聖女、辞めます!――13年間、国のために働きました。今日からただの女の子になります
神様。私の罪をお許しください。
聖女になって早13年。発端は私とはいえ、少し早まったでしょうか!?
どうか返事を!どうかどうか、声を聞かせてぇぇぇぇ。あぁ、なんで神様って声聞こえないんだろ。
背筋に冷や汗をかきながら天井を見上げる。あ、あの壁画は天使だわーーじゃなくて。
隣には濃いクマ2匹を目の下に飼うアレックス殿下。
目の前には目が血走ったエリザベート様。
『おい、準備はいいか?』
『バッチリよ、いつでもかかってきなさい!』
「エリザベート・メイ・オルコット!我慢の限界だ!婚約を破棄する!」
「おっほほほ。あーーら、いやだわ!ついにおかしくなられましたの?この半年、一度もお顔も見せなかった王太子殿下!」
あぁ、頭が痛い。視線も痛い。
あなたの番よ?いやわかってますよ。でもあのキャラはいやだったのよ。
全貴族の視線がこっちに向いてるわ。今しかないよなぁ。
ええい、仕方ない。聖女の底力を見せてやろうじゃないの。巷の恋愛小説を読み漁った成果を今ここに!
さぁ大きく息を吸って!行くわよ私!
「アル様ぁ♡早く私のことも紹介してくださいよぉ♡」
⭐︎
皆様、混乱されているでしょう?
私も、どうしてこうなっちゃったかなぁって思いますもん。
こほん!
えー、ことの始まりは13年前に遡ります。
この国では5歳になると教会で洗礼と、聖力測定が行われます。ど田舎生まれの私とてそれは例外ではなく、おろしたてピッカピカのひらひら激安ワンピースを着て、しゃなりしゃなりと歩いて向かいました。
髪がいささか薄めのおじちゃんに頭をちょんちょんとされて洗礼完了。まあるい透明な球に手を翳したらあらびっくり。教会中が光だして、おじちゃんが腰を抜かしました。
そこから先は王都の大聖堂で修行という名のパシリを1年。続いて、施しと称した野宿で国一周ツアーと炊き出しと寄付とあとーなんだっけ?
とにかく、ブラックな毎日で、5歳のおませな少女は18歳の一文なしひねくれガールへと成長したわけです。
あれは確か6歳のことでした。王都で聖女披露目の儀がありまして、きらんきらんのお貴族様にお目見えいたしまして。その後の夜会で第一王子殿下とその婚約者様にご挨拶いたしました。
これバレたら不敬罪で首が飛ぶけど、当時の王子殿下はまぁ鼻についた偉そうなガキで!その点婚約者のエリザベート様はめちゃくちゃ綺麗で!お人形さんかと見まごうほど!きっとお淑やかで素敵な方なんだろうなと思いましたとも。お優しいエリザベート様は、『あなたが聖女様ですね。同い年ですもの、仲良くしていただけると嬉しいですわ』とおっしゃられました。以来、年に一度王都に戻った際には必ずお茶会をしている親友でございます。
職業:聖女。
つまりは、年中無休のボランティア活動。
知ってました?ボランティアなんですよ、お金出ないんですよ。
美味しい、も言っちゃだめ。それが美味しいなら、あれは美味しくなかったのか!?ってなるからですって。いやわからんでもないけど、わからん。
あ、聖力って何でもできるわけじゃないからね?傷も治せません。便利そうに見えて全然便利じゃない。聖力を使えるのは国内のみ!国外からは聖力なんて信じられてないし、万が一バレてもややこしいので御伽話とされている。……って修行してた時に神官が言ってた。
さらに!聖力が作用するのは大抵の人には見えない障気に対してだけ。方々に出向いては舞を奉納して炊き出しやら孤児院視察やらチャリティーやらなんやらをして、夜に邪気を払いまくる。
ほとんど眠れないし、側から見たら胡散臭い女であること間違いなしなのですよ。おほほほ。
贅沢禁止。ホテル禁止。帰省禁止。給料なし休みなし。あるのは上と下からの不平不満だけ。くっそ、こき使うだけこき使いやがって。もっと崇め奉りなさいよ!こちとら聖女よ!
それでも薄っぺらい汚れた服を着てゴッキゴキの背中で各地を行脚しましたよ?私も孤児院出身だから、子供が笑って暮らせるならたとえ火の中水の中。王都に戻った時に、大司教が寄付金を使って袈裟を豪華にしているのを見た時はキレそうになった。(一度キレると後が大変なので耐えました。返せ私の労働時間)
年が経つにつれ、人は変わるもので。
アレックス殿下は、銀狼殿下と呼ばれて国務省を一人で動かすほどに成長なさり、エリザベート様は白薔薇令嬢と呼ばれ社交の花となるだけでなくお二人で次々と政策を成功なさいました。
私?よくぞ聞いてくれました!私は、社交界で『稀代の聖女』と呼ばれるようになりました。自分の二つ名ってちょっと恥ずかしいかも。それにしても、稀代って。我ながらすごいわ。まじえらい。
これが表の姿ね。
裏の顔としては、アル殿下は顔を合わせれば嫌味を発する社畜に。エリーはとんでもない毒舌ドS令嬢へと開花しました。ちなみ私は、行脚の甲斐あって体力底なしになりました。
毎年行脚から帰還するたび、三年でだべるようになっていたけれど。ある時『か弱き人の子からゴリラになったな』と殿下からお言葉をいただきました。
ゴリラ、ねぇ。ふふふふ。愚者には天罰をくれてやろう。その辺に散らばった書類とボサボサ気味の髪に免じて見逃すことにしていたけど、これはアウトーー。隙間をぴょんぴょんと渡って、即座に廊下でエリーに言いつけて部屋を後にすると、微かに殿下の叫び声が聞こえました。年々彼らの書斎が城の奥深くになっているのはこういう時にとっても都合がいい。ざまぁないわ。ふふん。
んで。17の時。
王都に戻った際、またも1年ぶりに馬鹿王子とエリーを訪ね、奥まった部屋に案内されました。扉を開けば死屍累々。禍々しい緑色の液体の入ったグラスと、空になった大ぶりのボトルが10本。足の踏み場もなく広がる書類。
「ついに足の踏み場もなくなったかぁ……」
表情をこわばらせながら呟くと、銀髪の屍がのそりと動いた。
「んぁ?あぁ、なんだイカレ聖女のご帰還か」
かと思えば、書類の山の向こうから掠れ声が飛んでくる。
「おかえりマリーそこの書類取って。あとミドドリンクのボトル5本持ってきて」
爪先立ちで書類を最大限避けながら進み、ひょいと窓枠に飛び移る。若干焦点の合っていないエリーがこちらを見た。
「ボトルは?」
「んなもん渡すわけないでしょ。命の前借りなんだから」
「おいマリーそこの財政の書類こっちにくれ」
「ほい」
まじまじと二人を見ると両目下にクマができている。エリーは化粧で隠しているが、うっすらと見えている。ふと手を開くと、ボロボロの爪が見えた。カリカリとペンの音が響く。窓から眺めた空は真っ黒な曇天。
「働けど働けどってこのことかしらねぇ」
ボソリと呟くと二つの返答がある。
「おーー俺は働いて働いて参りますよーー」
「働くわよ〜手を見ても記憶よりもくすんだ様相だけどねぇ」
雲はゆっくりと流れている。
「なんかもう、いいんじゃない?」
「何が」
「んー全部?」
この数年、市井と宮殿、教会を行き来した私だから思うのかもしれないけど。
「あんたら、退職したらいいのよ」
⭐︎
一瞬の沈黙。
エリーが哀れみを讃える淑女の表情で見つめてきた。
「マリー、ついに頭まで筋肉になったのね……」
「違う!なんて事言うのエリー!やめてその顔!」
呆れた顔で殿下が口を開く。君はわかってくれるか!?
「教会のジジイどもになんか言われたのか?」
「そうだけどそうじゃない!!」
どこまで社畜なんだ!
「あんたら二人で動かせるのはすごいけど、もっと他人を使うべき!」
「向こうが俺に任せてくるんだぞ?」
「それに、国を背負うものの責務でしょ?お役目は果たさないといけないわ」
「たとえ役人どもが呑気に賭け事に興じていても?」
「ええと」
「たとえ役人が私腹を肥やしていても?」
「もうすぐ告発書ができるわ」
「全部が全部ひとりでできるもんじゃないんだから!よくわかんないけど、絶対なんか間違えてるわよ!」
「えー」
「えーじゃなくて!」
バッキバキの肩。硬い石みたいなパン。ペラペラ服。あったかガウンの神官ども。あぁ金が欲しい。
「おかしいでしょうがぁ!一部の人だけ大変とかおかしい!もっと働けコノヤローー!」
ぜいぜいと肩で息をする私をそっちのけに、いちゃつくカップルにまた腹が立ってくる。
「……心の叫びか」
「……渾身の叫びね」
「聞こえてんよ、そこのバカップル!爆発しろ!」
⭐︎
年が明けて18の年。
あれから議論は混迷を極め。まぁどうせ政治のイロハもわからない私の言う事なんて聞かないしってとっとと諦め、施し野宿ツアーに出ました。
ーーが。
しばらくした後、手紙が届いたかと思えば、なぜか私が殿下を誘惑し婚約破棄、その隙に二人が逃亡するという筋書きが出来上がっておりました。なんで??この短い間に何があったの?
いやわかんないけど。王都の情報なんて一回旅立ったら頭にも入ってこないし。
ま、二人が逃げたら私が権力握ろっと。そしたら金も私の元にガッポガッポだし。施し方法も変えよう。野宿とかまじいらない。危ないだけ。ペラペラの服も、もう少しあったかくしてほしい。困窮してる人がいるから、聖女が贅沢しちゃいけない考えはわかるけど。私も風邪とかひくからね?その考え方でいくのは、なんかちょっと、あんまよくないと思う。うん。よしいいぞ、薔薇色だぞ私の未来。輝いてるぅ!そうとくればその辺の子達から流行りの恋愛小説借りて来なくっちゃね。
「『うるうると瞳を潤ませた』……?『殿下♡と仔犬のように甘えた声を出した??』何この『♡』ぶりっこしろってこと?誰に?あいつ|《馬鹿殿下》に??無理無理無理無理!気持ちわるっ」
思わずでっかい独り言が出てしまうが誰もいないから気にする必要はない。
「え、これほかないの?他のなんかキャラ設定ないの?なんでこんなんばっかり?」
いや、まだだ。
「諦めない!ましなキャラがあるはずだ、いける、いけるぞ。あの二人を解放して権力を握るんだ!」
⭐︎
と思っていたのに、ましなキャラはなくて。手紙も送ったけどいまいち話が噛み合っていない。権力は私の手に渡るんだよね?なんか嫌な予感がするんだけど。エリー、信じていいんだよね?信じるよ?これ絶対黒歴史だよ?親友のためなら仕方ないけど。耐えろ私。いでよ黄金。
「アル様ぁ♡早く私のことも紹介してくださいよぉ♡」
「ブッ、ガハッ」
笑ってんじゃねぇよ馬鹿!
「ご、ごめんよ。は、ハニー?」
ゾワゾワゾワゾワッッッッ!
イヤァァァ気持ち悪っ
下向いとこ。プルプルしておこ。気持ち悪い震えだけど、悲劇の聖女に見えるだろ、多分!
ミシリとエリーの扇子が音を立てる。あ、笑ってる。笑ってるわ!未来の夫でしょうが!
エリーは俯いて涙を拭う。
「聖女様とあなたがそんな仲だったとは思いませんでしたわ……」
違うもんね。そりゃ思わないよね。てかエリーも思ってないもんね。その涙、悲しみの涙じゃないもんね。
「君が彼女をいじめたのだろう?報告は上がっている!」
何それ。全然帰ってきてないのにその設定、ちょっと無理じゃない?
「だって、いつも衣服がみすぼらしいんですもの。汚らしいわ」
えちょっと待ってそれは傷つく。泣いていい?
「なんたる言い様!国外追放とする!」
あ、そう行くのか。他に口を挟ませない勢い作りはさすが王太子だわ。
「衛兵!エリザベートを連れていけ!行くぞマリー!」
あ、終わり?早かったね?ごり押した感半端ないよ?
カツカツカツカツ
そっか、こいつが廊下歩いてんのを見るのも最後かぁ。感慨深いかも。
おっと。急に振り返らないでくれる?てか、何?その顔。
『誰もいないな?いないよな?』
『いないいない』
「おい馬鹿聖女!関所まで急ぐぞ!」
「うるっさい!見送りくらいちゃんと行くっての!」
「え、見送り?」
何言ってんだか。このアホ王太子は。え、なんか勝手に私の数少ない荷物まで入れてんだけど。強奪?いや落ち着け私。ここを我慢すれば金ががっぽりと入るんだ。そう、我慢我慢。最後だし。
関所までは一瞬だった。王太子を途中でどっかにやるわけにもいかないから、山で馬を捕まえて袋を被せ、裏ルートとで一気に駆け下った。叫び続ける箱入り王子は滑稽でしかない。あぁ楽しい。叫び声の中に、ゴリラめとか聞こえた気がするけど気のせいだよね、うん。
山の木々をすり抜け、細い街道を駆け下る。ぐんぐんと海が近づいてくる。
「あ、いた」
と、と、とん、と飛び降りてエリーと合流する。後ろからブハァと袋から顔を出した王太子がエリーとペラペラと話し出した。
「ベス、船の準備は?」
「できてるわ。あとは乗り込むだけよ」
「さすが。じゃ、行くぞ」
「えぇ。ほら、行くわよ」
え、なんでこっち見る?
「気をつけてね?」
白薔薇令嬢は、ふっと微笑んだあと、完璧な令嬢スマイルを浮かべた。あ、やばいぞこれ。なんかくる。
「あなたも、行くのよ?」
テン・テン・テン・チーン
「はい?」
ちょっと何言ってるかわかんないんだけど。
「え、私残るって言わなかった?」
「言ってたけど。一緒に行くでしょ?」
話が通じてないんだけど。おい責任者。
「ベスが言うなら、そうなる運命なんだよ」
こっちも通じなかった。
「え、お金は?権力は?」
「弟に渡ったぞ。875ページの引き継ぎ書も添えてな」
「嘘ぉ!」
「せ、聖女は?」
「弟に色々言っといたから。大丈夫」
「何が?あと、第二王子殿下すみません!」
「ね、マリー?一緒に行きましょうね?」
「私カップルに挟まるとか嫌なんだけど!」
「あら、旅した先でかっこいい彼氏ができるかもしれないのに?」
「彼氏?」
「この国から出れば、稀代の聖女もただの女の子だもんなぁーー」
「ただの、女の子……」
ザザッ……と波音が聞こえる。海の向こうにも、人がいる。隣には大好きな幼馴染二人。
あれ、悪くないかも?
「ーーっ、しっかたないなぁ!」
「そうこなくっちゃ!」
「おっしゃ、行くぞーー」
「彼氏!イケメンの彼氏作る!取り戻せ青春!!お金もがっぽりゲットする!!」
「その意気その意気。俺よりイケメンがいるか知らんけどな」
「あら、どこにイケメンが?」
「ベス?俺のこと好きなんだよね??」
相変わらずな二人。
隣に二人がいるなら、どこまでだっていける。
神様にだって、届く!
「稀代の聖女こと、マリー・エヴァンズ!」
「聖女、辞めます!」
読んでいただきありがとうございました!
ブックマーク、評価、リアクション等、大変励みになります!
まだまだ新米のため、気軽に反応をいただけると今後の参考にもなり、大変ありがたいです
よろしくお願いします〜
追記:誤字報告ありがとうございます!
「親友に「仕事辞めちゃえば?」と言われたので、みんなで辞めようと思います」を公開しました。エリザベート視点の短編です。ぜひ、あわせてお楽しみください!




