4.神の息
籠にある果物は、千世子にとって見覚えのある物ばかりだった。
ただ、どこかしら違う部分がある。
林檎はサクランボのように二つになっていたり、桃はレモンと梨の中間のような形になっていたりと、世界の差異を実感していた。
ワインを片手に豪快に果物を貪るリュートは、一々戸惑っている千世子のことを「人見知りで甘ったれで脳みそお花畑」と判断していた。
異世界から来たという千世子の反応を探る為に、なるべく見た目が派手な魔法を選んでいた。言質を取る意味もある。
初めて見たという魔法に目を輝かせ魅入っている様子に、演技臭さは微塵も無かった。
リュートが何故ここまで裏を取るように千世子の証言を確かめているのかというと、【神の落としモノ】という半ば伝説化している話を信じきれなかったからだ。
まだ自国から送られてきた間者と言われた方が納得していただろう。怪しすぎるが。
だがここまで見た限りで、千世子に不審な行動は見られないし、困惑した言動に偽りは無いと思う。
これで全てが計算尽くの演技なら大したものだ。
「さて、そろそろ今後の話をするか」
「今後?」
「お前の身の振りだよ。どうしたい?ーーーーとは言っても、落ちたばっかりじゃ右も左も分かる訳無いか」
「うん、わかんない…」
「だよな。それじゃ、お前に選択肢をやろう」
「なあに?」
ちょこんと首を傾げる千世子に、リュートは三つ立てた指を示す。
「ひとつ、王宮に神の落としモノだと進言して保護を頼む」
「そんな事ができるたの⁉︎」
「知らないだろうから言うが、落ちてくる人間なんて何百年に一人くらいの希少っぷりだ。しかも神の息が掛かってるとあれば、喉から手が出る程欲しいだろうよ」
「神の息って?」
「…あー、そうか知らないのか。つまり、何かしらの能力を神様から貰ってることを、神の息がかかるっていうんだ」
「でも、ちよこ何も貰ってないよ?」
「ちょっと考えてみろお嬢ちゃん、言語の違う異世界の人間と、どうして今喋れるんだ?」
「あっ」
「ほら、この文書読んでみろ」
リュートから机の隅に片付けられた書類を手渡され、キチンと目を通すが、どう見ても日本語ではない。なのに、頭の中で意味が翻訳されて通じる。理解しているのだ。
言われて初めて気付いた違和感に、驚きを隠せない。
「神の息がかかるって、すごく便利なんだね」
「それだけじゃねぇぞ。落ちた奴は何かしらの能力が開花されるらしいからな。お前もそうだろうよ」
「ええぇー。でもそんな感じ全然しないよ?」
「まあいずれわかるだろ。っと、話が逸れたな。二つ目についていうぞ。市街で普通の子供として働く、というのだ」
二つ目の可能性を聞いた瞬間、千世子は顔を歪ませた。不快感がくっきり顔に出てしまっている。
「それは、ちよこが一番辛いものだよね」
「ほう。何故そう思う?」
「うーんとね、ちよこはこの世界じゃ知り合いも家族も友達もいないから、かな?」
「知り合いがいないと辛い。それだけか?」
誘導するような質問に気付かず、千世子は素直に思考して、まとまった言葉をどうにか紡ぎ出した。
「ツテが無いから、仕事を探すのも大変だし、お家もないし、お金もないし…死んじゃう、かもしれない」
テレビの向こうで見た、スラムで暮らす少年少女の姿と未来の自分を重ねて想像して、ゾッとした。
今までの人生がいかに安穏とした平和だったのかを痛感した衝撃とともに、もうその世界には帰れないのだということに思い至り、激しい寂寥と喪失感に襲われた。
何もかもが虚しく、どこか胸に穴が空いたような、グラグラした平衡感覚に、今の状況を一瞬忘れ去っていた。
絶望を表したような顔で固まる千世子の顔を見て、リュートは失敗したな、と反省した。
現在の千世子を取り巻く現状の自覚を促す為に誘導してはみたが、効果が強過ぎたようだ。
親恋しい年頃の子供と接した経験は無く、また、自分もそういった寂しさを味わったことのない人間である。そこまで考えが至らなかったのだ。
どうにか意識を持たせようと、三つ目の指を突きつけた。
「三つ目は、ここで俺の弟子として修行を積むか、だ」
長くなったので一旦切ります。