9.魔法座学
魔法座学は面白かった。
元々勉強が嫌いではない千世子だが、一般小学生らしく、苦手意識はあったので余計に驚いた。
この世界は、力強き大地を司る精霊アーロン、安らぎの水源を司る精霊ウォーティン、全ての生命の育みを司る精霊ライフィティから成り立つ。
この三大精霊のもと、多くの生命が誕生し、世界を創造したという。
その三大精霊から派生するように、あらゆる精霊が生まれては、絶滅していった。
現在確認されているのは、火や光を司るファイライト、闇や氷を司るダーフリーズなどが有名で、多くの魔法使いが初歩に習う精霊魔法だという。
「ねぇ、なんで三大精霊さんの魔法を使わないの?元からあるものだし、楽に使えそうじゃない?」
「突拍子もないこと言うな!ビックリするわ!」
はいはい!と元気よく挙手したかとおもえば、とんでもない事を口走りだした千世子にツッコミを入れずにはいられなかった。
「いいか?三大精霊はとてつもなく強大な力を持つ精霊で、数多の精霊がかしずく存在だ。その力を操るなんて人の身には余るんだよ」
「えー」
「使う魔力量だって桁違いだし、この世の根幹である精霊を制御するのは事実上不可能なんだ。勇者以外はな」
「勇者⁉︎そんなのもいるんだ!」
「世界に危機が訪れたら、落ちてくるらしい。俺も詳しい事は知らんから、興味があるなら、家にある勇者についての文献でも読んどけ」
逸れた話を戻そうと、リュートは話を畳み掛けた。
「へなちょこでも分かるようにザックリ説明すると、基本は三大精霊からの派生精霊の魔法から成り立つ。ちゃんと理解したか?」
「うん、わかった!」
「じゃあ、理論を理解した所で実践といくか」
「わあい!魔法だ!やっと出来るんだ!」
待ってました、とばかりにジャンプしたり、両手でバンザイする千世子のはしゃぎっぷりは、この世界に落ちて初めて見るものだったので、リュートは目を丸くした。
この二ヶ月、リュートの使う魔法を見ては羨ましいやら嬉しいやら、複雑な視線を投げ付けていた千世子にとって、この時こそが一日千秋の場面だった。
「ねぇリュート様!はやくはやく!」
「お、おう」
リュートは気持ちを切り替えるようにごほん、と咳をひとつ零した。
「まずはちぃ…ちゆ…ちゆこ…ちょこの魔力を鑑定してみないとな」
「はあい。…あのね、リュート様、言いにくいならチョコでいいよ?」
「うっ…」
さり気なく千世子の名前で呼んでみようとしたら、思わぬ弊害が出た。どうやら発音が意外に難しいらしい。
リュートは嚙んだりバレたりで沸き立つ羞恥心を誤魔化すように、「手!出せ!」とぶっきら棒に言い放った。
この師匠はこういった可愛らしい面をたまに出すのが面白い、と千世子が考えているとも知らずに、リュートは千世子の両手を握った。
握られた両手から、蒸気のような熱を感じ、思わず手を引こうとした千世子の手を離さなかった。
そのままの体勢で暫しの時が流れ、気付けば千世子は手から中心に全身へグルグルと廻る熱でのぼせそうになっていた。
「今感じている熱が、チョコの魔力だ。完全に塞がってたのを無理やりこじ開けて循環させたから、ちょっとキツイかもしれん」
「さ、最初に言ってよ…」
「お前の魔力量、かなり多いみたいだ。だから余計に魔力熱が放出してキツくなってんだな。一気にやったのがマズかったか……わ、悪かったな」
滅多に聞かないーーーーというか一度も聞いた事がないリュートの謝罪に、千世子はふらついた体をどうにか支え、気にしないように笑ってみせた。
「わざとじゃ、ないんでしょ?気にしないで…リュートさ…」
最後まで言い切る前に意識を失った千世子は床に倒れこみそうになったが、リュートの伸ばした手がギリギリ間に合い、受け止めることが出来た。
(あ…なんだかデジャヴ…)
もう顔を見ることも叶わない兄の顔が、フッと浮かんだ。