表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜王の世紀  作者: 南木
第1章:グランフォード動乱
16/37

第5期:アルムテン戦略会議

今期の一言:山に住む人にクジラの大きさを教えるにはどうしたらいい?もっともダメなのが、手を広げてひたすら大きさを喧伝すること。絵に描いて教えればまあまあ理解してくれるだろう。最良の方法は、大きさを具体的な数値で言うことだ。

 ――――ナーゲルリング島の数学者アブス・ミールト


 グランフォード地方にはほかの国よりとびぬけて国力が高い国が3つある。

 一つ目は、東の大国であり教皇領が最も近く、国土も一番大きい『シエナ』

 二つ目は、中央の支配者で数多くの人口と精強な軍隊を擁する『セスカティエ』

 三つ目に、西方の海運を司る非常に裕福な国『コルプラント』


 この三国はいくつかの属国を抱えつつ、時折小競り合いはあるものの大きな戦いを起こすことなくこの地方に緩やかな平和をもたらしていた。

 さらにシエナは東方の山々を越えてくる蛮族や魔族の集団を倒し、セスカティエは北からくる獣人族を撃退し、コルプラントは海賊の討伐といったようにどの国もそれぞれの地に応じた問題に対処する必要があるため各国のリーダーのような形で小国を保護する役割を担う。

 属国たちは大国の庇護を受ける代わりに、毎年莫大な貢物を宗主国に献上することになっており、これがあるせいで属国は時として経済的に苦しむこととなり、軍備も縮小。防衛もますます宗主国頼みとなる。


 この体制があと数十年も続けば、いずれはグランフォードはこの三国に統一されることになるだろうと思われた。


 しかし、内部ではすでに綻びが進行していたのだった。シエナもセスカティエもコルプラントも……時がたつにつれ属国に横暴な態度を取り始める。

 5年ほど前にはコルプラントの支配領域だったアルヴィオン半島で大規模な独立内乱が勃発し現在も数多くの国が群雄割拠している状態。

 セスカティエは外交下手なため度々他国と無用な摩擦を引き起こし、シエナも大きすぎる領土を維持するのに四苦八苦。各国とも軍の維持費は高くなり、税は重くなるばかり。


 そこに降って現れたかのような竜王復活と、超大国カルディアの敗北。これにより、盤石かと思われた大国シエナの権威は一気に地に落ちたのだった……。




「……では、我が国への貢物の献上を取りやめると」

「もはやシエナが我が国を敵の手から守りきれるとは思いませぬ。これからは我々は自分のやり方でいかせてもらう」

「考え直すなら今の内ですぞ。我が国はいまだに国力も軍もともにグランフォードで一番である。我が国にも落ち度があるとはいえ、軽々しく今までの関係を破棄するというのは信義的に……」

「くどい、今すぐにお引き取り願おう」

「…………っ!後悔しても知りませんぞ」


 シエナの属国の一つだったこの国……『ルティック』は、先日シエナ軍が離反したグレーシェン軍わずか数百人に完敗したことを知ると、宗主国に見切りをつけ属国から独立することを決めた。

 今までシエナには季節が変わるごとに国家収入の三割近くを献上品として上納していたため、強国としての信頼が揺らいだ今となっては貢物を献上するよりもその予算で軍備増強をした方がましとだというのだ。


 シエナはいまだに万単位の兵力を持っている正真正銘の強国である。グレーシェン相手に敗れはしたが一国を踏みつぶせるだけの力はまだ残っているのだ。


 だが、ルティックの領主ファルネーゼは自国だけではなく周囲の国々にもシエナに反旗を翻すよう促し、独自の連合を作ろうとした。

 その結果、隣国で同じくシエナの属国だった『ファズレー』『ドレスタッド』『オーヴァン』の3国がこの動きに同調。北方の国『エオメル』だけはシエナとの仁義を堅守する姿勢を見せたが、それでもシエナの北方に位置する国々は殆ど離反してしまう。


 一方のシエナもエオメルをはじめ、西方の属国『クシュケ』と『カホキア』それと東方にある『ブランドル』『イスカ』の5国を何とか繋ぎとめることはできたが、国力の大幅な低下は避けられないだろう。


 クシュケとカホキアも、離反しないのはブランドルやエオメルのように今までの友好を無下にできないからと言う理由ではなく、この二国は中央の支配者セスカティエとも国境を接しているためシエナ軍の4割近くがこの二国に配備されているからである。


 当然この動きを、セスカティエが見逃すはずがなかった………







 討伐軍との戦いで、わずかな兵力で勝利を収めたという報は瞬く間にグレーシェンに伝わり、住民たちを大いに喜ばせた。領主のクーゼには惜しみない賛辞の言葉が贈られ、竜王カズミも改めて歓迎の気持ちを伝えられた。



「いやー、クーゼ。これで完全にうちはシエナと決別できたな。」

「まあ……いくらうちの領地が元々反シエナ感情が強かったといっても、あれだけの大国相手にいきなりそっぽを向けることに反対する連中も少なくなかったからな」

「くっはは、その連中も今回の戦いの成果を見れば文句ひとつも言えんだろうぜ!」


 今や領主クーゼの株は鰻登り。一時は不平を言っていた交易商たちも今回の戦勝を見て一転クーゼを歓迎する姿勢を見せ、動きが止まっていた経済が再び活発化する兆しを見せている。

 中には、クーゼにアルムテンとの交易を取り計らってもらえないかとの相談もすでに出始めているくらいだ。


「領主様、失礼いたします。オデッソスの領主殿がお見えになっています」

「わかった。応接間にご案内して差し上げなさい。私も後で向かう」


 書記官からオデッソス領主が来訪したことを聞くと、クーゼは面会用の服に着替える傍ら、オデッソス領主を応接間に通すように命じた。


 グレーシェンの北東にある隣国オデッソスの領主がグレーシェンまで出向いてきた。

 オデッソスは質のいい大理石を切り出す採石場が数多くあり、その質のいい大理石を生かした荘厳な建築物が並ぶ街として有名である。

 産出された大理石は一旦グレーシェンに運ばれて、そこから各地に売り出されるためオデッソスとグレーシェンは昔から非常に仲が良かった。また、カルディア聖王国が竜王復活を阻止するための遠征の際に、シエナ軍とともにこの地で物資を無断で徴発した為、反シエナ、反カルディア感情がこのところ急激に高まってきており、グレーシェンがアルムテンの傘下に入ると、オデッソスもいち早くアルムテンとの友好を宣言したという経緯もある。



「邪魔しているよクーゼ殿。元気そうで何よりだ」

「お久しぶりですルノルトさん。貴方こそ変わらずお元気そうですね」


 応接間にいたのは赤い髪に立派な赤髭が特徴の壮年の男性。オデッソス領主ルノルトである。数年前に亡くなったクーゼの父親とは親友の間柄だった。


「アルムテンの竜王様はこちらにはおられないのかね」

「竜王様は今一度アルムテンに戻って戦略会議だそうですよ。竜はまだ何人か滞在してますが」

「ふむ、なら戻ったときにでもごあいさつするとしよう。我が国にもできることがあればいいのだが……」

「一応私の見立てでは、竜王様はまずエオメルからイスカのラインを固めるつもりでいるみたいです。なんでもシエナに攻勢をかけるのにはまだ兵力が圧倒的に不足しているらしく、シエナが混乱している間に東側に新たに強力な国家連合を作ってしまうのだとか」

「ふむ、たしかにわがオデッソスは軍備は傭兵頼み、貴国は少数精鋭かつ市街地の侵攻には向かない。そうなると比較的人口の多いエオメルとブランドルは押さえておきたいものだな」


 二人はこの時、シエナから属国が離反が相次いでいることまでは知らなかったが、それでもアルムテンと同盟している限りは自国の安全は確保できる。

 おまけにカズミはオデッソスにもグレーシェンにも貢物を要求したりはしなかった。今のアルムテンには国力に大分余裕があるので、意味もなく献上品を収めさせるよりも、恩を売っておくほうが得だと考えたからである。

 現に竜たちは初めての属国が出来たというだけで鼻高々なのだから、これ以上無意味に贅沢の味を覚えさせなくていいとも思っているのだろう。


「聞いたところによれば、貴国の軍も華々しく活躍したようだが、竜たちの攻撃はそれはそれは凄まじいものだったと聞く」

「そりゃそうですよ。はっきり言ってあれを敵に回すものではないです。シエナのような大国ならまだしも、我々小国はあんなの相手したら絶対に勝ち目はありません。逆に言えば、あの力を私たちが借りることが出来るのならこれほど心強いことはないでしょう」

「ふむ、最も彼らが我々にどこまで協力的になるか……」

「こればかりは竜王様しだい…といったところでしょう。価値なしと判断されぬよう、気を引き締めてかからなければ」



 新たに支配下に加わった勢力は、時として新たな支配者に自分の価値を知ってもらおうと積極的に支配者に協力することがある。この時支配者も彼らの要望に応えて上げられれば、今後も安定した関係を構築することが出来る。


 ゆえに、カズミにとってまだまだ失敗は許されない状況でもあった。






「ちぇー、また族長会議かよ。メンドクセー」

「だったらレーダー、君が族長をやめればいいんじゃないか? 君以外にもっとふさわしい奴がいるだろう」

「うるせーよウ○チ。俺最強だから族長は俺しかいないだろ」

「こら、変なところ伏字にするんじゃない」


「二人とも、竜王様が到着しましたわ。喧嘩はおやめなさい。」

「レーダー…君はそんなに会議が嫌いなのか。そんなこと言ってると本当に族長から解任するからヨロシク」

「すんません竜王様、解任だけはマジカンベン」


 カズミはアルムテンに戻るなり、さっそく族長会議を開くことにした。しかも今回の族長会議は今までとはいろいろ様子が異なる。


 まず、場所はいつもの会議室ではなく、復活の儀式が行われた大広間を使用。出席者も各竜族長と書記官のリノアン以外にも、セルディアやセムをはじめとした要職についている人間も参加している。

 その上で、壇上を取り囲むようにアルムテンに住む一般のの竜や人間がギャラリーのようにこの会議を見物できるようにしてある。もはや会議と言うよりも、何かの見世物に近い。


 カズミが今回の族長会議をこのような形にしたのにはわけがあった。


 今までアルムテンは国の方針を国民の知らないところで決めていた。里単位の自治ではこれでも良かったかもしれないが、これからは国民一人一人にもなるべく自分も国のことを自覚してもらい、カルディアに並ぶような国民国家を形成するのが一番だ。今回の大会議はそのための慣らし運転の意味合いがあるのだとか。



「まずはじめに、昔々……僕の前の竜王は今の僕以上に力を持っていた。けど、結局は力及ばず封印されてしまったことはみんな知っているよね。じゃあなぜあれだけ強かった竜王は負けてしまったのか……それは竜王が自分の力を過信して全て力でねじ伏せようとしたことで、世界中の種族から反感を買ってしまったからだ。今僕が同じ轍を踏まないようにするためにはどうしたらいいだろうか? そう、それは僕だけの力ではなくみんなの力を結集することだ。それはアルムテン国内だけにとどまらない……少しずつ少しずつ僕たちの仲間を増やして地盤を固めていくことこそが、ひいては世界制覇の礎となる。それをみんなには重々承知してほしい。竜だから人間だから……そんな種族間感情は一切捨ててしまえ」


 カズミは改めて、アルムテン全体の結束と他種族との協調の大切さを訴えた。

あくまでこの姿勢は堅持し続けるという姿勢の表れである。


「さて、僕たちアルムテンは幸運にもグレーシェン、オデッソスのに国家を早くも友好国として傘下に収め、グランフォード東の支配者たるシエナを撃退することに成功した。しかしながら、これはまだ僕たちの手柄とは言えない。この国はいまだに兵力は少なく人口も心もとない。そのため、次にこの国が狙うべきは……『エオメル』と『ブランドル』『イスカ』この三つの国だ。リノアン、地図を」

「はい」


 リノアンが、わきにある紐を引っ張ると。天井からつるされていた地図が―――




 コツン!!


「あうっ!?」

『竜王様!?』


 丸められている地図が落ちるように広がったはいいが、設置した位置が悪かったのか、丸めるのに使う棒がカズミの頭を直撃した……


「り……竜王様……申し訳ございません!!」

「い、いいんだリノアン。設置したのは僕だから、自業自得だよ……」

『…………』


 リノアンは涙目になって猛烈な勢いで謝っているが、他の参加者たちは、皆笑いをこらえるのに必死だった。

 「いや、あの時の竜王様には笑いの神が憑依しておられました……くくっ」とは会議当時を振り返ったとある風竜の話である。



「うあーーーーーっははははは! 竜王様、自分の仕掛けた罠に自分で掛かってやんのwwww! ザマぁwwwwwww!」

「とりあえず君は空気読めーーーーーーっ!」(←口からビーム)

「アゲーーーーーッ!?」


 仕切り直して会議を再開する。



「まず、東のエオメルは森林に囲まれた守りが固い街だ。ここをオデッソス軍と協力し、木竜と火竜を中心とした部隊で包囲する」


 大きな地図の中で『エオメル』と文字が書かれた場所にリノアンが浮遊しながら赤い塗料で印をつける。


「それと並行して、海に面した領土を持つブランドルには海竜を中心とした部隊で意表を突き沿岸都市を制圧。その後、陸上から地竜を中心とした部隊で城壁を突破する。各地方に同時に攻勢をかけて、敵にこちらの部隊が多いように見せかけ、竜はどこからでも攻めてこれることを人間国家に示す。我らのことがより一層脅威と認識されれば、各国は迂闊な行動をとれなくなる。現にシエナでは属国の反乱が相次いでいるという。しかし、シエナを制圧するのはまだ先。周囲の国を一つ一つ石をはがすようにゆっくり制圧し、十分な国力が整ったらシエナの攻略に乗り出そう。この拡張計画は長く見積もって5年を予定している」

『おぉ……』


 カズミによる大プレゼンテーションは、その場にいた全員を圧倒した。そもそもこの計画案は地竜族長ベッケンバウアーの資料と、風竜族長リヴァルと彼直属の風竜族外部調査隊によって明らかにされたグランフォードの大まかな地形と勢力図、そして司令官セルディアによる元グランフォード人ならではの物の見方をすべて換算し、最終的にカズミがわずか半日で纏め上げたものだ。

 この短期間にここまでの戦略絵図を描けたのは、やはり前世で兵学校で軍事学を一生懸命学んでいたからだろう。それを分かりやすく、インパクトがあるように説明するにはこれもまた前世で学んだブリーフィング技術が役に立った。

 しかもカズミのプレゼンは出身国のような消極的で一方的なものではなく、西側の諸国のような活発に意見が飛び交うような手法を取り入れている。



「――――以上が僕たちアルムテンの取るべき戦略とする。これについて意見がある者は遠慮なく言ってほしい」


「は、はいっ! 質問がありますっ!」


 ここで質疑応答に入ると、真っ先に手を挙げたのが壇上にいる族長や役職もちではなく、聴衆(オーディエンス)の一人木竜のクレアだった。


(よしよし、ちゃんと言われたとおりしてくれたようだね)


 年配の竜族たち……特に地竜たちは、まだ成年竜になったばかりのクレアが発言のために手をあげたのを見て若干嫌な顔をした。おそらく、若造が竜王様に意見するのは恐れ多いとでも思っているのだろう。しかしクレアは恐れずにびしっと手をあげていた。


「質問を許可しよう」

「はいっ! その……竜王様、いっぺんに二か所も攻撃するんですよね? 遠征のための食料や物資とかの貯蔵は大丈夫なのでしょうか?」

「いい質問だね、5点あげよう」

「やった!」


 よくわからない点をもらって何が嬉しいのか分からないが、クレアの緊張は一瞬で解けた様だった。


 実はカズミは、事前に数名の聴衆(オーディエンス)に質疑応答で質問のために手をあげるように打ち合わせしてあった。


(……完全に八百長だよなこれ。やっちゃいけないってことは分かっているけど、ここは誰であっても自由に意見表明できる場だってことをみんなにわかってもらいたい)


 ちなみに、特に報酬などは用意していない。完全にボランティアである。



「―――ってな感じで、食糧はだいたい一年ほど。ただ物資や武器の貯蔵はあまり多くない。戦闘はなるべく最短で終わらせるようにしないといけないね」

「はいっ! 分かりやすいお答えありがとうございましたっ!」

「竜王様、恐れながら私からも質問が」

「ウルチか。いいよ、質問を許可しよう」


 カズミの狙いは的中。竜も人間も隔てなく、意見を交わし合う空気が生まれ時にはカズミ以外の者同士が意見を交わし合う場面もあった。


 今までにない白熱した会議は4時間以上にわたって続けられた。

 それまでにいくつか部分的な修正事項はあったが、おおむねカズミが最初に提示した案に沿う形でいくこととなった。4時間も話し合って結局最初の案に落ち着いたのでは、無駄と思う方もいるかもしれないが、カズミはむしろその『無駄』もまた大切なのではないかと考えている。


まあ、当然緊急を要するときにこんなことをやってる暇はないが。

 





 会議が終わると、カズミは久々に自室に戻りすわり心地はいいが体に対してやや大きめの椅子に深く腰掛ける。手ごたえが上々だったことで、気分も上々だ。



「これでいい……。この国は新しいように見えてまだ古いところがたくさんある。無理に動かせば壊れてしまうだろう。少しずつ…新しい部品と組み替えることで

最終的に完全な新品を目指そう」

「お疲れ様です竜王様。夕食をお持ちしました」

「ありがとう。日に日に美味しそうになっていくのがうれしいね」


 今日の夕食は海竜族長リューシエが持ってきてくれた魚介類だった。

 魚介類は野菜とはまた違った工夫のし甲斐がある料理であり、今回は煮魚と言う新しいジャンルに挑戦したらしい。結果はまあまあ及第点と言ったところか。


「あ、私はお茶をお入れしますね。後リノアンさん、私の分は?」

「それくらい自分で持ってきてください。私は竜王様のお世話はしますがそれ以外の方の面倒を見ている余裕はありませんので」

「まあ! ヒドイです!リノアンさんには思いやりの心はないのですか」

「リノアン。せっかくだから今度からシズナさんの分も持ってきてあげなよ。いや、それよりも君は書記官ではあるけど召使じゃないんだから、僕のためにそこまでしなくてもいいんだよ」

「……承知、いたしました」


(まだ何か確執を持ってるのかこの二人は……)


 何とかしようにも、女心と言うのがさっぱりのカズミには今のところどうしようもできないでいる。情けないことに戦争は得意でもこういった方面ではからっきしなのは男としてどうかとも思ってしまう。



「カズミ様、今晩こそ早めにお休みくださいませ。聞くところによりますと睡眠を短時間しかとっていないどころか、日によっては寝ていらっしゃらないこともあるのだとか……」

「そうだね、いろいろやることがあって結局眠れないんだけど、ちゃんと休んでおかないと、肝心な時に倒れちゃみんなに迷惑だしね」


 そういいつつも、カズミは分厚い報告書の山が気になって仕方がないらしい。


「こちらは私が預かっておきますから、明日目をお通しくださいませ」

「ちょっとまった、せめて重要なものくらいは今日中に決済しておきたいから」

「だめです。竜王様、今晩くらいはお仕事のことは忘れてください。」

「ちぇー、書記官の反抗期だー」

「そのようなことを言われましても……」


 リノアンも、長老のルントウから竜王様を休ませろとくどいように言われているので、ここで引くわけにはいかない。



「左様に御座いますぞ竜王様、このところ竜王様は働きづめではありませぬか。少しは我々を信頼し、仕事を任せて下さってもよろしいのではないかと」

「おっと、ルントウも来てたんだ」


 というか本人が直接来てしまったようだ。


「そもそも竜王様のいた世界ではそのように一日中身を粉にして働かなければならなかったのですか?」

「まあ、少なくとも僕は軍人の卵だったから士官学校予科ではほぼ一日中訓練や勉強三昧だったなぁ。流石に寝ないで過ごしたら体が持たないから徹夜なんてあまりしなかったけど、でもこの体だとなぜか疲れを全然感じないし、眠気もあまりしないんだ。だからいつの間にか無茶をしちゃうんだよね」

「なるほど……竜王様は先ほどの演説で仰ったことを自身で真っ先に否定なされるのですかな」

「……………ああ。なるほど」



『じゃあなぜあれだけ強かった竜王は負けてしまったのか……それは竜王が自分の力を過信して全て力でねじ伏せようとしたことで、世界中の種族から反感を買ってしまったからだ。今僕が同じ轍を踏まないようにするためにはどうしたらいいだろうか?そう、それは僕だけの力ではなくみんなの力を結集することだ。それはアルムテン国内だけにとどまらない……少しずつ少しずつ僕たちの仲間を増やして地盤を固めていくことこそが、ひいては世界制覇の礎となる。それをみんなには重々承知してほしい』



 ルントウの言葉ではっと何かに気付かされたカズミ。


「ありがとう、ルントウ。今になってようやく本当にわかった気がするよ。さすがは伊達に長老やってないね」

「なに、この老骨にできることは竜王様のサポートくらいですからな。これから竜王様は各地を飛び回らなくてはならないのでしょう。その間の留守はこのルントシュテットにお任せ下され」

「ああ、ルントウにならすべて任せられそうだ。今まで以上に仕事が増えるかもしれないけど、よろしくね」

「望むところですわい」


 その日の夜、カズミは久々……というか初めて日付が変わる前に床に就いた。確かに今は時間を無駄にできる時ではないが、どれほど急いでもできることはたかが知れている。それよりも今後に備えて今は体を休めることが大切だ。



「カズミ様、私よりも先に寝てしまいましたね。ふふふ……本当に可愛らしい寝顔で」


 一緒に寝ているシズナも、なんだか安心できるような気がした。






 まあ、次の日の朝は当然カズミは誰よりも早起きなわけで。


「あーあ、よく寝た。こんなに寝たのは久しぶりな気がするよ。さてと、朝一番の軍隊体操よーい、いっちにーさんしっ!」


 今日も今日とて日課である軍学校時代からの体操を中庭でこなしていると……


「あら竜王様、朝お早いとは聞いていましたが、このような時間からすでにとは」

「サーヤじゃないか。君こそ朝早くにどうしたんだい?」


 珍しいことに、火竜族長のサーヤが体操中のカズミの下にやってきた。


「いえ、噂では竜王様は朝早くから特訓なさってるとお聞きしまして、どのようなことをしているのか個人的に気になっていたんですの。先ほどから行っておられます奇妙な踊りのような動きも特訓の一環なのでしょうか?」

「奇妙な踊りときたか………。これはね、僕が軍学校にいた時からやってる準備運動だよ。こうして寝ている間に固まった筋肉をほぐすことで、激しい運動するときに怪我しないようにするんだよ」

「それが……準備運動ですの? かなり激しい動きのように見えましたわ。よろしければ私にもご教授お願いしてもよろしいでしょうか? マスターすれば私ももっと強くなれそうな気がしますわ!」

「いいとも。一緒にやってみようか」



 説明しよう!


 軍隊体操とは、現代の軍隊において基礎体力の向上を目的に発案されたもので、人間の動きの限界近くまで動かすことにより、筋力増強や柔軟体操として効果を発揮する。動きの種類は屈伸や跳躍を中心とした約20の動きからなっていて、全てをこなすのに約5分ほどかかる。


 まあ、要するに………


「ぜぇ…ぜぇ……りゅ、竜王様…これは本当に準備運動…ですの?」

「まあね。慣れないうちは一回やっただけで全身筋肉痛で死にそうになるけど、本当に死ぬことはないし、慣れれば何とかなるよ。本来ならここから腕立てとか懸垂とか……小銃執銃30㎞やったときは本気で死ぬかと思ったけど僕は元気です」

「よ、よくわかりませんが……死ぬほどキツイのは確かなのですわね……」


 体力自慢の火竜の中でも戦闘力が最も高いサーヤですら息切れする! これが軍隊体操だ!



「しかーし! この程度で甘えてたら戦場では死ぬぞ!」

「は、はいっ!」

「みたいな感じでいろいろ無茶ぶりされてたわけなんだけど、流石に朝ご飯食べる前にこれ以上やるのはきついものがあるよね。そろそろリノアンも起きてくるころだし、一緒に朝食を食べに行こうか」

「お、お心遣い感謝いたしますわ……」



登場人物評


サーヤ 火竜族27Lv

219歳 女性 竜族

【地位】火竜族長

【武器】スカーレッドグラム(剣)

【姿のモデル】キュ○エース

【ステータス】力:39 魔力:22技:24敏捷:27防御:31

退魔力:19幸運:26

【適正】統率:B 武勇:A 政治:F 知識:D 魅力:B

【特殊能力】士気高揚 攻勢


 火竜族長として、血の気の多い火竜たちを率いる若き娘。かつて長老として君臨していた大長老ブラグニヒトの孫であり、若いながらも凄まじい戦闘能力を持つ戦うレディである。

 プライドが高く、ややきつい性格をしているので、あこがれのレディというよりか頼りになる姉御と認識されてしまっているのだとか。ただ、リノアンやシズナからしてみればそんな彼女の自信満々な性格が非常にうらやましいと思っている。

 戦闘バカと言う点では雷竜族長レーダーと似ているが、彼とは普段犬猿の中で、いつもいがみ合っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ