1-2.新たなる脅威
DTF作戦室
「千葉県九十九里海水浴場でBSCが出現したとの通報がありました」
作戦室の空気が真夏であるのにもかかわらず凍りついた
「被害状況は?」
東山の鋭い声が飛ぶ。白木は困ったような顔をしながら答えた。
「不確定情報ではありますが、死亡者は30名を越えているのではないかとのことです」
「おい!嘘だろ!過去そこまでの被害が出たことなんてないぞ」
「落ち着け!まだ確定情報じゃない」
西村も南野を宥めたものの焦りは隠しきれていない。これと対象的に、北見は驚くほど冷静だった。
「初代と仲里を待つ猶予はありませんね」
「そうだな。西村、南野、北見は直ちに現地へ向かってくれ。それと、重火器の使用を許可する」
東山の決断は驚くべきものである。
重火器の使用は緊急時と通常装備で対応ができないときの特別措置で、支部長の許可が必要となっているからだ。
「了解!」
3人は作戦室を飛び出した。
*
千葉県九十九里海水浴場
血で赤く染まった砂浜、押し潰された人間の遺体、転がる肉片、現場はまさしく地獄絵図であった。
駆け付けた警察官達もあまりの惨状に何もできないでいた。
そこへ一台の車が走り込む。黄色の車体に黒のライン、赤字でDTFが書かれた特殊戦闘車両である。
濃紺の戦闘服を着た3人が車から降りてきた。
通常、調査の場合スーツ型の制服を着用する。重火器の許可といい事態の深刻さが窺える。
「ご苦労様です。千葉県警の豊橋です」
「DTFの西村です。早速ですが状況は?」
「詳しい状況は不明です。今、お話を伺っているところです」
「使えないわね」
北見が聞こえる程度に呟く。
「言いたいことがあるならはっきりお願いしたいもんです」
「じゃあ言うわ。事件発生から30分も……」
言い終わらないうちに南野が遮って、後ろに引っ張っていく。
「突っ掛かるのはやめろ。どうみても所轄の警察官が対処できる状況じゃないだろ」
「警察出身だからって肩持つのはやめなさいよ」
「それは関係ない。お前冷静に見えてそうでもないんだな」
しばらく言い合いをしていると
「そろそろいいよね?」
顔は笑っているが、西村は有無を言わせない口調である。2人は反論する余地すらなかった。
「南野君は現場にいた人に話を聴いてきてくれ、北見さんは僕と調査。以上」
「了解」
2人は同時に返事をした。
*
被害者達は海の近くにあるホテルに集められていた。南野は一人一人話を聴いていった。
(情報は大きな鰐ってことくらいか)
現場に戻ろうとしたとき、若い女性が声をかけてきた
「あの……これ」
そういいながら多機能端末を差し出している。
「録ったの?」
女性は小さく頷いた。
「ありがとう!ちょっと借りるね」
務めて明るく振る舞った。端末を受け取り、ホテルをあとにした。
「こちら、南野。本部応答願います。」
『こちら、本部の白木です。どうぞ』
「映像を手に入れたので、そちらで解析お願いします」
『わかりました。転送してください』
*
現場に残った2人は調査を始める。
「酷いですね。早めに遺体を収容してもらった方が……」
「そうだね。BSCがいない以上僕たちにできることは限られるからね」
「私……BSCだけはどうしても許せないんです」
「それは隊員として?それとも個人の意見?」
北見はまるで聞こえていないかのような顔をしている。
「答えたくないなら構わないよ。ただ、復讐という気持ちに縛られるのはあまり感心できないよ」
「私の気持ちなんてわからないわ」
今度は絶対に聞こえない声で呟いていた。
*
DTF作戦室
「全員集まったな。白木始めてくれ。」
「はい。南野さんが送ってくれた映像を解析しました。これを見て下さい」
大型のスクリーンに人が逃げ惑う映像が映される。
「逃げ惑う人だけかと思われますがここを見て下さい」
白木がポインターで示した場所に全員が注目する。そして、白木がキーボードで何か操作をするとその部分が鮮明となった。
「尻尾だ!」
初代が指摘する。
「そうです。海に潜るところを映したようです。これをアーカイブと照合したところ該当BSCがいました」
クリックすると、画面が鰐のようなBSCの画像に切り替わる。
『識別コードUSA-F09』
BSCにおけるコードには意味があり、創造国、種別、創造番号を表している。今回の場合だとアメリカ魚型の9番目ということになる。
「非常に凶暴で肉食、魚型ですから水中を高速で泳ぐことも可能です。あと、皮膚が非常に硬いという特徴もあります」
白木の説明に、みんなため息をつくしかなかった。
「それにしても、今までどうして被害が出なかったんでしょうか?」
仲里の疑問は的を得ていた。今回のBSCは今までに目撃情報すらないのである。
「確かに気になるところではあるけど、対策を先に練ろう。弱点は記載されてる?」
西村の客観的な意見が入る。DTFはBSCの殲滅が最優先となっているからだ。
「はい。魚の特徴を加えたことでエラ呼吸となっているようで、陸上での活動は10分が限界のようです。」
「弱点て言えるか、それ」
南野は机の上に突っ伏してしまった。長い沈黙の時間が流れる。
「魚だから釣っちゃいますか」
初代の冗談で場が少し和んだ。
「釣れるわけないだろ」
「初代も馬鹿だったのね……」
「初代君まじめに考えてよ」
「それ使えるな」
「ですよね……ってえぇ!」
東山の思いもよらない一言に西村以外全員が度肝を抜かれた。
「よし、釣り1号作戦に決定だ」
そう言うと作戦室を出て行ってしまった。唖然とした顔でそれを見る隊員達に
「お前ら早く慣れるんだな」
それだけ言うと、西村も席を立った。