第36話
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魔王討伐から約十か月が経過した。
国の復興は、順調に進んでいる。魔王城の立ち入り禁止は解除され、冒険者ギルドの管理の下、城内の採掘や周辺地域の開墾、王都との間の街道の整備が始まった。仕事があれば人が集まるもので、魔王城の南にある開けた区域――最終決戦で近衛軍が囮作戦を実行した場所――が、街のようになっている。
復興が進んでいるのは魔王城周辺だけではない。七年にわたる魔王軍との戦いで大きな痛手を受けた北部一帯を対象として、国による大規模な復興開拓団が組織され、まずは放置されていた農地や魔王軍に占領されていた都市の復旧を行い、余力が出てきたところから順次新規開拓へと移行している。開拓団の主力はもちろん元々のその地域の住民だが、魔王が現れる前からやや「人余り、仕事不足」の傾向があり、魔王侵攻によって難民が押し寄せてきてその状態が急激に悪化していた王都とその周辺地域から、仕事を求めて多くの民が開拓団に参加し、図らずも人口調整のような役割も果たしている、とヴォルスが言っていた。なお、それが本当に「図らずも」だったのかについて、ミレーヌは強く疑っている。
ちなみに、これらの復興事業の大半に、エルフィの銀行――ケネット銀行のことを、ミレーヌたちはこう呼んでいる――が一枚噛んでいる。魔王城周りの開発については、ただでさえ管理権を冒険者ギルドに持っていかれて、せめて資金面ではと意気込んでいた商業ギルドの商人たちから強い抵抗があったそうだが、国からの後押しと、魔王城の代わりに北部開拓団側での好条件の借入証書購入や資金貸付、さらには経営者自身が冒険者でギルドとも繋がりがあること、何より「魔王を倒した勇者一行の魔術師」であることが効いて、なんとか話をつけることができたそうだ。
復興が順調なことに加え、長年の仕事不足が緩和され、そこに魔王が倒されたことによる祝勝気分が加わり、王都はこのところちょっとしたお祭りのような空気になっている。また、魔王城から採れた珍しい宝石が冒険者ギルドから競売に出されるようになり、新しいもの好きの資産家や、海外に売ろうとする商人などの間で、高値で取引されている。魔王城突入の時にガルドが欲しがっていた宝石もギルド側で採掘されたそうで、「やっぱりあの時持ってくれば良かった」と、大いにぼやいていた。
このように、多くの物事が順調に進んでいたのだが、ミレーヌとエルフィ、ヴォルスの三人は、それを無邪気に喜んでばかりもいられなかった。
というのも、例の褒賞金の処理が、殆ど進んでいなかったからである。
「これもダメですか」
「そうですね。国営の銀行に預けられている金額は魅力的ですが、それを事業に回してしまうのは、上手くいかなかった時の危険が大きすぎますし、それ以前に、民から預かった金を国が勝手に遣い込むわけにはいきません」
「そうですよね……」
「まあ、そうですね」
未処理の褒賞金を六千万弱にまで減らして以降、概ね月に二回の頻度で行われるこの打ち合わせで、ミレーヌ達は褒賞金を実質減額できる方法を必死で考えてきたが、どれも既存の方法の焼き直しだったり、そもそも無理筋だったりで、殆ど成果には繋がっていなかった。
当初自分たちが出した条件が五千万ゴルドで、それ以上に減らそうとするなら、再度エルフィと条件を調整する――彼女自身は銀行への出資として自分の分を確保したが、まだ「残り三人も同じ条件で」が生きている――必要があるが、その心配をする以前の問題として、そこまで行けそうにない、というのが実情である。
黒板には、これまで提案されては却下されてきた案がずらりと並んでいる。もしかしたら何かの形で使えるかもしれないし、そこから他の考えが浮かんでくるかもということで、今日は今までに出た案を総浚いしようと書き出しては見たものの。
「国有地や施設の売却は……魔王城より高く売れるものなんて無いですし、比較的高く売れるところはそもそも使われているから売れないですよね。その次の、王領の土地や資源の解放は、ギルドへの便宜供与で既に使われている。次の王家の財宝は……」
「王家の皆様には失礼ながら、金額の桁がやはり違います。また、それらの品を手放されること自体も問題となり得ます」
「そうですよね……」
「他もだいたい同じようなものね。軍の余剰装備、国の穀物備蓄なんかは、そもそも手をつけるべきでないし、港湾使用料や特定地域の通行料の値上げは、復興税で既に使い切っているわ、便宜供与とぶつかるわでやはり成立しない」
「そうだよね……」
却下案の中には「国有の馬や家畜の売却」なんてものまである。それほどに、打てる手立てが尽きていた、ということだ。
「追加の辞退は、やはり難しいでしょうか」
これも、何度も挙げられては取り下げられてきたが、あらためて持ち出してみる。
「そうですね。辞退という形を取ったのは一千万でも、実質的には冒険者ギルドへの預け金も合わせて、二千万近くを皆さんに遠慮していただく形になっていますし、それ以外にも支払いの遅延や借入証書の購入など、便宜を図っていただいていることも多いです。これ以上大きく増やすのは、やはり難しいでしょう」
「そうですよね……」
「また、上納金も合わせれば、既に三千万以上を冒険者ギルド経由で処理しています。特に、復興税と上級冒険者制度ではギルドに対してだいぶ無理を通していますので、これ以上ギルドに対して何らかの働きかけをするならば、相応の正当な理由と、ギルドへの実利が必要となります」
「つまり、ギルド預け金を増やすのも難しい、ということでしょうか」
いざとなったらそれでいけるのではないかと思っていたのだが。
「そうですね……それにつきましては、正直最初の金額設定が厳しすぎた側面はあります。“その存在が公になっても耐えられる範囲"を優先して九百万としましたが、今から思えば少々慎重になり過ぎました。さすがに倍とまでは行きませんが、千五百万くらいにしておく手はあったかと思います。ある意味では辞退もそうですが、初回は“全体の一部"で凌げても、二回目はそうは行きませんので」
「ああ……」
「もっとも、今更言っても仕方のないことではありますし、個々の理由を全体の一割程度までに抑えておくことも、やはり必要なことではあるのですが」
「そうですよね……」
沈黙が下りる。
「打つ手無し、か」
エルフィが呟く。彼女がこう言うということは、本当にそうだということだ。
「そうですね」
ヴォルスが応じる。つまり、そういうことだ。
「とは言え、ここまでの成果が、全く無いわけではありません。復興そのものとケネット銀行の立ち上げは順調ですし、そのおかげで歳入の増加や、銀行が持つ十年借入証書を、他の特定事業の借入証書に振り替えることで、さらに時間稼ぎをする方法なども見えてきています」
そうヴォルスは言ってくれるが、その表情が固い。禁じ手の「同じ相手からの借金で、前の借金を返す」に近づいていることが、分かっているからだろう。
エルフィが訊いた。
「ヴォルス様、実際のところ、どのあたりまでならもちそうですか?」
ヴォルスが答える。
「そうですね。このままの状態が続いたとしますと、やはり初回の支払いの際に、相当な無理が必要になってくると思われます。あと一年半、といったところですね」
「とすると、それまでに、最悪振替えが可能な事業を、できるだけ取っておく必要がありますね」
「それは是非お願いさせていただきたいところですが、仮にそこで凌げたとしても、その翌年はさらに厳しくなります。おそらくは、そこで時間切れです。初回の時点であと二千万程度減らせていれば、なんとかできる可能性がだいぶ上がるのですが」
「ヴォルス様」
「何でしょう」
「それが禁じ手であることは承知しておりますが、敢えてお伺いします」
「はい」
「新規の借入証書を購入し、それをもって前の証書を返済すれば、先延ばし自体は可能なのではありませんか?」
「それがそうもいかないのです。実は、商業ギルドから、ケネット銀行への贔屓が過ぎるのではないかという声が強くなってきてまして」
「ああ、あれ……」
エルフィも苦い顔。
「特定事業の証書や貸付であれば躱しようもありますが、非特定の借入証書をこれ以上、大量に発行するとなると、最悪の場合、褒賞金の取り扱いそのものにまで火が燃え広がる恐れすらあります。もっとも、どうしようもなければそれでもやるしかありませんが」
「分かりました。すみません、嫌なことをお訊きしまして」
「いえ、お気になさらず」
沈黙。
「さて、沈み込んでばかりいても始まりません。幸いまだ時間はあることですし。とりあえず、この辺で少し休憩といきましょう」




