第13期:覚醒(後編)
今期の一言:我々は神にはなれない。竜にもなれないし、精霊にもなれない。
しかし、最後に勝つのは決まって我々なのだ。
――とある勇者の残した言葉
アルムテンの城の中に入ると、とてつもなく広い大広間がある。
その奥には壁一面が使われている壁画があるのをご存じだろうか。
すでに色あせて、所々剥げ欠けているが、いまだにそこには壮大な光景が描かれている。山々に囲まれた盆地にいくつもの石造りの建物が立ち並び、中央には丁度この城砦と同じような大きな建物がそびえたつ。そしてその建物の背後には、巨大な漆黒の竜を中心に何匹もの竜が空を舞っている。そのとてつもなく巨大な竜は、頭部に銀色に輝く二本の角を生やし、背中には体の数倍はあろうかと言う巨大な翼、後ろ足だけで立つその骨格はまるで鉄板を打ち出したかのよう。そして後ろから伸びる、いくつもの棘がついた固そうな尻尾。
現実にいたらさぞかし恐ろしいだろう。が――――
《おぉーっ!すごいぞ!体中から力が無限に湧いてくるようだ!》
「ひっ………いいぃ……、う…ウソだろ……」
《そういえばさっき元竜になるのは来月からと言ったね。ゴメン、あれは嘘だ。》
セスカティエ軍の隊長ジシュカは、
恐怖のあまり腰が砕けてその場にへたり込んでいた。
いや、彼女だけではなく周りの兵たちも恐慌状態で、身動き一つできなかった。
なぜなら、目の前には見たことも無いとてつもなく巨大な竜がいるのだから。
体長は10メートル以上はあろうか。全身が漆黒の鱗に覆われ、
その眼光は射抜かれただけで即死してしまいかねないほど鋭い。
それはまさに、生命の理不尽が鎮座しているような光景。
《なるほど!これが竜の身体!思ったより悪くない!いやむしろ気に入った!
今だったら何にでも勝てそうな気がしてきた!》
で、当の竜王本人は初めての元竜化で思い切りテンションが上がっていて
気分的には邪悪な気配は一切ない。竜の身体の具合を確認しようと
ためしに一歩足を踏み出してみる。
ズーン!
「う、うわああぁぁぁっ!!??」
「こんなやつに到底勝てっこねぇ!逃げろー!」
「ふざけるな!だれだよ、ミラーフェンにロクに軍隊もいないなんて言った奴は!」
《んー!いいね、この高みから見下ろす優越感!
人がまるでごみのようだよ!っははー!》
一歩歩いただけで地面が揺れ、くっきりと大きな足跡が刻まれる。そのあまりの威圧感にセスカティエ軍は誰もが戦意喪失し、蜘蛛の子を散らすように潰走しはじめた。隊長であるジシュカも、出世だのプライドだの一切投げ捨てて迫りくる巨大な漆黒の理不尽から逃れようとすることで精いっぱい。後に残ったのは、カズミとの格闘戦でノックダウンさせられた兵士だけとなった。
こうしてカズミはほとんど何もせずに、敵を退却させてしまったのだった。
めでたしめでたし。
《ようやく……竜になれたんだ。》
改めて自分の体を見渡してみる。すでに人間だった面影はどこにもなく、表面は逆立った黒い鱗でびっしりおおわれている。スマートながらも力強そうな腕に、五本の指からは鋭く光る刃のような爪。これが自分の姿だといまだに信じられない気持ちだった。確かに、この力さえあれば世界を征服するのは容易いのではと思えてしまう。
「ああ…カズミ様、とうとう……竜になることが出来たのですね。とても、強そうで……かっこいいです。私、感動しました!」
「あわわシズナ姫様!こ…こっち向きましたよこっち!食べられちゃいますよ!」
「大丈夫ですよマガリ。あの方は人を食べたりなんてしませんから♪」
「なんで姫様は平気なんですか~~!」
カズミが城壁の方を振り向くと、こんどはミラーフェンの守備隊が驚き竦み上がってしまう。それに比べ、たとえ正体がカズミだと分かっていると言えど、見たことも無い巨大な竜を前にして平然としていられるシズナの度胸もなかなかのものだ。
「竜王様!そのお姿は!」
《おっとその声はリーゼロッテ。そっちも片が付いたのか。》
「なんという……強大な姿、そのお姿をほかの竜たちにもお見せくだされば、
間違いなくあらためて竜王様の前に忠誠を誓うことでしょう!」
東門を守りきったリーゼロッテが駆けつけてきたとき、彼女もまた感極まって、カズミの姿を絶賛した。今までカズミのことを疑っていたわけではないのだが、改めて竜王の真の姿を目の当たりにすると、そのあまりの威容に感動すら覚える。
《ちょうどよかった。リーゼロッテに一つ聞きたいことがあるんだけど。》
「如何しましたか竜王様?」
《元に戻るのにはどうすればいいの?》
「…………え?」
その後、元の姿に戻るのに10分近くかかったそうな。
…
セスカティエ軍を奇跡的に撃退し、一時の平穏が戻ったマンハイムでは自分たちが奇跡的に助かったことへの安堵と、どこからともなく現われて窮地を救ってくれたシズナ王女と「二匹」の竜への感謝の言葉であふれていた。初めて見る竜はとても恐ろしいものであったが、ミラーフェンの兵士や国民たちはシズナ姫が竜を「従えて」帰ってきたと勘違いしており、これでミラーフェンは安泰だという思いも少なくない。
思いがけずまた大きな面倒事を抱えてしまったカズミだったが…
「う~ん……どうしてこうなった?どうしてこうなった?」
現在彼は王族が使う食堂で、大量の料理を頬張っていた。
カズミが「どうしてこうなった」と連呼する理由の一つに、変身を解除した直後から猛烈な空腹感に襲われたことがあげられる。とにかくお腹が減って減って仕方なかったカズミは、大急ぎで適当に料理を作らせ、狂ったように貪る。しかし、四人前くらいはあるパンの山をあっという間に平らげてしまい、なおも空腹は収まらない。とにかくある材料で片っ端から作っては食べる。自分の体は何かおかしくなってしまったのだろうかと、カズミは心配でたまらなかった。
「ご心配なく竜王様。我々は元竜に変化するのには膨大な栄養が必要となります。
そしてそれはより強大な竜であればあるほど、力を使うこととなるのですから。
私の夫は竜の中でも特に大喰いとして名を馳せておりまして、変化の後はそれこそ人間の食料50人分ほどは平らげてしまいます。ましてや竜王様となりますと、それ以上でもまだ足りないと思われます。」
「竜王ってこんなに燃費が悪かったんだな……
これはそう何度も変身できないね。」
「それにしても、この国の料理はとても美味ですね。先日竜王様が皆に振る舞って下さった料理には及びませぬが、それでも我が国の平均よりかは圧倒的に上でありましょう。我が国の料理スキルもこのぐらいあるとうれしいのですが。……竜王様?」
カズミと共に一心不乱に食事をとるリーゼロッテ。
彼女もまた元竜変化の影響で、空腹を満たさなければならなかった。
「思わず助けちゃったけど、この国…これからどうしようか。」
「左様でございますね………正直に言いますと、現在のアルムテンの状況ではこの国をそのまま維持するのは難しいかと思われます。人口は少なく、産出する資源も目ぼしいものはなく、国土は防衛に向きません。」
「今は国力増強のために少しでも無駄な重荷は背負いたくないんだけどね……
でも、シズナさんがなんていうか。ここまで来て見捨てるのも気が引けるからね。」
ミラーフェンはアルムテンから遠く離れており、しかも敵性国家に囲まれている状態だ。おまけに隣国セスカティエとは現在進行形で交戦中。斥候の報告ではすでに万単位の主力軍が国境を越えていて、本格的に戦うとなれば最悪戦える竜を総動員する必要がある。どう考えてもこの地を維持するメリットはないとみてよい。
「私は……竜王様のご判断に従います。たとえどのような苦難を背負おうとも、
我らアルムテンの竜一同は竜王様のために働く所存です。ですがどうか、くれぐれも私情を挟みすぎませぬよう、お願いします。」
「……わかってる。」
「そろそろあの二人が国王夫妻を連れて戻ってくるころでしょう。まずは食糧を勝手に失敬したことをお詫びしなくてはいけません。」
(これが、いわゆる理想と現実ってやつか。難しい……)
頭で深く悩みつつも、口では咀嚼することをやめられなかった。
…
「黒き竜殿。我が国を救ってくれてありがとう。民に代わって例を申す。」
「いいんですよ。偶然とはいえギリギリのタイミングだったからね。」
夕方になり、城に戻ってきたミラーフェン国王から改めて感謝の意を受け取る。
王妃も、護衛の兵たちも全員が戻ることが出来て、ほっと一息ついたところだ。
「その上、連れ去られたシズナまで取り戻してくれた。感謝してもしきれぬ。」
「あ~……なんというかそれは…。」
やはりルパート王はカズミがシズナを連れ戻してきてくれたと勘違いしているようだった。カズミはまいったなと言いたげに右手で右の角を所在なさげにいじる。
「それより王様、これからどうするつもり?改めて隣国に亡命する?正直今ある軍隊じゃとても侵攻を防ぐのは無理だと思う。ま、……今すぐ降伏するっていう手も無きにしも非ずだけど。」
「うむ……そのことなのだが、黒き竜殿…厚かましい願いなのだが今後も我が国をセスカティエから守ってくれぬか。君らの力があればセスカティエも迂闊には手が出せまい。」
「本当に厚かましいお願いだね。残念だけど、僕は今すぐにでも国に帰らなければならない。」
「すまない。だが、それ相応の報酬は約束する。どうか…我が国を…我が国の民を救ってくれないか…。」
もしカズミが、ただの一般人であり何にも縛られない立場であったのなら報酬があるかどうか関係なしに、ルパート王の申し出を受けていたかもしれない。カズミは昔から困った人を見過ごせない、ゆえに前世では他人のために命を落とした。だが――今この体は自分だけのものではないのだ。
「……あのねぇ、勘違いしているのかもしれないけど、僕はこの国を救うためにここに来たんじゃない。少しのんびりしようと思ってたまたまこの地に来ただけに過ぎない。だから今この国を守る時間も余力も僕にはないし、自分の国をほったらかしにしておいてまで同盟国でもない国に尽くそうとは思わない。」
「なっ……黒き竜どの………それはっ!」
「カズミ様…」
(すまない、シズナさん。)
カズミが下した決断――それは、シズナの故郷を見捨てるということ。カズミの言葉を聞いた瞬間悲痛な顔を見せるシズナ、せっかくとても仲良くなれたのだし、カズミだってシズナのことをとても愛していた。だが、今は嫌われてでも…非情な決断を下す必要がある。こんな調子だから、いつまでたっても恋が長く続かないんだろうなとカズミは心の中で自嘲した。
「黒き竜……、僕はただの竜じゃない、竜王だ。僕は正直人間の国がどうなろうと知ったことじゃない。大体君たちミラーフェン人は平和が長く続いたのをいいことに軍備や周囲の国への警戒を怠った。この状況は君たちが見ようとしなかった問題を放置し続けてきた結果なんだよ。弱いから?自分たちは平和を望んでいるから?そんなのは言い訳にすらならないね。ヒドイと思うかもしれないけど、僕には僕で最優先に守るものがある。ま、どうしても助けてほしいというなら、この国の権限をすべて僕にくれれば考えないことも無いけどね。そうそう。そっちがなんと言おうとシズナさんだけは連れて帰るつもりだから。」
罪悪感を振り払うように、一気にまくしたてるカズミ。恐らくバティールからは避難と懇願の言葉が、シズナからも悲しみか失望が飛んでくるだろう。
そう覚悟したのだが―――
ルパート王は怒りも焦りもせず、カズミの言葉を冷静に受け止めた。
そして少しの沈黙の後、彼は改めてカズミに向き直った。
「そなたの言うことは……もっともだ。そして第二王子クラインも言っていた。我が国は長い平和に浸かりきり、身を守る術を忘れてしまった。クラインの言っていたように…国防にも目を向けるべきであった。」
ミラーフェン第二王子クラインは、まだ10代前半でありながら隣国セスカティエの
不自然な軍拡を警戒していた。そして父王に何度も国防体制の見直しを訴え続けてきた。ところが王はあまり関心を示さず、貴族たちも金食い虫の軍に国庫を使うことに反対する。結局、彼の予感は的中し、セスカティエは全軍を上げて攻め入ってきた。報告によれば、ミラーフェン南部地域でセスカティエを抑えていたが、最終的には破られて生死不明だという。
「黒き竜殿……いや、竜王殿。この王冠と剣をそなたに託す。無理にとは言わない。だが、可能な限り…我が国の民を救ってくれないか。最悪シズナだけでも構わない!我らミラーフェン国民は竜王殿の命に従うことを誓う!」
「え!?ちょ、まった!?」
半分冗談で言ったつもりだったが、まさか即決してくるとは思わなかった。
どうも我らが竜王は面倒事を抱え込むのが得意のようだ。
「竜王殿が駆けつけてくれなければ我々の命はとっくになかっただろう。あなた方の奴隷になろうとも構わぬ。我々に…未来のチャンスを残しておきたいのだ。」
「そうか……。」
(ごめんよ、ルントウ。それに…竜のみんな。
僕のせいで遠回りしてばかりだね。)
――その後、カズミはミラーフェン国王に以下の条件を提示した。
一、国民は『竜王』の命令を絶対とし、国王より権威は上と心得ること。
二、新しい居住地及び職業についての拒否権はないものとする。
三、日々、心身を鍛えること。王族も例外に非ず。
それを受けてルパートはまず首都マンハイムの国民たちに事情を説明し、国家存亡の危機を回避するために竜の庇護下に入ることを宣言。異論は認めないとした。住民たちからは反対の声が相次いだものの、昨日の竜の威容を思い出すと最終的にはそれしかないだろうと妥協する人々がほとんどであった。
彼らはまず、シズナが新たに制御可能とした術――『空間転移』で一旦エオメルまで送る。エオメルは備蓄食料が豊富なため、ミラーフェン国民の半数くらいが流入したとしても1年は持つ。それまでに食糧自給のめどをつけるつもりだ。首都以外の都市はリーゼロッテとお供の風竜や火竜が、ミラーフェンの官吏を伴って順次首都へと避難させる。その際、北方の領土で守りについているミラーフェン第一王子セルジュとも合流する予定だ。
セスカティエの本隊が迫っている。首都のタイムリミットはおそらく三日以内。
カズミが体を張って足止めしたとしても、すぐに各地にある主要な町が襲撃されるだろう。遠く本国から離れたこの土地で活動できるのは、カズミとリーゼロッテ、
それにお供として連れてきた火竜と風竜くらいだ。もはや一刻たりとも無駄にはできない。
「シズナさん。無理するなとは言わないけど…やりすぎて倒れないようにね。」
「分かっています……、これしき程度で私は挫けません。故郷の皆様の未来のためにも…私が命懸けでやらなければならないのです!」
せっかくのピクニックは、国家存亡の危機で台無しになってしまい、
その上カズミにはミラーフェンが滅びそうなのは自分たちの努力不足だと断言され、今は国民たちを竜族の僕にしようとしている。竜王の力を使えるようになったとはいえ、使うたびに力を消耗し、その上ストレスも雪だるま式に膨れ上がり、
シズナの心と体は見る見るうちにボロボロになってゆくそれでもシズナは弱音を吐かなかった。たとえ国民から『竜に魂を売った』と罵られようと、彼女は強い意志を持って半強制的に人々の避難を実行していった。
(カズミ様のお役にたてるのであれば…)
その力の根源は、カズミへの想いからだったという。
登場人物評
雷竜リーゼロッテ 雷竜族24Lv
約500歳 女性 竜族
【地位】雷竜族教導長
【武器】ドンナークラップ(斧)
【好みのタイプ】ちょっと強引な人
【ステータス】力:41 魔力:43 技:30 敏捷:33 防御:30 退魔力:29 幸運:25
【適正】統率:D 武勇:B 政治:B 知識:C 魅力:C
【特殊能力】参謀 自然回復(中) 潜水
雷竜族長レーダーの妻。血気盛んで戦闘狂が多い雷竜族における例外中の例外で、
まるで地竜のようにいつもキビキビ働いている。容姿はまさにグラマスを絵にかいたようなモデル体型だが、一目見ただけで「あ、この人冗談通じなそうだ」と思うくらいの知的な顔も特徴。戦闘能力が高く、その上冷静に状況判断できる人材としてカズミが遠出する際の護衛隊長に抜擢。実際イレギュラーに遭遇するもその判断力を持ってカズミをサポートし、もしかしたらこの竜のほうが族長に向いてるのでは?と、思わせたのだとか。
なお実際には彼女に逆らえない雷竜は多いものの(夫である族長を含む)、
リーダーとして他を引っ張っていくのはあまり性に合っていないらしい。
品行方正でしっかり者であるが、唯一の欠点として悪酔いしがちであり、
一滴でも酒が入ると途端に性格が豹変して、暴飲暴食を繰り返すのだという。