となりの体温
朝の教室は、まだ少し冷たい。
窓の外は春なのに、教室の空気だけ冬が残っているみたいだ。
「……寒」
小さくつぶやいた瞬間、隣の席の椅子が引かれる音がした。
「おはよ」
いつもの声。
顔を上げると、君が笑っている。
「おはよ」
僕が返すと、君は机に頬杖をついた。
「手、冷たそう」
「朝だから」
「貸して」
「え?」
言う前に、手首を掴まれた。
びっくりするくらい自然に。
君の手は、思ったより温かい。
「……あったか」
僕じゃなくて、君が言う。
こっちの心臓のほうが、よっぽど熱いのに。
「離して」
「なんで」
「恥ずかしい」
「誰も見てねーよ」
ちらっと周りを見る。
確かに、まだクラスは半分も来ていない。
でも。
僕は知ってる。
こういうのって、すぐ噂になる。
「……いいじゃん、別に」
君は本当に気にしていない顔をしている。
ずるい。
僕だけが、こんなにドキドキしてる。
「お前さ」
「なに」
「手、めちゃ冷たい」
「だから朝だって」
「俺で温めとくわ」
そう言って、ぎゅっと握り直す。
逃げようとすると、逆に強く握られる。
「動くな」
「なんで」
「冷たいから」
理由になってない。
でも、嫌じゃない。
むしろ。
ずっとこのままでいいと思ってしまう。
そんな自分が、ちょっと怖い。
君は人気者だ。
部活でも中心で、クラスでもいつも誰かに囲まれてる。
僕は、たまたま席が隣。
ただそれだけ。
なのに。
昼休みになると、君は必ず戻ってくる。
「やっと座れる」
「どこ行ってたの」
「友達捕まるんだよ」
そう言いながら、僕の机に肘を置く。
「お前のとこ落ち着く」
さらっと言う。
そういうとこだ。
無自覚。
距離が近い。
たぶん、僕だけが特別なわけじゃない。
……分かってる。
分かってるのに。
期待してしまう。
「なあ」
君の両目が僕を見た。
「今日さ」
「うん」
「帰り、一緒帰れる?」
胸が跳ねる。
「……いつも帰ってるじゃん」
「今日は部活ない」
「そっか」
「だからゆっくり帰れる」
嬉しそうに笑う。
そんな顔をされると。
まるで僕が、特別みたいだ。
放課後。
校門を出ると、春の空気がやわらかい。
並んで歩く。
肩が、少し触れる。
「今日さ」
君が言う。
「寒くない?」
「昼は暖かかったけど」
「夜は冷える」
そう言って、突然マフラーを外した。
「ほら」
僕の首に巻く。
「え」
「貸す」
「いいよ」
「いいから」
そのまま、自分の首にも巻く。
同じマフラー。
距離が近い。
近すぎる。
「……ねえ」
「ん?」
「これ変じゃない?」
「なにが」
「距離」
「寒いから」
またそれ。
言い訳みたいな理由。
でも、君の耳も少し赤い。
「お前、顔赤い」
「寒いから」
同じ言葉を返す。
君が笑った。
「それ便利だな」
バス停が見えてくる。
この時間が終わる。
少しだけ寂しい。
すると、君がぽつりと言った。
「俺さ」
「なに」
「お前と帰る時間、好き」
足が止まりそうになる。
「なんで」
「落ち着く」
まっすぐな声。
でも、それはきっと。
友達としての“好き”。
「……そっか」
「なにその顔」
「普通」
君は少しだけ考えてから言った。
「明日も一緒帰ろうな」
「うん」
それだけで、胸がいっぱいになる。
恋じゃなくてもいい。
特別じゃなくてもいい。
ただ。
この隣にいられるなら。
バスが来る。
僕はマフラーを外す。
「返す」
「いいよ」
「でも」
「また明日使う」
当たり前みたいに言う。
「一緒帰るだろ?」
笑う。
その笑顔が、あまりにもまっすぐで。
僕は思う。
この気持ちは、まだ言わなくていい。
だって。
君の隣は、こんなにも温かいから。




