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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第五章 夏の宴

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夏の宴 14

「カバーか。カラオケ番組みたいなことすんなよ。

僕は! 私は! 上手いです! みたいなことしたら許さねえぞ」


「清原くん、いいかげんにしろ。若者を萎縮させてどうするんだよ、まったく」


「冗談すよ、冗談。俺は朝陽のこと好きっすから。

朝陽のギターと成長速度を認めてるんすよ。で、誰のカバーやるんだよ」


「いえ、カバーでもありません。演奏するのは――」


一度、茜音さんを見る。こちらに真っ直ぐな瞳を向けていた。


「茜音さん……和泉茜音の最後の曲です」


 店内はシーンと静まり返った。外から蝉の声が微かに聞こえてくる。


『朝陽くん……』


 茜音さんの後に低い声が入る。


「茜音の最後の曲?」


 清原さんに続き平良さんが口を開いた。


「最後の曲とは……どういうことかな。

ボーナストラックとして出したデモ音源のことかな?」


「いえ、違います。茜音さんが最後に作った曲です」


 理解が追いつかないのは当然のことだ。その模範解答も用意してある。

おそらく結衣さんだけが僕の発言の真意を理解していた。


「ギターケースの中に楽譜と歌詞が残されていました」


 嘘をつくことに罪悪感はあるけれど真実は話せない。

結衣さんに教えたのは事情があったからだ。


「楽譜? そんなのあったか?」

と、清原さんは組んでいた足を解いて両膝の上に手を置いた。


「内張りとケースの隙間に紙が入っていました」


「清原、茜音くんは譜面に起こせるのか?」


「ああ? ストリングスのアレンジをする時とかに読み方は教えたから……。

読むことはできるけどよ、書いてるところは見たことねえよ」


「そうか」


「デモ、歌詞、コード譜があれば曲は理解できんだから譜面に起こさねえだろ。

スタジオとストリングスには俺が書き起こしたやつを渡してたしな」


――そういうものなのか。


「見せてみろよ、朝陽。その譜面」


――まずい。


 音楽に携わる人たちを欺く言葉を見つけるのは難しい。


 その時だった。


「二人とも相変わらず小さいねえ!」

と、ミンミさんが嘲笑しアイスコーヒーを口に含んだ。


「あかちんの残した曲があるなら聴いてみればわかるじゃーん。

そしてえ、このコーヒーはすっごく不味いよお」


「最高級の豆を挽いてんだ。お子ちゃま舌は黙ってろ」


「最高級っていう言葉に騙されてるところが浅いねえ……! バーカ……!」


「んだと、てめえ……!」


「言葉の強さに酔いしれてるう、バーカ!

楽器のヴィンテージにしたってえ、多くは歴史的価値じゃーん。

本当に良いと思ってるのお?」


「ヴィンテージの中には極上の物があんだよ!」


「へえー、はい、キヨスケの負けえー!」


「ああ?」


「答えが出たよお。ヴィンテージだからってえ良い音がするわけじゃないよねえ。

いつの時代も個体差に左右されるよねえ。今も昔も良い楽器はあるんだよお、バーカ」


「てめえ……」

と、椅子から立ち上がる清原さんの太腿を久保さんが咎めるように軽く叩く。


「まあ、まあ、聴いてみようじゃないか。茜音ちゃんの最後の曲とやらを」


 久保さんが手を差し出し僕はギターケースの前に立つ。

みんなに背を向け留め具を外していくと目の前に茜音さんが現れた。


『私のために……みんなを呼んでくれたの? みんなに聴いてもらうために……』


 僅かな首の挙動で返答する。


 彼女は言っていた。

最後の曲を大切な人に届けたい。約束したから。

そして、みんなにも聴いてもらいたい、と言っていた。


「あかちんの……ギター。懐かしい……ねえ。きれいなまんまだあ」


 ミンミさんが慈しむような目で淡い紫色のギターを見つめた。


 椅子に腰掛け鼓動は早まる。

目の前にいるのは結衣さん以外その道のプロフェッショナルだ。

以前、茜音さんに言われた。人前で演奏することに対し緊張しないのか、と。

今は正に胸の辺りがバクバクとしていた。


「あの……それでは聴いてください」


 ピックで三弦を弾いてからハンマリング・オンをして冒頭のフレーズを歌う。


 僕の歌声とギターの音は店内に響いていく。


 誰の顔も見ることができなかった。


 演奏を終え各個人の反応を見るために、ちらちらと視線を周回させる。


 隣に座る久保さんは静かに目を閉じていた。

その左隣の清原さんは微動せず床を見つめている。

平良さんの様子を窺おうとすると彼は立ち上がり背を向けた。

ミンミさんは急に立ち上がるとカウンターへ立ち寄り、

何か細い物を手にし視界の届かない店内へ消えた。


 やはり僕が歌ってはダメなのだろうか。

所詮、一般人にすぎない僕が茜音さんと共作した楽曲を歌ったところで、

人を感動させることなど不可能なのだろうか。


 小さい溜め息を吐くと隣にある瞳が僕を捉えていた。


「素敵だったよ。感動しちゃった。昨日聴かせてくれた時も……ありがとう」

と、頬に涙を垂らし微笑む結衣さん。


「良い……曲だなあ。茜音ちゃんの味がしっかりと出てる。

メロディ、歌詞、伴奏、この上ないくらいに美しい……な。

朝陽くんの歌声もギターの音も素晴らしい」


 久保さんの渋く心地良い声は気持ちを和らげる。


「そう……すね。茜音の色がしっかりと出てる。

間違いなく、あいつが作った歌っすね。朝陽、お前の歌も最高じゃねえか」


「いえ……ありがとうございます」


「茜音のやろう……最後の……最後に、こんな曲残しやがって……」

と、床を見ている清原さんの声は震えていた。


 平良さんは背を向けたまま左手に眼鏡を持ち右手を顔の辺りに置いている。


 その後は全員が無言だった。


 背後から人が迫る足音がした。


 振り返ると色褪せた赤色のベースを手にしたミンミさんが立っている。


「アーサー。あたしも演奏したいからあ、もう一回やろうよお」


 笑っている。ミンミさんは笑っていた。

しかし、笑顔の中の目と鼻から大量の感情が溢れている。


「いいかなあ、アーサー。一緒にやろうよお」


「おい、てめえ……それ、うちのベースじゃねえか!」


 清原さんが言うには先の話に出たヴィンテージ品で七桁の金額がつくらしい。


「いいんだよお……! これは試奏だからねえ……!

お客様が所望しているんだよお!」


 強気な発言に僕はクスリと笑みを溢してしまう。


「店長の俺が許可してねえんだよ!」


「まあ、まあ、落ち着いて。そうか……共に演奏か。

それなら俺もやろう。茜音ちゃんの最後の曲を弾けるなら」


「ちょっと、マサさんまで……」


「いいじゃないか。茜音ちゃんの最後の曲。みんなでアレンジして弾いてみよう」


「はあー、わかりましたよ。ミンミ、それ傷つけたら買い取りしろよ」


「えーー、こんなの元々ボロボロなんだから傷つけたってわからないよお」


「ふざけんな……! お前、マジで買い取れよ!?」


「二人とも落ち着いて。さあ、さあ、なにを使う?」

と、朗らかに笑う久保さんは、みんなに目配せをした。


「俺は当然すけどギター、一択っすね。朝陽がアコギだからエレキで」


「そうか、俺はどうするか……清原くんと共にツインギターか鍵盤か……。

よし、鍵盤にしようか」


 そのやり取りの中で平良さんは振り返りミンミさんの前に立つ。


「ベースは私が弾く」


「はあーー?」

 

 高低差のある二人が生み出す視線の衝突。


「マッタイラーって今はベースやらないんでしょお?」


「変則的なプレイや速弾きでなければ、この左手でも弾ける」


「むーり、むーり。やめておけえ……!

天才ベーシストのミンミに任せなさあい!」


「きみのプレイには品がないのだよ。露骨、派手、主張。

揺らぎのある美しさが足りない。

いいか、ベーシストとはルート弾きでも聴かせることができるものだよ」


 ミンミさんは片方に口角を上げ四弦を一回叩く。


「できない人の嫉妬にしか聞こえないねえ……!

できない自分を肯定するために逃げ道を作るなよお……!」


 少しばかり顔を歪ませる平良さんは頭部に手を当てた。


「できない……か。私が現役の時は、きみよりもテクニカルな演奏ができたよ。

使わなかっただけだ。清原に聞いてみるといい。

それと……ベーシストであればバンドアンサンブルの役割と位置を考えなさい」


「へえー! 後出しなら、なんとでも言えるよねえ……!

昔はすごかったとかあ……! どうでもいいんだよお!」


 二人の荒々しい問答は続いた。


「まあ、まあ。平良くんはマルチプレイヤーなんだからドラムでどうだ?」


 久保さんの柔らかい言葉に平良さんは目を閉じ「仕方ありませんね」

と、言い、清原さんからドラムスティックを受け取っている。

久保さんは、うん、うん、と頷き結衣さんへ視線を変えた。


「きみも一緒に演奏しよう。なにか楽器はできるかい?」


「え……あ……ピアノなら習っていました。あと……カリンバもできます」


「おー、カリンバか。清原くんあるかな?」


「あるっすよ」


「あるのお……!?」

と、ミンミさんは目を開く。


「あるだろ。たまに触るし」


「似合ってないねえ、キヨスケー! 海見ながら感傷的になって弾いてたのお?

あかちんが言ってたとおり、乙女なところあるよねえ!」


 清原さんは「うるせえ」と言い、カウンターからカリンバを持ってきて渡す。


「チューニングはしてあるからよ」


 結衣さんが弾くと繊細な音が店内に響く。


 各々が楽器の準備をしている。


「おい、朝陽。コード進行教えてくれ。細かいところまでは聴き取れなかった」


「コードと歌詞は僕が書き起こしたものですけど」

と、自らが書いた歌詞とコードを示す。


 四人は譜面台に置いた紙を眺め音を出しアレンジの話をしている。

結衣さんはポロポロとカリンバの音を出す。


『ねえ、朝陽くん。結衣ちゃんにイントロの部分を弾いてもらおうよ』


 茜音さんの言葉をみんなへ告げると賛同の言葉をくれた。


「次がレ、レ、ファ、ですね」


「うん」

と、結衣さんは真剣な表情でキーを弾く。


 楽器、機材の準備は整った。楽器店であるから不備はない。

 

 しばらくアレンジなどの様子を眺めていて僕は考えた。

茜音さんの願いが叶えられる、と。

アレンジや決めフレーズなどの確認が終わった頃に言う。


「あの……この演奏を録画してもいいですか?」


「録画? なんでだよ?」


「みんなに……世の中の人に聴いてもらいたいからです」


 それは茜音さんが望んでいたことだ。


「最近の若い奴はネットに上げたがるな。一回きり、その場の演奏を大事にしろよ」


「私は構わないよ。好きにするといい」


 平良さんが口にすると全員が肯定してくれた。


 スマートフォンをカウンターにセットする。

画角は人物ではなく店内だけを映すことにした。



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