悪逆非道の徒、聖王に跪く 〜魔王に憑依した俺が、地獄を避けるために平和を築く理由〜
第1章:死、そして理不尽な神の審判
男の人生は、常に血と硝煙、そして他者の悲鳴に彩られていた。 佐藤健一。裏社会で「掃除屋」として名を馳せた彼は、法も倫理も嘲笑い、己の利益のためだけに冷酷な刃を振るってきた。彼の手によって崩壊した家庭、命を落とした者は数え切れない。
そんな男を待っていたのは、路地裏でのあっけない背信だった。 信頼などしていなかった部下からの、心臓を貫く一発の銃弾。 「……ふん、ようやくか」 薄れゆく意識の中、健一は自嘲気味に笑う。後悔などない。自分のような屑には、地獄の業火こそがお似合いだと確信していたからだ。
だが、次に目を開けたとき、そこにあったのは燃え盛る炎ではなく、吐き気がするほどに純白な、無限に続く空間だった。 そこに、一人の中年男が椅子に座って欠伸をしていた。 「やあ、極悪人。ようやく死んだか」 男は自らを「神」と呼んだ。その瞳には慈悲など微塵もなく、ただ事務的な退屈さだけが宿っている。
「佐藤健一。お前の罪状は、本来なら地獄の最下層で一万年かけて魂を磨り潰されるレベルだ。……だが、お前の『暴力に対する圧倒的な洗練』だけは、今の異世界には惜しい。よって、提案だ」
神の言葉に拒否権はなかった。 「異世界の魔王、ゼノン・ヴァルギスの体に憑依しろ。そこで人間と魔族の不毛な戦争を終わらせ、平和を築け。できれば現世の罪を帳消しにして、その世界での余生を約束してやる。……だが失敗すれば、お前の魂は永遠に地獄の底だ。……さあ、行ってこい」
反論する間もなく、健一の意識は闇に飲み込まれた。 次に意識が戻ったとき、彼は禍々しい髑髏が彫られた黒鉄の玉座に座っていた。 全身を覆う、重厚かつ洗練された漆黒の魔鎧。背中には巨大な悪魔の翼。そして、血管を流れるのは血液ではなく、世界をも焼き尽くしそうな濃密な魔力。
(……地獄か、魔王か。どっちにしろ、ろくな人生じゃねえな) 健一――いや、魔王ゼノンは、深いため息と共に、眼前で「人間を根絶やしにせよ!」と気勢を上げる魔族の幹部たちを見下ろした。
第2章:魔王としての困惑と、決死の会談
魔王ゼノン(健一)が最初に取り組んだのは、あまりにも非効率な「戦争」の停止だった。 魔族側は圧倒的な個の武力を持ちながら、戦略もなにもなく人間側の防衛線を叩くだけ。対する人間側は、じり貧になりながらも必死の抵抗を続けている。 (地獄に行かないための条件は『平和』だ。皆殺しにしたら平和じゃねえ、ただの更地だ。神の爺さんも、そこまで馬鹿じゃねえだろう)
健一は「魔王の仮面」を被り、反対する幹部たちをその圧倒的な魔力による威圧で黙らせた。 「人間側の王と、直接会談を行う。場所は国境の断崖。武器の持ち込みは一切禁止だ」
当然、魔族側は「罠にかけるのですか?」と喜び、人間側は「魔王の罠だ」と絶望した。 しかし、ゼノンは約束通り、単身でその場所に現れた。 対する人間側の代表――アステリア王国の若き王、エルヴァン。 彼は震える手で聖剣を握りしめ、鎧の隙間から冷や汗を流しながらも、逃げずにそこに立っていた。
健一は、かつての裏社会で見てきた「権力者」の目を期待していた。 自分さえ助かればいい、民を見捨ててでも命乞いをする、そんな浅ましい人間の姿を。 だが、目の前の若き王の瞳に宿っていたのは、予想だにしない「覚悟」だった。
第3章:純粋なる聖王。心を揺さぶる「民への想い」
エルヴァン王は、ゼノンから放たれる、立っているだけで意識を失いそうな魔圧に耐えながら、声を絞り出した。 「魔王よ。貴様が何を企んでいようと構わない。だが、これ以上私の民を、あの無垢な子供たちや、明日を夢見る若者たちを傷つけるというなら……私は、この魂の最後の一片まで燃やして、貴様と刺し違える!」
健一は冷笑を浮かべる。その態度は、かつての掃除屋そのものだった。 「命を懸ける? 王様、そいつは安い言葉だ。あんたが死ねば、この国はもっと悲惨なことになる。結局、あんたは『正義の味方』という自分のプライドを守りたいだけなんじゃないのか?」
「違う……!」 エルヴァンは一歩、ゼノンの方へ踏み出した。恐怖で膝が笑っているのが、魔王の目にははっきりと見えた。 「私が守りたいのは、今日を精一杯生きるパン屋の親父だ! 泥だらけになって働く農夫だ! 王の地位など、平和のためならいつでも捨ててやる。私の首一つで戦が終わるなら、今すぐここで切り落としてみせよう!」
エルヴァンは言葉だけでなく、本当に聖剣を鞘へ収めると、懐から護身用の短剣を取り出し、自らの喉元に突き立てた。 その瞳に宿っているのは、偽りのない純粋な「愛」だった。
健一の脳裏に、自分が今まで踏みにじってきた数多の「弱者」の顔が浮かんだ。 力がないからと切り捨て、利用し、笑ってきた自分。 だが、目の前の男は、力がない者たちのために、その何よりも重い「王の命」を差し出そうとしている。 (……眩しすぎるんだよ、馬鹿野郎)
健一の凍り付いていた心が、内側から激しく揺さぶられた。 悪逆非道に生きてきた自分が、初めて「美しい」と感じてしまったのだ。 彼は、かつて自分が破壊し尽くしてきた「平和」という名の幻想を、この男と一緒に見てみたいと、心の底から願ってしまった。
「……王よ。その剣を引け。……今日から、お前の敵は俺じゃない。お前の民を脅かす、全ての理不尽だ」
第4章:叛逆の魔王。人間を救うための「掃除」
会談から戻ったゼノンを待っていたのは、魔族最強の武闘派集団による反乱だった。 「魔王様は人間に篭絡された! 弱腰の王など不要だ!」 最古参の幹部、破壊公ベリアルが、山をも断つ巨大な斧を担いで立ち塞がる。
健一は、かつてないほど冷徹な笑みを浮かべた。 平和を築くためには、まず自分の足元のゴミを片付けなければならない。 「平和にしろと言われたが……邪魔な屑を間引くのを禁止とは言われてねえな。むしろ、これが俺の本業だ」
戦いが始まった。 ベリアルの斧が空気を引き裂き、魔王城の床を粉砕する。 だが、健一はそれを紙一重でかわす。魔王の圧倒的な魔力を、かつての「掃除屋」としての精密な動きに集約させる。 「無駄だ。お前の動きは、殺気でバレバレなんだよ」
健一は魔力を糸のように細く、鋭く練り上げた。 一閃。 力任せに斧を振るうベリアルの喉元を、魔力の刃が正確に切り裂く。 「が、は……な、ぜだ……これほどの……洗練された、武が……」 「お前らは力を誇示するだけだ。俺は、生かすために力を削ぐ方法を知っているだけだよ」
彼は一夜にして、反乱分子であった数百の魔族を無力化した。 殺したのは最小限。あとは、その圧倒的な「技術の差」を見せつけ、恐怖ではなく「服従」を植え付けた。 すべては、エルヴァンが愛する民に、これ以上戦火が届かないようにするために。
第5章:平和の夜明けと、不器用な余生
それから数年の月日が流れた。 世界には奇妙な、しかし穏やかな活気が満ち溢れていた。 人間と魔族の間に不可侵条約が結ばれ、今や魔族が人間の畑を耕し、人間が魔族の工房で技術を学ぶ光景すら珍しくなくなっていた。
アステリア王国のバルコニー。 夕日に染まる街並みを眺めながら、エルヴァンと健一は酒を酌み交わしていた。 「ゼノン殿。あなたが、あの日私の手を取ってくれなければ、この景色はなかった。……ありがとう」
健一は照れ臭そうに鼻を鳴らし、贈られたワインを一口啜る。 「よせ。俺はただ、神の爺さんに脅されただけだ。地獄の火で焼かれるよりは、あんたの青臭い説教を聞いてる方がマシだってだけさ」
空を見上げれば、あの退屈そうな神が、ニヤリと笑っているような気がした。 極悪人として死んだ男。 だが彼は今、かつて自分が最も軽蔑していた「誰かのために生きる」という余生を、何よりも大切に噛み締めていた。 地獄への切符は、もうどこにも見当たらない。
(完)
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