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真夏のゴーストライター、きみは天使の分け前を  作者: 陽野 幸人
第五章 夏の宴

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夏の宴 9

『平良さん、なんて?』


「すぐに来てくれるそうです。それと先に人を寄こす、と」


 結衣さんに会話を聞かれるのはどうなのだろう。

彼女は茜音さんの話を信じてくれたのだろうか。


 背中を撫でている茜音さんの隣に腰を下ろす。


 初めて暴力を振るった感情の昂ぶりは中々消えていかない。

心の臓がバクバクと音を出し顔が熱い、呼吸も浅くなっている。


 十五分ほどすると砂浜を一人の男性が歩いてきた。


 金髪を逆立て睨みを利かせている様は、とても一般人には見えない。


「おーす」

と、手を上げ、大きめの黒いティーシャツは首元が草臥れている。


『あ……清原さんだ』


「おはようございます。使いの者……って、清原さんだったんですか」


 彼は鋭い目の上にある眉毛を中央に寄せた。


「ああ? 使いの者だあ? あの野郎……」


「いえ……すみません。僕の言い間違いです。助けてくれる人を向かわせる……って」


 短く鼻を鳴らしゴリラの方を見る清原さんは僕に、

「で、あの野郎か?」と、問いかける。


 僕は膝を抱えている結衣さんを一瞥し悩んだが、清原さんに今までのことを話した。


「ゲス野郎が……」


 清原さんは砂浜にサンダルを食い込ませゴリラの元へ向かう。

彼の前に屈んで何かを言っているが、ゴリラは回復してきたのか汚く口が動く。

その度に清原さんの平手が頬を打ち付けた。


 倒れている状態でも威勢の良い言葉を吐いたことが視認できる。

清原さんが右手で砂を掴み、顔面に振りかけ、今度は握った砂を口内に押し込む。

ゴリラは大きく咽ると、身体は丘に上がった魚のような動きをしていた。


 清原さんは鬼のような顔で僕たちの元へ戻ってくる。


「とりあえず、あのクズを俺の車まで運ぶぞ」


 僕と清原さんがゴリラの元へ向かうと涙の跡に砂が付着している。


「てめえ……このガキ……ぜってえ殺して……やる。殺して……やるからな」


「威勢の良いこと言ってんな、カスが」

と、清原さんは容赦のない蹴りを顔面に入れた。


「あ、ぎゃあ……! ぎ、ぎい!」


 鼻の骨が折れたのか、元々低い鼻は歪な形になり血が吹き出す。


「今から、これ解いて、俺とやり合うか?

俺は構わねえよ。別にサシでやってもお前みたいなクズ野郎には負けねえ」


 血がドクドク流れ大きく呼吸をするだけで返事はない。


「おい、暴れるんなら、その状態で口と鼻が海水に浸かりそうな位置まで連れて行く。

このまま俺の店に連れて行かれるか、今、溺死に近い状態を味わうか選べ。

いいか、これは脅しじゃねえ。俺はやると言ったことはやる」


「て、てめえ……も、ぶ、ぶっ殺してやる……」


「そうか……その胆力だけは認めてやるけどよ。

――いいこと教えてやる。警察は他殺でも自殺扱いにすることがあるからな。

そういうこと考えて口にしろよ、豚まん」


「て、てめえら……ムショ行きだ……はっ……傷害だ……殺人未遂だ……。

わかってんのか……! ああ……!? てめえらのやってることは犯罪だ……!」


 清原さんは冷たい目をして肋骨を蹴り飛ばす。


「黙っとけ、豚まん。てめえのしたことを棚に上げてんじゃねえよ」


 膝を抱えたまま震えている結衣さんに僕は近付く。


「あの人は清原さんといって楽器店の店長さんです。

昔は……茜音さんのプロデューサーです。

もう一人のプロデューサーが、さっき電話していた平良さんです」


 彼女はゆっくりと顔を上げた。


「あの……すみません。僕は清原さんとゴリラを運ばないといけない……ので。

申し訳ないのですが……ギターを持ってきてくれませんか」


『朝陽くん……いいよ。ギターは置いていって大丈夫』

と、隣に座る茜音さんが反応した。


「ギター、すごく大事なんです。結衣さんにとっても……同じだと思います」


 彼女の瞳には今も悲痛な想いがコンタクトレンズのように被さっている。

それでも……無理に言葉を出してくれた。


「は、はい……持って……いきます。おねえちゃんのギターだもん……ね」


 縛られていても暴れるゴリラを運ぶ。体重は相当あるようだ。

僕は足側、清原さんは僕のタオルを彼の頭に回し両サイドから引っ張り持ち上げる。


 重い。筋肉を使うことで汗が吹き出てきた。

背後を振り返る。結衣さんは緩徐な足取りであるがしっかりと歩く。

その隣には茜音さんがいた。

ギターケースの取手を持たず、抱きかかえるようにして運搬している。


 海岸林を抜けると黒い四駆が停められていた。後ろを開けゴリラを押し込む。

清原さんは「こいつ、うるせえからな」と言いタオル口に押し込む。


 結衣さんからギターを受け取り助手席へ座るように促す。


『朝陽くん、タオルまだある?』


 茜音さんにだけわかるように肩にかけたカバンから水色のタオルを見せる。


『清原さん潔癖なところがあるから……車のシートが海水で濡れるの嫌がるかも。

タオル敷いてから結衣ちゃんのこと乗せてあげて』


 言われるがまま助手席に対し小さいタオルを敷くと、

「なにしてんだ、お前」と清原さんが訝しむ。


「僕たち海に入って濡れているので……乾いてきてはいますけど」


「そんなことはいいから乗れよ、気にすんな」


『清原さん……』


「朝陽。お前、俺のこと勘違いしてねえか?」


「え? いや、そんなことは……ないですよ」


「そんな器の小せえ奴に見えてんのか?」

と、片側に口角を上げ皮肉を並べていく。


 ほとんど車が走っていない早朝の国道を走り出す。


 運転手である清原さんの背後に座った茜音さんは彼の首に手をかける。


『本当はシートが濡れるの嫌ですよね?

それに前は海にすら近付きたくないって言ってたんだから。

車は錆びるし、楽器によくないって。

結衣ちゃんと朝陽くんを気遣ってくれたんでしょ?

そういうところはカッコいいよね、清原さん。

たまに乙女になるところはかわいいけど。

そういうところが熟女に好かれるのかなー』


 茜音さんの軽口は届かない。


 夕焼けの宴へ到着し人目を忍んでゴリラを店内へ運び込む。

結衣さんは恐怖心があるだろうから、なるべくゴリラとの距離を離す。

奥にある部屋へ入り清原さんから濡れタオルを渡され頭部や身体を拭いている。

僕も彼女に倣い塩が付く身体にタオルを当てた。


 店内へ戻ると磨かれた床に寝かされたゴリラは罵詈雑言を放っている。


 これからどうなるのだろう。警察に言わず周囲の大人に助けを求めた。

おそらく茜音さんが最も信頼しているであろう人たちに。


 その判断は間違っていない気がした。


 カウンターで煙草に火をつけた清原さんは紫煙が浮かぶ中でゴリラを睨みつけている。


「朝陽は見かけによらず武闘派なんだな」


「いえ、不意打ちです」


「不意打ち? あー、そうか。まあ、気にすんな。

真っ向勝負の喧嘩はフィジカルが占める割合が多いからな」


「卑怯……と思われてもいいんです。正々堂々の勝負をしたかったわけではないので。

今回は結果として結衣さんが傷つけられなかった、その事実だけあればいいです」 


「まあ、な。綺麗事じゃ人は救えねえからな。

お互いが恨みっこなしのタイマンってわけでもねえし」


「清原さんは強いんですか?」


「ああ? 自分で言うのはダセえよ。ただな、若い頃はけっこうやりあってたな。

――喧嘩は場数だ。イモ引いたり躊躇えば負ける」


「そういうものなんですか」


「戦ったことのない奴は弱い。実戦が大事だ。

例えば、場馴れしていない警察官が犯罪者を制圧する時もそうだ。

人を拳や警棒で殴ることを躊躇しちまう。

こっちがやられるかもしれねえのに、一般人が傷つくかもしれねえのに、

相手を傷つけることにビビる。

情けねえけど、まあ……それも一種の優しさからだろうな」


 店内への入店音が鳴った。


 背筋を伸ばした平良さんが立っている。


「おはようございます。すみません……このようなことを頼んで」


「気にすることはない。それで……今回の当事者は、そこに横たわっている彼か」


 冷徹な目をゴリラへ向けた。

床でヘビのような動きをする彼は固まった鼻血に強い息を当てる。


「おらあ……! 誰だ、てめえ……! 外せ、こらあ!」


「この状況で……そこまで叫ぶことができるとはね」


「アホなんだろ」

と、二本目の煙草を吸い始める清原さんは嘲笑した。


「いや……経験が足りないんだろう。自身の置かれている状況を理解できていない。

なにかをやらかしても、お咎めがなかったり、うまく切り抜けたりしたんだろう」


 平良さんは僕に目を向け、詳しい話を教えてくれ、と、微笑んだ。


 彼は僕の話を黙って聞いていた。


「そう……か。その子は今どこにいるのかな?」


 清原さんに案内された平良さんは、しばらくすると結衣さんと共に戻ってきた。


『平良さん、結衣ちゃんが……怖がる。あの人に近付けないでください』

と、結衣さんの側に近寄る。


 僕も茜音さんと同様の考えだ。


「平良さん。結衣さんを……その人に近付けるのは……」


 今日は固められていない髪を平良さんは掻き上げた。


「己を壊した者と向き合うことは時として必要なことがある。

それが苦しくても……ね。一生の傷は少しでも浅いほうがいい。

少しでも……自分の力で埋めたほうがいいものなんだよ」


 僕が言い淀むと清原さんは煙草を唇に挟んで「警察には言うのか?」

と、明確な発声ではない。


「それは彼女次第だが……今回に限り私は勧めない。

もちろん、通常の被害者であれば警察に被害を訴えればいい。

基本的には、それ以外助かる道がないのだから」

と、茜音さんが寄り添う結衣さんを見た。


「今回は俺らがいる……ってことか」


「そうだ。警察に言えば彼が撮影した動画などは、すべて押収される。

警察官、検察官、裁判官、裁判員裁判になれば一般市民の裁判員にも見られる。

それは彼女にとって耐え難い屈辱だろう」


 結衣さんは下を向き震えていた。


「それに日本の司法では執行猶予の可能性も完全には否定できない。

きみは、どうしたい? 当然だが、我々はきみの意見を尊重する」


 表情を隠している結衣さんは、しばらく沈黙していた。


「い……言って……ほしくない……です。見られたく……ないです……」


「わかった。警察には言わない方向で話を進めよう」


「どうすんだ? この豚まんが動画をパソコンとか他の物に移してたら」


「その点は心配ない」



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