チュートリアル:長老とのお話『竜族のこと』
今期の一言:この世界で最も理解しがたいことは、この世界が理解できることだ。
アルバート・アインシュタイン
「どうしたものかなぁ、これは……」
和壬は頭に生えた角をばつが悪そうにさすりながら途方に暮れていた。なにしろ、落ち着いた途端元の世界の記憶がどんどん蘇り、現実を受け入れようとすればするほど脳が拒絶反応を起こすのだから。
だが、いつまでも黄昏ているわけにはいかない。和壬は昔から時間をあまり無駄にしたくないタイプだった。
「ねえ君」
「はい、私ですか?」
蒼髪の女性に声をかける。
「名前は?」
「リノアンと申します。巫女をさせていただいています」
「種族とかあるのかな」
「はい、氷竜です」
「ところで竜王って偉いの?」
「……え? あ、はい! 竜王様は、私たち竜族の王様ですから当然一番偉い方です!そのことに異議を唱える竜は滅多にいないかと!」
唐突かつアホな質問をぶつけられたにもかかわらず、リノアンという名の氷竜は両こぶしを握り締めて力説する。
「じゃあさ、二番目に偉いのって誰?」
「二番目ですと……長老様ですね」
和壬はふと封印から解かれた直後に長々と口上を述べていた、茶色の鱗に白髪の長いあごひげが特徴的だった老人(?)を思い出した。位置的にも年齢的にも恐らく彼の者が長老ではないかと思われる。
「じゃあ悪いけど長老さんを呼んできてもらえるかな」
「畏まりました」
「リノアン、私が行くからいいわ。あなたは竜王様のお世話をしてなさい」
リノアンの代わりに、緑髪の女性が飲み物と薬を置いて長老を呼びに部屋から出て行った。
ベッドで眠っている女の子をもう一度覗いてみる。
女の子には角や鱗が見当たらないので、正真正銘の人間なのだろう。儀式場で倒れていたので、大方生贄にされてたに違いない。
カズミとしては、自分を呼び出すためにここまで衰弱させてしまったことに非常に罪悪感を感じるが、あくまで自分の意思で封印を破ったわけではないので仕方ない。
(しかし……すごいかわいい子だなぁ。おとぎ話に出てくるお姫様ってこんなかんじかな。もっとも、僕はお姫様を攫った悪い竜の役なんだろうな。せっかく異世界に来たんだから、勇者とかの方がよかった。それがだめでも、普通の町の人でも良かったのに)
よりにもよってほぼラスボスである。この時点ですでに二度目の人生も平穏に過ごせる可能性はほぼゼロに近くなった。安らかな死を迎えることもきっと不可能なのではないだろうか。
(けど、なにはともあれまずはこの世界のことについていろいろ知っておかなきゃ)
コンコン…
「失礼いたします竜王様。長老ルントシュテット、ご命令により参上仕りました」
和壬の予想は正しく、封印を解かれて最初に出会ったこの老人こそ竜族を束ねている長老だったようだ。よく見ると彼の頭にもごつごつした角が生えている。
「あぁ、さっきは突然飛び出していってごめんなさい。」
「いえいえ……謝られることはございません。竜王様も落ち着く時間が欲しいところでしょう」
「まあね。それと長老さん、あなたといろいろ話したいことがあるんだ、いいかな」
「えぇえぇ! それはもちろんですとも!話し相手にご指名いただき光栄に御座います!」
「そんなに固くならなくてもいいから…」
どうも和壬にとって傅かれるのはいまいち性に合わないらしい。前世ではこんなに敬われた経験は全くなかったのだから。
「まずはじめに聞いておきたいんだ。今この世界はどうなっているんだい。」
「なるほど、確かに竜王様は5000年もの間眠りについておられましたからな。
ずいぶん世の中は変わってしまいましたが……」
(世界のことを全く知らないのはそのせいじゃないんだけどね)
長老の話はやや長くなったが、簡約するとそもそも竜族は5000年前……つまり元竜王が生きていた時代までは竜族のみでコミュニティを作っていたらしい。
竜族は神族、精霊族に続き長い歴史を持つ生命だったのだが、プライドが極端に高く常にほかの種族と争っていたそうな。特に顕著だったのは文明を持った人類と、魔王を筆頭に邪悪な力を使う魔族。彼らと何度も激しく戦った挙句、結局竜王は神族と手を組んだ人類…特に『勇者』と呼ばれる凄まじい力を持つ人間に打倒されてしまった。
その後竜族の個体数はみるみる減少し、一時期は最も多かった時期の1%以下にまで落ち込んだそうな。非常に長寿だが繁殖率が異常に低い竜族はもはや種族として滅亡するかと思われていたが、皮肉にも竜族の滅亡を回避したのは人類の手助けがあったからだった。悪魔やら邪神やらを崇拝する人間がなぜかいるように、強大な力を司る竜族もまたいつしか一部の人類の崇拝の対象になったのである。
「竜王様は先ほどご自身の姿を見て大いに驚いておられたようですが」
「うん…。ちょっと恥ずかしいな」
「いえいえ、竜王様の反応も当然かと存じますわい。なぜならあれほど巨体を誇った竜王様の身体がほぼ人間と変わらない姿に御成りですからのぅ」
(だからそこじゃないんだってば)
和壬からも言いたいことは山ほどあるが話の腰を折るのも野暮なので話を続けさせる。
なぜ現在の竜族が殆ど人間の格好をしているのか?
これもやはり人類と過ごし始めてからの変化だった。
実は竜族はその気になればいつでも『元竜』と呼ばれる、ドラゴンの姿に戻ることもできるが今となってはよほどのことがない限りそのようなことはしない。
ドラゴンの姿に戻ると体は無駄に大きく、物は掴みづらく、力も過剰に振るってしまう。なので小回りが利いて便利な人型で過ごす竜が今のところは大半であり、今では卵から孵った直後から人型で生まれてくるのだという。極稀に元竜の形態にならないまま一生を終える竜もいるとかいないとか。
「なるほど。それで竜と言いながらも殆ど人間と変わらない姿なのか」
「左様でございます。慣れない体かもしれませぬが…」
「いやいや、慣れないどころか気に入ってるよ」
もともと人間だったのだから慣れるも何もない。
ちなみに、精霊族をはじめ獣人族(元獣族)、はては魔族まで今ではほぼ人型なのだという。もとはと言えば人類はほぼ神族に近い身体的特徴を持つらしいので、なんだかんだ言って人型が一番この世界では合理的なのだろう。
種族滅亡の危機を乗り越えた竜族は、長い年月をかけて少しづつ個体数を回復し、世界各地に種族ごとの集落を作って平穏に暮らしていた。
だが、竜族がのんびりと暮らしている間に他の種族はそれ以上に繁栄していた。特に人類はその生存権を世界各地に余すところなく伸ばし始めており、竜族の里とも接するようになってきているらしい。
竜族が溜めこんでいると噂される財宝や不老不死の薬の元となるとされる竜の血液を狙う冒険者(実際には寿命は延びるらしいが不老不死の効果はない)、竜崇拝の人間を異端者として教化という名の侵奪を行う教会勢力など次第に人類勢力との対立が目立つようになってきていた。
竜族には人類と争う気はなかったし、対等に争えるだけの力を持っていなかった。何しろ竜族は世界各地にバラバラに暮らしているため連携どころではなかったのだ。
そこで、竜族で長く生きている、地竜族族長ルントシュテットを長老として、各地に散らばる竜族の同胞たちをひとつにまとめて、かつて竜族の都があった地に竜族国家『アルムテン』を建国した。
「そしてあとは失った竜王の復活、というわけなんだね」
「その通りでございます。幸い竜王様の体は固く封印されてはいましたが、滅することなく昔のままで残っていたのでございます」
「で、これから僕は竜族たちを率いて、この国を反映させるのが使命だと…」
「どうか今一度、我らに力をお貸しくださいませ」
「事情はだいたいわかったよ。でもね…今度は僕の話を聞いてほしいんだ」
「な、何かワシの話に問題でもございましたか?」
「そうじゃないんだよ。むしろ問題があるのは僕の方かもしれない」
さて次は…和壬の番だ。
「僕の体は竜王であっても、どうも心は別物らしいんだ」
「………はい?」
突然頓珍漢なことを言い出す竜王に対して、目を点にする長老。
「僕には異世界の記憶があるんだ」
長老の話は長いから9割5分カットしてあるよ by三日月和壬