5.長い1日の終わり
「リュート様のーー弟子?」
若干鈍い反応だが、心奥から浮上して来た様子の千世子へ畳み掛けるように言葉を連ねる。
「そう。ようは魔法使いになりたいか、ってことだ。もし弟子になるのならここで暮らしても構わないし、俺という天才魔法使いのもとで学べるのは最高の環境だぞ。どうだ?」
「うーん…」
この選択肢だけ、やけに強気で推してくるのが怪しい。
そう感じた千世子は、疲れて消耗仕切った頭を精一杯働かせた。
「でも、それってリュート様にとって良いことない、よね?どうして弟子にしたいの?」
「利点ならあるぞ。お前にはまるっきり関係ないが」
「関係ないのに、良いことがあるの?」
「話してやってもいいが、そうしたらこの世界全般の常識から講釈しないとならん。今からそれをやるのは面倒だし長くなるから却下」
「ええぇー⁉︎」
「まあ、今後についてをたった今決めろとは言わんが、出来るだけ早く決めろ」
「うううぅぅ〜」
すっかり頭を抱えてしまった千世子を尻目に、リュートは床に敷いてある動物の皮を魔法で拾い上げ、また魔法を掛け直す。
「汚れ除去、腐敗防臭、状態固定ーーそんなとこか。バブルウォッシュ、ブリオジレイション、オブクリーン」
「うわあっ泡だらけになった!」
「触んなよ。お前も泡だらけになるぞ」
千世子はつい伸ばした手を引っ込め、空中で綺麗に変身していく毛皮に夢中で魅入った。
やがて、乾燥も済んで肌触りのいい毛皮の出来上がりだ。
「これがお前の寝袋だ。魔法で強化されてるとはいえ、雑に使うんじゃねぇぞ」
「えっ、これもらってもいいの⁉︎ありがとう!リュート様!」
「もう夜遅い。寝ろ」
「はい!」
そそくさと灯りを指の一振りで消し、ハンモックに乗り上がろうとするリュートの服の端を、小さく引っ張るものがいた。千世子だ。
「なんだよ、もしかしてまだ腹減ってんのか?明日にしろ明日に」
「そ、そうじゃなくて、あの、あのね…」
もじもじと体をゆする姿から、リュートはようやく察した。
「なんだ小便か。そこのトイレ使え」
「違うよ!!そうじゃなくて、いっいっ、一緒に寝て欲しくて!」
「はぁ〜?何で俺がへなちょこなんぞと…」
「そのへなちょこって呼び方やめてよ!いやな気持ちになるから」
「今日会ったばっかの男に添い寝を要求する馬鹿はへなちょこで十分だ。ほれ、さっさと寝ろ」
「リュート様のケチ。いじわる」
「聞こえてんぞ」
「ふんだっ」
要望を叶えてくれそうにないリュートは諦め、床に毛皮を敷き、さらに頭からかぶった。
体を丸めるように毛皮の中に埋もれると、ふわふわの羽毛に包まれているようだ。泡の清潔な匂いが鼻腔を擽り、体に強い脱力感が生まれた。
思えばこちらに来てから衝撃の連続で、休む暇も無かった。疲れきった体に正直になり、あっという間に意識が落ちた。
「やっと眠ったか」
左下から聞こえる寝息に耳を澄まし、溜息を零した。
リュートは三年ぶりに人と会話したが、やはり慣れない。特に子どもは苦手だった。
いきなり何をしでかすか分からず、突拍子もないことを口にし、挙句の果てに泣き出す。とにかく泣く。泣けば大人が折れると学習しているのだ。大人が思う以上に子どもはしたたかで、だが純粋な素直さがある。周りの音や仕草を吸収して、いつの間にか大人になっている。
そんな不確かで意味不明な生き物と同居など、普段のリュートなら考えないだろう。
でも、【神の落としモノ】なら別だ。
降って湧いた希少な実験体を逃す手はない。
この異世界からの異物をどうしていくか、楽しみで仕方なかった。
現在の時点では。