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竜王の世紀  作者: 南木
第1章:グランフォード動乱
20/37

第9期:初めての傷

今期の一言:誰かがやるはずだった。自分がその誰かになりたかった。

      ―カール・ルイス

若者竜たちが勝手に飛び出したという報告を聞いたカズミは、残った仕事のほとんどをルントウに任せ、自身は氷竜族長ウルチとウルチ率いる氷竜たちを連れて、今まさに攻撃が行われているイスカに急行していた。


なぜ氷竜か?すでに現場にいる火竜や風竜、雷竜たちではかえって事態を重くする可能性があるし、木竜は戦闘に向かず、地竜は空を飛べないため遅すぎる。氷竜も竜族の中では飛翔能力が低い方ではあるが、彼らを止めるには氷竜たちの力をもってするしかない。



「建設の陣頭指揮の最中に出撃命令とは、こき使ってくれますね竜王様。」

「ごめんよウルチ、君も忙しいと思うけど今は緊急事態だから許してほしい。」

「いえいえ、竜王様が謝られることはございませんよ。真に受けないでいただきたく。むしろ私らよりも、リヴァル君やセルディアたちの方がよっぽど大変でしょう。」

「………まぁねぇ。落ち着いたら特別休暇くらいあげなきゃ。」


ちなみに風竜族長リヴァルはカズミへ緊急報告を届けた足で一転今度はオデッソスにいるセルディアを兵士たちと共にイスカへ連れて行かなければならない。能力の問題とはいえ、あっちこっち駆け回る彼もさぞかし苦労していることだろう。それに軍を率いることに関しては現在セルディアくらいしか信用できる者がいないのも問題である。


カズミの力になりたいという者は数えきれないほどいる。しかし、だからといってホイホイ仕事を任せられるわけではない。現にこうして対外戦争と言うアルムテン史上初めての出来事において、直接カズミが補佐を任せられる人物はそう多くはなかった。ゆくゆくは巨大な国家を作ろうとしているのにこの状態では非常に心もとない。


(少なくとも、何かあるたびにこうして僕が飛び回る状態だとね……)


カズミの前途は明るい未来ばかりではなさそうだ。







一方その頃、イスカの首都リムレットでは……



「ウラドさん!竜が…隣町を壊滅させたとのこと!」

「来たか。予想以上に早いな。住民の避難はまだ万全とは言えないが、

これ以上ぐずぐずしてはいられない。野戦で迎え撃つ。」


偵察に出ていたハンターの報告を聞いた青髪の術士…ウラドは

アルムテンの竜たちを籠城ではなく野戦で迎え撃つことに決めた。


「ふむ、相手が竜とは、いささかの不足もありませんなぁ。」


同じく留守を任されていた筋肉隆々の武将、ライゼンも

手をボキボキ鳴らしつつ、甲冑を纏う準備を始めようとしている。

そこへ、慌ただしい足取りでトライアノス隊長が入室してきた。



「ウラド殿!ライゼン殿!我らカルディア歩兵軍出撃準備は整っております!

さっそく我々の配置についてご命令を!」

「ん、配置?………ん~、適当でいいんじゃないか?」

「なんと!?」

「冒険者たちはみんな自分たちで持ち場を決めてるはずだから、

君たちも好きなところで自由に戦うといい。我らはサポートはするが

なにしろ軍隊を動かしたこと殆どないから上手く命令できないんだ。」

「んなバカな…」


やる気とは裏腹に、イスカの防衛体制はかなりお粗末のようだった。


「あ、いっとくけど冒険者や傭兵たちに指示だそうとしても無駄だ。別に雇ってるわけじゃないから、『自分たちだけで戦おうとするはずだよ。まぁ…彼らはその方が実力が行かせるわけだし。」

「信じられん!だが、せめて我らカルディア軍だけは貴公の直接指揮下に入ろう!いや…今回ばかりは貴公の力を借りたいのだ!」

「そうか。では私の方がトライアノス隊長の指揮下に入ることにしよう。

実質君が総司令官だ。いいね。」

「ううむ…」


装備も命令系統もバラバラ。果たしてこんな状態で勝てるのだろうか。そうおもいながらも、自分たちが頑張らねばと気を引き締めるトライアノス。本来であれば自分たちはあの戦いで死んでいたのだ。しかし、死んでしまったのは自分たちではなく同盟国イスカの領主とその兵士たち、そしてなにより将来を期待されていた若い勇者たちもである。自分たちだけおめおめ生き残るわけにはいかない。せめて仇は討つ。






《よっしゃ、ついに敵の本拠地まで来たぜ!》

《あそこをぶっ壊せばカズミ様もきっとほめてくれるはずさ》

《さーてさーて…ご褒美の金で何の酒飲もうかな!ああそうだ

あーいうでっかい都市にはきっと酒がうなるほどあるに違いない!

こいつは楽しみだ…うあはははは!》


そして件の若竜たちが首都リムレットが肉眼で見える位置までやってきた。リムレットは荒野に流れる大きな川に寄り添うよう小高い丘の上に立っており、周囲は木や草がまばらにしか生えていない。時には野生動物や魔獣がうろつくこの地は強さを持たない生き物にとって過酷な土地でしかなかった。


そんな荒れた大地に、大勢の人影が見えた。故郷イスカを守ろうとする冒険者や傭兵たちがこぞって集まってきているのである。

彼らは兵士ではないため統制と言う言葉とは程遠い存在の荒くれ者たちだが、

戦いの腕はなかなかのものである。


《ん?どうやら人間たちは城にこもらないで迎え撃つ気みたいだな。》

《そうらしいな!わざわざ出てくるとは、手間が省けたってもんだ!

ここはいっちょ俺たち風竜がご挨拶してやるとするか!よーし、続け!》


まずは、機動力に優れる風竜たちがアレンの合図の下、物凄い速度でイスカ防衛部隊のまん真ん中に飛び込んでいった。自分たちの力があれば人間の群れなど簡単に蹴散らせる。そう信じて疑わない風竜たちに、この後悲劇が襲い掛かる…





春の半ばを過ぎたばかりだというのにこの地の気候はかなり暑い。

だが、それにも増してイスカ防衛隊が戦にかける意気込みは熱かった。


「いいかね諸君、今回の戦いで特別手当は出せぬかもしれんが、我らが踏みとどまった時間だけ家族や友人の寿命が延びるのだ。それに…竜を倒せば貴重な素材を入手するチャンスでもある。われらイスカの民の底力を見せてみよ!」

『ウーッス!』


ライゼンの大声を合図に、冒険者や傭兵たちはいっせいに武器を構えた。


「あれは…風竜(ワイバーン)か!トライアノス隊長、風竜(ワイバーン)が来るぞ!」

風竜(ワイバーン)か、まずいな……、投槍なら届くかもしれないが、

その前に強風で吹き飛ばされてしまうとこちらの陣形が乱れてしまうぞ!」

「大丈夫だ。私が精霊術で援護するから、ホプリタイたちに投槍の準備を。」

「了解!」


トライアノスは守備部隊の最前線に部隊を展開していた。

率いるホプリタイはわずか80人ほど。ここにいるどのグループよりも多いが、

軍隊としての人数としてはあまりにも少なすぎた。


「投槍用意!」


合図とともに、ホプリタイたちが右手で手槍(投擲に特化した軽い槍)を構える。

そして投擲の合図を待つ。風竜はものすごい勢いでこちらに向かってきており、

その圧倒的な威圧感で兵士たちは足がすくみそうになっている。

ただトライアノスの統率力もあって、幸い逃げ出す兵士は誰もいなかった。



「……ストーンシールド展開。」



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!



《む、岩が…!》

《術者がいるらしい、無視しろ。標的(マト)は他にいくらでもある》


風竜たちの目の前に、いきなり巨大な岩の塊が地中からせり出してきた!

この岩の楯のせいで風竜たちの攻撃はウラド達には届かない。

回り込んで攻めるのが面倒だと感じた彼らは、岩の防御を無視して

周辺に点在する傭兵団たちに標的を変更する。


が、そのときであった!



「トライアノス隊長!風竜たちが向きを変えた!」

「いまだ!投擲!」

『ホアッ!』


ホプリタイたち手から投槍が無数に放たれる!そのタイミングはまさに風竜たちが方向転換しようとした瞬間の減速のタイミングと重なる絶妙なものだった。投槍の命中率はふつうかなり低く、狙って投げても当らないものである。なのでその分広範囲に投げて弾幕を形成することで最低数本は当たるようにするのだ。この時も投槍の大半はあさっての方向に飛んだり、そもそも届かないものもあったがうち一人の飛竜に3本、もう一人に2本、そして真上を飛んでいたアレンには5本も命中!


《……ッ!?こしゃくなぁっ!!》


アレンは何とか耐えたが、他の二体は突然のダメージに耐えられず地面に墜落してしまう。イスカ守備隊たちはこの好機を見逃さなかった。


「二体墜としたぞ!」

「チャンス!俺は頭を叩く!」

「ならこっちは翼を斬る、また飛ばれてはかなわんからな!」

「おっと、尻尾を切り落とすのを忘れるな、貴重な素材になるぞ!」


熟練の冒険者たちは、地面に撃ち落とされてもがく風竜に果敢に挑みかかり、培われたチームワークで見事に攻撃部位を分担、効率よくダメージを与えてゆく。通常の兵士がほとんどいないイスカであるが、その分各個で戦う冒険者や傭兵たちが独自の判断によって小回りの利く戦いをしていた。実はこういった戦い方を竜たちは最も苦手としているのだ。



《ちっ…風竜ども、勝手に突っ込むから、みろ、苦戦してんじゃねぇか!》

《エリカ、アレンを助けてやってくれ!俺たち火竜が防衛線を踏みつぶす!》

《おいふざけるな!あいつらはそう簡単に死なんよ、それよりも

周りの煩い雑魚どもを片付けるのが先さ!いくよ!》


風竜たちよりやや遅れてワルス率いる火竜とエリカ率いる雷竜が戦場に殴り込みをかける。耐久力にやや難がある風竜たちとは違い、屈強な肉体を誇る火竜たちは

弓矢や投槍の雨にもびくともせず、発する熱気により近づくことすら困難だった。

そしてそれを上回る強力無比な雷竜は空中から電撃を放ち、目標物を粉砕する。

電撃は軽減手段が少なく、攻撃速度が速いため対処は厳しい。



「注意!火竜(サラマンドル)だ!」

「突っ込んでくるぞー!分散させるんだ!まとめて相手したら死ぬぞ!」

雷竜(リンドヴルム)もいる!やべぇ…こいつはマジやべぇ!」

「回復アイテムを惜しむな!出し渋ると仲間が死ぬぞ!」



ここに、リムレット郊外の荒野での竜対人の激戦が始まった。


はじめのうちは竜たちがその圧倒的な火力と耐久力で暴れまわり、

イスカ守備隊に甚大な被害を与えた。その勢いは凄まじく、

僅か30分で12の傭兵団が消滅し15の冒険者パーティーが全滅してしまう。


《真空刃を食らえ!お前らの身体は見えない刃でみじん切りになるがいい!》


風竜の風のブレスは軽装備の戦士たちの体を切り刻み、鈍重な重騎士たちを真空の渦で壊しにかかる。巻き起こる突風に人間の足では逆らえず、身動きが取れないところに強力な攻撃が来る。当然防ぐのは困難だ。


《我こそはという勇士よ!かかってくるがいい!火竜の炎は塵一つ残さんぞ!》


火竜が放つ火炎のブレス、そして火炎弾はまさに火山のような自然災害級の威力である。まともに受ければワルスの言う通り炭になる猶予もなく消し飛ばされ、衝撃だけでも地面に穴が開く始末。生半可な装備では防御すらままならない。


《ああっははははは!!弱い弱い弱い!弱すぎんよアンタたち!》


雷竜はいつもの調子なので以下略。


とにかくイスカ守備隊が予想以上に苦戦しているのは、

その装備の貧弱さが最大の要因ではないかと思われる。


もともと経済的に苦しい国故、いい装備品を揃えることが出来るものはごくわずか。竜を討伐するのであれば、少なくとも教皇領の聖騎士(パラディン)並の高級装備で身を固めなければ一撃で体は消し飛び、なおかつ普通の鉄装備の武器では

中々竜たちの鱗は貫けない。しかし……それでも歴戦の勇士たちはあきらめず戦い続けた。彼らは他のどの国よりも、故郷への愛情が強かった。出稼ぎに出ている彼らの心の拠り所はここにしかないのだ。自分の命を削ってでも竜を止める……


いつしか数に劣る竜たちは各所で分断され、大勢の人間に囲まれてしまう。

人間たちの反撃が始まった。







「竜王様、一つ…よろしいでしょうか。」

「ん?どうかしたの?」


現在、グレーシェン領上空を飛行するカズミと氷竜族長ウルチ。もうそろそろイスカとの国境を越えるというところで、ウルチがカズミに質問してきた。


「竜王様が…竜も人間とも分け隔てなく用いて下さるのは素晴らしいと思いますが、毎度の戦で竜のみではなく人間を積極的に使っていくのはなぜなのでしょう?

こう言ってはなんですが、前回のブランドルの戦いで我が国の人間に初めて死者が出ました。ですがもし竜だけで攻めることが出来れば、彼らの被害はないのではと……。」

「ああ、なるほど、そのことか。」


ウルチは別に人間を見下しているわけではなく、むしろ自分たちは敵の攻撃から人間を守ってやらなければならないと考える方である。弱き人間は強き竜に従う代わりに生産に従事し、強き竜は弱き人間を身を挺して護る。つまり、人間世界でいうところの貴族と平民のような関係を理想としている。ゆえにカズミが人間の兵士を危険区域に突入させるのをあまり快く思ってい無いようで、逆に竜だけの軍で戦争が出来ればそれが最上だと考えているようだ。


「まあ、僕が元の世界で人間だったから…というのを差し引いても、竜だけの戦争はあまりやりたくないんだ。なぜなら小回りが利かないからね。敵を倒し過ぎちゃったり建物を壊し過ぎちゃったり、そんな危険性を無視できない。」

「なるほど…言われてみれば火竜や雷竜たちの破壊力は絶大ですが、敵を捕まえたり建物を壊さないように攻撃するといったことが出来なそうですからね。」


カズミの言う通り、竜は強大な力を持つゆえに制御が難しい。元の世界に存在した『戦車』という兵器も、単体で非常に強力な力を持つがそれに随伴する歩兵がいればもっと効率よく戦える。拠点の占領は結局歩兵がいないとできないのだ。


「それに……こんなことを言っていいのかわからないけど、

君たち竜はそんなに数がいないし育つにも時間がかかっちゃうからね。

もし失われると戦力的にすごいマイナスだからさ。」

「……………」


裏を返せば人間は簡単に補充が効くということでもある。

カズミは思っていた以上にドライな考えを持っているらしい。


「きっと竜だけで征服できるほど、この世界は狭くないからね。

さ、急ごう。いまごろ飛び出していった竜たちがやりすぎてるか、

さもなくば……痛い目にあってるかもしれないしね…。」

「ええ、一刻も早く止めなければ。」








《くそう!こいつら、俺たち竜が怖くないのか!?》


火竜ワルスは今、イスカ軍の真ん中でただ一人孤立していた。仲間の風竜の一人が敵陣に深入りしたせいで弓で撃ち落とされてしまい、今まさに体中を切り刻まれている。それを助けに行くべくワルスはひたすら目の前の敵を蹴散らし自身も敵の固まる方へ突撃していった結果だ。


普通の国の正規軍であれば、火竜が向かってくるだけで恐怖で逃げ出すのが普通だが幾多の危険を潜り抜けた冒険者や、最高の傭兵と名高いイスカの傭兵団たちは竜に怖気づくことなく、むしろ高級素材獲得のチャンスと割り切り群がってくる。

そのことが逆に竜たちに戸惑いを与えた。


《ええい!道を開けよ!さもなくば骨の髄まで焼き尽くしてやる!》


「ひるむな!尻尾を切り落とせ!」

「耐火ミスト(←炎耐性を上げるアイテム)をくれ!それと回復アイテムを!」

「『調合薬(中)』ならもってる!これを使ってくれ!」


《おいこら!回復するな!》


こんなことなら木竜を連れてくるべきだったかと後悔したが、

いまは何とかしても仲間を守らなくてはならない!


が、その時!


《グッ!?ぐわあぁっ!!》


どこからか飛来した矢が、ワルスの左目を射抜いた!ワルスはあまりの激痛にその場に倒れ込み、のた打ち回った。竜は、頑丈な皮膚に守られているため、打撃以外で痛みを感じることは殆どない。それゆえ打撃以外の痛みに非常に弱い。


「うむ、よくやった!クリティカルヒットだ!」


矢を放ったのはライゼンの部下のハンターだった。

百歩先の木の葉をも射抜く精度の彼の矢は、

見事に弱点の一つを捕えたのだ。



「だが…火竜は見境なしにのた打ち回っておる。

仕留めるチャンスではあるが近づくのは危険であるな…」


「ならば…私に任せてもらおう!」


そう言って、立ち上がったのはホプリタイの隊長トライアノス。


トライアノス率いるカルディア軍は度重なる竜たちの猛攻により、満身創痍となっていた。85名いたホプリタイも、すでに31人にまで減っており、無傷の者は誰もいない。彼らに同行する術者ウラドも負担の大きい術を連続して使っているせいで

技能値がすでに底を尽きかけてきていた。


「隊長!無理をなさらず!」

「いいや…俺は今まで何年も前線で戦い続けたが、結局俺だけ生き残っちまった。

そして前回の遠征も……やつら竜に俺の部下は殆どやられちまった!こんな屑みたいな命惜しくない………!」


トライアノスは、持っていた最後の回復アイテム…

耐久力を大幅に回復する特効薬の瓶のふたを開け、一気に喉に流し込む。

そして空になった瓶を足元に叩きつけて割った!


「突撃!!」

『ホアーッ!!』


トライアノスと配下のホプリタイたちは、最後の気力を振り絞り

全速力で火竜ワルスに駆け寄る。


《ぐおぉぉっ!…寄るな!》

「黙れ!仲間たちの仇だ!」


ワルスもやられてなるものかとめちゃくちゃに炎をまき散らし、防ぎきれなかったホプリタイを何人か消し炭にする。だが、最終的には他の冒険者たちやライゼン達も加わり、一気に仕留めにかかった。


戦闘評価で役職が決まる火竜の中にあって、まかりなりにも守長を務めるワルスは、かなり強い。一撃一撃は非常に重く、こうしてもがき苦しんでいるにもかかわらず近づくだけでも手一杯だ。しかしイスカの人々は力を合わせワルスを徐々に弱らせてゆく…



「はあっ…はぁっ!今なら…やれる、これでトドメだあぁっ!!」

《ヌウッ!?》

「トライアノス殿!あぶない!」


ワルスが明らかに弱っているのを見たトライアノスは止めを刺すべくワルスの頭に剣を突き刺そうと思い切り振りかぶる。が、ワルスも最後の抵抗として口を右に…すなわちトライアノスの方に向け火炎のブレスを見舞う。この動きをとっさに見抜いたウラドが、すぐに岩のシールドをトライアノスの目の前に繰り出し、結果直撃を防ぐことが出来た。ウラドの技能値は今ので完全に底が尽きてしまったため、彼は意識を失ってその場に倒れてしまった。


寸でのところで命を助けられたトライアノス。

ワルスにはもはやブレスを吐く力も残っていない、今度こそトドメだ!


「人間の怒り、思い知れ!!」

《ち…ちくしょうっ!!》


トライアノスの渾身の一撃は、ワルスの眉間を貫いた。


(へっ…う…うごけねぇゃ。…そうか、強い人間も……いるもんだ、な…ぁ)


倒されたワルスは、力をすべて失い息絶えた。

ちなみに竜は息絶えた時人型の時だと竜独特の素材が手に入らないらしい。

なので倒す際はなるべく元竜のときに行うのがベストなのだとか。



「………っ、や…やったぜ畜生…」


一方のトライアノスも、持てる力をすべて出し切り疲れ果てていた。それでも、彼自身の手で竜を葬ることが出来た高揚感が、

全ての疲れを吹き飛ばすかのように感じた。


部下のホプリタイはすでに動ける者は7人しかいなかった。

これ以上組織的な戦闘はできないだろう。


「よくやってくれたトライアノス殿!

我々も領主様の仇が討ててほっとしております。」

「いや、まだほっとするのは早い…、竜の攻撃はまだ続いているからな……。」


と、そこに斥候からとんでもない報告が届いた。


「ラ…ライゼンさん!大変です、向こうの空から新たな竜を二体確認しました!火竜と雷竜です!」

「む、なんだと!今頃になって新手とは…!」







「見えましたわ!リヴァルさんが言っていた通り、

人間相手に苦戦しているようですわ。」

「なんだ、負けてんのかあいつら。

俺に内緒で抜け駆けしようとするからこーゆーことになるんだ。」


今頃になって駆け付けたのは、若者たちが勝手に攻撃に行ったと報告を受けた火竜族長のサーヤと雷竜族長のレーダーだ。目の前に広がる荒野では、人間と竜が大乱戦を繰り広げられている。火竜の放った炎があちらこちらで黒煙を立てて燃え上がり、大地には風竜の風の刃で出来た断裂や雷竜の雷によるクレーターが出来ている。あたりには倒れた人間と戦いの合間に骨まで解体されている竜の遺体が散乱し、その様子はまさに地獄絵図だった。


「……私たち火竜は、戦うことこそが生きがい。戦場で死すとも、それは名誉ある死ですわ。ですが…ですが……人間どもはこともあろうに私たち竜の肉体を……

あれほどまでに無残に解体してしまうなんて………許せませんわ!!」

「おうよ!まったくだ!俺が一人残らずこの世から消し去ってやんよ!いくぜええぇぇぇぇ!!」



族長二人は、久々にその姿を元竜のに変えると、戦場めがけて一直線に突っ込んでいった。



《エリカ!あれを!》

《サーヤ族長…それにレーダー族長!応援に来てくれたのか!》


「な、なんだ!新手の竜だ!」

「でけえ……」



族長二人の参戦で、形勢は一気に逆転し始めた。


サーヤの放つ炎は他の火竜のそれとは比べ物にならないほど強力で、エオメル攻略の時に見せた火球よりもさらに巨大な炎の玉を、一気に4つも地上に撃ちこんだのだ。着弾点にいた人は叫び声を上げる暇すら与えられずに身体ごと蒸発し、やや離れていた者も衝撃で大きく吹き飛ばされる。そのサーヤよりもさらに強いレーダーとなると、その威力はむちゃくちゃだった。彼が放つ雷は数秒に一発と言う非常に速いペースで一度に何十発も放たれる。当たれば地面に大穴があき、たとえ頑丈な防具を纏っていても威力は軽減できない。まさに空飛ぶ理不尽と言っても過言ではなかった。



「くうぅ…、ゲホッゲホッ!ウラド殿…トライアノス殿、無事かね……」


猛烈な火炎攻撃が過ぎ去り、ようやく顔を上げることが出来たライゼンは、

身をかがませながらあたりを見回した。初めのうちは煙が立ち込めて

ほとんど何も見えなかったが、やがて煙が晴れ周囲の状況が分かると、

あまりにもひどい模様に愕然とせざるを得なかった。


彼の周囲に動ける者は一人もおらず、何人かはまだ息があるのか微かにうめき声をあげている。先ほどまでウラドやホプリタイたちがいたところには大きなクレーターが出来ていて、その周囲にホプリタイの装備が無残にも黒焦げの状態でくすぶっていた。どうやらウラドはサーヤの放った火炎攻撃の直撃を受けてしまったのだろう。確かめようにも、彼の身体は一片たりとも残っていなかったが。



「くそ……!竜の奴ら…見境なしだ!」

「トライアノス殿!生きておられたのですか!」

「ああ、とっさに火竜の腹の下にもぐったおかげで避けられた。」


その中で、ワルスのすぐ近くにいたトライアノスだけは、

ワルスの亡骸をあえて盾にすることで被害を防ぐことが出来たようだ。


「しかしこれはまた……」

「これが本当の竜の力なのか。理不尽にもほどがあるな。」


なにもかも、すべて吹き飛んでしまった。

結局残ったのは二人だけ。



「ちょっと、そこの貴方たち。」

『!?』


と、そこに突然若い女性の声が彼らの後ろから聞こえた。

何事かと思い振り返ってみると、赤を基調とした派手な服に

ボリュームたっぷりの赤い髪の毛、そして頭には二本の白い角、

腰のあたりから赤い鱗に覆われた長い尻尾も見える。


「貴方たちですの?ワルスを倒したのは?」

「ワルス…?」

「そこに横たわる大きな火竜のことですわ。」


彼女から名前を聞いて今ようやく火竜の名前が判明した。


「…ああそうだ。俺がやった。」

「ふぅん、そうですの。」


真正面から向き合ってこの女性が何者なのかなんとなくわかってきた。

彼女は、先ほど猛烈な勢いであたりを火の海にした強力な火竜そのものだ。

一見すると若い女性なのに、その威圧感はとても大きなものに感じる。


(今度は俺の方が奴らにとって仇になったということか。

下らんな……こうして恨みの連鎖がいつまでも続くんだろうよ。)


だが、竜のにとっての仇となって死ねるのはそうそうあることではない。

もともと一般市民階級出身の彼は、竜は空想上の生き物だとおもっていた。

そんな空想上の生き物だと思っていた竜が目の前にいる……

そして…自分はそのうちの一匹に勝ったのだ。

たとえ今目の前にいるこの女性の竜に殺されても、悔しいとは思わない。


が……


「ふふ、とても勇敢な方ですわね。

貴方の戦士としての強さは称賛に価いたしますわ。」

「え?」

「私、火竜族長サーヤが死したワルスに代わり、あなたを強者と認めて差し上げましょう。これを受け取るがいいですわ。そして……もっと強くなって私たちと再び会いまみえましょう。」


そういうとサーヤはワルスの顎の部分から一枚鱗を取ると、

何が何だかわからず唖然としているトライアノスに投げ渡した。


「では私は急いでやらなければならないことがございますので、

一旦失礼いたしますわ。ごきげんよう。」


サーヤは再び元竜の姿に戻り、どこかへ飛び去ってしまった。


「なんだったのでしょうな、あれは?」

「さあ……?」


残った二人は、黒焦げの大地に呆然と立ち尽くすしかなかった。


「俺は…また生き残ってしまったのか……」


トライアノスの絶望した悲壮な声だけが、

ただむなしく屍が転がる焦げた大地にぽつりと浮かぶ。

登場人物評


ウルチ 氷竜族29Lv

約650歳 男性 竜族

【地位】氷竜族長

【武器】アルブム・グラキエーズ(杖)

【趣味】骨董品の収集

【ステータス】力:27 魔力:30技:28敏捷:24防御:32

退魔力:34幸運:19

【適正】統率:C 武勇:D 政治:B 知識:B 魅力:C

【特殊能力】防衛 鎮静 潜水


氷竜族長。まるでハリネズミの針のような水色の髪の毛を持ち、

実際固くて触ると痛い。性格はかなり紳士的。所作もまるで貴族のように

優雅でそれでいてどこか重厚な雰囲気を纏っているため、

困ったことがあると何かと頼りにされることが多い。しかしながら、

元々小さい時から非常に人見知りで引っ込み思案だったため、

族長になる以前は人知れず必死の努力でコミュニケーション能力向上に励んだ。

そのため今でこそ氷竜にしては明るい性格だが、ジョークのセンスだけは

壊滅的に欠けているともっぱらの評判。カズミからは、その何事も手を抜かず

仕事をすることを評価されてアルムテンの再開発を任されている。


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