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竜王の世紀  作者: 南木
第1章:グランフォード動乱
22/37

第11期:夢の中の湖

今期の一言「どのような場所を訪れたとしても、一番素晴らしい場所はやはり母国なのだ。愛国者が持つ誇りとはそういうものなのである。」

- オリバー・ゴールドスミス

夢を見ていた。


見渡す限りの緑が広がる草原と澄んだ青を湛える大きな湖。

花が色とりどりに咲き誇り、蝶が舞い、小動物がのびのびと走り回る。

見ているだけで心の底から安らいでくる。ここにずっといることが出来たら

どれだけ幸せなことだろう。


しかし…ここは一体どこだろう?


何度も見る景色なのに、ここがどこなのかわからない。


はるかかなたには、白い城壁に囲まれた街と、優雅な作りのお城がある。

そうだ、あそこにはたくさんの優しい人たちが平和に暮らしている。

湖でとれた貝や魚が並び、豊かな環境で育った薬草や茶葉の香りが漂う市場。

そしてお城には、大切な大切な………




………



……






ムクッ



「む~…んんっ、朝だ…」


日の出とともに目が覚めた竜王カズミ。相変わらず早い起床である。隣で寝ているシズナはまだ起きていない。いつもなら彼女はこのまま寝かせてカズミ自身は普段着に着替えて顔を洗った後、朝のトレーニングに移るのだが今朝はシズナが起きるまでこの場で待ってあげることにした。


そう、今日は…


「んっ…?ふみゅ…あさ……?」

「おはよう、シズナさん。よく眠れた?」

「はっ…カズミ様!おはようございます!待っていて下さったのですか!?」

「まあね。きっと君も早く起きちゃうんじゃないかなって気はしたんだ。昨日の夜は楽しみで仕方なくってなかなか眠れなかったんじゃない?」

「ああぅ、そ…その通りです。」

「ふふっ、そういうものだよ。」



今日はシズナと一緒にちょっと遠くにお出かけするのだ。






遡ること二日前


カズミの執務室に呼ばれたルントウとベッケンバウアー、それにヘンリエッタ。

アルムテンの最年長格のみがなぜかこの場に集められている。

ちなみに大長老のブラグニヒトは呼ばれてない。


「これはこれは竜王様、我々のみを招集なさるとは、

どういったご用件で御座いましょうか。」


三人を代表してルントウが一歩前に出て用件を尋ねてくる。


「うん、今回呼んだのは仕事のことじゃないから、気を張らないでいいよ。椅子も用意してあるから腰かけて、お茶を飲みながらゆっくり聞いてほしいんだ。」

「ほっほっ、竜王様……何か疾しい事でも仰るおつもりではないでしょうね?」

「ぬぉいヘンリエッタ殿!何を突然無礼なことを!」

「う゛っ……い、いや別にそーゆーことじゃないんだけどね。

ただ、こうでもしないと言い出しにくいかなっと思ってね…ははは。」


仕事のことではないと言いつつ、三人をもてなすような態度をとるカズミに木竜族長ヘンリエッタが訝しく思ったらしく、笑顔でとんでもないことを口にする。ベッケンバウアーがあわてて静止するもののカズミは見抜かれたかとばかり、ばつが悪そうに右の角に手を当てる(←最近癖になってきた)


「実はね、二日後か三日後くらいに旅行に行ってこようかと思うんだ。」

『旅行ですか!?』


族長三人どころか傍で控えていた書記官のリノアンも、

驚きのあまり異口同音でハモってしまう。


「し、しかし竜王様!旅行に行くと言ってもいったいどこへ!?」

「ここさ。」



カズミはあらかじめ机の上に広げられているグランフォードの地図の一点を指差す。グランフォード中央に位置する巨大な湖の西岸に位置する国。

その名も「ミラーフェン」



「ミラーフェン…シズナ王女の故郷でしたな。

……まさか、帰すおつもりですか?まあ、ワシは反対致しませんが、せっかくとらえておいたのにいささか勿体なくはないかと。」

「別に返すわけじゃないよルントウ。ただ気分転換もかねてちょっと遠出しようかなと思っただけ。このところ忙しくてちょっとストレス…というかモヤモヤがたまり気味だからね。」

「う~む、某は個人的には反対なのですが、竜王様に頼ってばかりいましたから

休んでいただくことも必要かもしれませんな。」


ルントウとベッケンバウアーの地竜二人組はやはりいい顔はしなかったが、

反対もしなかった。


「ありがとう。ついては、快適に旅行するために

いろいろと計画を立てたいと思うんだ。」

「留守中の行政はワシにお任せ下され。ご心配はかけますまい。」

「いつも悪いねルントウ、頼もしいよ。もし何かあったらベッケンバウアーに

いつものように闇色の勾玉を使ってすぐに連絡をしてほしい。」

「承知いたしました。

しかし…遠くに行くのでしたら風竜をだれかともなった方が。」

「いや、火急の用件だったら最悪《空間跳躍術》で戻ってくるから。

それよりも、念には念を入れてこっそり護衛が欲しいんだ。」

「こっそり…?」

「そ、こっそり。あからさまにわらわらと周りにいても雰囲気ぶち壊しだし、かといって何かあったときにサポートに回ってくれる人がいないとつらいからね。」

「それは一理ございますわね。でしたら…」


どうやらヘンリエッタが適任者に心当たりがあるようだ。

リノアンに何か耳打ちすると、リノアンはすぐに誰かを呼びに行った。

どんな人物を連れ来るのかわくわくしながら待つこと10分程、

彼女が連れてきたのはなんと……輝くような金髪に金色に輝く鱗、雷竜だ!



「雷竜族『教導長』リーゼロッテ、

竜王様のお召しによりただいま参上いたしました!」

「うおぅ…」


呼んできたのはよりによって雷竜だった。

しかもこのリーゼロッテという雷竜、とりあえず何もかもが規格外だった。足の付け根まで一気にドバっと広がる金髪に、モデルも土下座しそうなくらいの出るとこは出て引っ込むところは引っ込むダイナマイトバディ。しかし相対しただけでわかる圧倒的な堅物&真面目オーラ。顔も、メガネがこの世界にないことが悔やまれる位知的な雰囲気がある。ちぐはぐながらも妙なレベルでバランスが取れた彼女を見て、カズミは思わず圧倒された。



「先日は、我ら雷竜族長の不手際により竜王様に多大なご迷惑をおかけしたこと、

族長のレーダーにかわりまして深くお詫び申し上げます。」

「あ…あぁ、もうそのことはいいよ。本人も十分反省しているようだしさ…。」

「つきましては今回の任務で、我ら雷竜族の汚名を返上いたしたく存じます!何なりとご命令を!」


「ちょっとヘンリエッタ、彼女は何者!?」

「レーダー族長の奥様ですよ。」

「え、えええええぇぇぇ!?うそでしょ!?」


驚いたことに、よりによって『あの』レーダーの妻なのだそうだ。

一体何をどう間違えば二人がくっつくのか…


「まあいいや…、実はね君に護衛を頼みたいんだ。」

「護衛ですか!謹んでお受けいたします!

竜王様の身は命に代えましても守り抜いて見せます!」

「でもね、ただ近くで守ってくれればいいってものじゃなくて、遠巻きにコッソリと控えていてくれればいいんだ。実は今回ちょっとシズナさんと遠出したくてね、

でも二人きりだと何かあったときにまずいから、いわゆるシークレットサービス的なのがいいんだ。」

「シークレットサービス?なるほど、承知いたしました。……しかし竜王様、私から一点だけ。現在アルムテンは先日の大被害から完全に立ち直っているとは言い難く、隣国は内戦に突入しようとしているところです。そのような時期に竜王様が、

恋人と遠出するというのはいかがなものかと思いますが。」

「う…」


雷竜なのに地竜並みの堅物であるリーゼロッテも、今回の旅行に反対してきた。

と言うか普通、仮にも一国の王が私用でしばらく国を空けるのはいかがなものか。

カズミも決していいことではないと分かってはいるのだが……



「いや、今回の旅行は何が何でも押し通すからね。僕にだって自分のしたいことをする権利くらいはあるはずだ。ここ三か月ずーっと働きっぱなしだったんだ。それにこの後にもやることがたくさん待ち構えている。いつ行くか?今でしょ!」

「そこまでの決意でしたら私から申し上げることは何もありません。

十分な計画を練り、万全な体制で臨みましょう。」



こうしてカズミはやや強引に旅行計画を押し通し、長老たちと綿密な計画を立てて準備に臨んだ。護衛は雷竜リーゼロッテをはじめ火竜・風竜・木竜が一人ずつ補佐につき、飛行ルートもなるべく人里離れた目立たない場所を選定する。ミラーフェンまでは急いでも片道4日はかかり、往復には10日以上は必要となるため、その間に何か起きても大丈夫なように引き継ぎをしっかりと行っておく。


また、もしもの時に備えて『完全人化術』も習得しておく。今でも外見上では角と尻尾、それに表面の鱗くらいしか竜の特徴は出ていないが、もし何かあったとき人間社会でモノを調達するとき、角や尻尾があったらいろいろ厄介だ。そうならないために、完全に人間の形態をとれる術が必要だ。飛行能力は少々落ちるものの、戦闘能力の違いは殆どない。力も竜のままの強さで使える。


…いまだに『元竜』の姿になる方法が分からないのに、

人間になる方法を先に修得してしまい、カズミはかなり複雑な気持ちになった。


そんなこんなで準備していたらあっという間に二日たって、現在に至る。






「竜王様、どうかお気をつけて。」

「何かあったら連絡よろしくね、ベッケンバウアー。ルントウも留守番任せた。

お土産はちゃんと買ってきてあげるからね。」

「お任せくださいませ。土産物楽しみにしておりますぞ。」

「では皆様、行ってまいります。」


外出用に新しく作った黒い外套を羽織り、革製の肩掛け鞄を身に着けたカズミと、

こちらも動きやすいように作られた白い術式ローブを羽織ったシズナ。こうして並んでみるとなかなかお似合いの二人だなと、その場にいる者は無意識に感じた。せっかくの旅行なのだ。おめかしにも気合が入るというものである。



「では、カズミ様…失礼します。」

「うん。……よっと。」


カズミが寄り添うシズナをゆっくりと背負う。元の世界で人間でいた時の身体能力でも、女性一人を背負って登山できるくらいの体力はあったが、竜の身体が持つ力はただでさえ細身で軽いシズナの体重を全く感じさせなかった。



ヒュウウゥゥゥゥゥン



そして、いつものようにアルムテン城塞の屋上から、

まるで特撮ヒーローが飛んで行くように、一瞬にして空の上へと飛び立った。


初めて空を飛んだ時も、まるで体が覚えているかのように

ごく自然に空に舞うことが出来た。そして今では竜王の術を用いて

空中で変則的に加速する方法も編み出すことに成功。

もはや機動力でも風竜に迫る勢いになりつつあった。



「あ…あの、カズミ様。目が……回ってしまいますうぅ……」

「こりゃ失礼…」


が、調子に乗って同乗者に迷惑をかけないように。







「私たちも出発だ。私に遅れるな。」

『はいっ!』


続いて、護衛として付き従う雷竜リーゼロッテと、

そのサポートに当たる火竜リエリと風竜ベガレス、

それに書記官である氷竜リノアンが出発する。

リノアンは飛翔がやや苦手なのでリーゼロッテが手を繋いでいくことになる。


「ちぇっ、いいよなリーゼは。

竜王様と一緒にピクニックに行くとか。俺は留守番だってのに。」

「あのですねアナタ…

私は遊びに行くのではありません。れっきとした仕事なのです。」

「俺だって行きてぇよ!大自然の中で思い切りはしゃぎてぇよ!」


リーゼロッテの見送りに来ていた雷竜族長レーダーであったが、

今日も平常通り自分勝手なことを喚き散らしている困ったさんである。


「シャラップ!第一アナタは竜王様から『やっておくこと』があるんですから、

大人しく留守番していなさいな!おわかり?」

「はい…」

「うわぁ…レーダー族長が竜王様以外の竜に逆らえないなんて…」


レーダー族長、まさかの恐妻家説浮上。


「夫婦漫才はその辺にしておけ。はよせんと竜王様を見失ってしまうぞ。」

「ああっ、そうでした!では行ってまいります!」


こうして彼女たちも、カズミの後を追った。


「何事も……なければよいのじゃがのう…」


ルントウはやや不安そうな声で、ボソッとつぶやく。

何か嫌な予感はする。だがそれと同時に、カズミが旅行に行くのを

止めてはならないような予感もひっそりと感じていた。








ミラーフェンまでの道のりは片道で大体4日ほどかかる。

1日目はアルムテンからエオメルまで続く山岳地帯で野営して一泊。

そして2日目にはエオメルの首都サモアに到着する。


「やあスターラさん、お久しぶり。元気そうで何よりだよ。」

「これはこれはカズミ様ではないですか。お変わりないようで~。」


立ち寄るついでに、現地にいる木竜たちと行政の打ち合わせをしている

スターラのところに顔を出したカズミ。


「そちらのお連れの女性は…何竜さんなのですか?

角とか尻尾とかないみたいなんですけど。」

「いやだな、シズナさんは人間だよ。」

「初めまして。カズミ様の婚約者、シズナと申します。」

「えーっ。婚約者ぁ!?」

「あー…うん。そーゆー自己紹介するんだね…シズナさんはミラーフェンのお姫様なんだよ。わけあって今はアルムテンに住んでるけどね。」

「それはそれで驚きナンデスケド。」

「今から新婚旅行なんです♪」

「えええーっ。」

「ごめん、それは嘘。まだ結婚してないから…。」


根が素直なスターラと変なところで天然なシズナ。

合わせてみるとなかなか面白い反応が得られた。


「そうですか、ミラーフェンに。遠くまで来られてお疲れでしょうから、もしよければ迎賓室に宿泊のご準備をいたしますよ。」

「それには及ばないよ。まだ日は高いからもう少し距離を稼いでおかないと。」

「お急ぎでしたか、とんだご無礼を。でしたら……これをお持ちください。木竜さんたちが作った新種のお茶葉です。とってもいい香りがするんですよ。もしよろしければ木製の携行ティーセットもご一緒にどうぞ。」

「へぇ……こんなのがあるのか。木竜たちとはうまくやれているみたいだね。」

「はい!初めは私たち人間が奴隷としてこき使われるかもしれないと覚悟していたのですが、木竜の方たちはとても親しみやすい方々で、領主様の腰痛の薬まで作ってくれました。感謝しています。」


一時は敵対したものの、こうして竜の統治になじんでくれたことはカズミにとって大変喜ばしい事であった。カズミが受け取った新種のお茶は、新たな統治領と竜の

友好の第一歩を示すものになることだろう。


「あとこれは乾燥させた果物です。水分が抜けていて、それに砂糖もかかってますから凄い長持ちしますよ。旅の途中でつまんでみてください。それとこちらは今が旬のキノコです、煮てから塩で味付けすると最高においしいんです。あ、そうだ。せっかくだから取れたての農産物を挟んだパンもいかがですか?焼きたての物をすぐにご用意できますし、今ならしぼりたてのミルクと一緒に召し上がっていただければ。それと、先日職人が作ってくれたエオメルオーク材の椅子なんか……」

「まてまてまてまて!ま、まだ行きだから!

そんなにたくさん持っていけないよ!」

「ああっ、これはうっかり。では帰りにお待ち申し上げています。」


(まったく…親戚のおばちゃんじゃないんだから……)


危うく大量の荷物を持たされそうになったカズミは、

携行ティーセットだけもらってサモアを後にした。


「急いでいなければもう少しゆっくりしていきたかったですね。」

「そうだね。帰りに何事もなければ泊まっていくのも悪くないかもしれない。」


エオメル領の、豊かな森林と開けた畑や牧場を眼下に眺めながら、のびのびとした平和な風景をしばし楽しんだ。

日目は隣国ファズレーとの国境にある小さな村に着陸し、完全人化術を使って人間に成りすまして宿屋に宿泊することにした。結構ぼろい宿屋だったが、劣悪な環境でも眠れるカズミにとって大した問題ではなかった。むしろ出てくる料理があまり舌に合わなかったらしく、せめて野菜サンドくらいもらってくるべきだったかなと後悔したという。


3日目にファズレーの領土を横切る。


ファズレーは先月、ルティックをはじめとするシエナ北方4国と共にシエナの統治と袂を分かち、反撃に備えて急速に軍備を拡張しているらしいが、カズミの飛行ルートは人里離れた山岳地帯を縫うように設定しているので、人間たちがどのように活動しているかは残念ながら直接目で見ることはできなかった。だが今は仕事のことを考えるのはやめて、眼下の景色を楽しむことにする。野を越え山を越え、陽が落ちてきたところで適当な場所を見つけて野宿をする。



そして4日目



「うわあぁ…すごい!綺麗だ!」


眼下に広がるのはだだっ広い湖。しかもその規模は半端なものではない。

大自然の中に泰然と広がる青い水の絨毯が地平線の先まで続いているのだ。


アントリム海


『海』と名付けられるほど広大な面積を持つ、

この世界における面積第2位の巨大な湖。

その沿岸は5か国にまたがるほどに広大で、水質も淡水で飲用にも適する。この湖からとれる漁獲資源は隣接する国の主要な産物であり、領内の湖岸に急峻な山が迫るファズレー以外の国…ミラーフェン・ルティック・ドレスタッド・ベリサルダ

この4つの国は古くから湖の上を船を使って交易していたりもする。


「帰って…こられたのですね。

もう2度とこの景色を見れなくなるのではと思っていたのに…」

「良かったらどこに行きたいか言ってくれるかな。

町以外だったらどこにでも飛んで行けるよ。」

「まっすぐ!このまままっすぐ飛んでください!

私がカズミ様にお見せした絵の風景がそこにあるんです!」

「それはたのしみだ!」


カズミは、シズナに言われるままファズレー領の岸から一直線に対岸へと飛んでゆく。視界内には人間の船は今のところ見えない。そこでカズミはより湖の気分を感じたくて一気に高度を下げた。


「あ……か、カズミ様!湖に…突っ込む気ですか!?」

「なにそれおもしろそう。こっからダイブできたら気持ちいいだろうな~。」

「あのあの…そのその…!せ、せっかくの服が濡れてしまいます!」

「ははは冗談さ。

こーやって湖面ギリギリを飛んでいくだけだから、怖がらないで。」

「も、もうっ!ひどいです!」


水面からおよそ2メートルくらいの超低空飛行で進むカズミ。

飛んでいる際に発生する衝撃波が水面を削り、派手な水しぶきをまき散らす。

元いた世界ではヘリや飛行機でもなければできなかったことを、

生身のままやっていることに更なる高揚感を感じていた。


「ぃぃぃいいいいいいやっほおおおぉぉぉぉぉう!!!」


今までにないハイテンションで叫ぶカズミの顔は、

久々に笑顔で輝いていたという。









ミラーフェン。湖と自然が織りなす高原に位置する平和を愛する国。


アントリム海西岸に位置するこの国は、人口も少なく特色となる産業も存在しない

典型的な弱小国家の一つである。しかしながら、豊かな自然に囲まれ地理的に夏は涼しく冬もそれほど寒くないためとても過ごしやすい土地でもある。そのため各国の王侯貴族がこの地に別荘を所有しており、富裕層たちが金を落とすことによってこの王国の財政は潤っている。そのため、この国の領主は小さい国にもかかわらず『王』の位を名乗ることが許され、礼儀作法に関してどの国も足元にも及ばないほど完璧に精練されている。文化の豊かさも特筆すべきものがあり、絵画や音楽もかなり栄えている。


この国はその性質上軍隊が全国家の中で最も非力だと言われている。だが、前述のようにこの国は支配しても得るものは殆どなく、逆に各国の王侯貴族たちの別邸を抱えているため、他国からの非難も激しい。攻撃される心配は皆無なのだ。よって軍事費が浮いた分他のことに投資できるようになり、結果として豊かではない国土でも人々の生活レベルはかなり高いと言える。



「は~…落ち着くねぇ。」

「ふふ、気に入ってもらえて何よりです。」


今二人は丘の上にある花畑から、湖の方角をただひたすら眺めている。

そう、この風景は先日シズナが描いていた風景とまるで同じだ。


「どう?久々に故郷に帰ってこれて。」

「やはり…故郷はいいものです。ここにずっと住んでいた時は何とも思わなかった景色も…この手を離れて初めて大切なものだと気が付きました。ずっと…ずっと…夢で見ていたんです。お城の自分の部屋から見ていた、故郷の美しい景色を…」

「夢……?」


そういえば、微かに心当たりがある。


見渡す限りの緑が広がる草原と澄んだ青を湛える大きな湖。

花が色とりどりに咲き誇り、蝶が舞い、小動物がのびのびと走り回る。

今まさに目の前に同じ光景が広がっている。これが意味するのは……


(僕の見ていた夢は…シズナさんが見ていた夢……?

いやまさか、そんなことが……?いったいどうして…?)


「…?どうしたのですかカズミ様?」

「ああいや、夢に見るほど故郷が恋しかったんだね。

もし僕が竜王なんかじゃなかったら、シズナさんを故郷に帰してあげたかったとこだけど、残念ながらシズナさんは大切な人質だからね。そうおいそれと帰すわけにはいかないんだ。」

「存じています。それに、やはり私はあの城に帰りたくはありません。」

「帰りたくない?」


ところが、シズナはホームシックになりながらも家に帰ることは拒否した。


「この丘を二つ越えたところに…白い城壁のお城があります。」

「確かとんでいるときに見えたね。あまり高くないけど綺麗な形に整えられた

城郭を持つ城塞都市が。あれがたぶん、この国の首都マントハイムなんだろう。」

「その通りです。」


この国に旅行するにあたって、抑えられる情報はなるべく抑えてきた。

かなり大まかだが、都市の位置くらいはだいたい頭に入っているつもりだ。

特に首都の位置は重要であり、場所と記憶を照合させて、

見えた城塞都市が首都であるとカズミは結論付けていた。



「私にとってあのお城は家でもありますが、同時に牢獄でもありました。幼いころから私に自由は殆どなく、勉強三昧の毎日……。小さいころは毎日のように泣いて過ごしていたように思えます。ですから……攫われたとはいえ一瞬でも自由の身になれたのがとても嬉しかったんです。私は今の生活に大変満足しています。もう二度と牢獄に戻りたくありません。」

「シズナさん…」


この世界の王族…とりわけ女性は道具だ。

使用目的は王族の血統の存続と、他国との友好を結ぶため。彼らに自由はなく、運命は自分ではない誰かに握られている。いや、王女だけではない。この世界には『奴隷』が存在する。グレーシェンに行ったとき初めて目の当たりにした生の奴隷制度に、カズミは衝撃を受けたが、この世界の人にとっては当たり前のことだ。カズミだけが奴隷解放を叫んでも、周囲の者たちは決して聞き入れることはないだろう。果たしてこれは、カズミの手に余る課題なのだろうか……

元の世界の価値観をこの世界に押し付けるのは間違いなのだろうか?


「ですから…カズミ様。今の私の居場所は、カズミ様の傍にしかありません。

カズミ様……どうか、私を……」


呆然とするカズミの前に、頬を紅潮させたシズナの顔が迫る。

そして、唇と唇が後ほんの数ミリで重なりそうだった


次の瞬間!



「っ!!」

「きゃあっ!?」


突然カズミがシズナを思い切り抱きかかえる。


この時、呆然自失の状態だったカズミの心に一瞬強烈な電流が流れたような感じがしたため、カズミは反射的にシズナをかばうようにして抱きかかえてしまった。


(リーゼロッテからの警戒信号だ…!一体何が!?)


実はカズミ、もしもの時に備えてリーゼロッテにすぐに危険を知らせることが出来るよう特別な術を施すように指示をしておいた。今まで何もなかったために、カズミ自身忘れかけてはいたが、よもやこのようなタイミングでもたらされるとは思っていなかった。


《……様、竜王様!応答願います!》

《こちらカズミ…何かあったのか!どうぞ》

「あら?リーゼロッテさんの声が聞こえますね?」

「え!?シズナさんにも聞こえる?道具もってないのに?」

《緊急事態です竜王様!》


カズミはあたりを見回した。しかし相変わらずのほのぼのとした風景。

よーく目を凝らしてもどこに危険が潜んでいるかが全く確認できなかった。

が、緊急事態は目の前で起きていることではなかった。



《戦争です!マントハイム城郊外で戦闘が起きています!》

《戦争だって!?》

「せ、せんそう……!?」


登場人物評


シズナ  プリンセス2Lv

16歳 女性 人間(ミラーフェン人)

【地位】ミラーフェン第二王女

【武器】なし

【好き】カズミ

【嫌い】束縛

【ステータス】力:2 魔力:9技:1 敏捷:2 防御:0

退魔力:3 幸運:11

【適正】統率:D 武勇:F 政治:D 知識:C 魅力:C

【資質】火 氷 風 土 木 海 雷 神 暗

    ― ― ― ― ― ― ― ◎ ☆

【特殊能力】エリート


 ミラーフェンの第二王女。お淑やかでお上品、それにどこか儚い雰囲気がある。

幼いころから教養や礼儀作法を詰め込まれてきており、非常に礼儀正しいが

心の内では他人に決められるばかりの人生に辟易していた。

隣国セスカティエに政略結婚のため輿入りする予定だったが、場外を散策中に

風竜族長リヴァルにさらわれ、挙句ルントウにいろいろ丸め込まれて

竜王復活の儀式の生贄にされてしまう。だが、命の蝋燭が燃え尽きる寸前に

カズミが異世界から転生したことにより一命を取り留めた。

それ以来カズミを「運命の人」と言って憚らず、無理やり婚約にこぎつけ

最近では婚約に賛成する竜の派閥もできるなど妙にアグレッシブな面もある。

リノアン曰く「何をしでかすかわからない、行動が読めない危険人物」


資質:世界でも極稀なる「暗」の資質を持つ。

竜王の力の源を操ることが出来る数少ない逸材であり、

カズミとの出会いはまさに運命だったと言える。

なお、それ以外の資質は「神聖」以外全く持たず、それはそれで珍しい。


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