う音、肉を切り裂く生々しい音、痛みに耐えられず発せられる悲鳴――


「これが…戦争なのですね。」

「シズナ様、あまりまじまじとご覧になられる必要はありません!気分が悪くなってしまったら大変です!」

「いいえ、私はしっかりと見つめなければなりません。今まで私の故郷が目を背け続けていた現実。王女だからと言って逃げることはできません。いつかカズミ様と共に、私もあの場所に立つ日が来るかもしれませんから。」

「………お強いのですね、シズナ様は。」


カズミからは、あまり外を見ない方がいいと言われていたシズナであったが、カズミの心配をよそに彼女は戦場の光景をその目にしっかりと焼きつけている。シズナの強い覚悟にリノアンもやや驚きながらも、彼女の強い心に感心した。ふつう、目の前で殺し合いをしているところを見れば人は生理的な嫌悪を多少なりとも感じるはずだ。それでも彼女は、自分の義務であると心得て、現実と向き合っていた。



シエナ軍が正規軍を前線に投入し、さらに激化する戦場。

同盟軍の左翼側……川の上流側に展開するドレスタッド軍が激しい攻撃に押され、徐々に後退していっている。一方で中央のルティック軍は同盟のリーダーだけあって、ひときわ強い抵抗を続けている。下流側に位置するオーヴァン軍もやや苦戦気味。次々と投入される兵力が増えてきたため、兵士たちの疲労がたまってきているようだった。さて……カズミはあまり考慮に入れていなかったが、同盟軍側が全体的に押され気味なのはなにも兵士の数が違うだけではなかった。カズミが元いた世界と違い、この世界は腕っぷしの強さがより顕著に表れる。つまり、個人の力が時として戦場を左右することがあるのだ。



「お……あれは『雷鉄の戦斧』モルバセンか。なるほど、奴が先頭に立ってるんじゃかなわないな。」

「誰?知ってる人?」

「竜王様、いまシエナの右翼側でドレスタッド軍を蹴散らしているのが、『雷斧傭兵団』団長のモルバセン殿です。彼を筆頭とした斧兵軍団は、命知らずの強者として知られ、団長自身も武人として評価が高い方です。彼は雷属性の斧攻撃を得意としていて、たとえ固い鎧をまとっていても、破壊され黒焦げにするのだとか。雇用費用もかなりふんだくりますが、かなり腕が立つ連中ですので、頼りになります。

おっと、そういえば左翼の方にも『駆け抜ける旋風』ことロフィーリアがいますね。彼女は一体多数に特化した剣技の持ち主で、その流れるような太刀筋から二つ名がついたそうです。彼女もまた傭兵ですが、パーティーを組まず一人(ソロ)で依頼を受けているタイプです。ま、彼女ほどの腕前があれば一人で戦場に出たほうが稼ぎが多いんでしょうね。しかし同盟軍側も負けてはいませんよ。とくにルティックの前衛を担っているのは、ルティックが抱える三騎士の一人、ブラルバクト。若いながらも洗練された鋭い剣先はさすが騎士と言ったところかと。彼の奮戦のため、中央のシエナ傭兵団は殆ど押すことが出来ていません。なかなかのものです。」

「ふーむ……」


(なるほど、一人が多数を圧倒するのはなにも竜だけじゃないんだ。)


「如何なされましたか竜王様。」

「いやちょっとね、この世界では無双もできるんだって。」

「無双ですか?」

「ああ、うん。それはまたあとで話すよ。ほら、とうとう騎兵のお出ましだ。」



シエナ軍はついに騎乗兵を前線に投入したようだ。その数は左右共に200騎ずつとあまり多くはないものの、攻撃力は歩兵の比ではない。


「領主様!ドレスタッドとオーヴァンが助力を求めています!

このままでは左右から包囲されてしまいます!」

「……っ、すでにファズレー軍の大半をそちらに向けています。今動かせるのは私が率いている手勢のみ…。何とか踏みとどまれないものでしょうか?」

「敵の勢いは凄まじく、騎乗手まで投入しております!います攻撃を受ければ瞬く間に戦線が崩壊してしまいます!」

「仕方ありません。本陣から300人ずつ左右に回しなさい。今包囲を受けるのは危険です。」


それに対して同盟軍の大将であるランジュは、友軍の救援要請を無視できず本陣の兵員を援護に当てた。ランジュが向けたのは同盟軍側の数少ない正規軍の一団であり、シエナ軍による包囲殲滅を何としてでも押しとどめようとする必死さがうかがえる。ドレスタッドもオーヴァンも、シエナの正規軍に攻撃されてからという物の旗色が不利になり、怖気づいて戦場を勝手に離脱する傭兵が続出、指揮統制が崩壊寸前となっていた。それでも後方からのファズレー軍の援護と、ルティック本体の必死の防戦により、完全な敗走には至っていない。ルティックが最も恐れるのは、左右どちらかを担う別の国の軍が独自の判断で退却してしまうことだった。ドレスタッド、オーヴァンどちらかが総崩れとなればルティック軍やファズレー軍も引きずられるように潰走し、下手をすれば中央の本陣が的中に孤立する羽目になってしまう。


しかし…ランジュは気が付いていなかった。

彼女はまんまとシエナ軍の思惑に乗ってしまったということを。

そして――完全敗北一歩手前で『退却』するという選択肢を取る最後の機会を逃してしまったことを。



「わかったぞ!マリアルイズの作戦が!竜王様、見ていてください、間もなくシエナ軍がとどめの一撃を食らわせに行きます!」

「なんだって、どうしてそんなことが………、まさか!」


どうやらセルディアはマリアルイズの意図を見抜いたようだ。

かずみは、まだ決着とは考えていなかったため、一瞬怪訝に思ったが

戦場の様子を見て引っ掛かりを覚え、机に広げてある戦闘簡略図を弄り始めた。


「つまりここがこうで、ここがこうなって、ここがこうだから………」


カズミが盤上の駒を動かし終えると、ようやくシエナの作戦の全貌が見えた。

同盟軍を見立てて配置された彫刻たちは、初めのうちは横に均等に並んでいたのだが、いまでは陣形全体がまるでダンベルのように兵士が左右に集中している。


「三人とも、この配置から考えられることは何か?」


「正面突破ですっ!」青髪の女性士官が答える。

「正面突破しかありえません。」生真面目な男性士官が答える。

「正面突破?」銀髪ツインテールの女性士官が答える。


まさに、彼らが考えたことこそがマリアルイズの思惑であった。敵軍の弱点は左右に展開するドレスタッドとオーヴァンであり、どちらか一方を敗走させれば敵は自然に総崩れとなるであろうことは分かっていた。だが、それではルティック軍の主力が戦力を温存したまま逃げる可能性があった。マリアルイズの目標はあくまでルティック軍の粉砕であり、ルティックさえ倒せれば他の国は敗北を悟り、自然に降伏するだろう。



「残念ですが、反乱軍どもは私を敵に回した時点ですでに敗北は決していたのです。この戦いに勝てばもう、シエナを落ち目の国と思う国はいなくなるでしょうね。………エイデル、テティリーゼ。奴らに地獄を見せてあげなさい。」


マリアルイズが命じると、今まで待機していた本陣以外の部隊が一斉に中央に殺到した。彼らはマリアルイズの直属に近い部隊であり、シエナ軍の中における最精鋭部隊だ。ユニットも装甲歩兵を中心とする重装軍団に術士まで織り込まれた編成で、彼らが前線に到着するや否や、圧倒的な力で敵の傭兵軍団を蹴散らした。弓矢は弾かれ、剣も通さず、斧であっても中途半端な力では傷一つ負わない。一般的には重装歩兵は守備専門と思われがちな兵種なのだが、ガチガチに固められた防御を生かし、自ら動く盾となることで敵陣を強引に突破する……いわゆるファランクス戦術である。


前衛歩兵との戦いで消耗し、左右の軍の救援にリソースを取られたルティック軍に、シエナ軍の総攻撃を止める力は残されていなかった。



「…さすがだな、マリアルイズ。初めから中央突破を狙って敵を陽動するとは…。

近頃の将はただたんに敵を倒せばいいと思い込んでいる奴が多いが、戦略面まで考慮して戦術を組み立てて見せた。さすが…何年も最前線でセスカティエを相手にしてきたやつは違うな。」


ひょっとしたら、自分たちがいつかシエナに侵攻する際に、

彼女が壁となって立ちはだかるかもしれない。


「そうなったら……楽しみだな。」





その日の午後2時ごろ。

ネン川における戦いは、シエナ軍の勝利に終わった。


当然と言えば当然だ。何しろシエナ軍は同盟軍の2倍以上の兵力を持っており、

構成員の半数は訓練を受けた正規兵だったのだから、

これで負ける方がおかしいと言える。


しかし、勝利の形があまりにも完璧であった。


まずはその損害の少なさ。シエナ軍正規兵の損害は軽微、傭兵もあまり失うことはなかった。それに比べ同盟軍は中核であるルティック軍が粉砕されたことで一気に指揮統制を失い、瞬く間に敗走に移った。もしランジュの指揮が生きていれば、最終的に敗走する味方をある程度纏め、首都で体勢を立て直すことも、追撃に逆襲することもできたかも知れない。しかしながら、所詮は烏合の衆。同盟軍であるオーヴァンもファズレーもドレスタッドも、大損害を被り這う這うの体で自軍領内に引き上げていった。こうなれば壊滅したルティック軍は容易に立て直すことは不可能で、もはや首都を守りきる兵力すら残されていない状況となった。ルティックの首都ザッヘルベルが陥落すれば、もはやルティックは降伏か滅亡かを迫られる形となり、旗頭が消滅すれば他国はこれ以上の抵抗は無意味と悟り、再びシエナの傘下に収まる。


わずか一回の戦闘ですべてを決する。これこそ兵法の極意。

マリアルイズはシエナが持つ力をただ暴力として振るうのではなく、

自分の手足として使いきった。これは賞賛すべきことである。



「終わりましたね。」

「ああ、まさに一大スペクタクルだよ…。」


戦いが終わり、カズミは安心したように一息つく。

以前グレーシェンと共同でカルディア聖王国のホプリタイ軍団を撃破したことがあったが、あのときカズミは歩兵主体の軍は時代遅れかとも考えていた。しかしながら、正統派の戦いは今日のような歩兵と歩兵のガチンコ対決が主流であり、

敵の戦列を打ち破るには最終的に兵の数がモノを言う。いくら騎乗術士部隊が強くても、防衛以外では数が少なすぎて攻撃力に期待できない。逆に竜は、突破力なら非常に高いものの、守勢になると若干辛い。カバーできる範囲があまり広くない故、散兵戦術による浸透強襲をうければすり抜けられる可能性がある。(ただし、この時代の兵士がそのような高度な戦術を行うかどうかという問題はあるが)


「ま、有用なデーターもたくさん獲れたし、訓練方針や装備方針の決定に役立つだろう。それにシエナ軍も中々侮れないことが分かったしね。………あれ、そういえばリノアンは?」

「リノアンなら、先ほどシズナ様と一緒に外に行かれましたよ。なにやら花を摘みに行くと。」

「花摘み……ああ、なるほど把握。戻ってくる間に撤収作業しちゃおうか。

ね、リヴァル。」

「かしこまりました。」



その頃、「花を摘みに行った」シズナと付添いのリノアンは、

カズミ達がいる観測所から若干離れた小川の付近にいた。


「申し訳ございませんリノアンさん、お手を煩わせてしまって。」

「お気になさらず……私は書記官ですので、シズナ様の安全を守るのも役目で御座います。ですがシズナ様、早めに戻りましょう。何やら人の気配が致します。」

「人の気配ですか?」

「しっ……シズナ様、どうか私から離れぬよう。」


観測所に戻ろうとする二人だったが、どこからともなく気配を察知したリノアンが

大きめな樹木を背にシズナをかばうようにしてあたりを警戒した。すると、小川の向こうの草むらががさがさと揺れ、そこから数人の人間の男性たちが姿を現した。

彼らは砂埃で汚れた皮鎧を身にまとい、手には年季の入った斧や剣を携えている。



「おっ、こいつは驚いた。こんなところに女だ、それも二人も。」

「へっへっへ、お嬢ちゃんたち、こんなところで何をしてるんだい?」

「いい服着てるじゃねぇか。どっかのお貴族様かな?」


男たちは二人を見るなり、いやらしい笑みを浮かべる。


(臭いですねこの方々。きちんと沐浴はしているのでしょうか?)

(あの、心配するところはそこですか?)


「い、いえ…私たちはただの旅の者です。急ぎですのでこれにて……。」


とりあえずかかわるとロクなことがないと判断したリノアンは、

そそくさとその場を離れることにした。しかし…


ヒュンッ! ドカッ!


「…!!」

「きゃっ…!?」


丁度数秒前までリノアンが背を向けていた大木に、

手投げ斧が鈍い音を立てて突き刺さった。

どうやらメンバーの誰かが脅しのために投げたようだ。


「まあまあ、そう急ぐこともないだろ?

よかったら俺たちと一緒に楽しい事しようぜ。」

「知らねぇのかもしれねぇが、こっから先は戦場だぜ。

お嬢ちゃんたちのようなかわいい女がとおるのは危ないぜ。」

「だからよ、俺たちが守ってやろうってことさ。何しろ俺たちは腕が立つ傭兵だからな。今なら安くしておくぜ、そうだな…金は今払える分だけでいいぜ。あとはまぁ、その体で楽しませてもらえるなら十分さ。」

「なんなら一生俺たちが面倒みてやるよ、ヌヘヘ……」


彼らは傭兵と名乗っているが、なんのことはない、傭兵崩れの盗賊である。彼らがこの場にいるのは、シエナと同盟軍の戦闘に加わることではない。戦場に残された死体や負傷者から鎧や武器をはぎ取ることが目的なのだ。こうした落ち武者狩りを行う集団は多かれ少なかれいる。何しろ今のご時世、各地で戦争が勃発し武器や防具の供給が追い付いていないのだ。当然武具の価格は際限なく高騰し、どんな中古品であっても高く売れる。だったら何もわざわざ戦場に出て命のやり取りをする必要はない。


「汚らわしい人間たち、それ以上私たちに近づかないことです。

さもなくば私の術で全員氷漬けにしてしまいますよ!」


「へへっ、氷漬けだ?寝言いってんじゃねぇよ。」

「大人しくしねぇと痛い目に合うのは嬢ちゃんたちの方だぜ?」


一応警告を発するリノアンだったが、当然相手は知らん顔。

やはり姿かたちからして戦う力があるようには思えないのだろう。


「警告はしました――――――ハッ!」


リノアンの身体が急に青く冷たい光に包まれる。


「な、なんだありゃ!?」

「なんなんだ!?」


人型だった光はすぐに体積を増していき、それと同時に周囲の気温がぐっと下がる。そしてそこに現れたのは……体長4メートル近く、細くも力強い四本の脚、

身体は蒼く鋭い鱗に覆われ、細長い尻尾とこれまた長い首。


男たちは、初めて見る巨大な生物を前に恐怖と体温低下で動けなくなった。

最後の言葉を発することなく人生を終えるのだ。


《はあぁぁ………》


まるで溜息のように口から濃い霧が吐き出される。

霧にまかれた物体は、人間も草も容赦なく凍り付いてゆく。

ただしシズナだけはリノアンがあやつる加護の影響で、凍ることはない。


わずか一回のブレスで、リノアンの前方10メートルの範囲にある物体は

例外なく水分をすべて凍らされ活動を停止した。

先ほどまで威勢よく絡んできた男たちも、真っ白な氷像に早変わり。

安全を確認したリノアンは、竜化を解除し人型へと戻った。


「ありがとうございました、リノアンさん。」

「ご無事で何よりです。しかしこの男たちは何物でしょう?

傭兵だと言っていたのに戦場から離れたこんな場所に潜んでいるなんて。」


「そいつらは盗賊だよ。死体漁りをしようとした最低の人間だ。」

「カズミ様!」

「竜王様!」


いつの間にか、二人の背後にカズミが立っていた。

どうやらリノアンの冷気を感知して何事かと見に来たのだろう。


「カズミ様!こ、怖かったですぅ!」

「おっと、よしよし…竜を怖がらないシズナさんが盗賊を怖がるんだね。」


カズミの姿を見たシズナは、真っ先にカズミの懐にとびこみ

まるで犬のように怯えながら抱き着いてきた。


「申し訳ありません竜王様、シズナ様を僅かと言えど危険にさらしてしまって。」

「何言ってるんだいリノアン、ちゃんとシズナを守ってくれたじゃないか。

優秀な書記官をもって僕もとってもうれしいよ。」

「…は、はぃ。恐縮です。」


リノアンもかなり緊張していたのだが、カズミの姿を確認してほっと一安心する。


「しっかし、死体漁りを狙って潜むのも悪趣味だけど、

無防備な女性を見つけて拐そうなんて、最低な奴らだ。

………けど、森の木々まで凍らせる必要はなかったんじゃないかな?」

「申し訳ありません!我々氷竜のブレスは範囲内全てに効果が及びますゆえ!」

「ふむ、こりゃ火竜以上に味方を巻き込まないように工夫する必要があるね。

さあ二人とも、戻ろうか。早くしないと他のみんなが心配するからね。」



こうして、竜王の一行は両軍に気付かれることなく観戦を終えた。


戦闘が終わったネン川では、水面に無数の死体が浮かび、

岸の土や草は戦士たちの血で所々赤く染まっていた。


反シエナ同盟軍を撃破したシエナ軍は、輜重隊を渡河させ、ルティック領内をしばらく進んだところで陣を敷いた。川辺では早速死体漁りを目的とした人々が剥ぎ取りを行っていたため、彼らを追い払ったのち正規軍の死体だけ回収する。同時に、まだ使えそうな武器も回収し、物資の足しにすると後の死骸はその場に放置。

シエナ軍が去ってしばらくすると死体漁りは再開された。



「よくやってくれました諸君。諸君らの奮闘で、ルティック軍は壊滅状態、

オーヴァンとドレスタッドも戦力の大半を失って大人しくなりました。

あとは、首都のザッヘルベルさえ落とせば完全勝利です。」


その日の夕方、シエナ軍の幕舎ではマリアルイズが部下の将校たちをねぎらっていた。


「はっはっは、奴らもあれだけ気合を入れていた割にはずいぶんあっけなかったですな!」

「その上わが軍の損害は軽微です。まだ彼らが向かってくるようでしたら、戦功の足しにでもして差し上げましょう。」


そこにいる誰もが、この戦争の大半はすでに終わり、あとは消化試合だけだと思っていた。反乱の発生からすでに二か月。国内情勢もやや不安定になってきていただけに、終わりが見えたシエナ人たちは皆安堵していた。


しかし、安心するのはまだ早い。

戦いは最後の最後まで何が起こるかわからないからだ。


登場人物評


ルノルト 重装甲歩兵13Lv

58歳 男性 人間(オデッソス人)

【地位】オデッソス領主

【武器】鋼の槍

【好き】石像

【嫌い】魚

【ステータス】力:14 魔力:1技:9 敏捷:6 防御:16

退魔力:2 幸運:8

【適正】統率:D 武勇:C 政治:C 知識:D 魅力:D

【資質】火 氷 風 土 木 海 雷 神 暗

    ― ― ― ◎ ― ― ― ― ―

【特殊能力】防衛


 グレーシェンと共に、最初期にアルムテンに鞍替えしたオデッソスの領主。オデッソスは良質な石材が取れるため、多数の採石所を有する。この地に住む男性のほとんどが採石所の労働者であるため屈強な者が多く、一度兵士となれば鉄の鎧を軽々着こむことが出来る。ルノルトもまた、領主を継ぐ前までは採石所の責任者の一人であり、鍛えられた豪腕はいまでも衰えないと自尊している。シエナに対して元々それほど反感を抱いているわけではなかったが、知人であるグレーシェン領主クーゼの説得により、竜についた方が得と考えて、アルムテンに恭順した。

豪快で細かいことを気にしない好漢であるが、食べ物の好き嫌いが激しく、とくに魚料理を苦手としており、しばしば魚好きであるブランドル領主ゼーレと口論することも。



資質:土の資質のみをもつ。竜術適正は人間が誰しも持っているものではなく、

何も持っていない者も珍しくない。なので、ルノルトだけが特に才能がないというわけではない。なお、地の資質を持つ人間は性格的に思慮深くなる半面頑固になる傾向があり、ルノルトはどちらかというと負の影響の方を強く受けている。

資質は持ってればそれでいいというわけではないのだ。


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