第38話 競売準備ー身元証明ー
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「こちらが、私の部下のハンス・ヴェーバーです」
「初めまして、ハンス・ヴェーバーです。お二方にお目にかかれまして、光栄です」
「いえそんな。初めまして。ミレーヌ・トルソワです」
「初めまして。エルフィ・ケネットです」
前の打ち合わせから五日後、ミレーヌとエルフィは、ヴォルスの執務室で、一人の役人に引き合わされていた。
「エルフィ殿のご要望にお応えする人材としましては、このハンスが最も適任です」
「微力ながら、精一杯務めさせていただきます」
「よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
「では、計画の再確認と行きましょうか。ハンスには私から一通りのことは伝えていますが、改めてエルフィ殿からのご説明を、お願いしてもよろしいですか」
「はい、では私から改めまして」
全員でソファに座り、エルフィが説明を始める。
「今回の計画の内容は、一言で言えば、“偽の入札合戦で、意図的に宝石の入札額を引き上げる”です。目標は、ひとまず一千万ゴルド」
「一千万……」
計画の内容と目標金額は既にエルフィから聞いているが、本当にそんな金額まで持っていけるのか。
「筋書きはこうです。まず、先日魔王城から持ち帰られた宝石の原石、それが、冒険者ギルドから競売に出されます」
「ギルドからの打診に対しましては、競売に出すように回答しておきました」
「ありがとうございます。その宝石に、フォルセナのドナーティ一族が目をつけ、代理人を通じて入札に参加してきます」
フォルセナは海の向こうにある大国である。そのフォルセナでも一、二を争う豪商がドナーティ一族で、ミレーヌでも名前くらいは知っているほどに有名。
「もちろん、この“宝石に目を付けたドナーティ一族の誰か”は、存在しません。その代理人を名乗って入札に参加する人物も当然偽物で、その役をヴェーバー様に演じていただきます」
「そんなことして、バレないの? ギルドの身分照会、かなり厳しいらしいけど」
冷やかしの入札や、落札しておきながら代金を払わない、といったことを防止するために、入札者はギルドから徹底的な身元の照合を受け、ギルドが許可を出さない限り入札に参加できない。
前回の打ち合わせの後、「競売で値を吊り上げる」方法について自分でも考えてみて、おおよその方法は見当がついたが、この身元の照合をどう潜り抜けるかの具体的な方策が分からなかった。
「そこにつきましては、ヴォルス様にお願いします」
「はい。これを使います」
ヴォルスが一枚の巻物を出す。
巻物を開くと、印章のような模様が透けていて、そこに本人と身元保証人の名前、フォルセナの役所名と思しき文字と印が並んでいる。
「これは、フォルセナの当局が発行する身分証明書です。フォルセナに限らずどの国でもこのような証明書が発行されてまして、通常、身分を証明したい場合は、これを受け取った商人なり組織なり、今回は冒険者ギルドということになりますが、そこから国に照会がかかり、我々が本物であると確認した後返却することによって、初めて効力を発揮します」
「なるほど」
今回はその証明書を当の国が偽造する。
「宝石の入札につきましては、実際に外国からの商人が参加した例もありますので、少なくとも入札の段階ではギルドにこれを疑う理由は無いでしょう。本当に落札でもすれば本国まで照会が行くこともありますが、そもそもその照会をするのも我々ですし、実際に落札するわけではありませんので、そこも問題は無いと考えられます」
手が込んでいる。
「証明書そのものの偽造は、国の文書課が行い、それをこのハンスが持って、ドナーティ一族の代理人に成りすます、というわけです。彼は以前フォルセナに駐在していたことがあって、かの国の公用語や風習にも詳しく、そうは見えませんが芝居も得意ですので、まさにこの役にうってつけです」
「お任せください」
「ドナーティ一族の、誰の代理人ということになりますか。さすがに当主というわけにはいきませんよね」
とエルフィ。
「書類上は敢えて架空の人物にしておくのがいいかもしれませんね。ギルドが気にするのは書類が本物かどうかだけですので。また、ハンスが直接問われた場合は“ドナーティ一族に連なるとあるお方”と答えることにします」
「なるほど。知っていれば、勝手に次男坊を想像する、と」
「そういうことですね」
「どういうこと? でしょうか」
疑問が口から出て、慌てて取り繕う。
「ドナーティ一族の当主には息子が二人と娘が一人いるのですが、次男のニコロ・ドナーティと言えば、放蕩息子としてかの国では大層有名でして」
「ああ」
「“当主に知られると面倒だからうかつに名前は出せない“、とでも言えば、相手が自分から理由を作ってくれる、というわけよ」
「なるほど……」
なんとも手が込んでいる。
「というわけで、ヴェーバー様が偽の代理人として入札し、もう一方で私が入札し、お互いに一歩も引かず、入札価格がとんでもない値段まで吊り上がる、というのが、今回の計画の筋書きです。何かご質問はございますか」
エルフィが説明を締めくくると、ハンスが手を挙げる。
「よろしいでしょうか」
「お願いします」
「目標の落札価格は一千万とのことですが、そこで打ち止めということでよろしいしょうか」
「いえ、一千万はあくまでも目安です。できれば一千五百万を目指したいところですね」
「分かりました。金額の刻みはどの程度をお考えですか」
「最終的には都度調整ですが、おそらく五十万か百万になりますね」
「分かりました。詳しい連絡方法などは追って、ということですよね」
「その通りです」
「ありがとうございます」
「エルフィ殿、私からもよろしいですか」
ヴォルスから声がかかる。
「はい、お願いします」
「今のご説明を踏まえますと、入札されるのはエルフィ殿ということでよろしいですか」
「はい、私が入札します。ミレーヌもそれでいいよね」
「うん、それはそれでいい……んだけど」
「何か引っかかるところある?」
「さっき一千五百万目指すって言ってたでしょ」
「ええ」
「それ、大丈夫なの? 全体の一割をだいぶ超えることになるけど」
「ああ、それ。私は大丈夫だと見てるけど。ヴォルス様、いかがでしょうか」
「そうですね。全体の一割というのは基本的に支払った“ことにする”ための細工を行う上での制限でして、この場合、“褒賞金で宝石を買う”こと自体は細工ではなく事実なのと、公開入札であるが故に、値段自体にはそれ以上の“意図の詮索”がついてきませんので、その制限は必要無い、と言えると思います」
「なるほど」
「ありがとうございます。で、話を戻すと、お金の方は、私とミレーヌで折半。一千万ならそれぞれ五百万ずつ出す形で」
「折半でいいの? 私の方が多く出した方がいいなら、そうするのは構わないけど」
「いや、折半でいい。銀行側の事情で、可能なら自分の褒賞金も少し軽くしておきたいのもあるし、宝石自体は私のものになるから、こっちの方が僅かに得だし」
「あと、一千万まで行けたら、残額が五千万を割り込むけど、それについてはいいの?」
「それもさっきの話と同じね。“褒賞金を減らす”のではなく、“受け取った褒賞金を使って宝石を買う”だから対象外。というか、そこは最早なりふり構ってられない、というのが正直なところね。実質減らせる機会があるなら、それは逃せない」
「そっか。エルフィがそれでいいなら」
「と、いうことになります。ヴォルス様」
「承知しました。細かいところは次回以降に詰めるものとしまして、準備に必要な時間が、およそ一か月、といったところでしょうか。少し余裕を見て、再来月の一日に入札開始、という予定でよろしいですか」
「はい。それでお願いします」




