7.みっつの選択肢
今回説明回なので長いです。
堰き止められていた涙はなかなか止まらず、結局、一時間以上千世子は泣いていた。
力いっぱい泣いて疲れたようだが、表情は大分穏やかに変化しているのが見て取れて、リュートはホッとした。やはり泣いている子供はどうしたらいいか分からないから苦手だ、と忌避感を募らせてしまう結果になったが。
「今までの話は終わったな。じゃあこれからの話をするぞ」
「これから?」
「昨夜話した事は憶えているか?」
「えっと、ちよこには神の息が掛かってるから、三つの道があるって話ーーであってる?」
「ああ。質問があれば今なら受け付けるぞ」
千世子は頭を抱えてうんうん唸らせ、しばらくして纏まったようで、せき込むように質問した。
「三つの道の、良い所と悪い所、ひとつずつ教えて欲しい!あと、弟子になるとリュート様が得するって意味も!」
「チッ。面倒な質問しやがって…でもまあ、質問としては正解だな」
舌打ちしながらも、リュートは千世子の機転の良さに感心していた。話し言葉がつたなく幼いため騙されるが、この少女は見た目の年以上に頭がいい。
「一つ目の利点は、やはり手厚い保護を受けられる事だな。神の息が掛かっている、しかも幼女ときた。みんな挙って保護しようと名乗り出るだろうよ。それだけ神の落としモノは珍しいんだ」
「うーん、なんか、客寄せパンダみたいだね」
「パンダが何かは知らんが、似たような意味だろうな」
「それで、悪い所って…何?」
「話を聞いててお前もうっすら理解してそうだけどな。要する傀儡ーーー【神の落としモノ】というネームバリューを利用したいっていう王侯貴族様が、お前に何も教えることなく祭り上げて、好き勝手するんだろうよ」
「そんな!」
悲鳴のような声を上げる千世子の肩を叩き、先ほどよりも優しげにーー言いづらそうともいうーー続けた。
「まあ、そんな外道な貴族や王族ばかりじゃないとは信じたいが、中枢はそんな暗黒面も持ち合わせてるのが普通だ。裏でドロドロ跋扈してやり合うのが仕事みたいなもんだし、仕方ねぇが」
「リュートって、そういう裏の事も知ってるんだ。すごいね!」
「ーー別に、このくらい常識だ」
リュートの片眉がピクリと跳ねたが、何事もなかったかのように話し続けたので、千世子が気付くことは無かった。
「そんじゃ二つ目な。これは昨日お前が言ってた通りだ。後ろ盾も何も無いまっしろな状態からスタートする。いい事と言えば、何をしても自由って事ぐらいだ。商業で生活したいなら店子として働かせてもらうよう頼み込んだり、行商人に付いて世界を旅するのもいい。何を選んでもいいが、責任は全部自分に返ってくる」
「し、シビアだね…」
「それが普通なんだよ。お前の世界がどうだったかは知らんが、子供だろうと大人だろうと、誰だって自由と責任を両方持ってる」
「あっそれ知ってる!先生が何度も言ってるから」
「先生か。じゃあお前は元々学生だったのか?」
家庭教師の線もあったが、それほど裕福な家庭で育ったにしては気品が無いので、無意識に可能性を消去した。
「うん。ちよこの世界ではギム教育っていってね、みんな六歳から学校に通うんだよ。ちよこは三年生」
「は?つまりお前、九歳なのか⁉︎」
「そうだよ!何歳だと思ったの!」
「せいぜい五歳くらいだと」
実際、リュートが勘違いしてもおかしくないくらいに千世子は小さい。未だに110cmもないのだ。
憤慨した千世子が抗議しているが、無理からぬ予想だった。
「で!三つ目はなんなの⁉︎」
「はいはい三つ目ね。まずはこの世界の魔法師弟補助組合について話さないとな。魔法師弟補助組合っつーのは、名前の通り魔法使いの師弟関係を補助する組合なんだ。まず組合に魔法使いの弟子になりたいです!って要請したら、個人の魔法スキルや派生スキルに合った魔法使いを派遣し、師弟関係を作らせる。師匠になれば、組合から高額な賃金と有用な魔法具の低価格の提供など、特典がつく上に、師匠になれるレベルの魔法使いとして箔が付く。…ここまでは着いてこれてるか?」
「な、なんとか」
「弟子は指南されてる間は補助金があるからいいが、魔法使い見習いから卒業認定されたらすぐさま就職活動しなきゃならん。組合に補助金返済をしないと、せっかくの認定を取り消されるハメになるからな。そういう制度なんだよ」
ここまでの話を要約すると、奨学金制度に近い媒体なんだと理解出来るだろうが、なにせ九歳の子供にはまだ早かったようで、やはり理解し切れていない様子で首を傾げている。
「な、なんか、この世界って魔法使いを育てるシステム?がすごいんだね?たくさんいるんだろうなぁ」
「まあ間違ってはいないが、高名を轟かすような魔法使いはほんの一握りだぞ。あとは有象無象。あと、一般に魔法というのは出回っているんだから、昨日みたいにちょっと魔法見ただけで歓声上げてたら、相当な田舎者かバカだと思われるぞ。注意しとけ」
「わ、わかったーーーーでも、お空を飛んでる時くらいならいいよね?」
「まあ、そのくらいなら。…つーか、飛行魔法は出来る奴が限られてるからなぁ…」
ぽつりと呟いたリュートの後半の言葉は耳に届かず、考えこんでいた千世子は、パッと顔を輝かせた。
「ちよこ、決めた!魔法使いになる!」