第4期:小手調べ
今期の一言:奴らめ、もう戦争は終わったとおもっているぞ。
よろしい、では教育してやるか!
エルンスト・フォン・バウアー大尉
アルムテンの南方、同盟国グレーシェンの南東に位置するグランフォード諸国のうちの一つ『イスカ』
広い領土を持つものの、国土の大半は山岳や荒れ地などの不毛の土地なので、人々は傭兵や冒険者、出稼ぎ労働者といった外貨での稼ぎを経済の頼りとしている不安定な国であるが、反面国民は屈強であり、イスカ出身の傭兵団はその優秀さから各国でこぞって雇われる。
冒険者各地から集まるため、冒険のスキルがパティ―交流で培われるなど不毛の地ならではのたくましい気質が受け継がれているのも特徴だ。
それは竜王が復活する少し前の日の話である。
「おいあれ、このまえ竜王の復活を阻止するために出陣した奴らだよな……」
「ヒドイありさまだなぁ。成果はあったのだろうか?」
「なんでも勇者レヴァンをはじめとした冒険者のパーティーは全滅だそうだ」
「あんだけ威勢が良かったカルディア兵たちもボロボロだな」
イスカの町の大通りを行軍するのは、まるで幽鬼が列をなしたような……命からがら逃げ延びてきた無残なカルディア軍のホプリタイたちだった。
シエナを出陣した際には全軍で5000人+シエナ軍3000人ほか総勢10000人規模の大軍勢だったにもかかわらず、戻ってこれたのはわずか500人ほど。
誰もが装備を泥や血で汚し、ふらふらとした足取りのまま歩く。
元気な者、無傷の者はだれ一人いなかった。更に悪いことに、今回の戦いでイスカの領主ザランケが討死。その息子エザヤも行軍中に破傷風が原因で急死してしまい、現在イスカは領主不在の状態になってしまっている。
「頑張れ、もうすぐだ。家に帰れるぞ」
「隊長……すでに死んでいます」
擦り切れた装備で、重傷を負った部下を背負うホプリタイ百人隊長がいた。
歴戦の勇士である彼は部下からの信頼厚く、どんな困難にも一歩も引くことはなかった。しかしこのたびの戦いで部下の大半を失った。
「家に、帰るんだ……」
「隊長……」
カルディア聖王国軍の無残な敗北の報は、グランフォード諸国に衝撃を与えた。これにより今までカルディアに大きな顔をされてきた中小国たちは、今の関係を見直す動きも出始めることだろう。
そしてその口火を切ったのがグレーシェンである。この動きに隣国オデッソスも便乗するなど、グランフォードの動乱の兆しはすでに無視できないものとなってきていた。
…
グレーシェンと交流を持ってから早2週間がたった。
二日滞在後にアルムテンに戻ってきたカズミは、毎日大忙しの日々を送っている。
紙の普及に上下水道の整備、軍拡といった知識を生かせる分野に率先して直接指示をだし、効率化に努める。その傍ら自己鍛錬や世界情勢についての勉強も怠らず、リノアンやシズナが倒れないか心配するくらい朝から晩まで過密スケジュールをこなす。
グレーシェンがアルムテンにつくと表明した後の各国の反応はおおむねカズミの予想通りだった。大国シエナを筆頭とした近隣諸国……イスカ、ブランドル、それに友好国だったエオメルまで非難声明を出してきたが、逆にもう一つの国オデッソスはなんとグレーシェンと同様にアルムテンの側につくと表明してきた。
なんでもオデッソスは先の戦いでカルディア王国軍の進軍経路上に当たったため、領内を無許可で略奪されたそうで今回の参戦表明はその恨みからだと思われる。
いずれオデッソスにもカズミが直接赴くことになりそうだ。
ただ、予想外のこともある。
カルディア聖王国軍の動きが鈍いのだ。単純に戦う力がなく息切れしているのか、はたまた増援を待っているのかいずれにしろカルディア聖王国軍が来なければアルムテンとその同盟国は余裕を持って準備に取り掛かることが出来る。
「兵力はどれくらい集まった?」
「はっ、募兵により新たに500人を招集いたしました。これによりアルムテンの総兵力は3000以上となります」
「とりあえずこんんなものかな。これ以上は動員の限界だ」
セルディアから兵力増強の報告を聞いたカズミは、十分兵力が集まったとして、本格的な訓練に移行させる。
「しかし……指揮官不足は解消したとはいえ、拾い物の指揮官たちは兵士たち以上に徹底した指導が必要となります」
「僕がマニュアルを作っておくから、それまでセルディアに基礎訓練を頼むことになるけどいいかな。出来るのは君しかいないみたいだし」
「承知いたしました」
拾い物の指揮官…それは兵士たちの隊長が足りないというカズミの意を汲んだ風竜族長リヴァルが、なにを思ったかここ一週間でどこの国にも所属していない指揮官向きの人材を何人か文字通り『拾ってきた』のだった。内訳は男性一名に女性二名で、三人とも何かしらの理由で祖国を追われた人材である。
そのための素の能力はあまり期待はできないが、再教育を施してカズミの意に最低限添えるくらいには仕立てあげたい。
「それとサーヤ、ウルチ、レーダー。」
「はいっ!」「はっ!」「へーい。」
「君たちにも時間がある時に僕から直々に兵法を教えようと思う」
「ヘーホー?」
「あら、竜王様。そんなまどろっこしいことなさらずとも、私たち火竜にかかればどんな敵であろうと軽く蹴散らして差し上げますわ!」
「言うと思ったよ。でもね、これからは突撃戦術だけじゃ通用しない戦いが続くはず。勝てる戦いだったらなるべく楽に勝てるようにしないとね」
「確かにそれは言えていますな。我々竜族は戦いの技術をセルディアに任せっぱなしにしておりましたし、我々も今のままで胡坐をかいているわけにはいかない…ということですね」
「えー勉強すんの? メンドクセ~~」
「………勉強すれば今の強さが3倍くらいになるんだけどな」
「まじかよ! よっしゃ! 勉強するぜ!」
「単純だね君も……」
そろそろ竜たち自身も鍛えなおす必要があるだろう。
強大な力を持つ彼らは、人間に比べ向上心に欠ける傾向があるため、早めに意識を持たせておきたいところである。正直身体が一つしかないのがもどかしかった。
…
それからさらに数日後……
「どうですかっ! 私たちの渾身のお料理です!」
「………うん、おいしい! この短期間でよくここまでできたね!」
「ありがとうございます!」
「おいしそうに召し上がっていただいて光栄です!」
クレアとその友人の風竜レームと地竜ルルードが作ってきた新作の香辛料を使った料理に絶賛の言葉を贈るカズミ。
カズミが毎日こまめに書き記しているレシピを参考に調理が得意な竜たちは食材や調理法の開発を必死に行い、この日ようやくカズミに合格点をもらえた。
彼女たちが作ったのは、豚肉の香草焼き。
香りと味がちょうどよい具合に均衡がとれており、今まで味付けが微妙だった料理に比べると雲泥の差だった。こういうちょっとしたことでも成長が見られると、まるでわが子が育ったかのようにうれしく思えるから不思議だ。
「お肉やパンの作り方は上手くなったね。そしたら次はお米に挑戦してみようか。あとは季節の野菜についての知識はあるみたいだから、それをどう生かせるか試してみるのもいいかもしれない」
「えへへ~、竜王様って本当に物知りなんですねっ。竜王様が考えてくれた農具や工具、さっそく作ってみたところ農家や樵さんたちに大好評でした~!」
「それはなによりだよ。まあ、できれば君たちにもいろいろと工夫してもらいたいところだけど」
こうして、珍しくゆったりくつろぎながら和気あいあいと過ごしているところにリノアンから急を知らせる便りが届いた。
「竜王様、お食事中失礼します。グレーシェンにいるリヴァル族長からすぐに知らせてほしいと連絡を受け取りました」
「よし見せて」
カズミはいったん食事を中断すると、リノアンから紙の手紙を受け取る。
この紙も、カズミの指示で作らせたもので、木片や麻などを素材にした従来よりも圧倒的に低コストで作ることが出来る便利なものだ。将来的には和紙並みの品質を目指すつもりでいる。
「そうか、とうとう敵が来たのか。動いたのはシエナの方みたいだね」
…
視点は再びカルディア軍へと移る。
カルディア聖王国軍の司令官シシュポスとその配下の将軍リアンドロスは今回の敗戦について非常に頭を悩ませていた。
「まずいですよまずいですよまずいですよ!ああ、このままでは破滅だぁ…何とかなりませんでしょうかシシュポス殿……!」
「うるさい! それを今考えてるのだろうが!」
彼らは幕僚といえども戦の知識は学問で習った程度でしかなく、ただ地位が高いからというだけで軍の指揮を取っているのである。信じがたいが、これも貴族階級の末期症状ともいえる。
「だいたい下級貴族のアスパシアに軍を預けたのは間違いであった! せっかく我らが万全に準備をしたものを奴はすべてを台無しにしおって!」
「そ、それはごもっともであります!」
そんな彼ら貴族の指揮官たちは、シエナの王宮に1000人の兵士と駐留したまま残りの兵士はすべて部下の指揮官に預け、何の戦略もないまま軍をアルムテンに向かわせたのだった。
そんな姿勢では当然、勝てる戦も勝てるはずがない。(もっとも本人たちがいても足手まといの可能性も)
シシュポスは敗戦の責任をすべて実質的な指揮官であり、アルムテン攻撃中に命を落としたアスパシア将軍に着せるつもりのようだ。リアンドロス将軍は内心「お前のせいだろ!」と言ってやりたかったが、上官の機嫌を損ねたら今度は自分が敗戦責任を負わされかねない。シシュポス将軍本人が自分に責任はないと本気で思っているのも性質が悪い。
「とにかく手持ちの兵力が1000人ばかりでは足りん。本国に急いで援軍要請をしろ!今度はどんと50000人くらい送ってもらえ!」
「ははぁ、畏まりました」
現有兵力でアルムテンを攻略できると思うほどシシュポス将軍もバカではないが、数が多ければ問題ないと考えている時点で、やはりバカなのだろう。
おまけにそれほどまでの大兵力の増援許可はそう簡単には降りない。後先考えないのは今に始まったことではないが……
「そうだ! 増援が来る前に裏切り者たちの討伐をしよう!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいシシュポス殿! グレーシェンのことを仰っているのかもしれませぬが、今の我々には手持ちの兵力が少なすぎます! 今手持ちの兵を失えば後がありませぬぞ……!」
「カルディアからは半数……500だけ出せばよい。残りはシエナをはじめとした有象無象に出させればよいではないか」
「はぁ……しかし、諸侯は納得いたしますでしょうか?」
「ふん。奴らは我が国の威光に逆らえぬ。何しろわが国には教皇庁がついているのだからな。無理にでも出させる。そして、わが軍の500人はお前が指揮しろ」
「ええぇっ!? 私がですか!?」
「なんだ不服か? 上官命令に逆らうのか?」
「い、いえ……滅相もございません!」
「安心しろ。相手は吹けば飛ぶような三流国。お前のような前線童貞でも楽に勝てる相手だ。それに手柄はすべてお前のものになるんだ、悪い話でもあるまい」
「………承知いたしました」
この横暴な上司に文句の一ダースでも吐いてやりたいリアンドロス将軍。
自分は一応前線に出た経験はあるし(何年も前の話だが)、前線に出たことがないのはむしろシシュポス将軍の方だろうと。
しかも、なんだかんだ言って今回の手柄は全部自分が横取りするに決まってる。せめてもの救いは相手が弱小国ということか。
…
「なに!? また更に兵を出せと申されるのか! 冗談ではない、先日の戦いでわが軍は3000もの兵員と大量の物資を供給し此度の戦いですべて失ったばかり…そのような余裕はない!」
「何を言う。この国は『グランフォード一の大国・シエナ』ではないのか。3000程度の兵を失ったくらいでどうということもあるまい。むしろ今回の戦いの敗戦は、貴様らグランフォード軍の将が揃いも揃って能無しだったものだからだせっかくの優秀なわが軍の活躍はすべて無駄になってしまったのだぞ。その汚名返上の機会を与えてやろうというのだ、受けぬとあれば仕方ない。この事を国王に報告する。いずれ教皇庁の耳にも届くことになるだろう。そうなれば今後我が国が重視するのは西の大国セスカティエとなるが………よろしいのかな?」
「くっ……」
リアンドロス将軍に出撃準備をさせた後、シシュポス将軍はシエナの国王バティールに援軍の打診をしている。
相手が国王にもかかわらずさも自分の方が上のようにふるまうことが許されるのは、グランフォードの一国とカルディア聖王国の格の違いからくるものである。どんな大国であろうとも、圧倒的な力を持つカルディアに逆らえば一瞬で滅ぼされてしまうことだろう。そうでなくても、経済的に孤立させることくらいは平気でやってくる。
「よいか、7日後までに再度兵力3000人を用意せよ。カルディア国王の代理である我が命ずるのだ」
「わかった……」
言うだけ言うと、シシュポス将軍は大きなおなかを揺らしながら下品な笑い声と共に専用の宿泊施設に戻っていった。
「如何致しましょう陛下。」
「どうするもなにも、従うほかあるまい。このままグレーシェンをのさばらせては庇護下の国々も反抗し始めるか、最悪セスカティエ側についてしまうかもしれない。先の戦いで貴重な将軍を三人失ってしまったのは痛いが……とにかく急いで予備兵力を招集せよ。それと……エオメル・ブランドル・オーヴァン・ファズレーにも兵を500ずつ出すよう通達せよ」
こうして、一週間後にはシエナ軍を中心とした約5000人のグレーシェン討伐軍が編成される。
この動きはすぐさまリヴァルからカズミの下に届けられた。リヴァルが言うには、討伐軍がグレーシェンに到達するのは、恐らく5日後だそうだ。報告を聞いたカズミの動きは、腰の重い討伐軍に比べて非常に素早かった。
今回の戦場はいつものアルムテン領の山岳地帯ではなく、グレーシェン領内の平原となる。編成は風竜と雷竜を中心とし、風竜術で移動できる上限よりやや少ない兵力……約300人ほどの人間の精鋭部隊を編制。物資運搬は火竜が担う。
ちなみに今回の戦いはカズミは敢えて直接指揮をせず、総司令官にセルディアを任命して、戦術はすべて彼に任せることにした。カズミとしてはこの時代の戦いを一度自分の介入なしでじっくり見てみることで、軍制改革につなげていこうと思っているらしい。ただ、いざとなればカズミ自身も前線に飛び込むつもりではある。
初めての国外での戦いに意気込むアルムテン軍だったが、ここで良い意味で予定外の進展があった。
…
「なんだって。君たちだけでシエナ軍を撃退すると」
「ええ、あのような寄せ集めの軍、わがグレーシェン軍なら赤子に関節技を決めるように、軽く蹴散らして見せますとも。ただ、できれば竜の方に何人か来ていただければ、勝利はより確実になるかと」
「大した自信だけど……そう上手くいくものかな?」
グレーシェン領主クーゼは驚くことに、グレーシェンが持つ軍だけでシエナ軍に挑むのだという。やはり、真っ先にアルムテンにつくことを決断できたのもグレーシェン軍の精鋭があってのものなのだろう。
今グレーシェンが持てる兵力は本拠地の城の守備に1200人を含め、全部で2000人程度。クーゼはそのうちたったの200人で、20倍近い敵を撃破できるというのである。
交戦予定地は郊外の街道沿いにある平原で、普通に考えれば兵力差がそのまま有利不利を分けることになる。
「わかった、今回は君たちの活躍に期待してるよ。一応僕も戦いの様子を見させてもらって、もしものことがあったらすぐに加勢させてもらうよ。それでもいいかい?」
「わざわざお気遣いありがとうございます。我らが誇る精鋭『エスメラルダ』の活躍、とくとご覧に入れましょう。」
今回クーゼがグレーシェンのみで戦おうとしている理由は、すなわちカズミにグレーシェンの価値を知ってもらいたいからである。
もっとも、普通であればこの戦力差で撃退するなど無謀もいいところ。しかしクーゼには完璧な勝算があった。それがグレーシェンの誇る精鋭部隊『エスメラルダ』の存在であった。カズミがこの部隊を見た時、クーゼの自信の根拠に完全に納得したほどその強さは折り紙つきである。
こうして、4日後に領主クーゼと指揮官ケセルダ率いるグレーシェン軍は準備を終え、グレーシェンの町から出撃した。アルムテンからも、カズミをはじめ火竜ワルスと雷竜アスナ、それに風竜族長リヴァルを従えている。書記官のリノアンはあくまで記録係としての従軍だ。
「クーゼ、このままいけば明日の朝方には接敵する」
「ああ、わくわくするな。あの傲慢チキなシエナの連中にようやく一泡吹かせることが出来るんだからな」
騎馬隊だけで編成されたグレーシェン軍の動きは極めて機敏だった。
普通は重装騎兵で構成されている他国の騎兵隊とは違い、全員が術士だ。当然、40kgも50kgもある鎧を着込む必要も無い。術士は装備の重量が5kgを上回るのは稀であり、そこらの軽騎兵どころか馬賊より機動力は上である。
「リヴァル」
「いかがなさいましたか竜王様?」
「術を使って彼らの速度を上げることはできない?」
「そうですね……この程度の人数なら何とかできるかもしれません。」
ここで、カズミの提案によってリヴァルの風竜術が発動する。リヴァルの術はグレーシェン軍の軍馬の足を軽やかにし、まるで少し浮きながら走っているように快適なる。
「やや!? なんだか急に馬たちの速度が上がった!」
「領主様、それにケセルダ隊長……これはいったい!?」
「くっははは! これが竜たちの力だ! 実際体感するとすげぇな!」
その力と利便性にグレーシェン軍の兵たちは驚きを隠せないでいた。
「ふっふっふ、本当の力はこんなものじゃないんだ。そうでしょう、ねぇ風竜族長さん」
「まあね、あはは」
ただ、リヴァルとしては一日中術かけっぱなしなのは実は相当堪えるのだが、笑顔でごまかせるのはさすがといったところか。
リヴァルの術のおかげで国境沿いの川に予定よりも大幅に早く着いた。
疲れを取り万全な状態で戦うために、近くの林の中で休息して敵を待つ。シエナ軍が視界内に見えたのは数時間後のことだった。
「報告、シエナ・カルディア連合軍がヴィヴィス川に到達。彼らはそこで食事をとるつもりのようでございます」
「来たか。しかも食事とは……行軍で疲れているようだね」
リノアンから敵の発見の報告を受けたカズミ。相手はどうやらまだこちらに気付いていないようだ。
「よし、またとない奇襲のチャンスだ。クーゼさん、行こうか」
「左様でございますね。すでに出撃用意は整っています」
「さて、お手並み拝見だ。期待してるよ」
「ご心配なく。その期待には十二分に応えられる自信がありますゆえ」
「いくぞ! 全員乗馬!」
ケセルダの一声であっという間に整列したエスメラルダはクーゼを先頭に三列隊形で並びながら敵軍に忍び寄る。その一方でシエナ軍は、まさか国境まで敵が来ているとは露ほども思って見張りも立てずに食事を始めていた。
「ふぅ、ようやっと国境か。まずは腹ごしらえをして敵に備えなきゃな」
「リアンドロス殿。食事をするのは構いませぬが、まかりなりにもここは敵地ですぞ。もう少し緊張感を持って下され」
「やれやれ……そう慌てなさんなトートン将軍。斥候の報告では周囲には敵は見えぬというではないか。常に緊張しっぱなしではいざというときに全力は出せませぬぞ」
「いえ……」
「将軍も食べられるうちに食べておきなされ」
シエナのトートン将軍の心配をよそに、わざわざ机を運んできて優雅に食事をするリアンドロス将軍。先日シシュポスの前で見せた気弱な態度とは打って変わって、デカい態度になっているのは、やはり自分が一番偉いからという気持ちからなのだろう。
「おい、みろよリアンドロス将軍め本物のハムを隠し持ってるぞ」
「本国産のエルン・ワインもだ。ちょっと耳貸せよ」
上品な食事をするリアンドロスに対して、カルディアのホプリタイたちの食事は黒パンと野菜を適当に煮込んだ何か。これでもまだシエナをはじめとしたほかの軍よりいいものを食べてはいるが、毎回の食事がこれだけでは元気が湧いてこない。
そのことを不満に思った見張りのホプリタイの二人は、腹いせに司令官を脅かしてやることにした。
(当然重罪なのでよいホプリタイの皆様は真似しないように。)
「敵襲って叫んで、あわてさせてやろう」
「いいねそれ、やってみるか」
『せーの……』
二人が今まさに、味方に誤報を流そうとしたその時…!
『てきしゅーーーー!!てきしゅうだーーーーー!!』
「え!?」
「は!?」
「て、敵襲!? あぶぶぶぶぶ!?」
ガチャーン!(←慌ててちゃぶ台返しした音)
陣地の外周で見張りをしていた兵士たちから、突然大声で敵襲を知らせる警報が叫ばれた。あまりにもいいタイミングに、やんちゃなホプリタイ二人は唖然とし、リアンドロスは驚きのあまり立ち上がった際にバランスを崩して持ってきた食事用の机に頭から突っ込んでしまった。
「組ごとに散開!前後左右から連中を狂犬のように屠殺しろ!」
『応!』
ワーワー
ケセルダの合図とともに、国境の平原に鬨の声が上がった。
エスメラルダの騎兵術士たちは非常によく統率された動きであっという間に敵の集団を包囲し、遠距離から火炎弾や電撃を浴びせかける。対する討伐軍は戦闘準備が整わないまま大混乱を起こし、一部の傭兵隊はさっそく逃亡し始める始末。肝心のカルディア聖王国ホプリタイ部隊も、指揮官リアンドロスが狼狽えてしまい、右往左往するばかりであった。
「持ち場に戻れ! よく見れば敵は少数だ! 方陣を組め!」
その中で、なんとか部隊の統率をとれていたのはシエナ軍の司令官のトートンだ。混戦の中陣形を整えると、敵が少数であることを見破り攻撃に転じることにした。ところがグレーシェン軍は彼らが攻勢に転ずると見るや、その場で方向転換をして後退しつつ魔法を引き撃ちしていった。エスメラルダが得意とする遠距離魔法の射程は討伐軍の弓の射程よりも長く、距離による威力減衰はあるものの一方的にダメージを与えることでじりじりと相手を消耗させていく。速度にも大きな差があるため、数を頼みに踏みつぶそうにも追いつけず、逆に確固撃破の憂き目にあってしまう。
「魔法砲火熾烈、防げません!」
「敵が衛生兵を狙っています!このままでは回復が……!」
「ファズレー軍部隊損害多数! 戦闘継続不能です!」
「……っ! 全軍後退! 急いで戦力を纏めるんだ! このままでは的だ!」
ワーワー
この状態は非常にまずいと感じたトートンは、全軍に後退命令をだし、防御に徹することにした。しかし、この動きを台無しにしている部隊が存在した……
「と、突撃! とつげき! トツゲキだああぁぁぁぁ!」
「リアンドロス将軍! お言葉ですがシエナから後退の指示が出ております!」
「何を言うかあぁ! 一番偉いのはこの私だぁ! すすめぇ! カルディア聖王国に敵などいないのだぁ!」
カルディアのリアンドロス将軍は完全に我を失い、百人隊長の意見も聞かず徒に攻撃命令を下す。このため、後退する部隊と前進する部隊がごちゃごちゃになってしまい、さらなる大混乱を引き起こすことになった。
…
「部隊間の連携が雑だし、戦術も稚拙だし、ロクな戦いじゃないね。ま、敵が手ごわいよりも弱い方が楽でいいけど。あーあ、このままグレーシェン軍に任せてても余裕で勝てそうだ」
この戦いを上空から眺めていたカズミは、半ば呆れたように戦局の推移を見守っていた。
確かに、グレーシェン軍の一糸乱れぬ統率ぶりは驚嘆に値するが、それ以前に敵がほぼ寄せ集めの烏合の衆で、カズミにとってかなり手ごたえに欠ける戦いであった。
いや、戦いというよりケセルダが言うように虐殺と言った方が正確か。
「竜王様、俺たちの出番はまだですかぃ」
「早くしないと私たちの獲物がなくなっちゃいますよー!」
「そうだね、いいよ。怪我しない程度に好きなだけ暴れてきなよ」
『はいっ!』
ここでカズミは、とうとう火竜ワルスと雷竜アスナを投入することにした。
初めから使って下手に恐怖への抵抗心を持たれるよりも、敵が乱れている今こそ頃合いだろう。
「……む、ワルスとアスナの身体が」
と、戦場に向かって飛ぶ彼らの身体が光に包まれたかと思うとその光はかなりのスピードで大きくなり、やがてその巨大な光は信じられない姿へと変貌した。
一体は、全身が赤く下腹部だけが黒灰色の皮膚に覆われ、後ろ足が異様に発達した荒々しい竜の姿になり、戦場のど真ん中に轟音を立てて二足歩行のまま着陸。そしてもう一体は20メートルはあろうかという長大な体躯に、金色の鱗を輝かせ、口元に生えた長い髭と申し訳程度についた手足というまるで東洋の竜の姿をした存在が、帯電しながら宙を舞う。
「なるほど………あれが、本来の竜の姿なのか」
この時漸くカズミは『元竜』と呼ばれる竜の本来の形態を目の当たりにした。初めて見るその圧倒的な姿に、彼は非常に興奮すると同時に、久々に強烈に感じた異世界の姿でもあった。
(そういえば………僕もあんなのになれるのかな?)
しかし今のカズミには元竜になる方法は分からなかった。
…
突如戦場に乱入してきた二匹の竜。
それによって、戦場はさらなる地獄と化した。
「な……ななななななな!なんだあれはっーーーーーー!!??」
「竜だ! 竜が出たぞ!」
「なんでこんな時に竜が出てくるんだよ! ああ、もうおしまいだ!」
これを見たトートン将軍もさすがに生きた心地がしなかった。
「なんてこった……なんてこった! 奴らが竜族に通じてるとは聞いていたが……さてはグレーシェンの奴ら……竜族たちに魂を売ったのだな……!」
そしてリアンドロス将軍も。
「りゅ、竜!?あわ、あわわ……お助けーーーーーっ!!」
討伐軍の誰もが、たった二体の竜に恐怖し、戦意を失った。立ち向かおうとする命知らずはほとんどいない。
《こいつを食らいやがれ!》
火竜ワルスがひとたび嘶くと、その口から火炎放射が炸裂。
凄まじい熱攻撃が広範囲にまきちらされ、防御の構えを取らなかった兵士は一瞬で黒焦げに、とっさに盾を構えた兵士も大ダメージを受けてしまう。
《覚悟なさい!》
雷竜アスナが身をくねらせると、周囲に強力な雷を放電。威力は火竜の火炎放射に若干劣るものの、より広範囲の部隊に一瞬で防ぐことのできない大ダメージを与え、前衛を丸々一つ戦闘不能にしてしまった。
「おー……やっぱ竜族を敵に回さないでよかったよ。本拠地にはあんなのがもっとたくさんいるんだろう」
「くっはははは! こいつはすげーや! いいぞいいぞ! どんどんやってくれ!」
巻き添えを食らうと危ないので、グレーシェン軍は先ほどよりももっと遠巻きに攻撃を繰り返しているが、むしろここからは敗走した敵を片っ端から刈り取っていく作業に入るころだろう。
「にげろ! にげろ! 殺されてしまうぞ!」
「全軍撤退せよ(さっきまで狂ったように攻撃攻撃と言っていたのに)」
武器も兜も捨てて必死に逃げようとするリアンドロスだったが、退路にはすでにグレーシェン軍が回り込んでいた。
「悪いがその命いただくよ」
領主クーゼ自らが放った収束電撃魔法がリアンドロスの体を貫き、散り際の台詞すら言わせず殺害。残るホプリタイたちはその場で武器を捨てて降伏した。
「くっ……このままではグレーシェンの地は竜族に蹂躙されてしまう! なんとしてでも生きて国に戻り、国王陛下に伝えなければ……!」
トートン将軍も、もはや戦線の維持が困難と判断し全軍に撤退命令を下して、急いで戦場を離脱しようと試みた。しかしそれも徒労に終わる。
彼らの退路に巨大な銀色の竜……風竜族長リヴァルが立ちふさがったのだ。
《おや、どこに行かれるのですか。残念ながらお家には帰せないよ》
「飛竜か……!」
《僕は『風竜』だよ。そこのところ間違えないでほしいな》
軽口を叩きながら、リヴァルはその大きな翼でひときわ大きく羽ばたくと、とんでもない強烈な風を一薙ぎする。その風は真空刃となり、目の前にいた兵士たちを無慈悲に切り裂いた。直撃を免れた者も、強烈な突風で大きく吹き飛ばされることになる。流石族長クラスにもなると威力が桁違いだ。
「陛下……もうしわけ、ございません……」
トートンもまた一瞬で空高く舞い上げられた。そしてその体は重力にひきつけられ、地面に一直線……
もはやこれまでと運命を悟った彼は本国の国王に敗戦の責任を謝罪、そのまま彼も帰らぬ人となった。
指揮官を失って潰走する討伐軍。
国境を越えてもなお続くグレーシェン軍と3竜の追撃を受け、その被害は甚大。
最終的に3000を超える屍があたり一面に散乱することになる。
対するグレーシェン軍の被害は軽傷者が15名ほどだったという。
「勝った」
「ええ、私たちの勝利です」
夕暮れのヴィヴィス川にグレーシェン軍の勝鬨が響く。それを眺めるカズミは勝利を喜んではいたが、リノアンが見た彼の顔はあまり嬉しそうに見えなかった。
登場人物評
リヴァル 風竜族27Lv
約500歳 男性 竜族
【地位】風竜族長
【武器】天槍フラーミンドール
【特技】人材拾い
【ステータス】力:25 魔力:29技:38敏捷:51防御:24
退魔力:31幸運:26
【適正】統率:A 武勇:B 政治:D 知識:C 魅力:A
【特殊能力】風変 キャンセル 鼓舞 耐雷性(中)
風竜族を束ねる見た目若い青年。細かいことを気にしないあっさりとした性格だが、常ににこやかで愛想がよくおまけに大抵のことは何でも器用にこなせる。
地味にみんなからの信頼を稼ぎ続けてきた結果ほぼ全会一致で風竜族長に人気投票で選出されている。
暇さえあれば各地を飛び回っており、世界情勢に最も明るく、他の国にも何人か知り合いがいるらしい。たまに外の世界から優秀そうな人材を拾ってくることがあり、今後彼の手によってアルムテンの人材が瞬く間に補強されていくことになる。