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1.出逢い

あっという間の出来事だった。


最後に見た景色は、激しい光の明滅と、車のクラクションと、父と兄の叫び声。

直後に強い圧迫と衝撃が走り、視界は暗転した。

最後に見た視界には、千世子に向かって必死に手を伸ばす兄の姿だった。










瞼の外から溢れる光と、鳥の鳴き声、草花の匂い。

強い刺激にさらされ、急激に頭がクリアになった。

長い夢を見た後のどこかフワフワした心地。

ゆっくりと体を起こし、明滅する目をこすりながら辺りを見渡す。


「ここ、どこ?」


見たこともない景色だった。

いや、正しくは「テレビの中でなら見たことある景色」だ。

樹齢何十年かも分からない年老いた木々が地面に木漏れ日を作り、暖かな空間が出来上がっていた。まるで人間の手が入っていない、深い森の中。

暫し呆然と景色に見惚れていた千世子は、完全に無防備だった。今ここに野生の動物がいたら、一息で喉を食い破られ、絶命しただろう。

実際はもっと物騒な人間が背後に立っていたのだが。


「おい、お前。どうやってこの森に入ってきた?」


突然、冷水のように掛けられた声音と同時に、銀色の棒状の鈴をうなじに突きつけられた。そこでようやく事態の大きさに気付く。

速まる心臓を押さえながら、慎重に振り返り、学校で習った不審者そのままの男を見上げた。

薄汚れたケープで顔半分を覆い、全身を隠す真っ黒なコート。教科書に載りそうなわかりやすい危険人物。普通なら警戒心を最大に持ってしかるべき状況だが、少女はーーー千世子は違った反応を見せた。

あろうことか、黒ずくめの男に抱きついたのだ。


「お兄ちゃん!お兄ちゃんだよね?良かった生きてたんだ!」


「はぁ?!お、おにいちゃん?」


「良かった。お兄ちゃん生きてたんだ。良かった…」


男は予想だにしない展開について行けず、固まっていた手で少女を突き放し、慌てて距離を取った。

改めてよくよく観察してみると、その少女は異質な存在だった。

見慣れない服装だが縫合の跡が見えない肌触りの良さそうな生成りで、まるで貴族階級が着ていそうな仕立て。だが飾り気はまったく無いという相反する身形。

そして、もし貴族と仮定するにしてもおかしい、肩ほどまでしかない哀れな散切り頭。

この年頃の貴族の子女は、髪を長く伸ばし、元服に結い上げるのが風習だ。平民の少女ですら髪を結える程度にはある。いざとなったらその髪を売る事が出来るからだ。

体つきも変だ。

溌剌とした表情で、貧相な体だが食うに困るほどの痩せぎすでもなく、健康児そのものの体格。指先は荒れておらず、剥き出しにされた足は運動をあまりしない甘やかされた肉のつき方である。この時点で農民、奴隷、下女の線は消えた。

あまりにもちぐはぐは印象で、判断がつかない苛立ちに、男は舌打ちを漏らした。


何より、この場所にいるという時点で彼女はおかしな存在なのである。


溌剌とした表情で輝いた目を向けられ、思わず冷や汗が落ちる。

どうもこの少女はおかしい、という事実に気付き、対応策を巡らせるが、幼い少女はそんな余裕さえ与えてくれなかった。

千世子は両目に涙を湛えて、男を凝視しているのである。

嫌な予感から、つい後ろ足を引く男。


「お、おい。まて、まて、泣くなよ、絶対泣くなよ」


「なんで逃げるのおぉ!!おにぃっちゃ、ぁう、うっ、ううぅぅわあぁぁぁぁぁああん!!!!」


「うるせえぇぇぇ!」


山を揺らすか、というレベルの泣き声(騒音)にたまらず耳を押さえてしゃがみ込む黒ずくめの男。その弾みで取れたフードに気づくのが一瞬遅かった。

真紅の髪をむんずと掴んだ千世子は、いつの間にか泣き止んでいた。


「あれ?お兄ちゃん、いつの間に髪の毛赤くしたの?」


「誰がいつお前の兄貴になったっつーんだ!ふざけんな!赤の他人と間違えてんじゃねぇよ!」


「お兄ちゃん、じゃない?」


「最初に気づけアホ!」


「だって、声も身長もそっくりだし、顔も・・・」


「顔も?」


「おめめがキラキラしてる!お星さまの色!」


「お、おほしさまぁ?」


生まれてこの方、言われたことの無い賛辞に動揺する男へ追い打ちをかけるように、千世子は口を止めなかった。


「すごくキレイ。お兄ちゃんの数倍わいるど(・・・・)でカッコイイ。お洋服もファンタジー映画でよく見る感じだね。フシギー。でもやっぱりちょっぴりお兄ちゃんに似てるよ」


「ああ、そうかいそうかい。そりゃ良かったな。で?お前の言うお兄ちゃんは何処に居るんだ?」


いつまでも続きそうな口上にウンザリしながら適当に返すと、急に少女は黙りこんだ。

ここが見知らぬ土地で、知ってる人間や頼りになる大人もいない場所にいきなり放り出されたという現実にやっと直面したからだ。


「わからない…ちよこ、どうしたらいいの?何処に行けばいいの?」


「何処って…」


予想以上にきな臭くなってきた話に、男は今のうちに立ち去るべきか迷った。

その迷いが命取りだった。


「ねぇお兄さん、ちよこ、迷子になっちゃったみたい。おねがい、たすけて!」


「じ、冗談じゃねぇ!俺はガキが嫌いなんだよ!」


身も知らない男にしか縋る術がない千世子は必死だった。男もお断りのオーラを隠しもせず訴えるが、少女も気迫では負けなかった。


「おねがい!ちよこ、いい子にするから!見捨てないで!」


「ガキはすぐ泣く、ワガママを言う、注意した事を守らない、すぐ忘れる!嫌いなんだよそんな人種は!関わるといつもロクなことないーーーー」


「ちよこ、泣かない!ワガママ言わない!注意されたらちゃんと聞くし、忘れないもん!だから、おねがい!おねがいっ…!」


「お、おい。泣かないって言ったそばから泣きそうじゃねぇか。約束事も出来ない奴が勢いに任せて適当言ってんじゃねぇよ」


「泣いてないもん、ちよこは約束守るもん」


涙を両目いっぱいに貯えながら、懸命にコートを引っ張って離さない小さな女の子。

姦しいだけの子供は本気で嫌いな男だが、千世子には何か違う匂いを感じ取ったのか、引き離そうと躍起になっていた手を下げ、肩をそっと叩いた。


「おい、もう、分かったから。落ち着け。ちゃんと面倒見てやるから」


「ほんと?離したらどっかに行かない?」


「行かない。俺はお前に嘘をつかない。約束事に追加しとけ。忘れんなよ」


「う、うん。ちゃんと覚える!」


急に態度が柔らかくなったことに不信を抱いたのか、首をこてん、と曲げる千世子の頭を撫でながら、続けて細々とした約束事を決めていく。


その全てをどうにか頭に叩きこんで、脳内をパンクさせそうになっている千世子を立たせ、シワの寄ってしまったコートをバサリと直した男は、自分の腰ほどにもならない幼女にニヤリと笑った。


「そういえば名前を聞いてなかったな。なんていうんだ?」


「千世子!奥山千世子っていうの」


「ふぅん。名前が後なんだな。変なの。俺はリュート。偉大なる森の賢者、魔法使いだ。リュート様と呼べ」


「はい!リュート様!」


ようやく知れた男の名前が嬉しかったのか、節をつけてリュートさまー♪と歌っている。かなりご機嫌な様子の千世子を眺めながら、今後の先行きを思い、溜息をつく。


「俺の名前にも全く反応しない、か。こりゃ面倒なの拾っちまったかもな…」



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